それはきっと、夜明け前のブルー

９．思い出の人

関東大会②

「たしかに黒崎すごかったもんね。悠里たちが騒いでるの、わかる気がした」

「だよね、だよね！　競泳って思っていた以上に楽しい！」

　夏梨ちゃんは、クラスで応援に来ていた写真部の先輩と各校のイケメン筋肉チェックをしたり、エントランスに置かれた大会の看板の前で写真を取ったりと忙しい。
　黒崎くんのほかに「北高の林くんと清陵学園の大和くんが実力外見ともに全国レベルの人気らしい」との情報をどこからか仕入れてきて由真ちゃんを呆れさせたりと、別の意味でも大会を満喫している。　　


　……ほんと、すごかったなぁ。

　時間潰しに会場を見てまわりながら、ぼんやりと黒崎くんの泳ぎを思い返す。
　何度か泳ぐ姿は見たことがあるけれど、試合の泳ぎはそれとは全然違っていた。あの緊張感の中で誰よりも速く泳ぐ黒崎くんは、本当に輝いて見えた。
　次の試合のときは、写真を撮りたいな。そう考えて、目に焼き付いた彼の泳ぎを頭の中でフレームにおさめてみる。実際はまだ上手く撮れないのに、想像した写真は素晴らしかった。　

　よし、次までに練習しよう。

　こっそり決意して、心が弾む。
　ニマニマしながら歩いていると、エントランスで手を振る人が見えた。

「あ、マネさんたち」

　夏梨ちゃんが手を振り返す。写真撮影のときに知り合いになった２年生マネージャーの横井さんと今川さんだ。

「わ、ありがとう！　江口さんたち来てくれてたんだ。あ、そっか、黒崎くんと同じクラスだっけ」

　駆け寄って差し入れを渡すと、とても喜んでくれた。マネージャーさんたちは明るくて気さくな人ばかりだ。

「黒崎くん、すごかったですねっ。予選で１位なら決勝も楽勝ですよね！」

「と思いたいけど……んー、どうかなぁ」

　目を輝かせる夏梨ちゃんに、苦笑いを浮かべた横井さんが首を傾げる。その隣で今川さんも頷いた。

「予選は流している人もいるしね」　

「流す？」

「決勝進出が確実なら、予選で全力を出さずに体力を温存する人もいるってこと。まぁ、黒崎くんもそうだと思うけど」　

「特に１フリは層が厚いからね」

「うおお、激戦区なんですねっ。ちなみに、優勝候補は！？」

　すっかり競泳ファンになった夏梨ちゃんが、ふたりの解説に大きく相槌を打つ。ますます前のめりだ。

「黒崎くんの他は、清陵の大和くんか桜川の三井くんかな」

「え！　噂のイケメン筋肉対決じゃないですか！　うわぁ、決勝が楽しみすぎる……っ」

　夏梨ちゃんが大興奮で悶える姿を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。それは由真ちゃんも同じらしく、私たちは顔を見合わせてクスクスと笑った。