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8.わたしはまだ恋を知らない

約束①

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 水泳は苦手だけれど、水泳が終わった後の授業は、お気に入りの時間だ。
 教室に漂うかすかな塩素の匂いと、身体に残る心地よい気だるさが眠気を誘う。クーラーの冷気でひんやりと冷たくなった身体に、窓から差し込む陽光がじわじわと染み込んでくる。

 ……ふわふわする。

 今日はたくさん泳いだからか、まだ水の中にいるみたいな浮遊感が抜けない。
 この前の海の日みたいだ。

 黒崎くんがいつも眠そうにしているの、わかるなぁ。

 そう思いながら、ちょっとだけ目を閉じる。
 教科書を朗読する先生の声が、子守唄みたいに優しい。いつもはうるさいセミの声も、カツカツと響くチョークの音も、遠くに聞こえた。

 少しだけのつもりが、いつの間にか寝てしまっていたようで、目を開けて一瞬ここがどこかわからなかった。
 机の上に頬を乗せたまま、ぼんやりと目だけを動かすと、隣の席の黒崎くんと目が合う。

 ……あ、黒崎くんだ。

 薄く霞がかった視界の中で、頬杖をついて私を見ていた黒崎くんが、ふっと目を細めた。

 あ、笑った。
 笑ってくれるの、何回目かなぁ。

 嬉しくなって、頬がふにゃっとゆるむ。それを見て、黒崎くんがまた笑った。こんなふうに笑ってくれるなんてあの海以来だ。

 ふふっ、いい夢……このまま覚めないでほしいなぁ。

 と、思ったところで、もやに覆われていた頭が画面が切り替わるみたいに突然覚醒した。

「……っ」

 目の前で、黒崎くんが笑いながら私を見ている。

 ゆ、夢じゃない……っ。

 びっくりして目を見開き、ガバッと起き上がると、黒崎くんが手のひらで口を押さえて顔をそむけた。

 う、うう……恥ずかしい。

 顔は見えなくても、震える肩で彼が笑っていることがわかる。
 よりによって黒崎くんの方を向いて寝てしまうなんて。おまけに寝ぼけて笑いかけちゃうし。
 よだれ、垂れてなかったかな。寝言とか言ってないよね。
 口元を確かめ、きっと真っ赤になっているだろう熱い頬を両手で包んで、隠すようにうつむく。

 もう一生黒崎くんの顔、見られない……。

 そう思って小さくなっていると、隣から小さく折りたたまれた紙が飛んできた。

 これ、黒崎くんから……?

 確かめたくても黒崎くんの方は恥ずかしくて見られない。
 おそるおそる紙を開いてみると、千切られたノートの切れ端に綺麗な字が書かれていた。
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