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8.わたしはまだ恋を知らない
恋はまだ遠い②
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「あらまあ」
向かいに座る夏梨ちゃんが大袈裟に驚くふりをする。視線の先で数人の女の子が近づいてきて、あっという間に黒崎くんを取り囲んだ。
「関東大会、みんなで応援にいくねっ」
「一年なのにリレーメンバーに選ばれるなんて、すごいよね」
女の子たちの黄色い声がこちらにまで届く。けれど、囲まれている黒崎くんはいつもの無表情で、全く気に留めていないように思えた。
「相変わらずだね」
「あれだけ騒がれてもにこりともしないんだから……クールと言うか、鉄仮面?」
「詩、ほんとにアレと海に行ったの? まったく想像できない」
由真ちゃんの言葉に、私はもごもごと口ごもった。
「う……行った、と思う……」
こうして遠くから見ていると、黒崎くんはまるで別世界の人のようで、あれはやっぱり夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。
日焼けして赤くなっていた腕は、すぐに元に戻ってもう跡形もない。あの日のしるしが消えてしまった気がして、私はそれがすごく寂しかった。
「あ、白石さんだ」
夏梨ちゃんが小さく呟く。よく見ると、黒崎くんのすぐ近くに白石さんがいた。
黒崎くんにばかり目が行って気づかなかったけれど、印象的な長い髪と遠目でもわかる華やかな雰囲気は集団の中でもかなり目立っている。黒崎くんの隣に並んで何か話しかける彼女は、相変わらずお人形さんみたいに可愛かった。
水泳部の人たちや他に女の子も一緒にいるのに、ふたりだけが切り取られたみたいに際立って見える。黒崎くんがさらに遠く感じられた。
なんだか見ていられなくてふたりから目を逸らすと、隣に座る由真ちゃんと視線がぶつかった。
「ね。詩は、黒崎のことが好きなの?」
「えっ」
突然直球で尋ねられて、ドキッと心臓が跳ねる。小さい声だったけれど、誰かに聞こえていないか気になって、思わずまわりを見回した。
すでに移動したらしく黒崎くんたちの姿は見えない。近くにこちらを気にしている人もいなくて、私はホッと胸を撫で下ろした。
「それ、私も聞きたいっ」
教科書やテキストを広げたテーブルに身を乗り出し、夏梨ちゃんが目をきらきらと輝かせる。ふたりに見つめられて、私はうっと言葉に詰まった。
自分でも、よくわからない。
私にとって男の子は、幼稚園の頃からずっと苦手な存在でしかなかった。小学校も中学校も女子校だったから、私の中の男の子は朝陽くんで止まってしまっている。
でも、そんな私にとって、黒崎くんは他の男の子とは違う特別な人だとは思う。夏祭りに誘ってくれたことも、すごくすごく嬉しかった。
これが好きってことなのかな。よくわからない。みんな、どうやってその人が好きだってわかるんだろう。
「わかんない……」
必死で絞り出した答えに、ふたりの眉が下がる。申し訳なさに身を縮めると、隣から由真ちゃんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
「もうわかんなくていい! 黒崎にはやらんっ」
「出た、由真の過保護っ」
そう言いながらも、夏梨ちゃんも笑って頭を撫でてくれる。
ああ、やっぱり女の子は安心する……。
心がほわほわと満たされていく。今はこれで十分だ。
私にはきっと、恋はまだ遠い。
向かいに座る夏梨ちゃんが大袈裟に驚くふりをする。視線の先で数人の女の子が近づいてきて、あっという間に黒崎くんを取り囲んだ。
「関東大会、みんなで応援にいくねっ」
「一年なのにリレーメンバーに選ばれるなんて、すごいよね」
女の子たちの黄色い声がこちらにまで届く。けれど、囲まれている黒崎くんはいつもの無表情で、全く気に留めていないように思えた。
「相変わらずだね」
「あれだけ騒がれてもにこりともしないんだから……クールと言うか、鉄仮面?」
「詩、ほんとにアレと海に行ったの? まったく想像できない」
由真ちゃんの言葉に、私はもごもごと口ごもった。
「う……行った、と思う……」
こうして遠くから見ていると、黒崎くんはまるで別世界の人のようで、あれはやっぱり夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。
日焼けして赤くなっていた腕は、すぐに元に戻ってもう跡形もない。あの日のしるしが消えてしまった気がして、私はそれがすごく寂しかった。
「あ、白石さんだ」
夏梨ちゃんが小さく呟く。よく見ると、黒崎くんのすぐ近くに白石さんがいた。
黒崎くんにばかり目が行って気づかなかったけれど、印象的な長い髪と遠目でもわかる華やかな雰囲気は集団の中でもかなり目立っている。黒崎くんの隣に並んで何か話しかける彼女は、相変わらずお人形さんみたいに可愛かった。
水泳部の人たちや他に女の子も一緒にいるのに、ふたりだけが切り取られたみたいに際立って見える。黒崎くんがさらに遠く感じられた。
なんだか見ていられなくてふたりから目を逸らすと、隣に座る由真ちゃんと視線がぶつかった。
「ね。詩は、黒崎のことが好きなの?」
「えっ」
突然直球で尋ねられて、ドキッと心臓が跳ねる。小さい声だったけれど、誰かに聞こえていないか気になって、思わずまわりを見回した。
すでに移動したらしく黒崎くんたちの姿は見えない。近くにこちらを気にしている人もいなくて、私はホッと胸を撫で下ろした。
「それ、私も聞きたいっ」
教科書やテキストを広げたテーブルに身を乗り出し、夏梨ちゃんが目をきらきらと輝かせる。ふたりに見つめられて、私はうっと言葉に詰まった。
自分でも、よくわからない。
私にとって男の子は、幼稚園の頃からずっと苦手な存在でしかなかった。小学校も中学校も女子校だったから、私の中の男の子は朝陽くんで止まってしまっている。
でも、そんな私にとって、黒崎くんは他の男の子とは違う特別な人だとは思う。夏祭りに誘ってくれたことも、すごくすごく嬉しかった。
これが好きってことなのかな。よくわからない。みんな、どうやってその人が好きだってわかるんだろう。
「わかんない……」
必死で絞り出した答えに、ふたりの眉が下がる。申し訳なさに身を縮めると、隣から由真ちゃんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
「もうわかんなくていい! 黒崎にはやらんっ」
「出た、由真の過保護っ」
そう言いながらも、夏梨ちゃんも笑って頭を撫でてくれる。
ああ、やっぱり女の子は安心する……。
心がほわほわと満たされていく。今はこれで十分だ。
私にはきっと、恋はまだ遠い。
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