それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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8.わたしはまだ恋を知らない

恋はまだ遠い①

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「あーあ、早く夏休みにならないかなぁ」

 夏梨ちゃんが、今日何度目かの大きなため息を吐く。手を止めて見ると、唇を尖らせて漫画のキャラクターみたいに鼻の下にペンを挟んでいる。
 わかりやすいやる気がないアピールが可愛くて思わず笑ってしまう。

「その前に期末でしょ。現実逃避してると課題終わんないよ」

「夏休みを目の前にして、テスト勉強に集中できる人なんている? 海、プール、夏祭りっ」

「夏休み補習になってその全部がなくなっても知らないからね。ほら、地理だけでも終わらせて」

「はぁい。……ね、新しい水着買う?」

 現実世界に戻る気が全くない夏梨ちゃんに、由真ちゃんが呆れ顔を見せる。夏休みの魔力はおそろしい。

 来週に期末テストを控えた土曜日の放課後、私たちは学食で試験勉強をしていた。
 図書館は私語厳禁だから、みんなで勉強するには学食がちょうどいい。今みたいに、すぐに脱線してしまうけれど。

「詩ちゃんも、楽しみだよね?」

 意味ありげな笑顔に覗き込まれて、ちょっと頬が赤くなる。夏梨ちゃんが夏祭りのことを言っているんだとすぐにわかった。

 海に行った日、学校に到着すると由真ちゃんと夏梨ちゃんが飛んできてくれた。

「詩、大丈夫だった!? 泣かされてない?」

「とりあえず、くわしく! 包み隠さず話を聞かせてっ」

 心配してくれる由真ちゃんと、前のめりな夏梨ちゃんが対照的で、いつもどおりの光景にホッとしたことを思い出す。    
 黒崎くんが夏祭りに誘ってくれたことを打ち明けると、ふたりは跳び上がるほどびっくりしていた。

 でも、あれから黒崎くんは何も言わない。もちろん夏祭りの話も出ない。それどころか、隣に座っていても相変わらず挨拶くらいしかしていなかった。
 黒崎くんとふたりで海に行ったことは、私にとっては特別なことだけれど、実際はスカートが扉に挟まったり信号機が故障したりしたことでの時間潰しでしかない。
 もしかしたらあの場だけの冗談だったのかもしれないと、私はちょっと不安になりはじめていた。

「詩」

 由真ちゃんが肘で私の腕をつつく。
 目で促されて振り向くと、学食の入口にジャージ姿の黒崎くんが見えた。同じジャージを着た水泳部の人たちと一緒に入ってくる。
 思わず背筋がピンと伸びた。
 テスト前なのに部活があるんだ。そう言えば、夏祭りの前に関東大会があるって言っていたから、そのためなのかもしれない。
 みんな体格がいい上に、全身黒色で揃えたジャージの集団はとても目立っている。
 その中でも長身の黒崎くんは特に目を引いた。
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