それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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7.晴れた日は海へ行こう

海へ③

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「……なに?」

「なっ、なんでもな、い、です」

 いたずらが見つかった子どもみたいな気分になってパッと目をそらす。頬が赤くなっている気がして、見られないようにあわてて俯いた。

 じっと見ていたこと、気づいたよね……目をそらしたの、感じ悪かったかな。

 ぐるぐる考えながら、私はさりげなく黒崎くんから離れてまた波に夢中になっているふりをした。
 足元までやって来た波が、砂の上に小さな貝殻や丸くなった小石を残して返っていく。しゃがみ込んでそれを拾っていると、ふっと頭上に影が差した。

「俺って、そんなに怖い?」

 ドキッとして見上げた黒崎くんの顔は、逆光になってよく見えなかった。
 最初に怒らせてしまったときのことが頭をよぎる。ごめんなさい、と謝りかけて、寸前で言葉を呑み込んだ。

「そ、そんなこと」

 ない、と言っても説得力がないのは自分でもわかる。それに、以前よりは少なくなったけれど、黒崎くんのことをまだ怖いと感じる時があるのは事実だった。
 答えられず黙り込む私が怯えているように見えたのか、黒崎くんは小さくため息を吐き、

「怒ってねぇよ」

 そう言って、しゃがみ込んで私と目線を合わせた。

 ……あ。

 彼が山の中で同じようにしてくれたことを思い出す。ぐっと胸が詰まった。
 男の子が苦手だってことは、自意識過剰みたいで本当は言いたくない。いじめられていたことも誰にも知られたくはなかった。
 でも、自分を守るために誰かに嫌な思いをさせたり傷つけたりすることは、もうしたくない。

「あ、あの、く、黒崎くんのことが、じゃ、なくて」

 おかしなくらい声が震える。
 私は勇気をふり絞り、何度も言葉に詰まりながら男の子が苦手なことを打ち明けた。

「幼稚園の、とき……ず、ずっといじめられて、わた、私、朝陽くんが、すごく、怖くて……」

 直に反応を見るのが怖くて、自然に目線が下がっていく。信じてほしくて昔のことも少しだけ話したけれど、朝陽くんの名前をつい口にしてしまうくらい動揺していた。
 しどろもどろになりながらそれでもなんとか話し終えると、ふたりの間に沈黙が流れる。私が話している間も話し終わってからも、黒崎くんは黙ったまま何も言わなかった。

 ……失敗した。

 すぐにそう思った。じわじわと後悔が胸に広がっていく。
 波の音がやけに大きく聞こえる。喉の奥が焼けるように熱かった。

 そんな昔に幼稚園児がしたことを、と思ったかな。それこそ自意識過剰だと感じたのかもしれない。

 自己嫌悪や恥ずかしさでごちゃ混ぜの感情が涙になってあふれ出てしまいそうで、私は顔を上げることができなかった。
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