それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

文字の大きさ
上 下
40 / 109
7.晴れた日は海へ行こう

電車③

しおりを挟む
 大きな手で口元を隠し、こらえきれない笑いに肩を震わせながら、私を見下ろしている。

 ……あ、三回目だ。

 優しく細められた目で笑っていることがわかって、ぽうっと灯がともったみたいに胸の奥があたたかくなった。
 こんなときなのに黒崎くんが笑いかけてくれた回数を数えている私は、このよくわからない状況に混乱していたんだろう。

「あの、ど、どうして……」

 やっとそれだけ絞り出して、目を泳がせる。まわりを確かめても、他に同じ学校の生徒はいなかった。

「降りるときに、北野が降りずにあせってるのが見えたから。また何かしてるなって思って」

 また何かしている。そのとおりだ。
 ほんとに恥ずかしい。黒崎くんには、ダメなところばかり見られている。

 でも……それでも、私が困っていると思って戻ってきてくれたんだ。

 それを思うと、じわりと胸が熱くなった。

「ごめん、なさい。あの、ありがとうござい、ます……」

 恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさが心の中で入り混じり、声を震わせる。身体を小さくして頭を下げると、またクスッと笑い声が降ってきた。

「ほんと、世話が焼ける」

 いつもより優しい笑いまじりの声に心がうるむ。ぎゅううっと肺か心臓をつかまれたみたいに胸が苦しくて、一瞬息ができなかった。

「ごめんなさい……」

 顔を上げられなくて、下を向いたままもう一度謝る。車内のざわめきに消えてしまいそうなくらい小さな声しか出なかった。

「北野、謝ってばっか。ほんとは、放っとけなくて俺が勝手に乗っただけだから」

 いつもみたいにぶっきらぼうに言って、黒崎くんはそのまま黙ってしまった。どう返せばいいのかわからなくて、私も無言で頷く。

 でも、今日の黒崎くんは、あまり怖くない……。

 私の早い鼓動に合わせるように、ガタン、ガタン、と電車が揺れる。

 ……心臓の音、聞こえませんように。

 私は俯いたまま、そう願った。
 主要駅をすぎ、電車内は先ほどまでのラッシュが嘘みたいに空きはじめている。
 考えてみれば、学校の最寄り駅より先に行くのはこれが初めてだった。

「あ。北野、外」

しばらくして、黒崎くんが小さく呟く。顔を上げてゆっくりとふり向くと、まばゆい光が目に飛び込んできた。

 わぁ……っ。

 眩しさに思わず目を細める。一瞬、何なのかわからなかった。
 窓一面にあふれる光の粒。
 それが、初夏の太陽の日差しをキラキラと反射して白銀に輝く海だと気づいて、小さく感嘆のため息がもれた。

「海……!」

 この路線の先に海があることは知っていても、まさか電車の窓から見られるなんて思わなかった。迷惑をかけているから声に出しては言えないけれど、スカートが挟まって少しだけ良かったなって思ってしまう。
 こんなことがなかったら、卒業まで知らないままだったかもしれない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ハヤテの背負い

七星満実
青春
父の影響で幼い頃から柔道に勤しんできた沢渡颯(さわたりはやて)。 その情熱は歳を重ねるたびに加速していき、道場の同年代で颯に敵う者は居なくなった。 師範からも将来を有望視され、颯は父との約束だったオリンピックで金メダルを獲るという目標に邁進し、周囲もその実現を信じて疑わなかった。 時は流れ、颯が中学二年で初段を取得し黒帯になった頃、道場に新しい生徒がやってくる。 この街に越して来たばかりの中学三年、新哲真(あらたてっしん)。 彼の柔道の実力は、颯のそれを遥かに凌ぐものだったーー。 夢。親子。友情。初恋。挫折。奮起。そして、最初にして最大のライバル。 様々な事情の中で揺れ惑いながら、高校生になった颯は全身全霊を込めて背負う。 柔道を通して一人の少年の成長と挑戦を描く、青春熱戦柔道ストーリー。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

処理中です...