それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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7.晴れた日は海へ行こう

電車③

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 大きな手で口元を隠し、こらえきれない笑いに肩を震わせながら、私を見下ろしている。

 ……あ、三回目だ。

 優しく細められた目で笑っていることがわかって、ぽうっと灯がともったみたいに胸の奥があたたかくなった。
 こんなときなのに黒崎くんが笑いかけてくれた回数を数えている私は、このよくわからない状況に混乱していたんだろう。

「あの、ど、どうして……」

 やっとそれだけ絞り出して、目を泳がせる。まわりを確かめても、他に同じ学校の生徒はいなかった。

「降りるときに、北野が降りずにあせってるのが見えたから。また何かしてるなって思って」

 また何かしている。そのとおりだ。
 ほんとに恥ずかしい。黒崎くんには、ダメなところばかり見られている。

 でも……それでも、私が困っていると思って戻ってきてくれたんだ。

 それを思うと、じわりと胸が熱くなった。

「ごめん、なさい。あの、ありがとうござい、ます……」

 恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさが心の中で入り混じり、声を震わせる。身体を小さくして頭を下げると、またクスッと笑い声が降ってきた。

「ほんと、世話が焼ける」

 いつもより優しい笑いまじりの声に心がうるむ。ぎゅううっと肺か心臓をつかまれたみたいに胸が苦しくて、一瞬息ができなかった。

「ごめんなさい……」

 顔を上げられなくて、下を向いたままもう一度謝る。車内のざわめきに消えてしまいそうなくらい小さな声しか出なかった。

「北野、謝ってばっか。ほんとは、放っとけなくて俺が勝手に乗っただけだから」

 いつもみたいにぶっきらぼうに言って、黒崎くんはそのまま黙ってしまった。どう返せばいいのかわからなくて、私も無言で頷く。

 でも、今日の黒崎くんは、あまり怖くない……。

 私の早い鼓動に合わせるように、ガタン、ガタン、と電車が揺れる。

 ……心臓の音、聞こえませんように。

 私は俯いたまま、そう願った。
 主要駅をすぎ、電車内は先ほどまでのラッシュが嘘みたいに空きはじめている。
 考えてみれば、学校の最寄り駅より先に行くのはこれが初めてだった。

「あ。北野、外」

しばらくして、黒崎くんが小さく呟く。顔を上げてゆっくりとふり向くと、まばゆい光が目に飛び込んできた。

 わぁ……っ。

 眩しさに思わず目を細める。一瞬、何なのかわからなかった。
 窓一面にあふれる光の粒。
 それが、初夏の太陽の日差しをキラキラと反射して白銀に輝く海だと気づいて、小さく感嘆のため息がもれた。

「海……!」

 この路線の先に海があることは知っていても、まさか電車の窓から見られるなんて思わなかった。迷惑をかけているから声に出しては言えないけれど、スカートが挟まって少しだけ良かったなって思ってしまう。
 こんなことがなかったら、卒業まで知らないままだったかもしれない。
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