それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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5.家に帰るまでが遠足です

帰り道③

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 駅から家まではゆっくり歩いて10分くらい。早足だと5分で着いちゃうこともある。
 けれど、いつもは遠く感じないこの距離が、今日は果てしなく続くように思えた。
 身体中が痛い。靴擦れは特にひどくて、靴のかかとの部分を折り込んでいても足首の痛みは治まらず、歩くたびに増していく。最初は遠慮していたけれど、支えなしではもう歩けなくて、気がつくとぎゅっと黒崎くんの腕を掴んでしまっていた。

「そんなに痛いなら、席を替わらなきゃいいのに」

 ため息まじりの声が、ちくりと痛い。

 うっ、見られてたんだ。

 その後ヨロヨロと歩いて車両を移る私は、きっと滑稽に見えただろう。

「あ、あの、妊婦さんが……」

 叱られているような気分になって、ついしどろもどろになる。よくわからない言い訳をしている自分がさらに恥ずかしい。

「うん、知ってる」

 でも、聞こえてきたのは短いけれど優しい声。驚いて顔を上げると、普段は一文字に結ばれた黒崎くんの口元が、ふっとほころんだように見えた。

 ……あ、笑った。

 思わず目が釘づけになる。
 黒崎くんが私に笑ってくれたのは、これで二度目だ。嬉しくて胸の奥がじいんと痺れた。
 
「なに?」

 視線に気づいて、すぐにまた不機嫌そうな黒崎くんが戻ってくる。私はぷるぷると首を振って誤魔化すように目をそらした。
 傾いた太陽が淡い黄昏を連れてくる。優しい蜜柑色だった西の空がだんだんと濃く赤みを帯びていく。空一面に広がる雲がその色を映して、やわらかく光る。

「綺麗……」

 思わず小さな呟きがこぼれた。
 一日の終わりに感じるほんの少しの切なさと、不思議な懐かしさが穏やかに心を満たす。

 早くブルーに会いたいな……。花さんにも今日のことを伝えたい。

 山で転んだ時とは違う気持ちで、そう思う。
 足は痛むけれどふわふわとした心持ちで歩いていると、ようやく家が近づいてきた。

「あ、あれです。あの、角の家」

 つかんだ黒崎くんの腕をちょっとだけ引いて、家を指差す。そちらを見て、黒崎くんは足をぴたりと止めた。それから、私の顔をじっと見て、

「北野の、家?」

「はい。あの、ここで大丈夫です。送ってくれて、ありがとうございました」

 お礼を言ってそっと腕から手を離すと、不思議と寂しさに似た感情が胸をよぎった。黒崎くんが小さく「ああ」と呟き、また私の家の方に視線を向ける。すっかりいつもの黒崎くんだ。

「じゃ」

 短く言って私にリュックを渡すと、黒崎くんはそのまま走っていってしまった。
 緊張が解けて、大きな吐息が漏れる。一度もこちらを振り向かない彼の後ろ姿と、道に伸びる長い影が見えなくなるまで、私はその場から離れることができなかった。
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