上 下
29 / 109
4.ハードモードなハイキング

ハイキング⑤

しおりを挟む
「ありがとう、ございます」

 広い背中を見上げてお礼を言うと、こちらを振り向くことなく、ぶっきらぼうに「ああ」と短い言葉が返ってくる。でも、不思議と怖いとは思わなかった。
 無言で前を歩く黒崎くんの背中をじっと見つめる。いつも痛いほど伝わってきていた話しかけるなオーラは、感じない。
 今なら、と希望がふっと頭をよぎる。思わず手のひらをぎゅっと握った。

 黒崎くんは、あのときのことを覚えているかな。今さら謝っても、話を蒸し返して余計に嫌な思いをさせてしまうだろうか。

 ぐるぐる考えて、ずっと心につかえたままのかたまりがずきりと疼く。
 このままなかったことみたいにやり過ごしても、このかたまりが消えないことはもうわかっていた。
 心臓がドクドクと早鐘を打つ。
 さっき言ってくれた「怒ってない」の言葉を頭の中で繰り返して、私は意を決して口を開いた。

「く、黒崎くん」

 声をかけてから、先にシミュレーションすればよかったと後悔したけれど、あとの祭だ。
 黒崎くんの足が止まり、大きな背中が半分だけこちらを振り向く。感情の読み取れない眼差しに捉えられ、私はぐっと言葉に詰まった。
 でも、謝るのは、今しかない。

「きょ、教科書、あの、えっと、英語のじゅ、授業、のとき……嫌な態度して、ごめん、なさい……」

 噛みまくってしまったけれど、なんとか言えた。
 感極まり泣いてしまいそうになって、ぐっと涙をこらえる。もう一生分の勇気を使い果たしてしまったように思えた。
 他の人からすればきっと大げさに聞こえるだろうけれど、私にとってはそれくらい大きなことだった。

「……北野って、真面目だな」 

「え?」

 予想外の答えが返ってきて、思わず聞き返す。眉を下げた黒崎くんは、困っているようにも呆れているようにも見えた。

 真面目……。

 その言葉が示すものがわからず反応に困っていると、黒崎くんはゆっくりとこちらに向き直った。

「俺も嫌なこと言ったし、ごめん」

「えっ」

 まさか謝り返されるとは思っていなくて、驚きの声がもれる。それを見て、よく日に焼けた頬がふっと優しくゆるんだ。

 ……あ。

 ドキッとして、身体が固まる。
 それは、ほんの一瞬のことだった。

「行こう。これ以上待たせると、近藤がうるさい」

 私の返事を待たずに、黒崎くんがくるりと踵を返す。

「あ、は、はいっ」

 すぐに私に背を向けた彼のあとを、あわててついていく。けれど、足を踏み出すたびに、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。

 見間違いじゃないよね。
 黒崎くんが、……はじめて笑ってくれた。

 身体の奥から熱いものがあふれて、苦しいほどに心を震わせる。なにか言えば、一緒に涙がこぼれて出てしまいそうだった。

 ちゃんと、謝れた。笑ってくれた。

 心の中で何度も反芻する。
 勇気を出して、よかった。ずっと立ち止まっていた場所から、小さな一歩を踏み出せたような気がした。
 陽射しを透してきらめく若葉が、風にさわさわと揺れる。足の痛みを我慢しながら歩いているのに、ふあふあと浮いているみたいな感覚がした。
 さっきまでの心細さは嘘みたいに消えていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ライトブルー

ジンギスカン
青春
同級生のウザ絡みに頭を抱える椚田司は念願のハッピースクールライフを手に入れるため、遂に陰湿な復讐を決行する。その陰湿さが故、自分が犯人だと気づかれる訳にはいかない。次々と襲い来る「お前が犯人だ」の声を椚田は切り抜けることができるのか。

光属性陽キャ美少女の朝日さんが何故か俺の部屋に入り浸るようになった件について

新人
青春
 朝日 光(あさひ ひかる)は才色兼備で天真爛漫な学内一の人気を誇る光属性完璧美少女。  学外でもテニス界期待の若手選手でモデルとしても活躍中と、まさに天から二物も三物も与えられた存在。  一方、同じクラスの影山 黎也(かげやま れいや)は平凡な学業成績に、平凡未満の運動神経。  学校では居ても居なくても誰も気にしないゲーム好きの闇属性陰キャオタク。  陽と陰、あるいは光と闇。  二人は本来なら決して交わることのない対極の存在のはずだった。  しかし高校二年の春に、同じバスに偶然乗り合わせた黎也は光が同じゲーマーだと知る。  それをきっかけに、光は週末に黎也の部屋へと入り浸るようになった。  他の何も気にせずに、ただゲームに興じるだけの不健康で不健全な……でも最高に楽しい時間を過ごす内に、二人の心の距離は近づいていく。 『サボリたくなったら、またいつでもうちに来てくれていいから』 『じゃあ、今度はゲーミングクッションの座り心地を確かめに行こうかな』  これは誰にも言えない疵を抱えていた光属性の少女が、闇属性の少年の呪いによって立ち直り……虹色に輝く初恋をする物語。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』でも公開しています。 https://kakuyomu.jp/works/16817330667865915671 https://ncode.syosetu.com/n1708ip/

処理中です...