それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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3.前途多難な石の日々

撮影②

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 気温が高くなってきたとはいえ、まだ五月。プールの水はきっと冷たいだろう。それなのに、ここだけ一足先に夏が来ているみたいだ。
 そんな中、ひときわ速く泳ぐ人がいた。

 わ、あの人すごく速い……!

 8レーンあるプールの真ん中を、他の人を大きくを引き離してぐんぐん進んでいく。つい見入っていると、隣でシャッターを切る音がした。いつの間にか部長さんがカメラを構えて、何枚も彼の写真を撮っている。

 いいな、私も撮りたいなぁ。

 まだ入部したばかりの初心者で、カメラも部活の時に部の備品を貸し出してもらっている身だけど、部長さんが彼を撮りたくなる気持ちがわかる気がした。
 まるで水と一体化しているみたいに、力強くてしなやかで、とても美しい。こんなふうに泳げたら、どんなに気持ちがいいだろう。
 幼稚園の頃にプールで溺れてから水が苦手で、小中学校の授業でも私はいつも補習組だった。25m泳ぐことすら、夢のまた夢だ。

「53秒31!」

 マネージャーさんがプールサイドから身を乗り出して、大きな声で叫ぶ。そのタイムがいいのか悪いのかはわからないけれど、彼は満足いかなかったのか軽く首を傾げて何か言ってプールから上がった。
 瞬間、黄色い歓声が大きく響く。
 びっくりして見ると、プールをはさんだ反対側のフェンスの向こうに女の子の集団がいた。

「すごいね。あれ、全部ファンの子たちだよ」

 夏梨ちゃんがあきれたように肩を竦める。
 ファン……たしかにすごい人気だ。あの場所だけ密度も熱気も違う。

「有名な人なの?」

「えっ。詩ちゃん、気づいてないの?」

 夏凛ちゃんが目を丸くして驚く。それから、ちょっと声を落として、

「今ぶっちぎりだった人、黒崎くんだよ。ほら、こっちに来る」

「えっ」

 とっさに振り向いた先に、こちらに歩いてくる黒崎くんの姿があった。

 そういえば、水泳部だって由真ちゃんが教えてくれたような……。

 記憶を辿りながらフェンスの向こうの集団を見て、黒崎くんには中学生の頃から熱狂的なファンがいたという話を思い出した。
 たしかに、あの泳ぎを見るとファンになっちゃうのも納得できる。
 つい目を離せずにいると、黒崎くんは頭にかけたバスタオルで髪の毛をガシガシと乱暴に拭きながら、隣を歩く部員さんと何かを話してふっと笑った。

 あ。

 きゅっと心臓のあたりが苦しくなる。そのことに戸惑いながら、私は彼に見つかる前にくるりと背を向けた。

 ……黒崎くん、笑うんだ。

 当たり前のことなのに、なぜかチクチクと胸が痛む。これが何の痛みなのか自分でもよくわからなかった。
 本当に嫌われているんだと改めて実感したのかもしれない。私は今まで、黒崎くんの不機嫌そうな顔しか見たことがなかったから。
 遠足の班が私と同じだと知った時もそうだった。気まずい雰囲気のまま終わったHRを思い出して、また胸が苦しくなる。

「今年はあの1年くんが一番いい筋肉してるよね」

「やっぱり小さい頃から水泳してると肩幅すごいね。ガッツリ逆三角形」

「写真撮らせてもらいたいな」

 先輩たちの話を聞きながら、撮影場所に置いてあるビート板やコースロープを移動させて整頓する。
 新入部員が揃って撮影が始まっても、私はなるべく黒崎くんの方を見ないように黒子に徹した。
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