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2.不機嫌な人
隣の席①
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次の日から、私の受難の日々が始まった。
「黒崎、朝から不機嫌オーラすごいな」
「……眠い」
「夜ふかし?」
「朝練」
こんなふうに、前の席の長谷くんは事あるごとに彼の斜め後ろの黒崎くんに話しかけ、それに対して黒崎くんが不機嫌そうに短い返事をする。
「そんなだとモテないぞ。ね、北野ちゃんもそう思うよね?」
「えっ。あ、えっと……」
そして時々、こうして長谷くんに黒崎くんの反応の薄さや自分の意見への同意を求められて、私はそのたびにうまく答えられずに落ち込んだ。
私が口を開くと、黒崎くんから怒りのオーラが出ている気さえしてくる。考えた末に、ふたりが話している時は窓の外を見たりノートを書いているふりをしたりして、話しかけられないようにできる限り存在感を消して過ごすことにした。
「大丈夫? 半日ですでに顔が死んでるけど」
待ちに待ったお昼休み。
ベンチに座って膝の上でお弁当箱のふたを開きながら、由真ちゃんが隣からわたしの顔を覗き込む。反対側に座る夏梨ちゃんも、眉を寄せて頷いている。
「極度の緊張で生きてる心地がしない……」
「消耗が凄まじいね」
「そのうち白髪になっちゃいそうだよね」
「うう、笑えない……」
いつもは教室でお弁当を食べているけれど、疲れ果てて抜け殻になっている私を気遣って、ふたりが中庭に連れ出してくれた。
木々の葉がさわさわと優しく揺れる。心地よく通り抜けていく風に大きく息を吐くと、今日初めて呼吸ができた気がした。
「でも黒崎くん、無愛想だけどすっごくイケメンだから、目の保養にはなるよね」
「イケメン……」
「うん、かっこよくない? 」
夏梨ちゃんに聞かれて黒崎くんの顔を思い出そうとしてみたけれど、日に焼けた不機嫌そうな表情しか浮かばない。正面からまともに彼を見たのはあの一度っきりで、怖かったことしか印象に残っていなかった。
「わかんない……」
「もー、詩ちゃんってば。香奈とか悠里とか、めちゃくちゃ羨ましがってたんだよ」
夏梨ちゃんが焼きそばパンをかじりながらため息を吐く。なんだか申し訳ない気持ちになって、必死に記憶を辿っていると、
「あ、そういえば二組の子、黒崎に告白してフラれたらしいよ。興味ないってバッサリ」
由真ちゃんの言葉に、夏梨ちゃんが身を乗り出して反応する。
「ひゃー、キツいなぁ。女嫌いって噂は本当なのかな」
「どうなんだろ。黒崎って中学生の頃から水泳で有名だったらしくて、地元でファン同士が揉めたり変な噂を流されたりして大変だったとは聞いたけど……」
話を聞いてまた不機嫌そうな表情が頭に浮かび、背筋が寒くなる気がした。目の保養なんて、とてもできそうにない。
「でも、それくらいモテるのもすごいよね」
「もしかして少女漫画的なギャップがあったりして。普段は冷たいのに時々さりげなく優しくてドキッとしちゃう、みたいな」
「何その不良が捨て猫に傘を差してあげてた的なの」
猫に傘を……。
ふとブルーを思い出して頬がゆるむ。なんとなくふたりの話を黒崎くんに重ねてみたけれど、最初の印象が強すぎて、黒崎くんが猫をかわいがっている姿なんて想像できなかった。
「ま、詩は近づかなくて正解かもね。黒崎を狙ってる子は多いから、席が近いだけで妬まれそうだし」
由真ちゃんの言葉に、私はお箸を握りしめて大きく頷く。
私も男の子が苦手だし、ちょうどいい。夏休みまで路傍の石のように気配を消して過ごそう。
それなのに、その決意は次の英語の授業中にあっさりとくずれ落ちた。
「黒崎、朝から不機嫌オーラすごいな」
「……眠い」
「夜ふかし?」
「朝練」
こんなふうに、前の席の長谷くんは事あるごとに彼の斜め後ろの黒崎くんに話しかけ、それに対して黒崎くんが不機嫌そうに短い返事をする。
「そんなだとモテないぞ。ね、北野ちゃんもそう思うよね?」
「えっ。あ、えっと……」
そして時々、こうして長谷くんに黒崎くんの反応の薄さや自分の意見への同意を求められて、私はそのたびにうまく答えられずに落ち込んだ。
私が口を開くと、黒崎くんから怒りのオーラが出ている気さえしてくる。考えた末に、ふたりが話している時は窓の外を見たりノートを書いているふりをしたりして、話しかけられないようにできる限り存在感を消して過ごすことにした。
「大丈夫? 半日ですでに顔が死んでるけど」
待ちに待ったお昼休み。
ベンチに座って膝の上でお弁当箱のふたを開きながら、由真ちゃんが隣からわたしの顔を覗き込む。反対側に座る夏梨ちゃんも、眉を寄せて頷いている。
「極度の緊張で生きてる心地がしない……」
「消耗が凄まじいね」
「そのうち白髪になっちゃいそうだよね」
「うう、笑えない……」
いつもは教室でお弁当を食べているけれど、疲れ果てて抜け殻になっている私を気遣って、ふたりが中庭に連れ出してくれた。
木々の葉がさわさわと優しく揺れる。心地よく通り抜けていく風に大きく息を吐くと、今日初めて呼吸ができた気がした。
「でも黒崎くん、無愛想だけどすっごくイケメンだから、目の保養にはなるよね」
「イケメン……」
「うん、かっこよくない? 」
夏梨ちゃんに聞かれて黒崎くんの顔を思い出そうとしてみたけれど、日に焼けた不機嫌そうな表情しか浮かばない。正面からまともに彼を見たのはあの一度っきりで、怖かったことしか印象に残っていなかった。
「わかんない……」
「もー、詩ちゃんってば。香奈とか悠里とか、めちゃくちゃ羨ましがってたんだよ」
夏梨ちゃんが焼きそばパンをかじりながらため息を吐く。なんだか申し訳ない気持ちになって、必死に記憶を辿っていると、
「あ、そういえば二組の子、黒崎に告白してフラれたらしいよ。興味ないってバッサリ」
由真ちゃんの言葉に、夏梨ちゃんが身を乗り出して反応する。
「ひゃー、キツいなぁ。女嫌いって噂は本当なのかな」
「どうなんだろ。黒崎って中学生の頃から水泳で有名だったらしくて、地元でファン同士が揉めたり変な噂を流されたりして大変だったとは聞いたけど……」
話を聞いてまた不機嫌そうな表情が頭に浮かび、背筋が寒くなる気がした。目の保養なんて、とてもできそうにない。
「でも、それくらいモテるのもすごいよね」
「もしかして少女漫画的なギャップがあったりして。普段は冷たいのに時々さりげなく優しくてドキッとしちゃう、みたいな」
「何その不良が捨て猫に傘を差してあげてた的なの」
猫に傘を……。
ふとブルーを思い出して頬がゆるむ。なんとなくふたりの話を黒崎くんに重ねてみたけれど、最初の印象が強すぎて、黒崎くんが猫をかわいがっている姿なんて想像できなかった。
「ま、詩は近づかなくて正解かもね。黒崎を狙ってる子は多いから、席が近いだけで妬まれそうだし」
由真ちゃんの言葉に、私はお箸を握りしめて大きく頷く。
私も男の子が苦手だし、ちょうどいい。夏休みまで路傍の石のように気配を消して過ごそう。
それなのに、その決意は次の英語の授業中にあっさりとくずれ落ちた。
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