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上手い言い訳が思いつかない
しおりを挟む「千春ちゃん、好き。これ、あげる」
そう言って、頬を赤らめながらも、百合の花を摘んで差し出してくる隼人くん。
「ありがとう。私も隼人くんのこと大好きだよ」
彼から花を受け取り、にっこり微笑むと、隼人くは顔をこれでもかというくらい真っ赤にして、顔を隠すように手で覆った。
人形のように愛らしく反応する隼人くんは、初心でとても可愛らしい。
「千春ちゃん、ずっと僕と一緒にいてくれる?」
「もちろん」
「約束だよ」
「うん、約束」
お互い見つめ合い、微笑みあって、約束を交わす。
それはとても懐かしくて淡い記憶。
「ねぇ、千春。結婚式はどこがいいかな?───てなんで途中で逃げようとするの?」
「ちいっ......!」
咄嗟に繋いでいる手を振りほどき、逃走を試みようとするが、後からがっちり腕を捕まれ逃げ出すことができなかった。くそっ、よい反射神経をしてやがる....!
「ごめんごめん、学校に忘れ物があったことを急に思い出しちゃって♪」
私は内心舌打ちしまくりながら、目の前の男を見上げた。
彼の名前は成瀬隼人。私の幼馴染であり、恋人でもある。そんな彼は自他ともに認めるイケメンだ。綺麗に手入れさた艶やかな黒髪に、通った鼻筋。目は大きく二十目蓋で、睫毛も無駄に長い。おまけに高身長で成績優秀な彼は、女子の間でとても人気が高く、結構な頻度で告白されているという。一応、彼女である私もいるんだけど、.....まぁイケメンはなんでもありか。
「千春?」
隼人が私に目線を合わせたまま首を傾げている。
はっ、いけないいけない。思わず見とれてしまうところだった。
「忘れ物って何を忘れたの?」
「あ、えーと.....その英和辞典を!まだ課題に手をつけていなくて...」
「課題は歴史だよ」
「・・・・・・」
思わず開いた口を閉ざし、押し黙る。
残念だが、ここから先の説得力ある言い訳を、今の私に持ち合わせていない。
「そんな、おっちょこちょいな千春も好き」
そして、私の内心をよそに、いまだに気づいていない幼馴染に私は感謝している。
「じゃあ、帰ろうか、千春」
「うん、そうだね」
「ところで、さっきの話の続きなんだけど……」
ダッ、(方向転換する私)
ガシッ、(隼人に首根っこを捕まれる音)
「ぐうぇっ……」(そして私の声)
「……千春」
あ、これ詰んだなぁ。
にっこり微笑んでいる隼人の目が心無しか冷たい。
そして、そのまま首根っこを捕まれた状態で、元の定位置に戻らされる。ん、扱いも雑になった。
「千春、いくら俺でも次したら許さないよ」
「はい......」
さすがの隼人も気づいたのだろう。
今だに首元を離してくれる気配がない。
「また逃げるようなことがあれば────」
お仕置は、膝枕かなぁ。それとも、1日デートだろうか。 悪くて、休日監禁.......。
まあ、どちらにしても、今日は大人しくしておくのが懸命だろう。
次こそは、上手い言い訳でも考えて───
「この婚姻届にサインしてもらう」
「もう一生しません」
やっぱり、嘘つかないほうが身のためだよね!
婚姻届には既に自分の所は書いているらしく、残すは私のみ。なぜ鞄から婚姻届が出てくるのかは、後でじっくり聞いておくのもよいかもしれない。
辺りを見渡せば、大分日も暗くなっている。今日は諦めて帰った方がよさそうだ。
「そう......」
若干落ち込んでいる隼人を無視して、早く帰ろうと促す。
もちろん、婚姻届も回収して。これは、後で私が責任をもって処分しておこう。
この後、結婚式に関する話は、幸いにも出てこなかった。
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