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終幕
Smile for me―――私と踊って
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姫が渡英してから二年半。
ある病院の正面玄関前で立っている雅代の姿に、何人ものの視線が引き寄せられた。正面玄関から出てくる人々は勿論、警備員たちまでもがその姿に見入っていた。しかし、当の本人が一切気にする様子もなく、ただひたすらにある人物を待っていた。
程なくして、長い白髪を揺らしながら麦わら帽子を被った女性がトランクケースを引いて出てきた。女性を見るなり、雅代は深々とお辞儀をする。
「ご快復おめでとうございます、お嬢様。この錦雅代、この日が来るのを一日千秋の思いでお待ちしておりました」
「……って、そんなしみじみに言うこともないでしょ? 途中でずっと一緒にいたんだから」
「確かに、そうではございますが。やはり、感慨深いものがございます」
「……そっか」
姫が目を細めて言うと、後ろの方に目を向けては呆れて笑う。
「……それにしても、派手過ぎない?」
「いいえ、これくらいは妥当かと存じますが」
「……リムジンはさておくとして、何も五台はいらないと思うけどなぁ」
病院前に停めていた五台の黒塗りのリムジンを見て、姫は苦笑を漏らす。
「それは」と雅代が言い掛けたところで、一際大きな声が二人に迫ってくる。
「おおおお、ヒメェェエエエエ! お退院、おんぅーめでとおおおおおおお!」
「……ふふふ。相変わらず元気そうね、亮」
姫はその声に向けると、そこには燕尾服を纏っている亮がいた。
「ちょっと下郎、そこは“ご快復”だと何度も申しておりますのに。それと、“お”退院じゃなく、“ご”退院でございます。
やはり下郎には、もう一度幼稚園から勉強し直した方が良さそうですね。屋敷に到着した際、案内パンフレットをお持ちしましょうか?」
「やはり、雅代さんは私にだけ厳しくナァ~イ?」
「あら、アメとムチの使い分けは、日々心掛けておりますが?」
「ムチばかりだヨ!」
「あと、お嬢様のことは『一姫お嬢様』と呼びなさいな。もし下郎が三歩歩いて雇用主のお名前を忘れるような鳥の生まれ変わりでしたなら、納得いたしますが。いかがですか」
「すみません、錦雅代大尉! 自分は姫を見ると内なる欲望を抑えきれなくて、大尉が教えたことを綺麗さっぱり吹っ飛びましたのであります!」
「よしっ、その潔さに免じて、今回は特別に許すッ!」
「サー! イエス、サー!」
「……いやいや、そこは許しちゃあいけないでしょうに」
何年振りのやり取りに懐かしさを感じて、ふふっと小さく笑う姫。姫が渡英する日、彼女は亮にある話を持ち掛けた。
梨衣が入院費を捻出するのに相当苦労していると聞いて、そこで思い付いたのが『入院費は華小路家が代わって支払うという条件に、亮は姫の専属執事になる。勿論、今まで入院した分は給料から引かれるということを前提に』といった内容の契約だった。
初めてそれを聞いた時は、亮は即答しなかった。だって、彼の夢はあくまでもエンターテイナーであって、執事ではない。
だけど、彼がこの話を持ち帰って妹に相談したら、『せっかくお姉様のご厚意を無碍にするとは、何を考えていますか、バカ兄さん!』とこっぴどく叱られて。翌日の朝、亮は雅代に連絡して、こうして契約が成立することになった。
彼の足が治った後、すぐに華小路邸で執事になるための特別訓練を受けた。教師役である雅代の監視の下、彼は地獄のような特訓を乗り越えた。亮の軍人口調はその時の名残りである。
だが、いざ本番の時に失敗したようでは、それらの日々は無意味に等しいとも言えよう。
「帰ったらまた一から躾けないといけないようでございますね」
「ハッ! 大変失礼な振る舞いをいたしまして、誠に申し訳ございませんでしたぁ! どうかお許しくださいませ、一姫お嬢様ぁ!」
「全く、最初からこうしていればいいでしょうに……」
ふざける亮の隣で、ぶつぶつ文句を言う雅代。
少し形が変わったけれど、亮がいて、雅代もいて。それが何年前の姫にとっての変わらない日常だ。
それがようやく戻ったことで嬉しくなって、姫はふふっと笑い出す。唐突に笑った姫の様子を見た二人は、お互いの顔を見合わせては小さく笑い合った。
「……じゃあ、帰ろっか」
同時に頷く二人を見て、姫は満足そうに微笑んだ。
左には亮、右には主人の代わりにトランクケースを引く雅代。二人の最も信頼できる人物にエスコートされ、前から二番目のリムジンに接近。
自分にドアを開けた亮に礼を言おうとしたその時、彼にこう言われた。
「おかえり、姫」
「……ただいま、亮」
主人が先に乗ったのを確認し、亮も車に乗った。最後に雅代が乗車して、五台のリムジンが離れていく。新たな幕開けに向かって――。
「……そうだ。屋敷に戻ったら雅代、彼に社交ダンスの特訓をさせてね」
「かしこまりました、お嬢様」
「ひ、姫ぇ」
「……あら、私と一緒に踊るんじゃなかったの?」
「ハッ! 全身全霊で臨んでいきたいと思います!」
「……ふふふ、頑張ってね」
了
あとがき
まず、自作を見つけて頂き、そして最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
この作品を最後まで書き切れて、そして初めて完結したのがこの作品だということを、本当に良かったと思っています。
ここだけの話、もしこの作品を書いてなかったら途中で諦めたかもしれません。最後あの終わり方で締めましたが、この先の展開がどうなるのか分からないので一旦完結ことにします。申し訳ございません。
最初は10万字を書く予定はありませんでした。
何せ、地の文がめっっちゃ苦手です、大の苦手です。連載もので初めて三人称視点に挑むわけですから、もっと短めかなと思いました。
しかし、あるツイートを見かけてから、「おっしゃ、やったるか!」という勢いで決定しました(笑)
とは言え、今は別に「書籍化したい!」と思ってませんが、少しでもそこに近付いてけたらいいなと思っただけです。
底辺だからこそ、才能がないからこそ、一切妥協しない。何より、やり切った後の爽快感は半端ないです。何度も挫けそうになりましたけど、全部やり切って本当によかったです。(英語パートとか英語パートとか……)
誰であれ、夢への努力を惜しまないべきですからね。まあ正直、今の自分にとって書籍化の話なんて、夢のまた夢の話ですけどね……ハハハ。
この作品は『死』が是として描かれましたが、本っっっ当に死なないでくださいね!これは作者との約束だよ!まあ、どうしてこうなったかと言うと、なんか書いているうちにそうなっちゃいました……すみません。
それと、作中に“7”という数字が出てきましたが、単純にラッキー7で採用しました。他意はありません。今思い返すと、ラッキー7と死に直結するのは些か失礼かもしれませんね……。反省します。
最後に、昔書いたポエム的なものから取った一行で締めたいと思います。
生きた証を残させて頂き、本当にありがとうございました。
ある病院の正面玄関前で立っている雅代の姿に、何人ものの視線が引き寄せられた。正面玄関から出てくる人々は勿論、警備員たちまでもがその姿に見入っていた。しかし、当の本人が一切気にする様子もなく、ただひたすらにある人物を待っていた。
程なくして、長い白髪を揺らしながら麦わら帽子を被った女性がトランクケースを引いて出てきた。女性を見るなり、雅代は深々とお辞儀をする。
「ご快復おめでとうございます、お嬢様。この錦雅代、この日が来るのを一日千秋の思いでお待ちしておりました」
「……って、そんなしみじみに言うこともないでしょ? 途中でずっと一緒にいたんだから」
「確かに、そうではございますが。やはり、感慨深いものがございます」
「……そっか」
姫が目を細めて言うと、後ろの方に目を向けては呆れて笑う。
「……それにしても、派手過ぎない?」
「いいえ、これくらいは妥当かと存じますが」
「……リムジンはさておくとして、何も五台はいらないと思うけどなぁ」
病院前に停めていた五台の黒塗りのリムジンを見て、姫は苦笑を漏らす。
「それは」と雅代が言い掛けたところで、一際大きな声が二人に迫ってくる。
「おおおお、ヒメェェエエエエ! お退院、おんぅーめでとおおおおおおお!」
「……ふふふ。相変わらず元気そうね、亮」
姫はその声に向けると、そこには燕尾服を纏っている亮がいた。
「ちょっと下郎、そこは“ご快復”だと何度も申しておりますのに。それと、“お”退院じゃなく、“ご”退院でございます。
やはり下郎には、もう一度幼稚園から勉強し直した方が良さそうですね。屋敷に到着した際、案内パンフレットをお持ちしましょうか?」
「やはり、雅代さんは私にだけ厳しくナァ~イ?」
「あら、アメとムチの使い分けは、日々心掛けておりますが?」
「ムチばかりだヨ!」
「あと、お嬢様のことは『一姫お嬢様』と呼びなさいな。もし下郎が三歩歩いて雇用主のお名前を忘れるような鳥の生まれ変わりでしたなら、納得いたしますが。いかがですか」
「すみません、錦雅代大尉! 自分は姫を見ると内なる欲望を抑えきれなくて、大尉が教えたことを綺麗さっぱり吹っ飛びましたのであります!」
「よしっ、その潔さに免じて、今回は特別に許すッ!」
「サー! イエス、サー!」
「……いやいや、そこは許しちゃあいけないでしょうに」
何年振りのやり取りに懐かしさを感じて、ふふっと小さく笑う姫。姫が渡英する日、彼女は亮にある話を持ち掛けた。
梨衣が入院費を捻出するのに相当苦労していると聞いて、そこで思い付いたのが『入院費は華小路家が代わって支払うという条件に、亮は姫の専属執事になる。勿論、今まで入院した分は給料から引かれるということを前提に』といった内容の契約だった。
初めてそれを聞いた時は、亮は即答しなかった。だって、彼の夢はあくまでもエンターテイナーであって、執事ではない。
だけど、彼がこの話を持ち帰って妹に相談したら、『せっかくお姉様のご厚意を無碍にするとは、何を考えていますか、バカ兄さん!』とこっぴどく叱られて。翌日の朝、亮は雅代に連絡して、こうして契約が成立することになった。
彼の足が治った後、すぐに華小路邸で執事になるための特別訓練を受けた。教師役である雅代の監視の下、彼は地獄のような特訓を乗り越えた。亮の軍人口調はその時の名残りである。
だが、いざ本番の時に失敗したようでは、それらの日々は無意味に等しいとも言えよう。
「帰ったらまた一から躾けないといけないようでございますね」
「ハッ! 大変失礼な振る舞いをいたしまして、誠に申し訳ございませんでしたぁ! どうかお許しくださいませ、一姫お嬢様ぁ!」
「全く、最初からこうしていればいいでしょうに……」
ふざける亮の隣で、ぶつぶつ文句を言う雅代。
少し形が変わったけれど、亮がいて、雅代もいて。それが何年前の姫にとっての変わらない日常だ。
それがようやく戻ったことで嬉しくなって、姫はふふっと笑い出す。唐突に笑った姫の様子を見た二人は、お互いの顔を見合わせては小さく笑い合った。
「……じゃあ、帰ろっか」
同時に頷く二人を見て、姫は満足そうに微笑んだ。
左には亮、右には主人の代わりにトランクケースを引く雅代。二人の最も信頼できる人物にエスコートされ、前から二番目のリムジンに接近。
自分にドアを開けた亮に礼を言おうとしたその時、彼にこう言われた。
「おかえり、姫」
「……ただいま、亮」
主人が先に乗ったのを確認し、亮も車に乗った。最後に雅代が乗車して、五台のリムジンが離れていく。新たな幕開けに向かって――。
「……そうだ。屋敷に戻ったら雅代、彼に社交ダンスの特訓をさせてね」
「かしこまりました、お嬢様」
「ひ、姫ぇ」
「……あら、私と一緒に踊るんじゃなかったの?」
「ハッ! 全身全霊で臨んでいきたいと思います!」
「……ふふふ、頑張ってね」
了
あとがき
まず、自作を見つけて頂き、そして最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
この作品を最後まで書き切れて、そして初めて完結したのがこの作品だということを、本当に良かったと思っています。
ここだけの話、もしこの作品を書いてなかったら途中で諦めたかもしれません。最後あの終わり方で締めましたが、この先の展開がどうなるのか分からないので一旦完結ことにします。申し訳ございません。
最初は10万字を書く予定はありませんでした。
何せ、地の文がめっっちゃ苦手です、大の苦手です。連載もので初めて三人称視点に挑むわけですから、もっと短めかなと思いました。
しかし、あるツイートを見かけてから、「おっしゃ、やったるか!」という勢いで決定しました(笑)
とは言え、今は別に「書籍化したい!」と思ってませんが、少しでもそこに近付いてけたらいいなと思っただけです。
底辺だからこそ、才能がないからこそ、一切妥協しない。何より、やり切った後の爽快感は半端ないです。何度も挫けそうになりましたけど、全部やり切って本当によかったです。(英語パートとか英語パートとか……)
誰であれ、夢への努力を惜しまないべきですからね。まあ正直、今の自分にとって書籍化の話なんて、夢のまた夢の話ですけどね……ハハハ。
この作品は『死』が是として描かれましたが、本っっっ当に死なないでくださいね!これは作者との約束だよ!まあ、どうしてこうなったかと言うと、なんか書いているうちにそうなっちゃいました……すみません。
それと、作中に“7”という数字が出てきましたが、単純にラッキー7で採用しました。他意はありません。今思い返すと、ラッキー7と死に直結するのは些か失礼かもしれませんね……。反省します。
最後に、昔書いたポエム的なものから取った一行で締めたいと思います。
生きた証を残させて頂き、本当にありがとうございました。
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