【病院編完結】私と踊っていただけませんか、7階の死神さん(マドモアゼル)?

才式レイ

文字の大きさ
上 下
44 / 44
終幕

Smile for me―――私と踊って

しおりを挟む
 姫が渡英してから二年半。
 ある病院の正面玄関前で立っている雅代まさよの姿に、何人ものの視線が引き寄せられた。正面玄関から出てくる人々は勿論、警備員たちまでもがその姿に見入っていた。しかし、当の本人が一切気にする様子もなく、ただひたすらにある人物を待っていた。
 程なくして、長い白髪を揺らしながら麦わら帽子を被った女性がトランクケースを引いて出てきた。女性を見るなり、雅代まさよは深々とお辞儀をする。

「ご快復おめでとうございます、お嬢様。この錦雅代にしきまさよ、この日が来るのを一日千秋の思いでお待ちしておりました」

「……って、そんなしみじみに言うこともないでしょ? 途中でずっと一緒にいたんだから」

「確かに、そうではございますが。やはり、感慨深いものがございます」

「……そっか」

 姫が目を細めて言うと、後ろの方に目を向けては呆れて笑う。

「……それにしても、派手過ぎない?」

「いいえ、これくらいは妥当かと存じますが」

「……リムジンはさておくとして、何も五台はいらないと思うけどなぁ」

 病院前に停めていた五台の黒塗りのリムジンを見て、姫は苦笑を漏らす。
 「それは」と雅代まさよが言い掛けたところで、一際大きな声が二人に迫ってくる。
 
「おおおお、ヒメェェエエエエ! お退院、おんぅーめでとおおおおおおお!」

「……ふふふ。相変わらず元気そうね、亮」

 姫はその声に向けると、そこには燕尾服を纏っている亮がいた。

「ちょっと下郎、そこは“ご快復”だと何度も申しておりますのに。それと、“お”退院じゃなく、“ご”退院でございます。
 やはり下郎には、もう一度幼稚園から勉強し直した方が良さそうですね。屋敷に到着した際、案内パンフレットをお持ちしましょうか?」

「やはり、雅代まさよさんは私にだけ厳しくナァ~イ?」

「あら、アメとムチの使い分けは、日々心掛けておりますが?」

「ムチばかりだヨ!」

「あと、お嬢様のことは『一姫かずきお嬢様』と呼びなさいな。もし下郎が三歩歩いて雇用主のお名前を忘れるような鳥の生まれ変わりでしたなら、納得いたしますが。いかがですか」

「すみません、錦雅代にしきまさよ大尉! 自分は姫を見ると内なる欲望を抑えきれなくて、大尉が教えたことを綺麗さっぱり吹っ飛びましたのであります!」

「よしっ、その潔さに免じて、今回は特別に許すッ!」

「サー! イエス、サー!」 

「……いやいや、そこは許しちゃあいけないでしょうに」

 何年振りのやり取りに懐かしさを感じて、ふふっと小さく笑う姫。姫が渡英する日、彼女は亮にある話を持ち掛けた。
 梨衣りえが入院費を捻出するのに相当苦労していると聞いて、そこで思い付いたのが『入院費は華小路はなこうじ家が代わって支払うという条件に、亮は姫の専属執事になる。勿論、今まで入院した分は給料から引かれるということを前提に』といった内容の契約だった。

 初めてそれを聞いた時は、亮は即答しなかった。だって、彼の夢はあくまでもエンターテイナーであって、執事ではない。
 だけど、彼がこの話を持ち帰って妹に相談したら、『せっかくお姉様のご厚意を無碍にするとは、何を考えていますか、バカ兄さん!』とこっぴどく叱られて。翌日の朝、亮は雅代に連絡して、こうして契約が成立することになった。
 彼の足が治った後、すぐに華小路はなこうじ邸で執事になるための特別訓練を受けた。教師役である雅代まさよの監視の下、彼は地獄のような特訓を乗り越えた。亮の軍人口調はその時の名残りである。
 だが、いざ本番の時に失敗したようでは、それらの日々は無意味に等しいとも言えよう。

「帰ったらまた一から躾けないといけないようでございますね」

「ハッ! 大変失礼な振る舞いをいたしまして、誠に申し訳ございませんでしたぁ! どうかお許しくださいませ、一姫かずきお嬢様ぁ!」

「全く、最初からこうしていればいいでしょうに……」

 ふざける亮の隣で、ぶつぶつ文句を言う雅代まさよ
 少し形が変わったけれど、亮がいて、雅代まさよもいて。それが何年前の姫にとっての変わらない日常だ。
 それがようやく戻ったことで嬉しくなって、姫はふふっと笑い出す。唐突に笑った姫の様子を見た二人は、お互いの顔を見合わせては小さく笑い合った。

「……じゃあ、帰ろっか」

 同時に頷く二人を見て、姫は満足そうに微笑んだ。
 左には亮、右には主人の代わりにトランクケースを引く雅代まさよ。二人の最も信頼できる人物にエスコートされ、前から二番目のリムジンに接近。
 自分にドアを開けた亮に礼を言おうとしたその時、彼にこう言われた。

「おかえり、姫」

「……ただいま、亮」

 主人が先に乗ったのを確認し、亮も車に乗った。最後に雅代が乗車して、五台のリムジンが離れていく。新たな幕開けに向かって――。

「……そうだ。屋敷に戻ったら雅代まさよ、彼に社交ダンスの特訓をさせてね」

「かしこまりました、お嬢様」

「ひ、姫ぇ」

「……あら、私と一緒に踊るんじゃなかったの?」

「ハッ! 全身全霊で臨んでいきたいと思います!」

「……ふふふ、頑張ってね」


















あとがき

 まず、自作を見つけて頂き、そして最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 この作品を最後まで書き切れて、そして初めて完結したのがこの作品だということを、本当に良かったと思っています。
 ここだけの話、もしこの作品を書いてなかったら途中で諦めたかもしれません。最後あの終わり方で締めましたが、この先の展開がどうなるのか分からないので一旦完結ことにします。申し訳ございません。

 最初は10万字を書く予定はありませんでした。
 何せ、地の文がめっっちゃ苦手です、大の苦手です。連載もので初めて三人称視点に挑むわけですから、もっと短めかなと思いました。
 しかし、あるツイートを見かけてから、「おっしゃ、やったるか!」という勢いで決定しました(笑)
 とは言え、今は別に「書籍化したい!」と思ってませんが、少しでもそこに近付いてけたらいいなと思っただけです。

 底辺だからこそ、才能がないからこそ、一切妥協しない。何より、やり切った後の爽快感は半端ないです。何度も挫けそうになりましたけど、全部やり切って本当によかったです。(英語パートとか英語パートとか……)
 誰であれ、夢への努力を惜しまないべきですからね。まあ正直、今の自分にとって書籍化の話なんて、夢のまた夢の話ですけどね……ハハハ。

 この作品は『死』が是として描かれましたが、本っっっ当に死なないでくださいね!これは作者との約束だよ!まあ、どうしてこうなったかと言うと、なんか書いているうちにそうなっちゃいました……すみません。
 それと、作中に“7”という数字が出てきましたが、単純にラッキー7で採用しました。他意はありません。今思い返すと、ラッキー7と死に直結するのは些か失礼かもしれませんね……。反省します。

 最後に、昔書いたポエム的なものから取った一行で締めたいと思います。
 生きた証を残させて頂き、本当にありがとうございました。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

君の記憶が消えゆく前に

じじ
ライト文芸
愛盗病…それは深く愛した人を一年かけてゆっくり忘れていく病気。発症者本人がそのことに気づけないため、愛を盗む病といわれている。 発症して、一年経つと、愛した人を完全に忘れてしまうとともに、発症者は命を落とす。 桜井美弥。僕の愛した唯一の女性。僕の人生から彼女が消えるなど…彼女の記憶から僕が消えるなど…考えたことすらなかった。

実家を追い出されホームレスになったヒキニート俺、偶然再会した幼馴染の家に転がり込む。

高野たけし
ライト文芸
引きこもり歴五年のニート――杉野和哉は食べて遊んで寝るだけの日々を過ごしていた。この生活がずっと続くと思っていたのだが、痺れを切らした両親に家を追い出されてしまう。今更働く気力も体力もない和哉は、誰かに養ってもらおうと画策するが上手くいかず、路上生活が目の前にまで迫っていた。ある日、和哉がインターネットカフェで寝泊まりをしていると綺麗な女の人を見つけた。週末の夜に一人でいるのならワンチャンスあると踏んだ和哉は、勇気を出して声をかける。すると彼女は高校生の時に交際していた幼馴染の松下紗絢だった。またとないチャンスを手に入れた和哉は、紗絢を言葉巧みに欺き、彼女の家に住み着くことに成功する。これはクズでどうしようもない主人公と、お人好しな幼馴染が繰り広げる物語。

選ばれたのはケモナーでした

竹端景
ファンタジー
 魔法やスキルが当たり前に使われる世界。その世界でも異質な才能は神と同格であった。  この世で一番目にするものはなんだろうか?文字?人?動物?いや、それらを構成している『円』と『線』に気づいている人はどのくらいいるだろうか。  円と線の神から、彼が管理する星へと転生することになった一つの魂。記憶はないが、知識と、神に匹敵する一つの号を掲げて、世界を一つの言葉に染め上げる。 『みんなまとめてフルモッフ』 これは、ケモナーな神(見た目棒人間)と知識とかなり天然な少年の物語。  神と同格なケモナーが色んな人と仲良く、やりたいことをやっていくお話。 ※ほぼ毎日、更新しています。ちらりとのぞいてみてください。

その令嬢は祈りを捧げる

ユウキ
恋愛
エイディアーナは生まれてすぐに決められた婚約者がいる。婚約者である第一王子とは、激しい情熱こそないが、穏やかな関係を築いていた。このまま何事もなければ卒業後に結婚となる筈だったのだが、学園入学して2年目に事態は急変する。 エイディアーナは、その心中を神への祈りと共に吐露するのだった。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

処理中です...