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幕間――――過ぎ去れし日々Ⅱ
第1話
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華小路家四代目当主・華小路一三氏の遺言で一姫を後継者に指名したことが発表されたのは、一三氏が逝去された翌日のことだった。
姉たちに比べても年の離れた一姫が相続権を持つことに、当然反発は強かった。表向きでは従って見せても、内心納得していない者も少なかったのである。
こうした状況がより顕著になったのは、一三氏の1周忌が催された時だった。
「ほぉら、一姫ちゃん! 新しいぬいぐるみだよ、これでぬいぐるみ王国には更に住人が増えちゃうね、ははは」
「もう、今時ぬいぐるみなんて古いよ。何せ今はスマホの時代なんだから。ほら、一姫ちゃん。これはまだ発売されていない、あの有名なメーカーの最新機種よ」
「ええー、女の子ならスマホなんかよりも当然ドレスよね? 見て、ここの金の刺繡綺麗でしょ? これ、本物の金よ」
「私は一姫ちゃんのために専用のお庭を造ったんだよ? ほら見て、この見渡す限りの薔薇畑を!」
「……」
集まってきた分家たちが、ご機嫌を取ろうと次々に度の過ぎたプレゼントを披露していく。しかし彼らは一姫の薄い反応を前にしても、それを止めることはなかった。他の使用人たちは来客の給仕に奔走しながら、その様子を窺っていた。
華小路家ではこういう時、使用人によってどの分家のお世話をするのかが、明確に決められている。彼らの間には選抜試験をクリアした『精鋭組』と、他の分家の口利きで華小路家をお仕えするようになった『推薦組』に分けられていた。
この二つのグループは表向きでは仲間意識を保っているかのように見せかけていたが、裏では互いをいがみ合うような関係だ。イジメといった深刻な問題はなかったものの、精鋭組は“楽して土足でプロの現場に踏み込んだ素人の集まり”と軽蔑し、推薦組は精鋭組のことを“自意識過剰な集まり”と見下す。
そして、この日は“偶然”にも精鋭組の使用人たちが“研修旅行”で華小路邸を出払っていた。
この異常事態を察知して急いで帰還した、ただ一人を除いて。
「ご無事でしたか、お嬢様」
「……雅代」
「遅くなり誠に申し訳ございません、お嬢様。貴女様の雅代がただいまより、帰還しました」
わざと分家たちの間を割って幼き主人に接近し、綺麗なお辞儀をする。無遠慮な舌打ちに雅代は耳をピクリとさせて、振り返って彼らを見据えた。
「自称お嬢様付きメイドのお出ましか。おい貴様、研修旅行はどうした?」
当時の雅代はただ一姫とお嬢様付きメイドになるという口約束を交わしただけで、まだ正式な手続きを踏んでなどいなかった。しかしその直後、華小路家はすぐに大混乱に陥っただけあって、手続きをするタイミングを見逃した。
それでも、彼女は『一姫のお嬢様付き《レディース》メイド』として名乗り続けて、幼い主人のために行動した。
この時から既に分家たちの間では『お飾りに魅入られた憐れなメイド』として定着したが、本人は気にも留めなかった。
「ハッ、せっかくのご厚意で恐縮ではございますが、すっぽかしてきました」
「たかが使用人の分際で勝手な真似は許さんぞ! 何様のつもりだ。一体、いくら金を積んでやったと思ったんだ! 我々の――」
「もう止めてやれ。まだお飾りの前だぞ」
一人の分家に止められ、ハッとする男。人前でも一姫のことをそう言い慣れすぎた結果、本人の前でも口を滑らせた。が、一姫も一姫で言われ慣れ過ぎた故に、ただ足下を見つめるだけ。
主人の代わりに、雅代が睨みを利かせると、分家の男もハッとなり。言い訳しようにも取り付く島すら与えられないまま、全員まとめて雅代に追い出されることになった。
「このクソメイド、覚えとけよ!」
「はいはい、二度とこの屋敷に踏み入れないよう、願うばかりでございます」
重厚な正面玄関のドアを閉めて、そこに背中を預けて一息入れる雅代。
本来であれば、使用人がこのようなことをしても決して許されないはずだが、彼女は使用人であっても、本家に仕える精鋭組の使用人である。そのため、例え分家の連中でも彼女の言い分には逆らえない。
けれど100人ものの使用人の内、推薦組が7割、精鋭組が僅か3割。
そしてその精鋭組の中でも果敢に分家の連中に立ち向かうのは、残念ながらたった雅代一人のみ。だから、彼女は一年間ずっと一人で一姫を守っているわけだが、さすがに限界があると感じた。
――一刻も早くこちら側の人間を確保しなければ、お嬢様おろか、ひいては本家の存続も危ない。
扉から背中を離したと同時に、雅代がそう決心をついた。
それから雅代は人員確保のために奔走していた。
しかし、精鋭組の使用人は自分の職に並ならぬプライドを持っている故に頭も固く、当初雅代も難航していた。だけど彼女は挫けることもなく、猛アタックしていく内に、一人、また一人の仲間を手に入れ、ちょっとずつ陣営が拡大していった。
その間に申請を済ませて正式に一姫のお嬢様付きメイドになったら、今度は華小路家のために奔走。
先代当主・一三氏の秘書と二人三脚で、華小路財閥の内部事情の処理や分家との牽制するようになった。
本来であれば、一使用人の出る幕ではないが、主がなき今、誰かが引き受かなきゃいけないことだ。
そのため、一姫の身の回りの世話は他人に任せる頻度も多くなり、夜遅くまで外出することも頻繁になり、主人のお顔を見れなかった日すらあった。
けれど、いずれも『次期当主である一姫の座を守る』に繋がるから仕方がない。今は耐え忍ぶ時だ。
雅代はそう自分に言い聞かせて、肌身離さず持ち歩いていた一姫の写真を見ることで自身を保つようになった。
朝は一姫の世話をし、昼は華小路家のために奔走し、夜は経済やビジネスの勉強に励む。
そんな生活が続くうちに、あっという間に二年が経ち、一姫もようやくお嬢様学校に入学する頃。丁度、雅代もメイド長にまで出世した。
その日は、一日中雨が降っていた。
一姫の送迎を他の者に任せて、自分は新しく入ってきた使用人たちの研修の監修役を務めることになった。忙しなく業務をこなすうちに、いつの間にか夕食時を過ぎていた。だけど時間が過ぎても、一姫はまだ部屋から下りていない。
本来であれば、一姫を呼ぶのは雅代の役目ではあるが。彼女は時間通りになったら自主的に下りてくるタイプで、遅刻するのは考えられない。
――もしかしたらお嬢様に何かあったのかもしれない。
漠然とした不安を抱えて、雅代は一姫の寝室に訪れた。三度もドアを叩くも返事がない。それどころか、物音すら何一つもない。
この時点で既に嫌な予感しかしないが、メイドのトップに立つたる者、決して油断してはならない。彼女は心中で諫めると、努めて冷静な口調で告げた。
「失礼します」
身体の中で渦巻いている胸騒ぎが大きくなったと同時に、ドアノブを握る。
自身を落ち着かせるために深呼吸してから、ゆっくりとドアを開けると、そこに広がる光景に驚愕し、思わず息を呑んだ。
「――――ッ」
絨毯の上に気絶して倒れている一姫の身体には、薔薇の花が赤黒く咲いている。
見たこともない模様が彼女の身体を蝕んでいるような光景に理解が追い付かないまま、気絶した主人の元へと駆け寄った。
「お嬢様! 一姫お嬢様! 誰か――」
彼女の身に一体何かあったのか。そんな質問に支配されたまま、必死に救援を求める雅代。
もし、もっと早く気付いていれば。もし、もっとお嬢様のことを気にかけていれば。もし、傍にいれば――。
そんな後悔ばかりが雅代の心中に渦巻く中、華小路家が私有したプライベートヘリコプターの到着を今か今かと待ちわびた。
先代当主・一三氏が逝去され、当主の座が空席のまま、次期当主になるはずの一姫が正体不明の病気に侵され、気絶した。
立て続けに二つの事件に見舞われた華小路家は、再び混乱状態に陥った。
姉たちに比べても年の離れた一姫が相続権を持つことに、当然反発は強かった。表向きでは従って見せても、内心納得していない者も少なかったのである。
こうした状況がより顕著になったのは、一三氏の1周忌が催された時だった。
「ほぉら、一姫ちゃん! 新しいぬいぐるみだよ、これでぬいぐるみ王国には更に住人が増えちゃうね、ははは」
「もう、今時ぬいぐるみなんて古いよ。何せ今はスマホの時代なんだから。ほら、一姫ちゃん。これはまだ発売されていない、あの有名なメーカーの最新機種よ」
「ええー、女の子ならスマホなんかよりも当然ドレスよね? 見て、ここの金の刺繡綺麗でしょ? これ、本物の金よ」
「私は一姫ちゃんのために専用のお庭を造ったんだよ? ほら見て、この見渡す限りの薔薇畑を!」
「……」
集まってきた分家たちが、ご機嫌を取ろうと次々に度の過ぎたプレゼントを披露していく。しかし彼らは一姫の薄い反応を前にしても、それを止めることはなかった。他の使用人たちは来客の給仕に奔走しながら、その様子を窺っていた。
華小路家ではこういう時、使用人によってどの分家のお世話をするのかが、明確に決められている。彼らの間には選抜試験をクリアした『精鋭組』と、他の分家の口利きで華小路家をお仕えするようになった『推薦組』に分けられていた。
この二つのグループは表向きでは仲間意識を保っているかのように見せかけていたが、裏では互いをいがみ合うような関係だ。イジメといった深刻な問題はなかったものの、精鋭組は“楽して土足でプロの現場に踏み込んだ素人の集まり”と軽蔑し、推薦組は精鋭組のことを“自意識過剰な集まり”と見下す。
そして、この日は“偶然”にも精鋭組の使用人たちが“研修旅行”で華小路邸を出払っていた。
この異常事態を察知して急いで帰還した、ただ一人を除いて。
「ご無事でしたか、お嬢様」
「……雅代」
「遅くなり誠に申し訳ございません、お嬢様。貴女様の雅代がただいまより、帰還しました」
わざと分家たちの間を割って幼き主人に接近し、綺麗なお辞儀をする。無遠慮な舌打ちに雅代は耳をピクリとさせて、振り返って彼らを見据えた。
「自称お嬢様付きメイドのお出ましか。おい貴様、研修旅行はどうした?」
当時の雅代はただ一姫とお嬢様付きメイドになるという口約束を交わしただけで、まだ正式な手続きを踏んでなどいなかった。しかしその直後、華小路家はすぐに大混乱に陥っただけあって、手続きをするタイミングを見逃した。
それでも、彼女は『一姫のお嬢様付き《レディース》メイド』として名乗り続けて、幼い主人のために行動した。
この時から既に分家たちの間では『お飾りに魅入られた憐れなメイド』として定着したが、本人は気にも留めなかった。
「ハッ、せっかくのご厚意で恐縮ではございますが、すっぽかしてきました」
「たかが使用人の分際で勝手な真似は許さんぞ! 何様のつもりだ。一体、いくら金を積んでやったと思ったんだ! 我々の――」
「もう止めてやれ。まだお飾りの前だぞ」
一人の分家に止められ、ハッとする男。人前でも一姫のことをそう言い慣れすぎた結果、本人の前でも口を滑らせた。が、一姫も一姫で言われ慣れ過ぎた故に、ただ足下を見つめるだけ。
主人の代わりに、雅代が睨みを利かせると、分家の男もハッとなり。言い訳しようにも取り付く島すら与えられないまま、全員まとめて雅代に追い出されることになった。
「このクソメイド、覚えとけよ!」
「はいはい、二度とこの屋敷に踏み入れないよう、願うばかりでございます」
重厚な正面玄関のドアを閉めて、そこに背中を預けて一息入れる雅代。
本来であれば、使用人がこのようなことをしても決して許されないはずだが、彼女は使用人であっても、本家に仕える精鋭組の使用人である。そのため、例え分家の連中でも彼女の言い分には逆らえない。
けれど100人ものの使用人の内、推薦組が7割、精鋭組が僅か3割。
そしてその精鋭組の中でも果敢に分家の連中に立ち向かうのは、残念ながらたった雅代一人のみ。だから、彼女は一年間ずっと一人で一姫を守っているわけだが、さすがに限界があると感じた。
――一刻も早くこちら側の人間を確保しなければ、お嬢様おろか、ひいては本家の存続も危ない。
扉から背中を離したと同時に、雅代がそう決心をついた。
それから雅代は人員確保のために奔走していた。
しかし、精鋭組の使用人は自分の職に並ならぬプライドを持っている故に頭も固く、当初雅代も難航していた。だけど彼女は挫けることもなく、猛アタックしていく内に、一人、また一人の仲間を手に入れ、ちょっとずつ陣営が拡大していった。
その間に申請を済ませて正式に一姫のお嬢様付きメイドになったら、今度は華小路家のために奔走。
先代当主・一三氏の秘書と二人三脚で、華小路財閥の内部事情の処理や分家との牽制するようになった。
本来であれば、一使用人の出る幕ではないが、主がなき今、誰かが引き受かなきゃいけないことだ。
そのため、一姫の身の回りの世話は他人に任せる頻度も多くなり、夜遅くまで外出することも頻繁になり、主人のお顔を見れなかった日すらあった。
けれど、いずれも『次期当主である一姫の座を守る』に繋がるから仕方がない。今は耐え忍ぶ時だ。
雅代はそう自分に言い聞かせて、肌身離さず持ち歩いていた一姫の写真を見ることで自身を保つようになった。
朝は一姫の世話をし、昼は華小路家のために奔走し、夜は経済やビジネスの勉強に励む。
そんな生活が続くうちに、あっという間に二年が経ち、一姫もようやくお嬢様学校に入学する頃。丁度、雅代もメイド長にまで出世した。
その日は、一日中雨が降っていた。
一姫の送迎を他の者に任せて、自分は新しく入ってきた使用人たちの研修の監修役を務めることになった。忙しなく業務をこなすうちに、いつの間にか夕食時を過ぎていた。だけど時間が過ぎても、一姫はまだ部屋から下りていない。
本来であれば、一姫を呼ぶのは雅代の役目ではあるが。彼女は時間通りになったら自主的に下りてくるタイプで、遅刻するのは考えられない。
――もしかしたらお嬢様に何かあったのかもしれない。
漠然とした不安を抱えて、雅代は一姫の寝室に訪れた。三度もドアを叩くも返事がない。それどころか、物音すら何一つもない。
この時点で既に嫌な予感しかしないが、メイドのトップに立つたる者、決して油断してはならない。彼女は心中で諫めると、努めて冷静な口調で告げた。
「失礼します」
身体の中で渦巻いている胸騒ぎが大きくなったと同時に、ドアノブを握る。
自身を落ち着かせるために深呼吸してから、ゆっくりとドアを開けると、そこに広がる光景に驚愕し、思わず息を呑んだ。
「――――ッ」
絨毯の上に気絶して倒れている一姫の身体には、薔薇の花が赤黒く咲いている。
見たこともない模様が彼女の身体を蝕んでいるような光景に理解が追い付かないまま、気絶した主人の元へと駆け寄った。
「お嬢様! 一姫お嬢様! 誰か――」
彼女の身に一体何かあったのか。そんな質問に支配されたまま、必死に救援を求める雅代。
もし、もっと早く気付いていれば。もし、もっとお嬢様のことを気にかけていれば。もし、傍にいれば――。
そんな後悔ばかりが雅代の心中に渦巻く中、華小路家が私有したプライベートヘリコプターの到着を今か今かと待ちわびた。
先代当主・一三氏が逝去され、当主の座が空席のまま、次期当主になるはずの一姫が正体不明の病気に侵され、気絶した。
立て続けに二つの事件に見舞われた華小路家は、再び混乱状態に陥った。
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