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第二幕 Smile for me―――家族、襲来
第3話
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二人の前に現れた梨衣を見て、雅代は冷静に一言を放った。
「あ、カチコミ通り魔」
「ちょっと、マイ・ディア・シスターのことをそんな風に呼ばないでくれる?!」
「マイ・ディア・シスターも結構気持ち悪うと思いますけどね」
雅代のツッコミを聞き流して、迫ってくる梨衣に振り向く。
――クッ、我が妹をなんとか落ち着かせねば……!
そんな保身的な判断とは裏腹に、殴りかかってくる梨衣に向けて腕を広げる亮。それはまるで、勢いよく突進してくる牛を止めようとする、勇敢な闘牛士の如く。
「おお、我が愛する妹よ。一度、話し合いを――グェボッ」
またしても妹に殴られ、車椅子ごと吹き飛ばされた亮。綺麗な放物線を描いた身躯の顔には、キラキラした笑顔があった。
その顔を見た刹那、雅代の頭に一句が浮かんだ――!
『変態を 極めた者は ここにあり』byお嬢様すきすき大好きなメイド。
「ふむ、我ながら素晴らしい575を思い付きましたね。少々簡潔すぎましたが」
彼女がそう言い終わったのとほぼ同時に、亮は後方にあるゴミ箱の前へと落下。――しかしまあ、ドM具合がより深刻になっていきますね。
不格好なダブルピースを呆れた目で見下ろしながら、雅代はそう思った。
「なんだなんだ」
「何があったんだ」
だけど、騒音を聞いて驚いた通りすがりの者たちがわらわらと集まってきたせいで、梨衣が慌てて逃げて亮を回収できずじまい。
その光景に、雅代はため息一つ。さっさと離れよう、と振り返った矢先、周囲の視線に留められた。知り合いなのに助けないの、とでも言いたげだ。やれやれとため息をつきつつ、亮に近寄って俯瞰する。
「やはり、カチコミ通り魔ではございませんか。まあ、被害者は下郎一人のみでございますが。それになんですか、その前振りは。あれがなければ話し合いができたでしょうに。本当、肝心なところで詰めが甘いでございますね。それに、ダブルピースはもう古臭いでございますよ。もっと世間の流行りを追ってはどうです?」
「……冷静に分析しないで早く助けてくださいお願いします」
雅代の畳み掛けるような早口に返ってきたのは、いつもの飄々らしさが微塵もなく、ただ純粋に助けを求める掠れた声色。
余程深刻なんだろう、と彼女が再び息を吐き出して身を屈めた。
「全く、今回だけでございますよ」
――またやっちゃったー!
梨衣は顔を伏せがちに廊下を進みながら、悶絶している。その顔は火が飛び出そうなくらい、真っ赤っ赤だ。
上京してから村にいた頃の癖を止めようと思っていたのに、どうしてか亮の前にいると、あるべき自制心がいつの間に消えた。
「ダメダメ。しっかりしなきゃ……」
これからは気を付けよう。彼女がそう思った矢先に、前方から謝罪の声が聞こえてきて、その声の方へ顔を向ける。視線の先には、平身低頭する一人の看護師と腰に手を当てるスタッフの存在に気付いた。
相手のため息一つで看護師の肩がビクッと震えたところを見て、無関係の梨衣まで彼女に同情したくなるのは、言わずもがなのこと。
「別に木村さんのこと、責めたいわけじゃないけどさ……。患者さんの手綱、しっかりと握ってもらわないと。ああいうの、甘やかしすぎてはダメよ」
「はい。その、善処します」
「まあ、ああいうのを押さえつけるの、ちょっと無理そうではあるんだけどね」
「うぐ。……はい、仰る通りです」
「ははは。それじゃ、頑張ってね」
気さくな感じの二十五歳前後の先輩看護師が励ましの言葉を残して、去っていく。その背中が見えなくなった時、木村さんが大きく安堵の息を吐き出す。
よし、仕事に戻ろう。木村さんが気持ちを切り替えて後ろに振り向いた矢先に、
「「――あ」」
梨衣と目が合った。
一般人に謝罪したところが見られて気まずくなった木村さんは、彼女に目礼だけをし、慌ただしく逃げ去る。
そんな後ろ姿でさえ可哀想に見えてきて、「なんか苦労しそうな人だ」という感想がぼんやりと脳裏をかすめた。
「あ、カチコミ通り魔」
「ちょっと、マイ・ディア・シスターのことをそんな風に呼ばないでくれる?!」
「マイ・ディア・シスターも結構気持ち悪うと思いますけどね」
雅代のツッコミを聞き流して、迫ってくる梨衣に振り向く。
――クッ、我が妹をなんとか落ち着かせねば……!
そんな保身的な判断とは裏腹に、殴りかかってくる梨衣に向けて腕を広げる亮。それはまるで、勢いよく突進してくる牛を止めようとする、勇敢な闘牛士の如く。
「おお、我が愛する妹よ。一度、話し合いを――グェボッ」
またしても妹に殴られ、車椅子ごと吹き飛ばされた亮。綺麗な放物線を描いた身躯の顔には、キラキラした笑顔があった。
その顔を見た刹那、雅代の頭に一句が浮かんだ――!
『変態を 極めた者は ここにあり』byお嬢様すきすき大好きなメイド。
「ふむ、我ながら素晴らしい575を思い付きましたね。少々簡潔すぎましたが」
彼女がそう言い終わったのとほぼ同時に、亮は後方にあるゴミ箱の前へと落下。――しかしまあ、ドM具合がより深刻になっていきますね。
不格好なダブルピースを呆れた目で見下ろしながら、雅代はそう思った。
「なんだなんだ」
「何があったんだ」
だけど、騒音を聞いて驚いた通りすがりの者たちがわらわらと集まってきたせいで、梨衣が慌てて逃げて亮を回収できずじまい。
その光景に、雅代はため息一つ。さっさと離れよう、と振り返った矢先、周囲の視線に留められた。知り合いなのに助けないの、とでも言いたげだ。やれやれとため息をつきつつ、亮に近寄って俯瞰する。
「やはり、カチコミ通り魔ではございませんか。まあ、被害者は下郎一人のみでございますが。それになんですか、その前振りは。あれがなければ話し合いができたでしょうに。本当、肝心なところで詰めが甘いでございますね。それに、ダブルピースはもう古臭いでございますよ。もっと世間の流行りを追ってはどうです?」
「……冷静に分析しないで早く助けてくださいお願いします」
雅代の畳み掛けるような早口に返ってきたのは、いつもの飄々らしさが微塵もなく、ただ純粋に助けを求める掠れた声色。
余程深刻なんだろう、と彼女が再び息を吐き出して身を屈めた。
「全く、今回だけでございますよ」
――またやっちゃったー!
梨衣は顔を伏せがちに廊下を進みながら、悶絶している。その顔は火が飛び出そうなくらい、真っ赤っ赤だ。
上京してから村にいた頃の癖を止めようと思っていたのに、どうしてか亮の前にいると、あるべき自制心がいつの間に消えた。
「ダメダメ。しっかりしなきゃ……」
これからは気を付けよう。彼女がそう思った矢先に、前方から謝罪の声が聞こえてきて、その声の方へ顔を向ける。視線の先には、平身低頭する一人の看護師と腰に手を当てるスタッフの存在に気付いた。
相手のため息一つで看護師の肩がビクッと震えたところを見て、無関係の梨衣まで彼女に同情したくなるのは、言わずもがなのこと。
「別に木村さんのこと、責めたいわけじゃないけどさ……。患者さんの手綱、しっかりと握ってもらわないと。ああいうの、甘やかしすぎてはダメよ」
「はい。その、善処します」
「まあ、ああいうのを押さえつけるの、ちょっと無理そうではあるんだけどね」
「うぐ。……はい、仰る通りです」
「ははは。それじゃ、頑張ってね」
気さくな感じの二十五歳前後の先輩看護師が励ましの言葉を残して、去っていく。その背中が見えなくなった時、木村さんが大きく安堵の息を吐き出す。
よし、仕事に戻ろう。木村さんが気持ちを切り替えて後ろに振り向いた矢先に、
「「――あ」」
梨衣と目が合った。
一般人に謝罪したところが見られて気まずくなった木村さんは、彼女に目礼だけをし、慌ただしく逃げ去る。
そんな後ろ姿でさえ可哀想に見えてきて、「なんか苦労しそうな人だ」という感想がぼんやりと脳裏をかすめた。
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