【病院編完結】私と踊っていただけませんか、7階の死神さん(マドモアゼル)?

才式レイ

文字の大きさ
上 下
4 / 44
第一幕 Smile for me―――死神さんとの邂逅

第3話

しおりを挟む
「ここか? ここは我々の中。星の内部と言っていい場所だ」

 ここが星の内部? この青白い何もない空間が?

「随分と殺風景なんだな。それにお前達の中だというのに、なんでいまだに木の姿なんだ?」

「それはお前達の目がいまだに何も視えていないからだ。よく目を凝らせ、真実から目を背けるな、逃げるな、我を視よ」

 星の使徒は試すように俺達に語りかける。俺はそれを聞いて目を瞑る。

 俺達が逃げている? そんなはずがない。真実から目を背けてはいない。直視してきたじゃないか。だから今こうやって制星教会から逃げて……逃げて……あれ? 俺と真姫は制星教会から逃げ出した。確かに俺達は星の使徒を追ってきた。それは間違いない。だけどその行動の裏に、少しでも逃げたいという気持ちは無かったのか? 星の使徒が遠く離れた田舎の山の中に向かうと知って、内心喜んではいなかったか? 

 そう思うと自信がない。俺と真姫は自分の過去に向き合い、それによって生じる人の死を直視してきた。それは事実だ。しかし人類が何人死ぬか、崩壊が進行した未来を真面目に考えていたかと問われると、答えはNOだ。

 俺は向き合おう。俺達のエゴのせいで一億人もの人が崩壊病で死ぬ。亡くなる。崩れていく。そして人類から敵と認定されるだろう。その規模まで崩壊病の被害が拡大すれば、制星教会の存在は勿論、俺達の存在も明るみになるだろう。

 俺達が生きる未来は棘の道だ。逃げ続ける道だ。追われる道だ。

 それを踏まえてもう一度目を開くと、周囲の風景は一変した。

 さっきまで木の姿をしていた星の使徒が、俺達のよく知っている姿に変わっていた。そして周囲には青白い空間ではなく、まるで色鉛筆全ての色を使ったような、なんとも形容しがたい暖色系の空間に様変わりしている。そこには様々な時代の様々な光景があちらこちらから飛来しては去っていく。そこに規則性は無く、完全にランダムにみえた。

「この空間では時間の概念はない」

 そう言う星の使徒の視線の先には、あの日の教室で泣き叫んでいる俺の映像が流れている。その他にも過去に飛ばされる前に見た、ひとけの無い岬町の光景や、キノコ状に膨れ上がった爆炎の映像。何かの爆発だろうか? あれは一体……

「それで、どうして私達をここに導いたの?」

 真姫はさっそく切り出した。

「お前達に話しておくことができた」

「なんだよ。いまさら」

 俺は若干不機嫌な態度をとる。だってそうだろう? こいつらが俺達に話をする時なんて、大抵碌な事じゃないからだ。

「他の変異種数名は生きることを選んだ。これは彼らが自分で選んだ選択だ。我々もその選択に口出しはしない」

 一瞬なんのことか分からなくなったが、確か真姫以外の変異種は自殺を選ぶだろうと言っていなかったか? そんな彼らが、星の予想を裏切って生きることを選択した。そういうことか。勿論そうなるだろうと俺は内心思っていた。なぜなら人間とは、生物とはそういうものだから。自身の生存に全力になるのが生物の本能だから。

 そして以前星の使徒が言っていた。真姫以外の変異種が全員死んだ場合でも、一億人は崩壊病によって消えていくと。

「それって……じゃあ崩壊病で亡くなる人数は一体何人になるんだ?」

 俺は恐る恐る尋ねる。嫌な予感がする。というよりも半分分かっている。真姫以外の変異種が全員死んで一億人だぞ? 

「分からない。ただおよそ人類の数は半分を切るだろう」

 星の使徒のオリジナルは簡単そうに告げた。

「半分!? 半分って言ったか!?」

 今の地球の人口はおよそ七十六億人。それの半分ということは、約三十八億人が崩壊病で消える? そんなこと……

「それをわざわざ言いに来たのか?」

 それでもう一度俺達に選択させようということか? お前達が死ねば、被害者は億単位で減ると。そう言いたいのか?

「ああ言いに来た。しかしお前達に選択を委ねるつもりはない。今回は勧誘だ」

「勧誘?」

 どういうつもりだろうか? 星の使徒が俺達を勧誘? 何に? 勧誘なんて怪しげな宗教か保険ぐらいしか思いつかないが、星の使徒が提示する勧誘とは一体なんだろう?

「こちら側につかないか?」

「こちら側?」

「こちら側」

 真姫がオウム返しで聞き返しても、向こうもそのまま返してきた。

「こちら側ってどういう意味だ?」

 こちら側というのは星側に立てということか? 意味が分からない。

「そもそもここに集まっている星の使徒達は、もともと人間だった者達だ」

「もともと人間? 何を言っている? それにここには別にお前以外の星の使徒なんて……」

 そこまで言ってから気がついた。周囲に人の気配がする。人の気配……人? 辺りを見渡すと、その空間の至る所に星の使徒が発生していた。その数は数えきれないほど。ぱっと見でも百体は下らない数だ。

「これはどういうわけだ? もともと人間なわけ無いだろ! 人をおちょくるのもいい加減にしろ!」

 俺は力強く咆える。まるで俺達を、崩壊病で死んでいった者達を侮辱するようなもの言いに我慢できなかった。もしも星の使徒が元人間だとするなら、崩壊病の被害者達は人の手によって殺されたことになる。

「信じられないだろうな」

 そう言って星の使徒が合図をすると、俺達の右斜め後方にいた星の使徒が一体、俺達の前に移動してきた。

「この個体がどうだっていうんだ? それに前にお前が自分で言っていたじゃないか! 俺達が生きることを選んだ瞬間から星の使徒は増え始めたって! どうしてそれが元人間になるんだ!」

「ここにいる星の使徒は、制星教会の中で星野厳正を崩壊病にした個体だ。そしてそのままお前達をここまで誘導してきた」

「だから何だって言うんだ!」

「分からないか? よく目を凝らして視てみろ」

 俺は言われるがままじっくりと正面の星の使徒を観察する。となりで真姫も俺の真似をして観察しているが、よくわからないと言いたげに首を横に振る。

 いくら目を凝らしたって何も変わるはず……

 そう思ってもう一度目を細めると、一瞬星の使徒の姿が濁った。まるで絵具をパレットの上で混ぜたような色に、一瞬だけ変化した。

「なんだ?」

 もう一度集中して目の前の個体を凝視すると、徐々に人の形に変わってきた。どんどん星の使徒としての姿は薄れていき、人の姿へ……俺とあまり変わらない男性の姿が目に映る。俺は知っている。彼を知っている。

「……正人?」

 俺が無意識に口にしたのは、俺の先輩兼相棒だった男の名前だった。

「正人さん!?」

 真姫は驚いてもう一度星の使徒に視線を向けるが、やがて首を横に振る。やはり彼女には見えていないらしい。

「お前には視えているだろう? 親しかった人にしか元の姿として認識されないからな」

 星の使徒は無機質な声でそう説明してくれた。

 ああ。そういうことか……理解した。

 ずっと不思議だったんだ。どうして崩壊病に罹った者達はあんなに穏やかな表情を浮かべてたのだろうって。それがようやく分かった。

「崩壊病のターゲットにされた人間に送られる星の使徒は、その人間の親しかった故人ってことか?」

 俺はそう結論付けた。だってそうだろう? 星の使徒に追いつめられた者達が、あんな穏やかな表情を浮かべるわけがない。もっと狂気に身を焦がすか、泣き叫ぶほうが自然な反応だ。

 俺は正人の母親が崩壊病に罹ってしまった時を思い出していた。確かあの時、彼女は「正人、正人、正人……ごめんね。私もついて行くから……」そう言っていた。

 ついて行くから。

 会いに行くならまだ分かるが、ついて行く。まるで目の前に正人がいるみたいではないか。

 最初に正人がやられた時だって、正人は穏やかな表情をしてたっけ? もしかしたら正人の死んだ父親が星の使徒として来ていたのかも知れない。母親と正人二人に共通する親しかった故人なんてそれしか浮かばない。しかし……

「なんでわざわざ故人を派遣する?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
父の失踪から七年、失踪宣告がなされて、田中さくらは母とともに母の旧姓になって母の実家のある堺の街にやってきた。母は戻ってきただが、さくらは「やってきた」だ。年に一度来るか来ないかのお祖父ちゃんの家は、今日から自分の家だ。 そして、まもなく中学一年生。 自慢のポニーテールを地味なヒッツメにし、口癖の「せやさかい」も封印して新しい生活が始まてしまった。

【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん
ライト文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞】にて《涙じんわり賞》を受賞しました! 応援してくださった全ての方に心より御礼申し上げます。 ~あらすじ~  小学五年生のコウキは、軽度の脳性麻痺によって生まれつき身体の一部が不自由である。とくに右脚の麻痺が強く、筋肉が強張ってしまう。ロフストランド杖と装具がなければ、自力で歩くことさえ困難だった。  ほとんどの知人や友人はコウキの身体について理解してくれているが、中には意地悪くするクラスメイトもいた。  町を歩けば見ず知らずの人に不思議な目で見られることもある。  それでもコウキは、日々前向きに生きていた。 「手術を受けてみない?」  ある日、母の一言がきっかけでコウキは【選択的脊髄後根遮断術(SDR)】という手術の存在を知る。  病院で詳しい話を聞くと、その手術は想像以上に大がかりで、入院が二カ月以上も必要とのこと。   しかし術後のリハビリをこなしていけば、今よりも歩行が安定する可能性があるのだという。  十歳である今でも、大人の付き添いがなければ基本的に外を出歩けないコウキは、ひとつの希望として手術を受けることにした。  保育園の時から付き合いがある幼なじみのユナにその話をすると、彼女はあるものをコウキに手渡す。それは、ひとつ葉のクローバーを手に持ちながら、力強く二本脚で立つ猫のキーホルダーだった。  ひとつ葉のクローバーの花言葉は『困難に打ち勝つ』。  コウキの手術が成功するよう、願いが込められたお守りである。  コウキとユナは、いつか自由気ままに二人で町の中を散歩しようと約束を交わしたのだった。  果たしてコウキは、自らの脚で不自由なく歩くことができるのだろうか──  かけがえのない友との出会い、親子の絆、少年少女の成長を描いた、ヒューマンストーリー。 ※この物語は実話を基にしたフィクションです。  登場する一部の人物や施設は実在するものをモデルにしていますが、設定や名称等ストーリーの大部分を脚色しています。  また、物語上で行われる手術「選択的脊髄後根遮断術(SDR)」を受ける推奨年齢は平均五歳前後とされております。医師の意見や見解、該当者の年齢、障害の重さや特徴等によって、検査やリハビリ治療の内容に個人差があります。  物語に登場する主人公の私生活等は、全ての脳性麻痺の方に当てはまるわけではありませんのでご理解ください。 ◆2023年8月16日完結しました。 ・素敵な表紙絵をちゅるぎ様に描いていただきました!

終わらぬ四季を君と二人で

緑川 つきあかり
ライト文芸
物置き小屋と化した蔵に探し物をしていた青年・山本颯飛は砂埃に塗れ、乱雑に山積みにされた箱の中から一つの懐中時計を目にした。 それは、不思議と古びているのに真新しく、底蓋には殴り書いたような綴りが刻まれていた。 特に気にも留めずに、大切な彼女の笑いの種するべく、病院へと歩みを進めていった。 それから、不思議な日々を送ることに……?

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜

空野進
ライト文芸
ブラック企業で働く有場健斗は夜、コンビニに行く途中で車にぶつかりそうになっていた少女を助けて、代わりに怪我を負った。 気がつくと病院で寝かされていた俺は上司からの電話で病院を抜け出そうとする。 するとそこに助けた少女が現れて宣言してくる。 『命を助けてくれたお礼に私があなたを引き取って養っていくと決めました――』 この少女は大富豪の令嬢でその宣言通り、あっさりと俺はその大企業へと引き抜かれてしまう。 業務内容は少女と一緒に過ごすこと……。 こうして俺は社畜からヒモへとジョブチェンジを果たしてしまったのだった。

処理中です...