国守護楽団 Brillante

貴良一葉

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第6曲 kindlich ―少年―

6-6(2)

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 音の高さ、つまり〝ピッチ〟がズレて聞こえると人が不快を感じるのは、脳が音のパターンや調和を記憶しているからだ。それが音に敏感な音楽家、とりわけ絶対音感を持つ人ならば一入だ。更にピッチのズレた音を長時間聞き続けると、人間の脳はそれを補正しようとエネルギーを使うから、疲労やストレスにも繋がるだろう。

 ただし人の脳には『適応能力』というものがある。本来なら時間が経つにつれ慣れてくるはずなのだけど、和泉さんはD4の音は日を追うごとに少しずつ下がっていると説明した。そして最近はG4の音にも同じ現象が発生。これでは脳も適応できず、和泉さんは日々ストレスに耐えていることになる。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。皆、忘れ物しちゃだめだよ」
「む。子供扱いしないでほしいのだ」

 それでも和泉さんの振る舞いは常に気丈だ。安芸さんたちがカルテットを組む提案をした成果もあると思うけど、音のズレが消滅したわけではないから突発的な音には反応してしまうのだろう。あんなにヴァイオリンを楽しそうに弾く人が、そんな日々に苦悩しないはずがない。
 彼女も僕たちと同じように、笑顔の裏で必死に戦っているんだ。これもブリッランテの生まれ変わりとしての運命か……。

 十六時を回り僕たちは大阪の都心から和泉市の方に戻ってきた。広は今日一日で和泉さんとの距離をかなり縮めた気がするけれど、それでもまだ一度たりとも彼女の名前を呼んでいない。それに必ず間に僕を挟むし。

 大阪にはあと2日ほど滞在するけれど、その間で広に和泉さんと仲良くしてもらうにはどうしたらいいんだろう。

「今日はありがとうございます、和泉さん。とても楽しかったです。ほら、広も御礼言って」
「……ありがとうなのだ」
「こちらこそありがとう。岩手へ帰る前に、また一緒に演奏しようね」

 僕たちは駅の前で別れて和泉さんを見送った。
 そして宿泊ホテルへ向かうために、彼女とは逆方向へ歩き始めた時、その異変に僕は気づく。

 何かがブーンという羽音を鳴らしながら、すれ違って飛び去るのを目にした。色、大きさから考えて蜂。それも猛毒を持つスズメバチだった。
 無論、スズメバチ自体は屋外の中なのだから遭遇することはあるだろうけど、季節はまだ3月の中旬。この時期、蜂たちはまだ冬眠中のはずだ。女王蜂ならば巣を作るために活動を始めているかもしれないが、こんな街中を飛ぶだろうか。

 晩ご飯の話をする広に「さっきまでケーキ食べてただろう……」と苦笑しながら答えつつ何気なく振り返ると、スズメバチは真っ直ぐとへ近づいていく。

 僕の直感が、脳内に警鐘を響かせた。

変化ヴァリエッ!」

 そう叫んでポケットから取り出したのは、ピアノの弦として使われるミュージックワイヤだ。ピアノ奏者である僕はあの巨大な楽器を常時担ぐわけにいかないから、有事のためにこのワイヤを持ち歩いて戦っている。
 変化ヴァリエをすると僕の体の一部となって取り込まれ、自在に操ることが可能だ。

「えっ……?」
「和矢!?」
番手調節コードチューニング17番1/2にぶ分散鋼斬アルペジオ!」

 右手の指先から直径1ミリのワイヤを解き放ったワイヤは、和泉さんに襲いかかるスズメバチを猛追した。
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