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第5曲 negligente ―息抜―
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「……おい」
後ろから声をかけられて小さく悲鳴を上げた。
声の正体は高杉君だった。隣には和田君もいるけれど、荒井君の姿は見当らない。もしかしてまだ具合が悪いのだろうか。
「お、おはよう。荒井君、まだ調子は悪そう?」
「あぁ、いや……。安心しろ、傷は回復してる。けど昨日の今日だし、まだ安静にしてろって説得して置いてきた」
確かに、あんなに身体を酷使したのだから荒井君はまだ休んだ方がいいと思う。でも二人だって羽と激しい戦いをしていたのに、それが嘘のようにいつもと変わらない様子だ。
実は、これにはブリッランテならではの秘密がある。
「そっか。でも良かった、荒井君が元気になって。私、クラシックを聞けば治癒力が上がるなんて知らなかったよ」
「悪ぃ、隠してたつもりはなかったんだが」
昨晩、荒井君の代わりで和田君が家まで送ってくれたのだけれど、そこで彼が「変化中に受けた損傷は、クラシックを聴けば治りが早い」と教えてくれた。言われてみれば帰り際、姿が見えなかった高杉君の部屋からも、モーツァルトの曲が微かに聞こえていた。どうりで皆、戦闘の翌日でもピンピンしていたわけだ。
どうやら変化中の私たちは特殊な体質になるらしい。まぁ、戦闘中の彼らの身体能力だけ見ても常人ではないし、そもそも『変化』自体が非現実的なのだから、今更もう驚くことではないだろう。
でもブリッランテにとってやはり音楽は、なくてはならない力の源なのだと改めて感じる。
「で。絶対音感なんてない方がいいって、どうゆうことだ」
「え……、それは……」
荒井君の話をすることで誤魔化したつもりだったけれど、やはり高杉君は私の独り言を逃してくれなかった。
でも彼らにはあまり迷惑をかけたくなく、思わず口籠もってしまう。
すると、それを見ていた和田君が小さく溜め息を吐いた。
「一人で抱えずに吐き出したほうがいいんじゃね? 団長にはお前らが遅れるって言っとくから、話聞いてやれよ日向」
「な、何でそうなるんだよ」
「顔に〝シンパイ〟って書いてあるから」
和田君の言葉に、高杉君は顔を赤くして声を失ってしまった。それに構うことなく、和田君は練習室の扉に手をかけると「じゃ、よろしく」とだけ言い残して一人中に入ってしまったのだ。私と高杉君との間に気まずい空気が流れる。
えっと、どうしたらいいんだろう。
「わっ私、大丈夫だから! 私たちも中に入ろうっ!?」
恥ずかしさに耐えられず、そう言って私はドアノブに手をかけた。
でもその手を高杉君に掴まれて止められてしまった。驚いて彼の顔を覗けば、真っ直ぐに私を見つめる瞳と目が合う。
「……少し、歩くか?」
その眼差しに、私は黙って頷いた。荒井君と二人の時は気楽に話せるのに、どうして相手が高杉君だとこんなに胸が高鳴るのだろう。
二人で向かったのは練習室からほど近いところの、日当たりの良い槇尾川沿いだ。まだ朝早い時間帯だからか人の姿はまばらだった。
以前に偶然カフェで会った時の帰りのように、私は高杉君の少し高い背を見ながら彼を追いかけた。
後ろから声をかけられて小さく悲鳴を上げた。
声の正体は高杉君だった。隣には和田君もいるけれど、荒井君の姿は見当らない。もしかしてまだ具合が悪いのだろうか。
「お、おはよう。荒井君、まだ調子は悪そう?」
「あぁ、いや……。安心しろ、傷は回復してる。けど昨日の今日だし、まだ安静にしてろって説得して置いてきた」
確かに、あんなに身体を酷使したのだから荒井君はまだ休んだ方がいいと思う。でも二人だって羽と激しい戦いをしていたのに、それが嘘のようにいつもと変わらない様子だ。
実は、これにはブリッランテならではの秘密がある。
「そっか。でも良かった、荒井君が元気になって。私、クラシックを聞けば治癒力が上がるなんて知らなかったよ」
「悪ぃ、隠してたつもりはなかったんだが」
昨晩、荒井君の代わりで和田君が家まで送ってくれたのだけれど、そこで彼が「変化中に受けた損傷は、クラシックを聴けば治りが早い」と教えてくれた。言われてみれば帰り際、姿が見えなかった高杉君の部屋からも、モーツァルトの曲が微かに聞こえていた。どうりで皆、戦闘の翌日でもピンピンしていたわけだ。
どうやら変化中の私たちは特殊な体質になるらしい。まぁ、戦闘中の彼らの身体能力だけ見ても常人ではないし、そもそも『変化』自体が非現実的なのだから、今更もう驚くことではないだろう。
でもブリッランテにとってやはり音楽は、なくてはならない力の源なのだと改めて感じる。
「で。絶対音感なんてない方がいいって、どうゆうことだ」
「え……、それは……」
荒井君の話をすることで誤魔化したつもりだったけれど、やはり高杉君は私の独り言を逃してくれなかった。
でも彼らにはあまり迷惑をかけたくなく、思わず口籠もってしまう。
すると、それを見ていた和田君が小さく溜め息を吐いた。
「一人で抱えずに吐き出したほうがいいんじゃね? 団長にはお前らが遅れるって言っとくから、話聞いてやれよ日向」
「な、何でそうなるんだよ」
「顔に〝シンパイ〟って書いてあるから」
和田君の言葉に、高杉君は顔を赤くして声を失ってしまった。それに構うことなく、和田君は練習室の扉に手をかけると「じゃ、よろしく」とだけ言い残して一人中に入ってしまったのだ。私と高杉君との間に気まずい空気が流れる。
えっと、どうしたらいいんだろう。
「わっ私、大丈夫だから! 私たちも中に入ろうっ!?」
恥ずかしさに耐えられず、そう言って私はドアノブに手をかけた。
でもその手を高杉君に掴まれて止められてしまった。驚いて彼の顔を覗けば、真っ直ぐに私を見つめる瞳と目が合う。
「……少し、歩くか?」
その眼差しに、私は黙って頷いた。荒井君と二人の時は気楽に話せるのに、どうして相手が高杉君だとこんなに胸が高鳴るのだろう。
二人で向かったのは練習室からほど近いところの、日当たりの良い槇尾川沿いだ。まだ朝早い時間帯だからか人の姿はまばらだった。
以前に偶然カフェで会った時の帰りのように、私は高杉君の少し高い背を見ながら彼を追いかけた。
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