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第5章 月下の雫(仮)

17-7 邂逅 そららの記憶

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 あれから、数ヶ月の時が過ぎた。

 うちは、相変わらず子供ながらにお屋敷のお仕事を精一杯頑張っている。
【姉】と共に。
 意外にも、きららは仕事をそこそここなしているような感じだった。
 時々使えない、と感じることもあるけれど、言われたことは一通りできるし、単純作業なら放っておいても問題ない感じ。
 うちは日々の忙しさの中に「誰かに教えて一緒にできる」ことが楽しかった。
 ずっと一人だったのに、この数ヶ月一緒にいただけど気持ちはいつの間にかきららの存在がとても大きくなっている。

 でも、存在が大きくなると同時に、うちの胸には何か答えのないモヤモヤが少しづつ大きくなっていった。

 そのことを考えると、仕事も手につかずボーッとしてしまうことが多くなる。
 そう、ちょうど今のように。

「どうだい?きららと一緒にいると楽しいかい?」

「え、エル様!どうしてここに?!ううう、うちは別にサボっていたわけじゃないですよ!?」

 台所からほど近い場所に作られたうちのスペース。
 野菜を育てたり、花やハーブなどを育てているエル様からもらったうちだけの場所。
 今日も水やりを終えてのんびりと眺めて休憩している時だった。

「そららは、すぐにサボるからなぁ。きららに言っておかないと。そららはここでよくサボっている、と。」

「ダメです!それはやめてください!」

 スカートについた土埃を叩きながら立ち上がり、菜園に散らばった道具を拾い集める。

「お姉ちゃんは、・・・きららは何してるんですか?」

「あの子は、ずっとそららを探しているみたいだったよ?」

「う、うちをですか?」

 不意に、片付けていた手が止まる。
 そのまま、ゆっくりとお屋敷の方を見てみる。窓越しに、なんか金色に光る何かがチラチラ上下に見え隠れして、せわしなく左右に動いている。
 おそらく、きららの頭。身長が足りなく頭しか見えない。
「お部屋の片付けとお風呂掃除が終わったから、買い物へ行こうって言ってたけど・・・」

「もう、そんな時間ですか。」

「ひとりで何を考えていたんだい?」

「~~・・・」

 うちは、心にモヤモヤした何かが理解できなきいことを誰にも言っていなかったけど、エル様はそれを知っているような口ぶりで続けた。

「きららのこと、そらちゃんは好きじゃないのかな?」

「・・・」

 うちは何も答えることができないまま、下を見ていた。

 嫌い?嫌いじゃない。
 好き?好きじゃない。

 なんて言えばいいのだろう。きっと、それは誰にも理解してもらえることでじゃないんだと思う。
 だって、あなたはエル様で私たちの親であり、ご主人様。
 ご主人様はきっと、うちたちの気持ちはわからない。

「これ、まだ使ってくれていたんだね。そらちゃんが珍しくダダをこねて困らせてくれたジョウロ」

 裏口近くにある小さな物置。うちが菜園で使う物を置く場所。
 そこにある子どもが使うにはちょっと場違いなひとつのジョウロへ手を伸ばす。
 金属で出来ていて、ちょっとデザインが凝っているもので、2人で南の街へお出かけした時にどうしても欲しくてお願いして、エル様に泣きついたもの。
 少しは錆びちゃっているけど、毎日大事に使っているうちの宝物。

「もちろんです、うちの宝物ですから。」

「きららは聞き分けがあって我慢できるのに、ほんっとにそららは頑固なお嬢さんだ」

「そ、それがうちの可愛いところなんですぅ!」

 うちはほっぺをむくらせながらエル様の手からジョウロを取ると静かに物置の上に戻した。

「この間ね、きららが僕に言ってきたんだ。大きくなったら、この屋敷を出て行くって。」

「で、出てい・・く??ここをですか?」

 うちは、正直自分の耳を疑った。
 出て行く?誰が?どうして?
 意味がわからなかった。

「そう。大きくなって、働けるようになったらここを出て行くって」

「ど、どうしてですか?」

 うちは、いつも特に不平不満も言わず、黙々と仕事をしている姉を見てまさか心の中でここから出て行くことを考えているとは思ってもいなかったら純粋に驚いた。
 ご飯の時も、買い物も、片付けも、掃除もいつもうちより大変なことをお願いしても文句言わずやってくれるきらら。

(あ、・・・もしかして、うちのせいかも・・・?)

 いつもきららに対してやっていることを考えると、少しづつ心がどんよりしてくる。
 現に、今もこの菜園で【お手入れ】をしていた。
 べ、べつにサボっているわけじゃないけど。
 きららの負担が多いことは事実。
 いろいろ考えると思考が暗くなってきた。おそらく表情にも出ていたと思うけど、そんなコロコロ表情が変わるうちを一通り楽しんだのか、エル様はうちの心配している内容とは違うことを話しだした。

「きららにも悩みがあるんだろうけど、そららに悪いって言ってたかなぁ」

「う、うちに?悪いですか?」

 その答えは驚く程うちの考えていた事とはかけ離れていた。
 自分のことではなくて、うちのため?
 うちが、きららにいつも多めに仕事をお願いしてるからじゃないの?
 たまに、きららが残したデザート食べちゃってるから?
 ちょっと前におねしょしちゃって、うちじゃない!!って言ったから?
 うちのことが嫌いになったとか、
 そーゆーのが嫌なんじゃないの?

「いきなり来て迷惑かけてるし、自分がいるとつまらないだろうからって」

「つまらないって、なにがですか?」

「さぁ。それは本人も言わなかったけど。でも、・・って、どこに行くんだい?」

「きららのところに行ってきます!!」

「ほんと、思いついたら行動しないと気がすまないタイプなんだよね。あの子は」

 うちはエル様の話を途中で切り上げてすぐにお屋敷の中へ向かった。
 特に、考えはない。
 なんて話せばいいかなんてわからない。
 でも、このモヤモヤした気持ちのままなんていられない!
 さっき2階でウロウロとしていた金色頭をめがけてうちは階段を駆け上る。

 二階の廊下。

 そこには誰もいない。
 さっきまで、ウロウロしていたのに。
 うちは乱れた呼吸を整えながら、廊下をゆっくりと進んだ。
 窓枠、花台まできれいに拭かれている。
 うちだったら、昨日やってるからいいかな。なんて言ってサボる時もあるのに。

 ガチャ・・・

 少し先のドアがゆっくりと開いた。
 うちは、その扉をめがけて走る。
 中からきららが出てきた。

「あ、そら・・ら?」

 きららは、うちに気がついた。
 うちは、きららに向かって走る。
 その姿を見て、少し戸惑っているように見える。

「きぃらぁらあ!!」

「ひ、ひぃぎゃっ!!」

 うちはきららに突進して行って、飛びついた。
 驚いたのか、潰れたのか・・・。きららは変な声を出し、うちたちは廊下に転がった。
 うちはすぐにきららの上に馬乗りになると大きく息を吸い込んだ。

「い、いたたた」

「こぉんの、バカ!!バカきらら!!」

「っえ、ええぇ!?」

 いきなり抱きついてきてぶつかって、押し倒したくせに今度は馬乗りになっていきなりバカ呼ばわり。
 きっと、コイツの頭の中は今こんがらがっているに違いない。

「なんで?どうして?うちが嫌いなの?!あんた何様よ!!」

「き、嫌いじゃないけど、・・・っていきなりどうしたの?」

 いきなりぶつかってきて、詰め寄られて驚くきらら。

「どうして、出て行っちゃうの!?」

「急に・・・何を言ってるの?」

 うちの言葉に一瞬表情を曇らせるも、すぐに知らんぷりをする。
 そんなことしたって、知ってるんだから!!

「エル様に聞いたんだから!大きくなったら出て行くって!どうして勝手に決めるの!?」

「どうしてって。あなたに悪いかと思って。」

「うちは、別に・・・。うちは別におねえちゃんが邪魔だなんて言ってないじゃん!!」

「っ・・・」

 なんて言うべきか、もしくは言いたい言葉があってもうちに気を使ってくれているのか何度か口をモゴモゴとしても何も言わない。

「うちは。うちは・・・。」

 急に、涙がこぼれてくる。
 別に、今まで一人だったんだから今更寂しくないし、元に戻るだけ。
 なんで泣いているのか自分でも理解できなかった。
 涙と一緒に鼻水やヨダレも下に向かって落ちる。
 下にいるきららは、それをダイレクトで受けている。いつの間にか胸のあたりの服の色が濡れて濃くなっている。
 それでも、うちはお構いなしで泣き続けて二人しかいない廊下で全力で泣いている。
 それを困ったような表情で黙って聞いて、おねえちゃんは頭を撫でてくれた。

 うちは、うちは・・・。

 たった一つ年上の、
 なにも変わらない女の子なのに、
 自分のことしか考えられない子だと言うことを泣きながら悔しく思った。
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