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第2章 黄昏の悪魔

8-5 いざ、決戦の地へ

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「いま、何て言ったの?」
「アリス、魔法がそんな使えないからね?」
 よく言葉が理解できなかった。
 魔法が使えない?
「えっ?魔法を使いたくない?」
「違う、魔法が使えない!って言ったの。フレイアがいないから、魔力の消費が大きすぎて連発できないよ?」
 慌ただしい甲板の上で絶望に叩き落される私。
 結局のところ、一番頼りにしているアリシアが制限付きとは。これほど不利なところはそうそうないだろう。
「きいてないよぉ!!そんな大事なこと!!」
「アリス言ったもん!!」
 青ざめる私とは対照的に、顔を赤らめて怒る彼女。
「いつぅ!?」
「ここに来る前に!!あれに!!」
 少し怒り気味にアリシアは指をさす。
 その指の先にいたのは、気まずい顔で視線を逸らすそらら。
「あんた、知ってたの?」
「う、うん・・。なんてゆーか、実感なくてぇ」
 私の問いかけに照れたように笑うそらら。
「実感なくてぇ、じゃないわよ!どうするのよ!アリシアがこんなのであんな化け物!!」
「だってうちだってあんな化け物だなんて知らなかったんだもん!!海賊程度なら余裕!って思ったんだもん!うちだってあんなの聞いてないよ!!」
「3人とも!!ふざけるのはそこまでだ!!来るぞ!!」
 私たちを制したのはソレードだった。
 後ろを見るとクラーケンの触手の1本が海原を叩きつける。
「あんた、帰ったら覚えときなさいよ!」
「帰れたら、うちがお姉ちゃん言うこと、なんでも聞くわよ!」
 私たちの姉妹喧嘩をクラーケンが叩きつけて弾けた水しぶき、波が襲う。
『キャーっ!!』
 船が左右に大きく揺れる。
 びちょびちょに濡れた服がまた動きにくい・・・。
「おかしらぁ!!どうするんですか!近づかれすぎです!このままじゃ―」
 見張り台の男が最後まで言う前にクラーケンの触手が再び海原を叩きつけ、激しい波、水しぶきが私たちを襲う。
「もしかして、あのイカ、こっちを狙ってるのかしら?」
「あいつのテリトリーに浮かんでるゴミを排除したいんだろうよ」
 ソレードが憎そうに顔をしかめた。
 あいつからしたら、私たちはゴミで、今掃除中なのね。
「きら、どうする?このままじゃ追いつかれる・・・」
「そら!」
「う、うちに生贄になれっていうの!?い、いくら可愛いからってそんな役、いやよ!そんなの!!」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「じゃあ、なによ?」
「そらの風魔法を、あそこにぶつけてよ!!」
 私は大きな3枚の帆を指差す。
 強い風さえあれば、私たちにロックオンしているクラーケンはそのまま追ってくるはず。
「そっか!!ナイス!!お姉ちゃん!」
 そららは船の一番最後尾へ向かって走る。
「ソレードさん!これから強い風が吹きます!!帆が飛ばされたり、壊れないように、どうにかしてください!!」
「どうにかって、またむちゃくちゃなこと言うな、君は。」
「むちゃなお願いはお互い様です!」
 私はアリシアはを連れて船の真ん中あたりにある掴めそうなところへ移動する。
「しっかり捕まってて!あんたが切り札なんだから!」
「う、うん・・・」
 アリシアは頷くと両手で力いっぱい目の前にある木の手すりを掴む。
「そららぁ!!準備はどぉ!?」
「へぇきー!!」
 船尾で手を振る彼女。その背後には確実にクラーケンが迫っている。
「ソレードさん。行きます!!」
「おぉよ!!手ぇ、離すなよぉ!!」
 海賊は一丸になってマストを固定するロープを握りしめる。
爆烈風ボム・フレア!!」
 そららの声が聞こえる。それと同時に、凄まじい風がそららを中心に吹き荒れる!
 その風は四方へ飛び散り、海面をなびかせ、船は船首を少し浮かしながら一気に進む!。
 その後ろではクラーケンが爆風に多少動揺したのか、動きが一瞬止まった。
 私は風が収まるとすぐに空らの元へ駆け寄った。
 また、意識がなくなってると困るし。
「そらら!大丈夫!?」
「まだ、平気よ。それより、上手くいったみたいじゃない?」
 だいぶ遠くに浮かぶクラーケンを見て取りあえず一安心。
「それ、海に流して!クラーケンが見失う前に!」
 アリシアが乗組員に樽にナイフで斬り込みを入れ、葡萄酒を早く流すように促す。
 そうだ、私たちが逃げてもクラーケンがついてこないと意味がないんだった。
「向こうも、上手くやってるみたいね。」
 海賊相手に命令している我が家の大砲娘は、誰に似てるんだか・・・。
「さすが、うちたちの妹」
「そうね、でも、もう同じ手は使えないかも・・・」
 破けたり、マストの棒が折れて垂れ下がっていたり、これでは風をまた受けて移動するのは難しいだろう。
 私たちは甲板に戻り、みんなと合流する。
 そららの魔法でひどい惨状である船の上では、歓喜の声が湧いている。
「すげぇな!紫の!」
「お前みたいなの女房に欲しいなぁ!!」
「女なのに、たいしたもんだ!!」
「お前が船長になればいいんだ!」
 手が空いている人間はそららに駆け寄り、握手を求めたりと英雄のような扱いだった。
「でも、ごめんね、せっかくの船。壊しちゃって。」
「気にするな。これが最後の航海だ!こいつもあいつをぶっ倒せばご機嫌だろうよ!俺たちはあいつを倒す!その目標が成就できるなら、何があっても俺たちはお前たち3人を守る!なぁみんな!!」
 よく見てみれば、ソレードを含めマストを押さえていたロープで手をケガしていたのか、薄汚い布で掌を巻いて、隠している海賊たち。
 それでも、誰一人泣き言は言わずにただ、ただ喜んでいた。クラーケンに一発してやった!と。
「おおよぉ!海の男が女まもらねぇで、どうするってんだ!」
「俺たちはこの海の守り神だからな!」
「たとえ死んでも、俺たちは嬢ちゃんの味方だ!」
 すでに、死んでいるんだけど。ほんとにこの人たちはあまり自覚がないらしい。
「ありがと。みんなの悲願。うちらが叶えてみせる!」
 後方には葡萄酒に惹かれその大きな巨体を再び動かし始めるクラーケン。
「ソレードさん。お話が・・・。」
 その姿を確認した私は、次の段階に作戦を移動することにした。
「どうした?」
「私たちを乗せてきた小型船、いくつありますか?」
「2隻だけど、何かに使うのか?」
「1隻づつ、葡萄酒を乗せて別行動にしてください。」
「きら、どうしたの?」
「アリシアは、あいつを陸に上げるって言ったでしょ?」
「うん」
「じゃあ、陸にもあいつが来る餌がないといけないのよ」
「あぁ!そっか!」
「そう!だから、私たちとは別行動して、陸にも葡萄酒を用意しておかないと。」
「なるほど!君は頭がいい。全く気が付かなかった。」
「いえいえ、私にできることをやるだけです。それが仲間ですから!」
「仲間か・・・。いい響きだ!わかった!すぐに用意させよう。」
 ソレードは葡萄酒とボートの漕ぎ手、私の作戦の内容を伝えるとすぐに用意を初めた。
「おかしら!岸が、陸が見えてきました!!あのポイントです!!」
 船の前方には、人気のない小さな入り江、何もない野原が広がっていた。
(ここが、勝負の場所・・・)
 慌ただしい甲板で私は決戦の場所とクラーケンを見て、作戦がうまくいくことを祈るのみだった。
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