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第2章 黄昏の悪魔

6-3 地底湖の声

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 岩場の洞窟の中は海水で湿っていた。
「滑るから、気を付けてね」
 薄暗い洞窟の中を、アリシアの炎の灯りを頼りにゆっくりと進む。こういう時に魔法は便利ね。
 ゴツゴツした岩場の中を手探りでゆっくりと進む3人。
 水たまりがあったり、カニ、小魚などが泳いでいる場所があったりもしたので、海とどこかがつながっているのかもしれない。
「うきゃ!」
 そららが足を滑らせて岩場に尻餅をついてしまう。
「いたた。ここ、ヌルヌルしてて気持ち悪いぃ」
 岩に何かヌルヌルしているものがこびりついている。藻の一種だろうか。
 そららの服が紫色から黒く変色し、お尻と袖の部分にこびりついてしまった。
「ちょっと大丈夫?」
 私が手をさし伸ばすと両手で引っ張り、私の手にも得体のしれないヌメヌメをつける
「き、気持ち悪いぃ!!」
「汚いよね、これ」
「き、汚いって思っているなら私に付けないでよ!!」
「だって・・・。私だけ汚れるの嫌だったんだもん」
 涼しい顔しながら人の手にべったりと汚れをつけた後、自分はそばの水たまりで洗っていた。
 汚いと思うならつけるんじゃないわよ!と心の中で毒つきながらも、私もそばにあった水たまりで手を洗う。
 洞窟の中は時々奥からブワァ!!っと強い風が吹き抜ける。どこかに出口があって、繋がっているのだろうか。
 アリシアは先に進むと向こうの方で手招きをしている。小さな体は狭い洞窟では有利らしく、私たちよりもドンドン先に進んでいく。
 上下左右好き放題伸びているこの洞窟。いったいどこに向かっているのだろう。
 分かれ道もある。行き止まりだったり、地底湖のように水が広がっていたので断念したが、いくつかの通路は行けないところもあった。高低差がありすぎて届かないところも。狭いところもあり、覗いては見るけど、そもそも暗いから先に行けるのかもわからない道なのでどうにも進もうとする勇気がない。
「まだ、先があるの?」
 アリシアはゆっくりと先に進む。
「まだ、進める。もう少し」
 前方を火の玉で照らして様子を見ている彼女。
「もう、いんじゃない?うち、早く着替えたいんだけど・・・」
 すでにここに来たいと言い出した本人は得体の知らないヌメヌメでかなりテンションが落ちていた。
 そらが行きたいって言ったから来たのに。
「あ、」
 バサバサバサッ・・・
「うきゃー!!」
「いきなりなんなのよー!!」
 洞窟内に私とそららの悲鳴が響く。
「ごめん。今、教えようとした」
 突然目の前に黒い影がいくつも襲い掛かってきた。私たちはその場で腰を抜かしてしゃがみ込んでしまった。
「コウモリ・・・」
「遅いのよ!!もっと早く教えてよ!!」
 アリシアのマイペースすぎるところは、どうにかしてもらいたい・・・。全てのコウモリが飛び去った後に言われても、なかなか困るものだ。
 私たちは水たまりに座り込んでしまいパンツまでぐっしょり・・・。
 私も帰りたい。
「ひーん!!帰りたい、もう無理!帰って着替えて、お風呂行きたいよぉー!!」
 そららの泣き声が虚しく響く。
「ねぇね、大丈夫。もう少し頑張れば多分ゴールだと思う。」
「何を基準にそんなこと」
「魔法使いの勘!」
「そんなの信じらんないよ!」
 私たちは立ち上がるとスカートなど濡れた衣類から染み込んだ海水と思われる水がボタボタと垂れ落ちる。
 こ、これは確かに気持ち悪い。し、しかもこれは・・・水を含んだせいで重い。
(うわっ、これキツい。私もこれ以上はちょっと・・・)
 スカートをまくって絞りながらあたりの様子を見渡してみる。
 だいぶ、穴の中が狭くなってきた。そろそろ立っているのも限界。天井が低く、幅も狭い。引き返した方がいいかもしれない。
 その時、洞窟の中に小さく、何か音が響いた。
 コン・・・
 コン・・・・
 コン・・・・・
「ん?何の音?」
 そらとアリシアのやり取りの最中、洞窟のどこかで何かの音が響いた。
 それは前方なのか。それとも後ろからなのか波の音や風の音、音が反響している状態ではっきりとわからない。
 コン・・・
 そららとアリシアも音に気が付いて静かになる。
 コン・・コン・・・
 その音は早くなったり遅くなったりする。それが逆に見えない闇の中では不安になる。
 目に見えないどこかで、何かが起きている。
「どこ?」
「シッ!!」
 キョロキョロするそららは不安の表情を隠しきれない。
「だめ、こんな狭いところであぶないでしょ!!」
 魔剣を抜刀する妹の姿を見た私はすぐに制止する。こんなところで振り回されたら、私たちにも影響が来るに決まっている。下手したら斬られてもおかしくない。
「だって・・・だって・・・」
 涙目に訴える彼女。そんなこと言ったって、あんたがここに来るって言ったんでしょうが。
「とにかく、先にすすもう。もう少し広いところに出ないと、ここじゃあぶないわ。」
「わかった」
 アリシアは再び進みだす。
 見えない相手にビビりまくったそららは肩を小刻みに揺らしながら泣いていた。
 この子、怖がりな癖にこーゆーこと好きなのね。
 アリシアに先導されるまま、洞窟をゆっくりと進んでいく。緩やかな下り坂を下りきったところに、開けた空洞があった。
「あ、ちょうどゴールだ」
「ほんと!?」
 私はそららと手をつなぎながら最後の空間に足を踏み入れた。
『わぁ~~!!』
 そこに広がるのは淡い黄色に光る地底湖だった。
 光が差し込まないはずのこんなところで、水が黄色に光っている。
「ほら、アリスの言った通り!」
「そ、そうね。ごめんなさい。ありがとうアリシア、それで、ここはどこなの?」
「洞窟のゴール」
「そうじゃなくて、この黄色く光っている水はなに?」
「知らない。アリスはフレイアと違って何でも知ってるわけではないから」
 大きな空洞の中の半分以上、底が見えないくらい深い地底湖。淡く光るその光はとても幻想的なものだった。
「でも、きれいだねー。うちもこんなの見たことない。」
 自然に発光してしている水なんて、驚きだわ。この世界には本当に不思議なことがいっぱいあるのね。

 コツ・・・

 私たちは周りを見渡した。
 さっきと同じ音がする。
「誰かいるの!?」
 私の声は洞窟の中に響くだけで、誰も返事は返さなかった。
「不気味ね。ここ」
「ほ、本当にお化けかな・・・・」
「あんた。それがいるっていうから行ってみたいって言ってなかった?」
「こんなところだとは思わなかったの!」
「アリスも、もう帰りたい」
 2人の妹たちは得体のしれない音と、洞窟のストレスでけっこう限界に来ているようだった。
 確かに、さっきから得体のしれないあの音。私も気になっている。
「とにかく、もう帰ろっか。洞窟探検も終わったし。」
 2人は頷くと、アリシアは先ほどよりもさらに大きな炎を出し、来た道を再び歩き始めた。


「やっと・・・出た。」
「地上の空気は美味しいわ」
 地上の空気って、あんたが進んで地下に潜ったんでしょうに。
 疲れ切った顔のアリシアはすぐにその場に座り込む。
 長い間魔法で炎を出し続けていたせいで疲れてしまったのだろうか。
「そらら、もう肝試しは行かないでね」
「うん、もういいかな。疲れるし、面白いのは驚かせる側と見ているだけの人ね」
 その偏った知識と偏見はどこから来るのかしら。 
 今年の夏の思い出は肝試し。もし絵日記があれば私はそう書くと思う。
 どこかで響いた謎の音は、出口に近くなればなるほど小さくなり、やがて聞こえなくなった。
 私たち2人は服が濡れていることも忘れてその場に座り込む。
 砂浜から見える海には月や星灯りが輝いていた。人気は少なく、波の音が静かに繰り返し聞こえている。
「夜って言っても、そこまで遅くないのに誰もいないんだね」
 そららが周りを見渡していた。確かに、普通の観光地なら夜のお散歩を楽しんでいる人もいるだろうけど、ここは地元の人に近寄らない方がいい、って忠告された場所だし、余計誰もいないのではないだろうか。
「まぁ、漁師町だから、みんな寝てるんじゃない?」
「ふぅーん。そんなもんかなぁ」
 これ以上怖がらせても仕方ないので、適当に嘘をつく。
「ねぇね達、あれ見て」
 アリシアが驚いた様子で後ろで呼びかける。振り帰ると遠くの砂浜に人影がある。桟橋の方向だ。
「何やってるんだろ?」
「夜から、漁に出るのかな?」
「あんな小さな船で?」
 私たちが見ているのは手漕ぎの3人用くらいの小さなボート。桟橋を荷物を持った2人の影が動いている。
「あっ!」

 私は桟橋から沖に視線を送ると大きな船を見つけた。漁船よりもはるかに大きい。
「大きな船・・・」
 そこには所々に明かりが灯った大型の客船?が泊められていた。座礁しないように、小型船だけを物資の至急か何かに出したようだ。
 人影の正体はあたりが暗いため男か、女か。年齢など含め、人相や何を運んでいるかもなにもわからなく、小型船に乗るとそのまま無言で客船に向かい漕ぎ出してしまった。
「人・・・。だよね」
 アリシアが急に怖いことを言い出す。
「人でしょ!?歩いてたし。船の人が買い物に来ただけ・・・でしょ?」
 暗い夜の海を手漕ぎボートが進んでいく。
 錆びた鉄、木と木がぶつかってきしむ音を立てながら。
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