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3巻
3-1
しおりを挟む第1話 勝利の道
妙に後宮が騒がしいな。
王国の王子である俺、エドワードは妙な胸騒ぎを覚えながらベッドから下りる。それから服を着替えていると、幼い頃から俺に仕えているギュンターがノックもなく部屋に飛び込んできた。
明日は、王子として歴代の王に対する儀式を行うため「王家の谷」に行くから、早く眠っておくように言っておいたのだが……。
ギュンターは、オリハルコンの鎧を着て剣を佩き盾を背負った、完全武装だった。ちなみに彼のジョブは盾の騎士「ジェネラルナイト」。防御力に優れた職である。
俺は焦った様子のギュンターに問う。
「何かあったのか?」
「エドワード様の命を狙って、側室アイリーンが王家の谷に暗殺者を送り込んだとの知らせがありました。そちらには宰相閣下が軍を派遣しましたが、暗殺者がこちらにも来るかもしれません。念のため防具と剣を装備してください」
「うむ、ご苦労だった。しかしなるほどな、後宮が騒がしいのはそのせいか?」
「はい。しかしそれだけではないようです。セシリア様の命を狙っていた占い師がおり、そいつを後宮内で捕縛したようです」
「後宮に曲者が入り込んだか」
この手の暗殺騒ぎは今に始まったことではないが、年々激しくなるな。
ギュンターがオリハルコンの鎧を持ってきた。俺はそれを着てマントを羽織り、剣を佩いて装備を調える。
すると東宮のほうから爆発音が聞こえてきて、今度は俺のパーティメンバーであるカイン・ラッセルが飛び込んできた。
カインも完全武装でミスリルの鎧と眼帯を装備し、背中に巨大なミスリルの斧を背負っていた。かなり焦った様子で俺の前に跪く。
「申し上げます、エドワード様! 謀反です! 東宮から敵兵が侵入、後宮で戦闘が勃発しました」
「今度は謀反だと! 敵は誰だ?」
「敵の旗はバーミル侯爵家のもの。バーミル侯爵家当主、オズワルド・バーミルの姿も確認しました。敵の数、約千五百!」
「ほう、あの老将が謀反を。よかろう、剣を抜いたのなら叩き折るまでのことだ!」
バーミル侯爵家は王国西部の重要軍事拠点を守るための軍を持っている。その兵が強力なだけでなく、オズワルド自らも剣を取り弓を引く歴戦の老将だ。
オズワルドが謀反を起こしたのは、彼の娘が王子を産んでいるのが理由だろう。後宮を襲ってそこにいる他の王子たちを皆殺しにし、後継者争いを有利にしようとしているのだ。
そんなことをされては王国がますます弱体化してしまう。後宮には王族の男子が多くいる。彼らが持つ知識や人脈こそ王家の力の源と言っていい。王国は王家を盟主とした貴族の連合国家。ただでさえ貴族をまとめるのに苦労しているというのに、その連帯が崩れてしまっては大変だ。それだけは絶対に避けねばならん。
「それでカイン、状況はどうなってる?」
「現在、後宮騎士団と武装女官が応戦しております。が、突然、東の城壁が破られたので指揮系統が混乱している様子。かなり不利かと……」
「なら行くぞ。後宮騎士と武装女官を拾いながら態勢を立て直す!」
「「はっ!」」
カインとギュンターが頷くのを見て俺は出撃した。
時間は深夜。
空に月はないが、東宮に火が放たれて燃え盛っているため視界は明るい。
漂ってくる焦げ臭いにおいと血のにおいに俺は顔をしかめた。
「王家に忠誠を誓う騎士は集まれ! 武装女官もだ! 他の者は消火を急げ!」
ギュンターが大声を出しながら後宮騎士と武装女官を集める。
後宮騎士は要人を守る女騎士の集団だ。個人の武力は高いが集団戦闘の経験は少ない。そのため俺が指揮を執らなければ各個撃破されてしまうだろう。一方、武装女官はアイテムボックスを持った戦闘職の者たちだ。戦闘力が高く回復薬を大量に持っている。
俺は背後を振り返りカインに尋ねた。
「何人集まった?」
「後宮騎士が二十人、武装女官が五十三人です」
「それを中心に戦線を立て直す。行くぞ!」
「はっ!」
ようやく俺たちは戦場にたどり着く。
後宮の東側の城壁が破られ、乱戦状態で戦闘が行われていた。
敵の真後ろに破壊された城壁が見える。たぶん強力な攻撃アイテムやフレア系の魔法が叩き込まれたのだろう。雑な突入だったようだが、完全に不意を突かれてしまったらしい。
後宮騎士と武装女官がかろうじて敵の侵入を食い止めているが、それぞれ所属が違うため連携が上手くできていないようだ。このままだと押し切られるな。
それを防ぐためにまずは陣形を整えよう。混乱した状態から立て直し、兵をまとめるのが指揮官の腕の見せどころだ。
剣戟の音を聞いたせいか、俺の心臓の鼓動は高鳴り、体が高揚している。オズワルド・バーミルよ、俺が王道の何たるかを見せてやろう!
俺は戦闘中の後宮騎士と武装女官たちに告げる。
「エドワード王子だ! 王家の名において命令する! 王城からの援軍が来るまで守りきるぞ。全員、戦闘しつつ後退せよ! 後宮騎士団の後ろに武装女官は下がれ!」
続いてカインが叫ぶ。
「エドワード様を中心に方陣を組め! 急げ! 武装女官は後宮騎士団の回復を最優先。やがて王城から援軍が来る! それまでしのげ!」
さすがは「王国の剣」ラッセル子爵家嫡子だ。
カインは指示を下しながら戦闘し、さらに陣形を整えていった。前線に三列の後宮騎士を並べ、その後ろに武装女官を配置している。これでしばらくは持つだろう。こちらの戦力は後宮騎士二百、武装女官五百名くらいに増えた。
しかし前方を見ると敵も後退して陣形を整えつつある。見たところ騎士が二百、兵が千三百はいる。
こちらが陣形を立て直して方陣を敷くと、敵も一旦退き、攻め込むことに特化した「突撃陣」を敷いた。さすがにバーミル侯爵家の兵は練度が高い。見事な陣形の展開だ。
カインの指揮で態勢は立て直されたが、王城にいる軍が王家の谷に向かったということもあり、援軍が来るのには時間がかかるだろう。数が少ない分こちらが不利だな。背後には燃える東宮、前面に千五百の軍、右と左に小さな森がある。敵の侵入を食い止めるにはここで踏ん張るしかない。
すると突然、敵の中から馬に乗った男が突撃陣の先頭に進み出た。白い髪、青い瞳に闘志をみなぎらせた老将オズワルド・バーミルだ。
オズワルドは剣を掲げ、声高らかに兵に命じる。
「突撃せよ! 儂の最後の戦いじゃ! 派手にやれ!」
「「うおおおおおっっ!」」
怒声を上げて兵が押し寄せ、戦闘が開始される。
バーミル侯爵家は武門の名門だ。その配下の騎士は非常に強く、後宮騎士といい勝負をしている。
矢が飛び交い、激突する剣と盾。
スキル攻撃と魔法がほとんど放たれていないのは、おそらくすでに苛烈な戦闘が行われたあとだからだろう。敵も味方もSPとMPは残っていないようだな。
敵の弓兵が一斉に矢を放ってくる。
俺を狙って放ったようだが当たりはしなかった。周囲の武装女官が何人か悲鳴を上げて倒れたが、すぐに別の武装女官たちがやってきてハイポーションを体にかけている。
さらに敵の突撃を受け、こちらの方陣が大きく揺らいだ。悲鳴を上げて倒れたのは後宮騎士たちである。
俺は弓矢を弾き返しながら指示を出し、つい今しがた失われた陣形の穴を埋める。
武装女官の指揮を執っていたギュンターが俺に小声で告げてくる。
「エドワード様、このままではいずれ押し切られます。回復薬が切れたら一気に戦線が崩壊するでしょう。私とカイン様がここで食い止めます。エドワード様は今のうちに王城にお逃げください」
彼の言う通り戦局は非常に悪い。
だが、俺はここで退くわけにはいかなかった。
王の後継者ならば俺の代わりにエドウィンがいる。が、カインとギュンターの代わりはいない。俺よりも、彼らのような優秀な人材を失うほうが王国にとって損失が大きいのだ。
だから、俺が逃げるわけにはいかない。いざとなれば、俺の必殺技「ヴィクトリーロード」で道を作り、ギュンターとカインを逃がすしかないな。ただ、その前に王たる俺は勝機を見出さなくてはならない。
「ギュンターよ、我が王道に逃げる道などありはしない! 王が逃げたら戦は負けなのだ。勝機はある。それまで耐えよ」
「後宮騎士団一列目後退! 二列目と入れ替えろ。急げ! 武装女官は負傷者の回復を最優先だ!」
俺の横でギュンターが大声で指示を出し、カインが前線で斧を振るい敵を押し返す。
元々、兵の数では七百対千五百という不利な戦いだ。援軍がなければ負けるのはわかりきっている。
また後宮の他の場所を守っていたはずの、残りの後宮騎士たちとも合流できていなかった。たぶんあらかじめバーミル侯爵は後宮内に少数の兵を忍ばせて、撹乱しているのだろう。だとしたらこのまま待っていてもやられるだけだ。
俺が方陣の中心で戦場を見渡していると、オズワルド・バーミルが声を上げた。
「敵は疲れているぞ! もう一息じゃ! 押し込め!」
「「おおおおおっ!」」
オズワルドが剣を突き上げ、敵兵が歓声を上げる。
あっという間に倒されていく後宮騎士たち。
なかなかピンチではないか。だが、ピンチからの逆転こそ王者の力だ。ここが勝負所。防御を固めて耐えるか、攻勢に出て押し返すか……。
俺は、後者を選択した。
「ギュンター! 前線に出て敵を討て!」
「はっ!」
ギュンターが前線に出て、突撃してくる敵兵を盾で弾き返していく。そうして後宮騎士を鼓舞する。カインはさらに前に出て最前線で斧を振るう。
二人の奮戦により後宮騎士たちは敵兵を押し返した。さすがはギュンターとカインだ。知勇兼備とはあの男たちのことを言うのであろうな。
飛んできた矢を剣で叩き落としながら、俺は戦況の変化を待っていた。
すると……。
「ん? 敵の背後の森に揺らぎがある。勝機はそこか!」
俺は後宮騎士を鼓舞しながら最前線へ移動した。そして血塗れのカインの横に並び、敵兵と剣を交える。
カインは敵兵をミスリルの斧で葬ったあと、俺をかばうように前に出た。
「エドワード様、やはりここはお退きください。敵が再度突撃してくればもう持ちこたえられないでしょう。私が退路を開きます! ですからお逃げください!」
「退かぬし逃げぬ! カイン安心せよ! 勝機は見えた! 後退しつつ急ぎ反撃の準備をせよ!」
俺の言葉を聞いてカインは頷き、後宮騎士たちに命令を下す。
「ゆっくり後退しろ! 負傷者を先に下げる。敵に背を向けるなよ! ゆっくりだ!」
「「はっ」」
後宮騎士たちは慎重に下がりながら陣形を整える。すると敵も後退して、さらに攻勢をかけるべく突撃陣を整え始めた。
そのときである。
突如として森から次々と閃光弾が打ち上がり暗闇を照らした。さらに一斉に大量の旗が現れる。白地に青い盾の紋章が描かれた旗が、風に煽られて翻っていた。
一瞬、剣戟の音が止まり、誰もが背後の森を見る。わずかな沈黙のあと、オズワルド・バーミルが震える声で絶叫した。
「ばっ、馬鹿な! スノウ子爵家の旗だと!」
カインが俺のほうを見て呟く。
「エドワード様……。これはたぶん」
「ああ、おそらくジャック・スノウが援軍に駆けつけてきたのだろう」
黒い髪と黒い目の男が、刀を片手に八十人ほどの兵を率いて森の中から現れた。スノウ子爵家の軍がこんな所にいるはずがない。おそらくあれは王城の守備兵だろう。あまり数はいないと思う。しかし、少数なら闇に紛れて戦うのが常道だ。
わざわざ闇夜に光を照らしてスノウ子爵家の旗を見せつけたのは、多数だと敵に思わせるため。その効果は絶大だな。敵が動揺し一気に士気が下がったのがわかる。
さらに援軍として来たのが王家の軍でなく、スノウ家の軍だったことも彼らを戦かせたのであろう。オズワルドは王家の軍と戦う覚悟で来たのだから王家の旗ならここまで動揺はしない。はるか王国の北にいるはずのスノウ家だから動揺したのだ。
それにしてもあれだけ大量の旗をよく用意したな。ジャック・スノウ、なかなかやるではないか。
ジャック・スノウは森を背にしてスライムに乗り、悠然と戦場を見つめているようだ。その背後から新手の二百人ほどの兵が現れ、突撃陣を敷いていく。
ジャック・スノウの声が戦場に響き渡る。
「スノウ家嫡子ジャック・スノウだ! オズワルド・バーミルよ! 我がスノウ家は『王国の盾』、されど今宵は剣の強さを見せてやろう! 全軍突撃!」
この攻勢に乗じて、俺はカインに告げる。
「カイン、こちらも突撃せよ! 敵を挟み討て!」
「はっ! スノウ子爵家の援軍だ! 挟撃して殲滅せよ! 全軍突撃だ!」
カインが突撃の命令を後宮騎士たちに告げ、敵を斬り伏せて前進する。
怯んだオズワルド・バーミルの軍は押されていく。
ここを勝機と捉えた俺は、陣形が崩壊ししつつあるオズワルド・バーミルの軍に向けて、剣を高く掲げた。
剣に光が集まり収束していく。
そして敵将オズワルドを射程に収めて、光輝く剣を振り下ろした。
これで終わりだ!
「オズワルド・バーミル! なかなかいい勝負であった。王家の威光を知るがいい! 我が剣よ! 勝利への道を指し示せ! ヴィクトリーロード!」
「こんな、ばっ馬鹿なああああああああっっ! ぐあああああああっっ!」
俺の放った灼熱の光の一撃は、オズワルド・バーミルごと敵軍の中央を貫いた。
将を討たれ、ヴィクトリーロードで中央を貫かれた敵軍は崩壊し、一気に敗走を始める。
勝負はついた。が、ここは王都のど真ん中だ。逃がすわけにはいかない。追撃しようと前に出ると、それまで後宮騎士たちの指揮を執っていたギュンターに引きとめられた。
「エドワード様、やっと近衛騎士団が到着したようです。あとは彼らに任せましょう」
次々と現れた近衛騎士が、強烈な魔法の嵐で敗残兵を一掃していく。
その光景の中、俺は背後を振り返る。東宮は全焼し崩れ落ちていた。
勝ったのはいいが、どれだけ被害が出たのか見当もつかないな。
目の前の敵はもう終わりだが、後宮内には敵兵がまだいるはずだ。早く残敵を掃討しなければさらに被害が拡大する。
俺は剣を握りしめ、駆け寄ってくるカインに指示を出し、新たな戦場に向かったのだった。
第2話 七人の偽物
「間に合ったが遅かったな……」
まさか戦線の先頭に、俺様王子のエドワードがいるとは思わなかった。
灼熱の閃光が一直線に敵陣を切り裂き、オズワルドは黄金の光に巻き込まれて消し飛んだようだ。エドワードは窮地から一転、オズワルドの軍を敗走させた。さらに王家の近衛騎士も援軍に駆けつけていた。
俺、ジャックは、オズワルドの軍が壊滅していく光景をスライムの上から見つめ、そして愚痴った。
「勝ったのはいいが、敵を殲滅したらこの事件の背後が洗えないじゃないか! 何のために俺がわざわざ兵を率いてきたと思ってるんだよ」
乱戦のどさくさに紛れてオズワルドを捕まえようと思ったんだが、オズワルドを消し飛ばされてしまった。せっかく俺とラルフが苦労して王城の守備兵を集めてきたというのに無駄になったな。
ため息をついた俺の横で、ラルフがポンッと手を叩いた。
「オズワルドを生け捕ろうとしたから、ジャックはすぐに突撃しなかったのか。納得だな。で? どーすんの? これから俺様王子と合流する?」
「やめとく。スノウ家に対抗心を燃やしていて面倒なラッセル家のカインもいるようだし、ここに俺は必要ないだろう。それに王城のほうにも敵が来ないとは限らないからな。戻ってセシリアを護衛する。帰るぞ」
とはいえ、ルッツとザックにすでにセシリアを任せてあるし、半蔵にはセシリアの母親の護衛を頼んでおいてある。三人がいれば大抵の敵から彼女たちを守ってくれるだろう。
ただ戦場では何が起こるかわからない。だから俺はセシリアのもとへと急ごうと森に戻った。俺のあとをラルフが追いかけてくる。
「さっきオズワルドの背後を洗えないとか言ってたけど、あのじーさんの後ろに誰かいるのか? 仮にも侯爵、大物だぜ?」
「だからだよ。まず一連の事件を整理すると、オズワルドは自分の娘の頼みでセシリア暗殺を企んだ。そして占い師ゼノスとジェノスに、それを依頼したのは間違いない」
「そのゼノスとジェノスが失敗したから、オズワルドは謀反を起こして後宮に攻めてきたんだよな。もう疑問はないんじゃね?」
「疑問だらけだよ」
たぶんオズワルドは、今回の謀反のために随分と慎重に準備していたはずだ。そうでなければ、誰にも気付かれることなく王都のど真ん中に千五百人もの兵を集められるわけがない。
「長い時間をかけて練られた謀反だったはず。逆に言えば、暗殺が失敗したから謀反を起こしたといった、そんな軽い作戦ではないということだ」
「なるほどなー。んー、もしかしてジャックは、姫さんの暗殺事件の黒幕がオズワルドじゃないって考えてるのか? さすがにそれはないんじゃね」
「そうだとスッキリするんだけどな……。でも、よくわからないんだ。俺たちの流した『セシリアは後宮にいる』って噂をオズワルドが信じたならさ、あれだけの兵力を持ってたんだ、わざわざゼノスとジェノスに暗殺を依頼しなくてもよくないか? 後宮ごとセシリアを葬ればいいんだし」
「でもそれは、念には念を入れたってことじゃね?」
「本気でセシリアを殺すつもりならあんな雑魚占い師を使うか? 侯爵家なら本職の暗殺者くらいいくらでも雇えるだろ。その辺りにすごい違和感があるんだよ。それに結果的にだけど謀反が失敗したのはセシリアの暗殺事件があったからだ」
暗殺騒ぎがあったために後宮の警備が手厚くなっていたので、今回の奇襲的な謀反が失敗したとも言えた。
「謀反の前に目立つ事件を起こしてどうするんだよって考えたら疑問だらけにならないか?」
「確かにおかしいって言えばおかしいよなー」
「念には念を入れて謀反の前にセシリアを狙うより、謀反を成功させて権力を奪い取ってからセシリアを排除したほうが簡単だと思う。オズワルドの行動が俺にはちょっと読めないんだよ」
オズワルドにはセシリアの暗殺を急ぐ事情があったのかもしれない。それを聞きたかったのだが。
「まあ、オズワルドはもう死んだんだから聞きようがないけどな。ただ、もやもやするんだ」
「ならば儂が教えてやろう! 何でも聞くがよいぞ!」
森の中から声がして俺とラルフが振り返る。するとそこには、さっき消し飛んだはずのオズワルドがいた。
俺とラルフは驚きのあまり声も出ない。それどころかさらに……。
「お、俺は占ってただけだ」
「臆病者め」
今度はゼノスとジェノスが現れた。あの二人は今は捕らえられて王城の地下牢に閉じ込められているはず。
「これが運命か、ならば俺はその運命を撥ねのける」
「聖霊様の試練に負けた者に用はない」
続いて俺を暗殺しようして捕縛され、確か獄中で消されたはずの貴族ハインツと、神父のルークが現れた。
「ジャック。俺の目がおかしいのかよ。死んだ奴まで、ぞろぞろ出てきているんだが」
「俺の目にもそう見えるな。ハインツとルークは死んだはずだ。宰相が死亡を確認したんだ。間違いない……」
「今日はどのようなご用件で?」
処刑されるために地下室に放り込まれているはずの、悪徳騎士団長エルソンまで現れてオズワルドの横に並ぶ。
どうなっているんだ? 俺とラルフは背中合わせになって武器を引き抜いた。
すると、正面から黒い戦闘服と短剣を持った男が現れる。
赤い髪と青い瞳のチャラ男。口調は軽いが不運そうな雰囲気、その顔はラルフそっくりだった。彼の横には、槍を持ち銀鉱石のライトアーマーを着たルッツまでいる。
「おいおい、俺とルッツじゃねーかよ!?」
「ジャック様、僕は何をしたらいいんでしょう?」
俺の正面でルッツそっくりの奴が敬礼した。
「偽物だろうが声までそっくりだな」
二人を見て警戒する俺を、ラルフそっくりの奴が嘲り笑う。
「なーんてな。驚いたか? 魔王さんよ!」
こいつ、俺を魔王と呼ぶからには、俺を破滅させ勇者クレイを活躍させようと目論むシロン修道会のメンバーだろうな。
「なるほど、占い師ゼノスの本当の雇い主はお前だったのか」
俺の言葉を聞いて、今度は本物のほうのラルフが声を上げる。
「へ? ジャック、俺には何が何だかわからないぜ。説明よろしく!」
「ゼノスはオズワルドに雇われていたと言っていたし、ジェノスも同じことを言った。でも二人と会っていたオズワルドは……、本物かどうかはわからない。今のこいつらみたいにな。そう考えるといろいろ納得できるな。つまり、謀反を起こしたのが本物のオズワルドで、セシリアの暗殺を企んだのは偽のオズワルド。だからオズワルドの行動に違和感があったように思えたんだ!」
たぶんシロン修道会はセシリアの暗殺未遂事件を起こし、その罪をオズワルドに擦りつけようとしていたんだ。そしておそらく側室のアイリーンにもだ。しかしなぜだ?
「アイリーンとオズワルドをハメようとしたのはなぜだ?」
偽のラルフがニヤつきながら答える。
「だってあの二人、アイリーンとオズワルドがエドワード王子を暗殺しようとするからさー。勇者の出現には、エドワード王子にいてもらわなくてはならないってわけよ」
なるほど。勇者クレイの仲間にエドワード王子がいることをこいつはわかっているようだな。
クエストにかぶせて俺を襲撃してきたことといい、クレイのパーティを知っていることといい、ガルハンを知っているみたいな感じがする。
本物のほうのラルフがイラついたように言う。
「チッ、俺の口調を真似すんじゃねーよ! くそっ、しかし、俺たちがお姫さんの部屋を見張ってるってよく気が付いたな」
「それが『予言の巫女』の予言の力だ! お前たちのことは何でもお見通しってわけよ!」
ラルフの偽物がケタケタと笑う。そしてゆっくりと短剣を引き抜いた。
「勇者を守りジャック・スノウを始末しないと俺が破滅するんでね。悪いがここで死んでもらおうか!」
俺はそんな偽物に堂々と向かい合う。
「それは逆だな。俺の前に現れたことでお前は破滅する。隠れていれば無事で済んだのにな。死ぬのはお前だ! ラルフ、こいつを成敗するぞ!」
「当然だよな。さすがの俺も怒ったぞ!」
ラルフは自分の真似をされて相当きているようだ。俺もルッツとラルフの真似をされて腹が立っている。
成敗する前にまずは鑑定しよう。ラルフのそっくりさんは何者なんだ。
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