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1巻
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しおりを挟む第1話 史上最悪の嫌われ者に転生!?
とあることにショックを受けて倒れた俺は、突然、前世の記憶を取り戻した。しばらく何が起きたのか理解できずに困惑していたが、ようやく冷静さを取り戻してベッドから起き上がる。
そして鏡の前に立ち、自分の顔を覗き込む。
「顔が悪くないのは、せめてもの救いだよな」
この男が誰か、俺は知っている。
人気ファンタジーギャルゲーム『ガールズ&ハンター』(通称、ガルハン)の悪役キャラ、ジャック・スノウだ。
このゲームの大まかな内容は、平民の主人公が騎士学校に入り、苦労しながらモンスターを狩り、ヒロインの悩みを解決し、様々なイベントをクリアして、ハーレムを作るといったもの。
その主人公を妨害したりヒロインに絡んだりする最低な男が俺だ。
学園の嫌われ者。取り巻きと共に主人公にやられる噛ませ犬。権力を振りかざす暴君で、たいして強くもないのに努力をしない雑魚キャラ。人から嫌われるヘイト要素を挙げればきりがない。
なお最後は、処刑されてジ・エンドの悲惨な末路を迎えることになる。
そんな嫌われ者に俺は転生していたらしい。ちょっとややこしいのは、転生したものの、ずっと記憶を失っていたこと。それがついさっき戻った。
確かにジャック・スノウは、ゲームでは雑魚で嫌われ者だったが、アニメ化されると、印象が変わった。実は俺は、アニメを見てこのキャラが好きになったのだ。
その理由は――。
1.そもそも主人公の方がクズ
2.ヒロインの性格が最悪
3.ジャックはむしろヒロインの被害者
4.正面から戦い、堂々と負けるという、ジャックの潔さ
5.商人に騙され続ける不幸な境遇
アニメ化で印象が変化することはあるが、こんなに違ったのはガルハンくらいだろう。
そして、転生してみてさらにわかったのは、ジャックは本当は努力家だということ。ゲームをプレイしていたときの印象とは大違いだ。
さっそく、この世界におけるジャックのステータスを確認しておこう。
この剣と魔法の世界において、「ジョブ」は重要だ。なお、ジャックのジョブは「モノマネ師」である。
===========================================
【名前】 ジャック・スノウ
【ジョブ】 モノマネ師(ランク1)
【スキル】 モノマネ、無詠唱、アイテムボックス、上級鑑定
【精霊の加護】 なし
===========================================
「モノマネ」は、相手が自分のランク以下であれば、その「スキル」「精霊の加護」「武器防具の特殊効果」まで使えるという能力だ。
「無詠唱」は、詠唱をしなくてもスキルや魔法を発動できるというもの。「アイテムボックス」は、ランク1であれば、アイテムを百種類、それぞれ百個収納できる便利スキル。「上級鑑定」は、この世界に存在するすべてのアイテムを鑑定できる。
モノマネ師はこんな風に便利なスキルが多いので、戦闘能力は微妙だが優秀なジョブだ。
しかし取得するのは簡単ではない。
ジョブランク7以上の人の動きを正確にトレースしなければいけないのだ。ちなみに、ジョブランクは1から10まであり、この世界の住人の平均は4。つまり7はかなり高く、トレースは簡単ではない。
それにもかかわらず、努力家なジャックは、ランク7のブラックナイトの父親の剣さばきをマネし続け、モノマネ師を取得してしまった。
だがそれは、彼にとって本意ではなかった。本当は、父のようなナイト職に就きたかったのである。ガルハンには「十二歳になったとき、取得可能なジョブの中からレア度の一番高いジョブに自動的になってしまう」という設定があり、モノマネ師に勝手になってしまったのだ。
とはいえ、自動取得を防ぐ方法はあり、抜け目ない兄と弟はそれをやっていたのでまだジョブは取得していない。前世の記憶が戻る前の俺はそんなことさえ知らなかった。なお、俺がモノマネ師を取得したということは、家内の誰にも知られていない。
鏡を見ていたら部屋の扉がノックされた。続いて男の声が聞こえてくる。
「ジャック様、お目覚めになりましたか?」
この声は、執事長の息子ロイド。ジャック専属の執事である。
こいつが問題だ。いや、そもそもジャックの周囲には問題のある人物が多いのだが。
ジャックこと俺には、双子の弟アンリと腹違いの兄アレンがいる。俺の実母エリーザはなぜか俺を憎み、弟を溺愛。そしてこのロイドを買収して、俺をいろいろと妨害していた。
ちなみに俺が、兄からも弟からも母からも執事からも裏切られたと知って、ショックで倒れたのがついさっきのこと。おかげで前世の記憶が戻ったというわけだ。まあ、信頼していたすべての人から裏切られたのだから倒れるのも当然だろうな。
ともかくだ。騎士学校の教本を隠して、俺の成長を妨害してきたこの男、ロイドをなんとかしないとな。
「入れ、ロイド」
「はっ、失礼いたします」
ロイドが、さわやかな笑みを浮かべて俺に近づく。
「ジャック様、客間に商人が来ております。今日は『精霊の種』を選んでいただく日ですから、ご用意を。アレン様もお待ちでございます」
「精霊の種」とは、「精霊の加護」という特殊能力を与えてくれる貴重な種だ。
貴族は長男が家督を継ぐことになっている。アレンは兄とはいえ、俺の一月前に生まれた庶子だから、俺のあとに精霊の種を選ばなければならない。
弟の俺に順番を譲らなければならず不満なのは理解できる。が、悪意を持って俺をハメてくるのだから隙を見せてはいけない。
「ロイド、この家の長男は誰だ?」
「……ジャック様でございます」
「だったら、アレンなど待たせておけば良い」
「はっ、失礼します」
俺の言い方もぶしつけだったが、ロイドが不満ありありなのは彼の態度からわかった。
まあ、ともかく今は考える必要がある。
ジャックがガルハンの原作通りに身を滅ぼしていくという最悪の事態を避けるために、やるべきことがたくさんあるのだ。
季節はもうすぐ春を迎える。主人公が現れたり、いろいろ事が動き出す学園生活が始まるまであと一ヶ月。時間はない。
貴族の嫡子だから金はあるが、入学準備は自分でしなきゃダメだ。本来は、執事のロイドがやってくれるはずなのだが、逆に邪魔をしてくるのだから痛い。
ゲームの設定では、学園に執事を連れて行けることになっているが、ロイドを遠ざけないとどうにもならない。できれば彼に代わる執事が欲しいが、その執事を選ぶのは母親の役目。母親もなんとかしないとダメだよな。
おっとその前に、今精霊の種を売りに来ている商人にも対処しておかなくては。この商人がロイドの手先であることを俺は知っている。
なお学園に入れば、ダンジョンのモンスターと戦わなければならないし、ガルハンの主人公やヒロインたちと対決することにもなるだろう。
モンスターにやられて死ぬのも、ガルハンの主人公たちに負けるのも嫌だ。
戦うための力が欲しい。
原作では、そうしていなかったが、さっきも考えた通り、モノマネ師に次ぐ、セカンドジョブを手に入れておきたい。
はあ、入学までにやることが多いな。
これまでジャックには力がなかった。でも今は俺がいる。
ジャックの願いは俺の願いだ。彼の希望は、最高の騎士になること。
俺がその望み、叶えてやるよ。
心の中でそう誓いを立て、俺は「反撃」の準備を開始する。
第2話 反撃
スノウ子爵家はナイトの家系だ。ジャックはナイトとして父親を尊敬し、憧れていた。しかし父親は、裏で権力と暴力を振りかざし悪事を重ねていた。
母親は優しかった。でも、裏ではジャックの悪口を広め疎んじていた。双子の弟のアンリは可愛かった。しかし陰ではジャックを馬鹿にし、見下していた。兄のアレンは優しかった。それは、ジャックのすべてを奪い取るためだった。
ゲームの中では、それらのことを知ってもジャックは復讐しようとしなかった。裏切られたことを認めたくなかったのだ。
ジャックは優しかったので家族を傷つけられなかった。救いを求めなかったのは、誰も巻き込みたくなかったため。それで、目を逸らすために学園で悪役を演じたり、ヒロインたちに絡んだりしていた。
なんて馬鹿で優しい男なんだ! 自分のことなのにかわいそうで涙が出る。
ジャックは家族に騙されたのではない。わかった上で彼らの仕掛ける罠にはまったのだ。この馬鹿野郎が!
家族を傷つけるなんて高潔なナイトに相応しくない行いかもしれない。でも今は、罠を打ち砕く知恵と力が必要なんだよ!
今俺は自室を出て、シャンデリアが輝き、高級な黒檀のテーブルが置かれた豪華な部屋に来ていた。その部屋には、母、兄、弟、ロイドがそろっている。
子爵家御用達の商人は控えの間で待っていた。精霊の種の商談が間もなく始まるのだ。
さてと、反撃を始めるか。
「まずは俺からだな。控えの間で一人で選ぶ。誰も通すな」
「ジャック。何をいきなり。わがままを言わないで」
母親が慌てて引き留めてきた。
彼女たちは連携して俺を騙し、使えない精霊の種を食べさせる気なのだ。
その証拠にアレンも抗議の声を上げた。
「ジャック。みんなで仲良く選べばいいだろう。兄弟なのだから」
「アレン。父のいない今、この家の当主は誰だ?」
「ジャックだ……」
俺は嫡子の強権を使ってアレンを黙らせる。そして一人控室に踏み込み、鍵を閉めた。
なおこの部屋には秘密が漏れないように、防音処理が施されている。控室といっても豪華で照明は明るく、柔らかなソファーと高級感ある机まで置いてあった。
「これは、ジャック様、いかがされました?」
ソファーに身を沈めていたデブの商人が俺を見て立ち上がり、膝を折って挨拶してくる。こいつの名前はゴードン。アニメで俺を騙しまくった商人だ。
「一人で選びたくてな。全部出してくれ」
「はい。ただ今、用意をいたします」
俺が対面のソファーに座ると、ゴードンは精霊の種を机の上に並べた。
数は五つ。ヒマワリの種や柿の種の形をしていた。
ゴードンは、俺が「無詠唱」で「上級鑑定」を使えるのを知らない。
「どの精霊の種がよいのだ?」
「このサンダーランスの種がおすすめでございます。サンダーランスは強力で範囲も広く、敵を麻痺させる追加効果もあります。ジャック様にはお似合いかと」
ナイトの家系であるため、ジャックの初期MPは30しかない。ゴードンがすすめてきたサンダーランスはMPを20使う。ギリギリ今の俺にも使える。
この世界の設定では、一度MPを枯渇させれば初期値から360上昇する。それを利用すると、ナイト職であってもサンダーランスはかなり有用な能力となるわけだ。
しかし今ゴードンが手にしているのは、MPを100も使うフルフレアの種。
実際に原作では、ジャックはフルフレアを精霊の加護としていたが、MP30しかないので一度も発動させることはなかった。
ゴードンがうやうやしく告げる。
「お父上もサンダーランスでご活躍されたそうで、子爵家を継がれるジャック様にはピッタリの精霊の種でございます」
こいつはジャックが父親に憧れているのを知っているので、サンダーランスと偽っているのだろう。
見てろ。その得意げな顔、蒼白にしてやるよ。
「なるほど。では、アレンにくれてやろう。俺がその種を譲れば喜ぶだろうな。優しい兄上の喜ぶ顔をぜひ見たいものだ」
「いや、それは……」
知っていたが、やっぱりこいつはクロだな。彼は言い淀んでは額に汗を流し、目を泳がせる。
「そうだ、ゴードン。お前が兄上に直接手渡してくれ。俺が一緒に見届けてやろう」
「そんな、私ごとき商人風情が……、畏れ多いことでございます」
「なるほど。俺にフルフレアの種は食べさせても、兄上には食べさせられないのだな」
「な、何をおっしゃいます。これは確かにサンダーランスの種でございます!」
「俺は何の精霊の種かがわかるのだ。机の上の他の種は、サンダーランス、身体強化、ライトニング、そして激レアの精霊の種、透明人間だろ?」
俺が一つひとつ指差しながら精霊の種を「鑑定」していくと、ゴードンの顔が真っ青になった。商人が、上の身分である貴族を騙したのだ。首を刎ねられても文句は言えない。
俺は立ち上がると、扉を開けようとして歩き出す。
「さて、ゴードン。その首、よく洗っておけよ」
「お、お待ちください。ジャック様。これは確かに……」
「まだ言うつもりか? 俺はロイドが裏切っているのも知っている。その後ろに母と兄上がいるのもな。その上で、もう一度だけ聞いてやる。お前の持っている種はなんだ?」
「……フルフレアの種でございます。申し訳ございません」
床に頭を擦り付け、土下座して許しを請うゴードン。
「俺の命令を聞けば許してやろう。フルフレアとライトニングを二人に食わせろ。簡単だろ?」
この二つは強力な魔法だが、名門の魔法使いの家系でもなければ発動は不可能。兄上たちには自分の仕掛けた罠に自分でハマってもらおう。自業自得だ。
最後に俺は、ゴードンに向かって冷たく告げる。
「ああ、言っておくが、『はい』以外の答えは斬首だ」
「は、はい……」
こいつは額を床に擦り付けているが、実はそれほど怯えているわけでもない。この場さえしのげれば、残りの精霊の種を売り払って他国に消えるつもりなのだ。
俺は、残りの透明人間と身体強化とサンダーランスの種をアイテムボックスに入れ、担保だと告げた。ゴードンは、それでも余裕らしい。表情を崩すことなく「構いません」と答える。
ゴードンと共に控えの間を出て、客間に向かった。
部屋に入った俺は、さっそく母に報告する。もちろん真実は伝えない。
「母上、私は父上と同じサンダーランスの魔法を選びましたよ」
「そうなのですか。ジャック、おめでとう」
母親は醜悪な笑みを顔に張り付かせている。こんな演技で俺を騙せると思っているのだろうか。
ゴードンが精霊の種を机の上に二つ置くと、母が訝しそうに言う。
「さっ、アンリの番です。あら、二つだけなの? 困ったわね」
「申し訳ございません。こちらがサンダーランスの種で、こちらがレアな精霊の種の、透明人間の種でございます」
ゴードンは俺の指示通りに嘘をつく。
「アンリは父上とジャックと同じサンダーランスにしなさい」
「はい。母上。僕は兄上と一緒で嬉しいです」
アレンとアンリはゴードンの言葉を疑ってないようだ。二人とも同時に精霊の種を口に入れ、満足そうな笑みを浮かべていた。
精霊の種は、食べてから一週間後に教会の洗礼を受けると、力を解放すると言われている。
実際は、教会で詠唱の呪文を教えてもらうだけなので、元から知っているか、俺のように無詠唱スキルがあればすぐ使える。
一週間後、教会で二人の顔が引きつるのを楽しみにしておくよ。
「ご苦労でした。ゴードン、これが代金です」
ロイドが金貨の入った袋を机の上に置く。
「実はジャック様に見せたいものがございまして、他の皆様にはご退席お願いしたいのですが……」
ゴードンはすぐには受け取らず、皆に退出を促した。これは俺が命令していたことである。
「ふむ、なんだろう。私はゴードンの話を聞きます。母上、失礼」
自然に答える俺。奴らは疑うような様子は見せない。
「そう、またあとで話しましょう。アンリ行くわよ」
「ジャック、俺も失礼するよ」
含み笑いを浮かべて四人は退出していった。
この程度の策にはまってしまうとは…‥。まあ、アニメでも、ジャックは罠に引っかかったフリをしていただけだしな。
ゴードンが恐る恐る俺の顔色をうかがってくる。
「こ、これでよろしいでしょうか?」
俺は、ロイドが置いたお金の袋をアイテムボックスに入れると、部屋の隅のヒモを引っ張った。
突如として、バタバタと足音がこちらに向かってくる。
「ジャック様、いかがされました?」
すっ飛んできたのは、衛兵長と部下の衛兵五人。子爵家には、このような仕掛けが各部屋にある。
俺は冷たく言い放つ。
「この商人が私に無礼を働いた。貴族への侮辱罪により、こいつを牢屋に二週間ぶち込んでおけ」
急な展開にわなわなと震え出すゴードン。
「お、お許しくださったのではなかったのですか、ジャック様」
「嘘などついていない。二週間で許してやるのだ。ただ、兄と弟がお前を許すかまでは俺の知るところではないがな。なお保釈金はお前の全財産とする。連れていけ」
保釈金を払えば全財産を失う。しかし払わなければ、二週間を待つことなく怒り狂ったアレンとアンリたちに殺されるだろう。俺が直接手を下すまでもないし、ゴードンが破産して逃げても別に構わない。
「そ、そんな……、お、お許しを!」
衛兵たちに取り押さえられ、ゴードンは絶叫とともに扉の向こうに消えていった。
これで、ゴードンを片付けたわけだが、同時にロイドの対処もできた。この商談を取り仕切っていたロイドは、騒動の責任を取らされ処刑されてもおかしくない。
ロイドは切れ者だ。その程度はすぐに理解して、何らかの行動を起こすはずだ。
人を呪わば穴二つと言うが、俺を呪ったことで、ゴードン、ロイド、母、兄、弟、五つも穴ができたな。これでしばらくは大丈夫だろう。
問題は、二週間後に領地から帰ってくる俺の父親だ。
父親が帰ってくれば、その威を借りて母親が増長する。その前に、まずは母を黙らせておきたい。騎士学校に行くまでには、実家の問題はある程度、片付けておきたいからな。
ふと自分の手を見てみる。
両手が剣ダコでゴツゴツだった。俺の記憶が戻る前、ジャックは現実から逃れるように剣を振り続けていたのだ。
ジャック、お前の絶望を俺が希望に変えてやるよ!
俺は固く拳を握りしめた。
第3話 敵中孤立
自室に戻った俺は、さっそく精霊の種を食べることにした。
選んだのは、透明人間の種。
柿の種の形をしていて、なかなか美味かった。
透明化能力を選んだのは、この種が激レアということもあるけれど、父親から俺の母親に送られた結納の品「風雷の魔法書」を奪うためだ。その本は母親が正室であることの証明、そして権力の証でもある。これを奪えば、母親に致命的な打撃を与えることができる。
さっそく行動に移ろうと思う。狙いは夕食時だ。
貴族の夕食は食堂に集まり、地位の低い者が高い者を出迎えるという決まりがある。
最上階の五階に住んでいるのは、父親と正室の母親。夕食時には、お付きの侍女と執事も食堂に集合するので、母親の部屋には、留守を守る侍女二人だけしかいない。
仮に、風雷の魔法書がなくなったことがすぐにバレても、侍女が人を呼ぶまでには時間がかかるだろう。やるなら今しかないな。
ちなみに透明人間には、消費MP5で約一分間なれる。MP30の今の俺なら六分間。五分もあれば、母親の部屋から風雷の魔法書を奪って自室に戻るくらい余裕のはずだ。
俺は鏡の前に立って、透明人間の能力を発動してみた。
俺の体が鏡から消えていく。鏡の正面に立っているのに自分の姿が見えないなんて変な感じだな。動いても透明人間のままだし、飛び跳ねても物音一つ聞こえない。
マジ便利だ。透明になるだけでなく、無臭、無音、気配すらなくなる。
その上、透明化中は魔法を無効化させることもできる。怖いのは物理攻撃だけ。
鏡の前で透明人間を解除すると、急に俺が現れた。ともかくこれで能力の確認は終わりだ。
俺はそっと自分の部屋を出る。人目につかないように警戒しながら、五階に続く階段に向かった。四人の衛兵が守っている。
さっそく俺は、透明人間になって衛兵の前に出た。
全く反応がないな。衛兵の顔の前で手をひらひらさせてみたが、彼らは暇そうに欠伸をしただけ。遊んでばかりもいられない。俺は堂々と衛兵を突破して、階段を上り五階に足を踏み入れる。
五階の廊下には、高価な壺や絵がいくつも飾られていた。母親の部屋の前に移動して、ドアの前に立つ。さすがにドアには鍵がかかっているな。まあそれも想定内だ。
俺はドアをノックして、近くの壺の前に待機した。若い侍女がドアを開け、誰もいない廊下を不思議そうに見ている。
そっと壺を倒すと、侍女は慌てて壺に駆け寄った。その隙に母親の部屋に侵入する。
部屋の中にはもう一人侍女がいて、机に座って紅茶を飲んでいた。
侍女の後ろの本棚に風雷の魔導書がある。この部屋には何度も来ているから、保管場所は覚えているんだ。すぐに本棚に駆け寄って風雷の魔法書を取り出すと、アイテムボックスに放り込む。これであとは帰るだけだな。
俺は侍女に近づき、わざとカップを倒した。服に紅茶がかかって慌てる侍女を横目に、悠々とドアを開けて外に出る。
廊下に出ていた侍女ともすれ違ったが、気付いた様子はない。本当に楽勝だった。兄のアレンが透明人間の種を欲しがったのも納得だな。
とはいえ、部屋に戻るまで油断は禁物だ。早足で歩きながら階段を下りて衛兵の横を通り過ぎる。そのまま自室に帰ると、透明人間を解除した。手に汗をかいていたことに気付く。自分でもわからない内に緊張していたんだな。
気持ちを落ち着かせるため、俺は紅茶を入れた。ソファーに座って外の景色を眺めながらゆっくりと紅茶を飲む。飲み終わった頃にドアがノックされて、侍女が部屋に入ってきた。
「ジャック様、お食事の用意ができました。奥様が食堂でお待ちでございます」
「わかった。すぐ行く。ところでロイドはどうした? 姿が見えないのだが、先に食堂に行っているのか?」
ロイドの動向が気になっていたので、念のため尋ねておく。侍女は首を傾げながら返答した。
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