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 ミントくんと再会して、20分ほどの時間が経過した。
 私の前には、ニコニコと微笑みを浮かべるミントくんがいる。

 それを見ている私の背中にはじっとりと汗が滲み出ていた。

「ここが僕の実家、オルトール侯爵家の屋敷だよ。自分の家と思って過ごしてもらっていいからね」

 朗らかな笑顔と、紳士的な手振りで私を屋敷までエスコートするミントくん。
 私の胸の中に、稲妻のような思いが駆け巡る。

 こんなのミントくんじゃない……! 私のミントくんは、無口で、何を考えているのかわからなくて、でもそんな中に優しさが滲み出てくる、そんな少年なのである。こんな表情豊かな、優しそうだけど少年ではなかったはずである。

「ミ、ミントくん……? どうしたの? 風邪でも引いた……?」

 風邪でこうなるわけがない。けれど、それぐらいしか可能性が思い付かず、私は震える声でミントくんに尋ねる。
 すると、ミントくんは天使みたいな微笑を浮かべて私に言う。

「ははは、エトワは相変わらず変なことばかり言うな。でも、そういうところ、嫌いじゃないぞ」

 ぎゃぁああああああああああああ!!
 誰ですか、この人!

 まさかリンクスくんに弟がいたみたいに、今度はそっくりの双子の弟がいたというパターン!?

「おお、ミント。戻ったのですね」

 ぐるぐると疑念が巡る私の思考は、前方から呼びかけられた声で中断した。
 顔を前に向けると、ミントくんと同じ髪色、瞳の色をした、ぷにっとした体型をした男性が立っていた。

 男性の視線がミントくんから、私の方へ向く。

「おお、あなたがエトワさまですね。ミントから話は聞いています。その髪の色、奥様にそっくりでいらっしゃいますね」
「えっと……」

 言葉を止める私に、男性ははっはっはっと笑いながら自己紹介をはじめた。

「はじめまして、ミントの父のルバーブです。息子とあまり似てないので戸惑われたでしょう」
「いえ、そんな……」

 言葉に詰まる対応になってしまった主な原因は、ミントくんの様子のおかしさを引きずっていたからだけど、『似てないと思ったか』と問い詰められたら、否定しきれない。ミントくんのお父さんだから、無意識に美形の人を想像していたかもしれない。
 しかし、ミントくんのお父さん、ルバーブさんは気分を害した様子なく、はっはっはと朗らかに笑い続けた。

「ミントは妻に似たのですよ。おかげで目に入れても痛くない、かわいい息子に育ってくれました」
「やだなあ、父上ったら。いつも初対面の人には同じことばっかりいうんだから」

 ミントくんもそんなお父さんの横で表情豊かに笑っている。
 その姿を見て、私はまた硬直した。

「あのっ……」
「どうかしましたか? エトワさま」
「そのっ……息子さん、おかしくないですか……? なんか……?」

 初対面の人に言うべきセリフではなかったかもしれない。
 『息子さん、おかしくない?』こんなこと言ったら、私の方がおかしい人だと思われても仕方ない。

 けど、私はそれを言わざる得なかった。
 我慢ができなかった。

 幸いに、ルバーブさんは悪意があるようには受け取らなかったらしい。
 ただし、不思議そうに首を傾げた。

「いえ、いつも通りのいい子で優しい、私の息子ですが?」

 そこだよ! そこがおかしいんだよ!
 言ったら悪いけど、ミントくんの評判に『いい子で優しい』なんて評価はでてこない!

 いや、いい子な面も、優しい面もちゃんとあるけど!
 そこが第一印象にでてくる人物ではないのだ。

 『無口だけど優しいよね』とか『冷たいように見えて、困ったときは助けてくれるよね』とか、あくまでそういう評価がでてくるのは、第二印象からなのである。こんな『いい子』さとか『優しさ』とかを前面に押し出した人物ではなかったはずである。

「父上、エトワはこんな風に素っ頓狂なことをたまにしたり、言ったりするんだ」
「はっはっは、楽しい方なのですね」

 ニコニコ笑顔で、何事もなかったようにこの場を納めてしまうミントくん。
 ちがう、おかしいのはミントくんの方なんだよーーー!

 しかし、私の心の中の叫びは誰にも届かなかった。
 そのまま朗らかに笑う二人に連れられて、私はオルトール侯爵家の敷居をまたぐことになった。

***

 ミントくんのおかしな振る舞いで出鼻をくじかれたオルトール侯爵家での生活だったけど、意外と順調だった。
 ルバーブさんは優しいし、屋敷の人も優しい、ミントくんも……まあ……優しい。

「ここが我が領地自慢の、エルトマの森です」

 翌日のお昼に、ルバーブさんが連れてきてくれたのは、屋敷の近くの森だった。
 森といっても、紹介されるだけあって普通の森じゃない。
 青々としげる木々のところどころに、10メートルを越す巨木がたちが突き出ているのだ。
 巨木たちは普通の森の木に比べたら数は少ないものの、その数はざっと見ただけで百を超えていそうだった。
 巨木たちはどれも、キノコのように密集して枝を伸ばして、傘みたいな綺麗に葉っぱをつけている。あれだけ大きな木、樹齢何百年、いや千年以上あるかもしれない。
 なんて名前の木なのだろうか。あっちの世界でも、こっちの世界でも見かけたことがない。

「あれはノーモス・ミッシフと呼ばれる木ですよ」

 ルバーブさんかちょうどその木を指差して、名前を教えてくれる。

「へぇ! 面白い形をしてますけど、大きな木ばっかりなんですね!」

 大きな木が目立ってるだけかもしれないけど、周囲を見渡してみても、同じような形の木はなかった。
 すると、ルバーブさんがパチリとウインクして言った。

「実はそういう種類の木があるわけではないんですよ。樹齢が千年以上の木に、精霊が宿ってそういう形に育てると言われています。まあ、育っているところを実際に確認したわけではないですが、我が家にはどの木がいつ頃、ノーモス・ミッシフへと変化していったかという言い伝えもありますし、実際近くでみるとどれも異なる木なんですよ」
「す、すごい……!」

 見た目も設定もあんまりにもファンタジーっぽい存在に感動してしまった。

「ノーモス・ミッシフは昔の言葉で、土精のいたずらという意味だそうです」
「土精……?」

 その言葉を聞いて、私の頭にある小さなモンスターがひょっこりと浮かんでくる。実際はモンスターではないらしいけど。

 すると、目の前の木々の間から、ぴょこりとそれと同じ姿が飛び出してきた。
 もふもふもさもさした毛を生やした丸っこい生き物。

「わぁー! モサモフさんだ!」

 一年生のときお世話になった個体とは、当然別精霊だろうけど、懐かしい恩人の姿に嬉しくなってくる。
 私はポケットに飴を入れていたことを思い出し、モサモフさんにプレゼントすることにする。

 献上品だと理解しているのだろうか、モサモフさんは襲いかかってくることはなく、大人しく飴が口に運ばれてくるのを待って、ぐもぐと舐め始めた。

「おや、食料を見せたのに大人しくしているとは驚きましたね」

 それを見て、ルバーブさんは目を丸くした。

「その昔、この子たちにお世話になったことがあるんです。それでお礼にご飯をもっていったときも、こんな感じで食べてくれました。ルヴェンドの森にいる子たちだったから、まったく関係ないかもしれませんけど」
「いえ、全ての精霊たちは大精霊の力で繋がっているという説もあります。もしかしたら、エトワさまのことを覚えていたのかもしれませんよ」

 ルバーブさんはそういってウインクしてくれた。
 その後、私たちがやってきたのは綺麗な泉だった。横幅10メートルぐらいの大きさで、綺麗な円形をしている。
 澄んだ水の中では、魚たちが泳いでいた。

「すごく綺麗な泉ですね!」
「ええ、この泉には水の精霊が現れると言われています」
「水の精霊ですか?」

 正直、水の精霊というと、あんまりいい思い出がない。
 ウォーターエレメンタルという、ばっちり危険な精霊が初対面だったからだ。いや、でもあれは精霊と言っていいんだろうか。
 魔法生物? 召喚魔法? 魔法に詳しくない私には、どう分類したらいいのかわからない。

「水の精霊は魚に化けて現れるといいます。虹色の鱗を持っていて、捕まえると極彩色の色をばら撒きながら、幻のように消えてしまうそうです。捕まえると、一年間、幸運と健康に恵まれるそうですよ」
「ええええ、すごーい」

 でも、ルバーブさんの話を聞くと、心が躍ってきた。
 何それ、ファンタジーっぽい!

「捕まえてみてもいいですか?」
「ええ、ぜひ挑戦してみてください」

 私はブーツを脱いで、水の中にバシャバシャと入っていった。

 水の精霊を捕まえようと、虹色の鱗を探し、それらしき魚をガバッと掬いあげる。

「フナー!」

 捕まえたのはフナだった。
 掲げあげた私の両掌の上で、ピチピチと元気に跳ねている。

 弱らないうちにすぐに水に戻してあげる。

 腕を捲って再挑戦。

「フナーー!」

 またフナだった。
 活きのいいフナだ。どこからどう見ても新鮮だ。

 新鮮なままに、キャッチアンドリリース。

 今度こそ!

「フナーーー!」

 何か変な才能に目覚めてしまったのか、今度もフナだった。
 二度あることは三度の飯より近くの他人……このままフナ漁師として暮らしていくのが、この世界に生まれた私のさだめなのかもしれない。

 将来の予定表に、フナ漁師の可能性を付け加えていた私は、ふとあたりを綿毛のようなものが飛んでいることに気づいた。
 たんぽぽ……? いや、ちがう。

 それはただの綿毛ではなく、淡く白い、澄んだ光を放っている。
 それを見て、ルバーブさんも目を丸くする。

「そ、それは光の精霊ですな。めったに人前には姿を現さないという、とても珍しいものです」

 そう聞こえた瞬間に、強い風が吹いた。
 次の瞬間、私の視界いっぱいに、無数の白い綿毛たちが風に流されて飛んでいく光景が写し出された。

「これほどの数は……私も初めてみました……」

 それは流星群のようにも、群れて飛ぶ蛍のようにも、例えられるようで、また違っていて。
 綺麗な湖に反射される極彩色の光と合わせて、まるで夢の中で見るみたいな景色だった。

***

 素晴らしい景色を見せてもらったあと、私たちはオルトール侯爵家のお屋敷に戻ってきていた。

 時刻は夕方ごろ、晩ごはんまで少し時間が空いてしまっている。

「ふんふんふ~ん」

 森での光景を思い出し、鼻歌を歌いながら庭を散歩させてもらっていると、ミントくんが現れた。

「すっかり機嫌は治ったみたいだね」

 相変わらず表情がある……
 でも、楽しい思い出のおかげで、前ほど拒絶反応はなかった。

 ルバーブさんに聞いたことによると、あの森に私を連れていくよう提案してくれたのもミントくんだったみたいだし。

「それはミントくんの様子が変だからだよ……」
「そうかな、僕はいつもと変わらないつもりだけど」

 そう言ってフッと笑うミントくんはやっぱりいつもと違う。

「それより、暇を持て余してるならちょっと来てくれないか?」

 断る理由はない、というかいつものミントくんの調子で言ってくれれば、一もなく二もなくついていくのに……まあ結局このミントくんにもついていくんだけど……
 表庭の小道を歩いて、裏庭の方に入っていく。

 そこで待っていたのは……

「お、おおお……」

 インド象よりも大きい漆黒の鷲のような動物、同じぐらいの大きさの銀毛の狼、一回り小さいけどヒグマサイズは垂れ耳のハウンドドッグ、大人の人間サイズはあるヤマネコ、キツネ、オコジョ、それから私サイズのタヌキ、それよりも小さなサイズのネコやハムスターから謎のふわっとした丸い生き物まで。さっき上げた以外にも、様々な動物たちが裏庭の空き地にいた。
 たぶん、これらは全部、ミントくんの使役する魔獣だ。

「ずっと前に、僕が飼っている魔獣をいろいろと見てみたい言ってたでしょ? ルヴェンドではたくさん出しすぎると怒られるけど、実家なら大丈夫だからね」
「えっ、ありがとう……」

 ミントくんは極上の笑顔で言った。

「自由に触っていいんだよ」
「えっ、いいんですか!」

 目の前にいるふわふわの動物たち。
 これだけ大きく、大量のふわふわたちは、動物園だってネコカフェだって出会えない。

 私は恐る恐る、漆黒の鷲へと近づいていった。
 鷲さんは私が近づいても、大人しく翼を閉じてジッとしてる。

 手を伸ばしてその体に触れると、すべすべしていてふわふわしていた。

「わぁ……」

 感動が自然と口から漏れる。
 しばらく撫でていると、ふふっと笑い声が聞こえてきた。

「ほら、グレインも撫でてもらえるのを待ってるよ」

 美しい銀毛の狼が私の側まできていた。
 名前はグレインと言うらしい。

 私の前に座り込んだそれに、私は思いっきり体を預けてみた。
 銀色の毛に体が埋まっていく。

 もふもふだ。もっふもふだ。

 いつのまにかいろんな魔獣が私の周りにきていた。
 みんな、そのふわふわでもふもふの毛を私に擦り付けて触らせてくれる。

 もふもふ天国だ……。光の精霊を見たあの景色も美しく幻想的な天国みたいだったけど、こっちは柔らかくて人を堕落に誘うダメな方の天国だ。

「もふもふ、もっふもふ、ふもっふ」

 魔獣たちのもふもふに囲まれて、私はこの世の楽園を味わっていた。

「楽しんでくれてるみたいだね」

 魔獣の上に寝そべり、肘をついてこちらを見ているミントくんが、蠱惑的に微笑みながらそう言った。

「うん、ミントくん最高……最高だよぉ……」

 相変わらず表情はあるけど、私はもふもふの絨毯に埋もれながら、こういうミントくんももしかして悪くないかもと思いはじめていた。
 しばらく、様々なもふもふを触り、毛玉に埋もれ、みんなからすりすりされ、堪能していた私は、ふとこの中に何かが足りないことに気づく。

「あれ、ミントくん、レトラスは?」

 レトラスはミントくんが使役するホワイトタイガーのような姿をした魔獣だ。
 1番のお気に入りでルヴェンドの屋敷にも出入りしていた。私もなんどかモフモフさせてもらったことがある。

 そんなレトラスがこの場にはいなかった。

「…………ああ、あいつなら落ち込んでるみたいだ。あそこの庭はずれで佇んでるよ」
「落ち込んでる……?」

 私はその言葉が気になって、もふもふ天国を切り上げて、その場所に行ってみることにした。
 魔獣たちにお礼を言って、庭のはずれにいく。ミントくんはついてこなかった。

 すると、エジプト座りをしながら、肩を落として落ち込んでいる様子のレトラスがいた。
 悩みを聞こうと……本当に聞けるわけではないけども、近づいていくと。

「エトワさま、ミントさま、ご夕食ができました!」

 侍女さんの私とミントくんを呼ぶ声が聞こえた。
 レトラスと話したかったけど、せっかくご招待されているお家で相手を待たせというのも……

 私は悩んだ末に、一声かけてからいくことにした。
 小走りで近づくと、レトラスが振り向き、目を丸くする。

「レトラス、悩みがあるなら私が聞くから、晩御飯の後でも教えてね」

 通じるかわからないけど、そう言って彼の後脚のあたりをポンと叩いた。
 本当は肩を叩いてあげたいんだけど、手が届かないからねぇ。


***


 晩御飯のためにお屋敷の方に向かっていると、小道の脇で小さなハリネズミがおっきなリンゴを運んでいるのが見えた。
 リンゴの大きさはハリネズミの体の三倍ぐらい……

 これもミントくんの魔獣だろうか?
 裏庭にはいなかったけど……

 魔獣は見た目より力があったり特殊な力を持つ子が多いけど、ハリネズミの子は体格も小さくて、下手したら本物のハリネズミよりも弱そうだった。リンゴを運ぶ姿も、青息吐息という感じである。
 ぼーっと見てたらリンゴに潰されてしまった。

 リンゴの下で困ったようにジタバタもがいているのが見える。

 私は急いで助け出した。

「大丈夫?」

 ハリネズミはびっくりした目でこちらを見たあと、怯えた表情でこちらを見つめる。

「あ、ごめんね。困ってそうだったから。ミントくんの魔獣だよね? リンゴを運ぶなら手伝うよ」

 安心させようと、微笑んでみせると、ハリネズミはじーっと見つめて、それから安心したように緊張を解いた。
 よし、大丈夫みたいだ。

「どこに運んだらいいかな?」

 すると、ぺこりと頭をさげたあと、短い足で部屋を指した。

「あの部屋だねー」

 リンゴは私の両手で抱えられるぐらいのサイズだった。
 重さは、そんなに重くもない。

 ハリネズミくんの歩幅に合わせてゆっくり運んであげる。
 部屋の前までくると、ハリネズミくんはまた困ったような仕草をした。

 どうやら扉を開けたいけど、開けられないらしい。
 ルヴェンドの屋敷でたまにミントくんの小型の魔獣が人間の扉を開けて移動しているのを見たことがあった。運動神経の良い子なら、普通の犬猫でもできる子もいる。でも、この子はできないみたいだった。

「私も入っていいかな? この部屋」

 そう言うと、ハリネズミくんは嬉しそうにコクコクと頷いた。
 扉を開けて、一緒に中に入る。

 部屋の中にいたのは、一匹のミミズクだった。
 かなり老齢のようで、私たちが部屋に入ってきたことにも気づかない。

 最初は、ミミズクもミントくんの魔獣かと思ったけど、なんとなく違う気がした。
 部屋には女性の肖像画が飾られていた。ミントくんによく似た、綺麗な女性。その肖像画の女性の肩には、このミミズクが留まっている。

 ミントくんのお母さんなのかな、私はそう思った。
 部屋はチリひとつないほど綺麗で、ミミズクも老齢だけど毛はフサフサしている。とても大切にされていることがわかる。

 ハリネズミくんはリンゴとこちらを見て、ミミズクの方を手で示した。
 どうやらミミズク氏へのプレゼントだったらしい。

 私はミミズク氏にリンゴを差し出そうとして、大きすぎてこのままでは食べにくいのではと思った。
 ヘリネズミくんの方を見て、リンゴをきる動作をしてみせる。

 すると、彼は嬉しそうにコクコクと頷いた。
 切れるなら切ったほうがいいようだ。

 天輝さんを召喚して、リンゴの皮剥きからはじめる。

『私は神が生み出した神器とも呼べる剣なんだが……』
「うんうん、皮剥きもやりやすいよ、さすがだね、天輝さん」

 ご不満そうなので、一生懸命、ご機嫌を取っておく。
 いい感じにカットりんごができた。

 そのころになると、ミミズク氏もこちらに気づいていた。
 カットりんごを差し出すと、嬉しそうにクチバシで食べる。

 ハリネズミくんもそれを見て嬉しそうにしていた。
 結局、リンゴを一匹と一羽にわけたあと、私は部屋をでた。

 ハリネズミくんとミミズク氏はペコリと頭をさげて見送ってくれた。

***

 晩御飯はとても美味しかった。
 でも、部屋に戻った私はボーッと考え事をしてしまっていた。

 原因は夕食のあと、ルバーブさんとした会話だった。

「妻はあの子が小さかったころになくなっていまして……」

 この屋敷にきてから、ミントくんのお母さんと会ってないので、リンクスくんのときみたいに遠出してるのかなと尋ねたら帰ってきた答えがそれだった。
 知らなかった……

 ご実家訪問をしてからは、護衛役の子たちの知らない面ばかりを見ている。

「そんな状況なのに、あの子はとてもよい子に育ってくれました」

 ルヴェンドにいるときとは打って変わって、笑顔で優しいミントくん。
 そういえば、初対面のときも実はあんな感じだったことを思い出す。すぐに無表情な、『いつもの』ミントくんになってしまったので、忘れてしまっていたけど。

 いつものミントくんとの違いに拒絶反応が出てしまったけど、入れ替わった別人か、猫を被ってるのかと思ってしまったけど、あれも確かにミントくんだったのかも。

 無表情でぶっきらぼうで優しいミントくん、笑顔でいい子で優しいミントくん。
 前者は私が知るミントくんで、後者は私がほとんど知らないミントくん。

 この旅行は、ミントくんのもう一つの一面を知る旅になるのかもしれない……

 コンコンコンと窓を叩く音がした。
 窓の外を見ると、レトラスがいた。

 そうだ、悩みを聞く約束をしていたのだ。

「レトラス、どうしてそんなに落ち込んでるの?」

 窓を開けてそんなことを聞いてみる。
 レトラスと話せるわけじゃないんだけどね。

 すると、レトラスはく~んと鳴いて、私の服の裾を優しく引っ張った。
 どうやらついてきてほしいらしい。

 私は窓から外に出て、レトラスについていく。
 レトラスは私の前を気配を消して歩いていた。私も自然と足音を消して動く。

 レトラスが私を連れてきたのは、屋敷の離れに建てられた大きめの倉庫だった。
 そこには誰かがいるようで、声が聞こえてくる。

 それはミントくんの声だった。

「よし……準備は順調だな……」

 耳を澄まし、心眼で探ると、中には大量の生き物の気配があった。
 私は気づく、裏庭にいたあの子たちだと……

「計画を再度確認する……大型魔獣部隊はオルトール家直属の魔法戦士団を押さえろ……小動物部隊は使用人たちを確保する……」

 私は話を聞いていくうちに気づく。
 これはクーデターの計画だ。

 私はレトラスの方をガバッと振り返って見た。
 レトラスはしょんぼり顔でコクコクと頷く。

「そして俺が……」

 キッチリと兵隊みたいに並ぶ、魔獣たちの前で、ミントくんの独演が続く。

 倉庫の壁には、目標を示すように三枚の紙が貼られていた。
 左から

『下克上』
『武力行使上等、手段は選ぶな』
『男に生まれたからにゃ、ドラゴン飼いてぇ』

 薄暗い倉庫の中でミントくんは、私の知るいつもの声で、しっかりと宣言した。

「父上を倒す……倒してこの屋敷をドラゴンの飼育場にする……」

 それはルーヴ・ロゼの生徒会選挙で行われようとしたドラゴン飼育計画の再来だった。
 隣で、レトラスがスフィンクス座りの姿勢で頭を抱えている。

 私はほんの数分前に思っていたことを思い出していた。

『この旅行は、ミントくんのもう一つの一面を知る旅になるのかもしれない……』

 思ってたんだけどなあ……

「お前たち、ドラゴンを飼うぞ……」
「ガァオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 うん……これはならないかもなぁ……

「どんな犠牲を払おうと……この目標は達成する……」
「グォオオオオオオンオオオオン!」

 きっとならないだろうなぁ……

「決行は父上がこの屋敷に滞在する1週間以内だ……」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオス!」

 なるわきゃねぇ…… 
 私はチャキっと天輝さんを抜いた。



*あとがき*

『公爵家に生まれて初日に』コミカライズ3巻の、キンドル版も出ているのでよかったらお手にとっていただけたらと思います。
アスカ先生はエトワやソフィア、ハナコをいろんなシチュエーションに合わせて、いろんな髪型で書いてくださっています。どれも可愛いので、ぜひ見ていただきたいです。
また書籍発売のときには、告知が早すぎて本屋さんにいってもなかった人がいたみたいで、ご迷惑おかけしました。
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