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連載
253.
しおりを挟む月明かりがきれいな夜、私は大きな湖の前でボケ~っと佇んでいた。
遺跡のスイッチか何かを踏んづけてしまって、知らない場所に転送されてしまった。ここはどこだろうか、リンクスくんたちは大丈夫だろうか、どうやって帰ろうか。いろいろ疑問はあるけれど、とりあえず何も思いつかないのできれいな湖面を眺めていた。
それにしても大きな湖だ。
周囲を見ると山の深くにあるみたいなのに、縦にも横にもすごく広い。なんとなくだけど、深さもかなりありそうだった。
よく周囲を見渡すと、ところどころに石の構造物みたいなのが見える。
表面は朽ちて苔むしているけれど、それは人工物のように見えた。
私はなんとなくこの景色に見覚えがある気がした。
今の私じゃなく、前世の私が見たことがあるもの、そうダムと呼ばれるものに雰囲気がよく似ている。
「あんた何者だい……?」
ハスキーな女性の声が、背中から聞こえた。
振り返ると、二十歳ぐらいの若い女の人がいた。背が高く美人だけど、目つきが鋭く、迫力のある美女だ。その目元にもまたなんとなく見覚えがある気がして、私は不思議な気分になった。
「えっと、迷子なんですけど。遺跡を歩いてたら、突然この場所に飛ばされて~」
私は正直に事情を告げる。
私が遺跡から飛ばされたということは、行方不明になった子供たちも同じ場所に飛ばされている可能性がある。
この女性が何者かはわからないけれど、もしかしたら情報が掴めるかもしれない。
そう思ったんだけど、女性の警戒は解けなかった。
「ふざけんじゃないよ。この場所に飛ばされてきた子供たちはみんなピーピー泣いてたっていうのに、あんた、飛ばされてきてもずっと落ち着きをはらっていたじゃないかい」
なんだ見られていたのか。
それにどうやら行方不明になった子供たちのことも知っているようだ。
「それはちょっとびっくりしすぎて、泣く気もなくなっちゃったというか。お姉さん、他の子たちのことも知ってるんですね。実はその子たちを探していたんです。合わせてもらえませんか?」
「断るね、あんたみたいな得体の知れない奴、子供に合わせられるかい。びっくりしすぎて泣く気もなくなった? 嘘つくんじゃないよ。そもそも立ち姿からして、明らかに普通の子供とは違うんだよ。背後から攻撃を仕掛けようとしてみても、隙が一切見えなかった」
え、監視されてる間、攻撃しようとしてたの。
何、このお姉さん、怖い。
でも、口ぶりからすると、子供のことは保護してくれてるようだし、悪い人ではなさそうだ。
さて、どうやって危険な存在じゃないと理解してもらおうか。
そう思ってたら、お姉さんは貫手に構えた両腕に炎を纏わせはじめた。
「まあいい、何者か話す気がないなら、ボコボコにして聞き出すまでさ」
うわーん、このお姉さん、悪い人じゃないけど喧嘩っぱやい。
リンクスくんたちのもとに戻るまでは、倒れるわけにはいかない。きっと心配してるだろうし。
私もしょうがなく、天輝さんに手を掛ける。
「やめんか、リオン」
すると、また別の声がそれを制止した。
その声の主は、白髪の老人だった。老人とは言っても、背すじはピシャッと伸びていて、白い髪はオールバックで綺麗に整えられている。その顔は老いてもかっこよくて、若い頃はさぞかし美形だったのだろうなとわかる。
「爺さん、なんで止めるんだい」
「そのお嬢さん、確かに普通の子供とは違うようだが、どうにも悪い存在ではなさそうだよ」
「こんなに得体が知れないのに?」
お姉さんからの扱いは、完全にUMAか宇宙人みたいだ。
「身元も確かじゃよ。額の紋様を見て、何か気づかんかね」
お爺さんはくすっと笑うと、私の額に刻まれた失格の印を目の動きだけで指し示した。
「紋様……?」
お姉さんはそう呟くと、さっきまでの警戒した態度とは真逆に、つかつかと近づいてきて私の額を顰めっ面で覗き込む。
「失格……? そういえば何か、どこかで……聞いたことがあるような……。う~ん……若者の間で流行ってるおしゃれなのかい……?」
その答えをきいたお爺さんはやれやれと首を振った。
「ちと貴族社会から離れさせ過ぎたかのう……」
どうやら二人のやりとりを聞いてると、お爺さんもお姉さんも貴族ゆかりの人のようだ。
しかも、私の失格の印をお爺さんは知っているようだから、私の国の人か、情報が伝わるぐらいに近い国の人。お姉さんが魔法を使おうとしたことを合わせると、むしろ私の国の人の確率が高い。そう考えると、私が飛ばされてきた場所も、国内という感じがする。
これは運が良かったのかも。
その後、お爺さんの取りなしで、子供が避難している場所に私も連れてってくれることになった。
「あたしは反対だね。結局、その子は何者か名乗ってないじゃないか」
お姉さんはぷんぷん怒りながらも、一番先頭を進んで道案内してくれる。
「あ、エトワって言います。よろしくお願いします、リオンさん」
「ふんっ」
お姉さんからの返事はなかった。
隣を歩く白髪のお爺さんが、困ったような笑みを浮かべながら私に謝ってくれる。
「すまんのう。リオンはここ数日とても機嫌が悪くてのう」
「何かあったんですか?」
「本来、あの子には二週間前から休暇を取ってもらう予定だったんじゃよ。久しぶりに旦那や息子に会えると楽しみにしておったんじゃ。しかし、のっぴきならぬ事態が起きてしまってのう。ワシの元に残ってもらうことになったんじゃ。それからすっかり拗ねてしまってなあ……」
「はー、それは可哀想ですね」
「勝手に人の家庭の事情を雑談の種にしてるんじゃないよ!」
怒られてしまった。
まあでも、最もな話である。話題を変えよう。
「そういえば、お爺さんの名前を聞いてなかったですね」
「おお、そうだったか、すまんすまん。ワシの名はレイモンド、しがない旅人のじじいじゃよ」
そういってレイモンドさんは、パチリと綺麗なウインクをした。
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