上 下
121 / 140
連載

245.

しおりを挟む
 私は次の日、筋肉痛で目を覚ました。
 原因はもちろんあの10キロ走だ。あの突然はじまった10キロ走、私はもちろん完走していない。あの場の雰囲気に流されて走り出してしまったけど、冷静に考えると、小学四年生の体に10キロ走は長すぎた……。

 当然、途中でダウンした私はソフィアちゃんのお父さんにおんぶされて、この屋敷にたどり着いた。
 そしてそのまま、ベッドの上で一晩を過ごしたのである。

「い、いだい……」

 起きると体がギシギシいう。こんな筋肉痛になったのは前世を合わせてもひさしぶりだ。

「エトワさま! 起きましたか!?」

 私の起きた音を聞きつけて、ソフィアちゃんが部屋に駆け込んできた。普通、聞こえるとは思えないけど、経験上そうなのである。

「うん、心配させちゃってごめんね」

 私が謝ると、ソフィアちゃんは目尻に涙を溜めて、ぶんぶんと首を振った。

「私の方こそごめんなさい! ついはしゃいでしまって……エトワさまに無茶をさせてしまいました……」
「いいんだよいいんだよ、気にしなくて。例え筋肉痛になったって、ソフィアちゃんが笑顔になってくれるなら、私はそれで幸せなんだから。だから泣かないでおくれ」

 ソフィアちゃんの頭を撫でる腕は、筋肉痛でプルプルと震える。本当におばあちゃんになっってしまったみたいだ。
 ソフィアちゃんは目に溜まった涙を拭いながら、可愛く微笑んで私に言った。

「今度は300メートルから、いえ、30メートルからはじめていきましょう」

 結局、走らされるのね、私。

***

 ソフィアちゃんと一緒に朝食の席に行くと、ソフィアちゃんのお父さんとお母さんからも謝罪された。
 申し訳なさそうに体を縮めて、しょんぼりと謝る姿はソフィアちゃんとそっくりだった。

 朝食が終わると、領内を案内してくれることになった。もともと、この休暇で領内を見て回る予定だったので、一緒に連れて行ってくれるらしい。

「エトワさまのために馬車を手配いたしました」

 私がいなかったら馬車は用意されなかったのだろうか……

 用意してくれた馬車はシートはふかふか、スプリング付きで揺れを感じないようになってる、最高級のものだった。
 貴族ならだいたいの家はもってるものだろうけど、自分のために用意されたとなると、なんだか申し訳ない。
 でも、筋肉痛なので大人しくご好意に甘えさせてもらう。

「それでは出発いたします」

 私が乗り込んだ後、御者もできるらしい老齢の執事さんが、そう言って出発しようとするのを私は止めた。

「ちょっと待ってください」
「何か問題がありましたか?」

 そう首を傾げる執事さんに、私は糸のように細い目で窓の外を見る。
 私の視線の先には、スタンディングスタートの姿勢で馬車の横に並んでいる銀髪の父母子(おやこ)たちがいた。
 何をやろうとしてたかはもはや問うまい。

「乗ってくれませんか?」
「「「えっ」」」

 意外そうな三人の声が重なる。

「落ち着かないので」

 有無を言わせぬ口調の私に、しょんぼりした表情で三人は馬車に自ら収容されていった。

***

 馬車は緩やかな坂道を下っていく。
 ソフィアちゃんのお家は領地を見下ろせる高い山の上にある。

 昨日は気かなかったけど、ソフィアちゃんの家が建ってる山の左右には、壁のように急勾配の山々が広がっていて、唯一なだらかな丘になってる場所にソフィアちゃんの家が建ってる感じだ。

「ふふ、どうしてあの場所に家があるか気になりますか?」

 馬車の窓から、その景色をしばらく眺めてしまっていた私に、ソフィアちゃんのお母さんが微笑みながら声をかけた。

 正直、それほど疑問に思っていたわけではない。どちらかというと、なんとなく眺めていただけだ。
 でも、言われてみると確かに……

「そうですね、景色は良さそうですけど、便利な場所には見えないです」

 いくらなだらかとはいっても、勾配のある土地は住むのには不便だと思う。
 私がいた世界では、閑静な場所としてそういう土地にも一定の人気はあったけど、それは平地がすでに家で埋め尽くされてるからだ。

 この世界なら、まだ平たい土地も余ってるように思える。侯爵家の人たちなら、もっといい場所に家を作れたのではないだろうか。
 それこそ昨日着陸した草原とか。

「私たちの領地は、この国の南東にあります。つまり、人が暮らす領域の側に、他国を睨むような場所に作られていることになります」

 そう答えてくれたのは、ソフィアちゃんのお父さんだった。

 この世界には人が暮らす領域と、魔族たちが暮らす領域がある。
 そしてこの国は、人が暮らす領域の最も北に位置する国だ。大陸の北にある魔族たちが暮らす領域に蓋をするように存在している。

 この国から南に行くと、多種多様な人間たちが暮らす様々な国が存在するらしい。私はこの国から出たことがないからわからないけれど……

「もし他国の侵攻があった場合、敵軍は平地の多いこの場所を通る可能性が高いでしょう。そのとき、あのオーレ山脈が壁となり足止めになります」

 ソフィアちゃんの家がある山の左右を囲む山脈は、ずっと向こうまで続いてた。
 軍を指揮したことはないのでわからないけど、たしかにあの山を大人数で越えるのは、大変そうだった。

 そうなると、ソフィアちゃんたちの家が建ってる山を越えるのが正攻法になるわけだけど……

 答えを察した私の顔を見て、ソフィアちゃんのお父さんは微笑んで、それ以上の言葉を止めた。
 つまり、私たちの国に攻め込んできた人たちが、王都のある中央部に向かいたい場合、壁のような山を越えるか、王国最強クラスの魔法使いが住む家の側を通る必要があるわけである。

 う~ん、私が敵軍の将なら……がんばって壁のような山を越える方を選ぶかなぁ。そっちの方がまだ希望がある……

 まあ、この国が侵攻を受けたことは、はるか昔を除いて、まったく全然ないんだけどね。

 はるか昔、神話といっていいような時代、敵対者に国を追われたある国の王族たちは、魔の領域である北に逃げ込んだ。

 彼らはそこで精霊と出会い、強大な力を授かった。
 まあ、この精霊ってたぶんハナコたちのことも混じってて、いろいろと混同されてるんだなって思うけど。実際、精霊って存在もいて、それとも交流はあるらしい。

 力を得た王族たちは、復讐するのではなく、その場所に巨大な国を作り上げた。
 最強の魔法使いたちが暮らす、世界最大の国を。

 というのは神話だけど、実際この国の魔法使いたちは他国と比べて異様なほど強い力を持ってるらしい。簡単な例を示すと、この国の男爵家の成人が他国に行って魔法を披露すると、宮廷魔術師になってくれないかと勧誘を受けるぐらいだ。

 そんな国と戦争したいという国は存在しないし、そもそも私たちの国が魔族の領域に蓋をしてくれてるのだ。わざわざ戦うメリットもない。

 そんなわけで、この国が人間の国と戦争になったことは、歴史上ではまったくないのである。
 それでも、ソフィアちゃんたちはその危機に備えて、常に準備をしているのである。王家の盾、風の一族というのはそんな存在なのだ…… 


*宣伝とか*

 更新おそくなってすみません。
 コミカライズのもさもふさんたちが可愛かったり、文庫版が発売されてるので、ぜひみてください。もさもふ本当にかわいいので、それだけでも見ていただけたら……!

 実家帰りのエピソード、いろいろ考えてたつもりだったんですけど、実際書いてみるとプロット不足でまとまらなくて難しいです。感想の承認や返信も滞っててすみません。このサイトは感想を私が承認しないと、二週間経たないと表示されないのですが、私が閲覧数とか数字が目に入ってしまうのが、きつい精神状態になってて、なかなかサイトを開けないです。だから、ちょっと気まぐれ承認、気まぐれ返信になってしまいますが、ご容赦ください。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。