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5巻
5-3
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尋ねるネザに、ちょっと今の容姿とはギャップのある声でエトワは言う。
「あ、どうも。助けに来ました。腕、大丈夫ですか? もっとはやく気づければよかったのにごめんなさい。プライベートな会話を盗み聞きするのはどうかと思ったけど、さすがにこの村、子供の姿が見えないし怪しかったから」
わけが分からない。でもそれは山賊たちも同じようだった。
「な、なんだてめぇは!? いつの間に来やがった!」
獲物だったはずの少女を前に動揺する山賊たち。バーグだけが冷静な表情で言った。
「やっぱり魔法を使えやがったか、貴族のガキ」
「いや、使えないんですけどね。ま、いっか」
ちょっとめんどくさそうにエトワという少女は呟く。
「くそっ、死ねぇ!」
荒事には慣れた男たちだった。
すぐにエトワのことを脅威と見なし、躊躇なく武器で襲いかかる。しかし、エトワが右手に持った剣を振るうと、武器を持った山賊たちの腕は両断されていた。
信じられない剣の腕前だった。もしかしたら魔法の一種なのかもしれない。
「正直、あんまり手加減をする気にならないので、大人しく斬られてくださいね」
そうのんびり山賊たちに宣告しながら剣を振るうと、山賊が一人、また一人と倒れていく。幼いのに信じられない強さだった。だが、ネザはバーグと側近の腕が光りはじめてることに気づく。
「だめ、逃げて! あいつらも魔法使いなの!」
そう叫んだ瞬間には、バーグたちの魔法は完成していた。
『灼炎嵐!!』
魔法が発動した瞬間、バーグは勝利を確信していた。その山賊というちんけな身分に反して、バーグの魔法の腕は一流だった。通っていた魔法学校でも主席を争っていたぐらいだ。
ただ素行は悪く、学生でありながら犯罪者たちに裏で手を貸し、取り巻きと一緒に小金を稼いできた。そのことが露見して学院を追放された。それからは、取り巻きと一緒に田舎に逃げ込み、山賊として生きてきた。
強力な魔法が使える。それはこの田舎では絶対的なアドバンテージだった。バーグたちを捕まえようとした兵士や冒険者もいたが、魔法の力であっさりと殺してきた。
騎士を相手にしたこともある。田舎の山賊がこれほどの魔法を使えると思ってなかったのか、油断していた騎士をその手で殺した。
ただ、それが虎の尾だったらしい。
次にやって来たのは、通常の騎士など比較にならない化け物だった。あれは人間ではない。
取り巻きたちの半数以上を犠牲にして逃げ切ったバーグは、しばらく大人しくすることにした。そしてあの化け物の活動圏から逃れるため、国外に逃亡する予定だった。
(ちんけな身分に落ちちまったと最初は思ったが、こういうのが俺には合ってるぜ!)
灼熱の炎の渦が、エトワとかいう貴族のガキへと襲いかかる。その進路上にはネザもいたが、結論としてはどうでもよかった。この魔法の力さえあればどうにでもなる。
勝った――そう思った瞬間。
バーグの魔法はエトワ振るった剣で横一閃に斬り捨てられた。
「なっ……なに……!?」
バーグも取り巻きの男たちも叫ぶ。
(魔法が斬られただと……)
田舎ではほぼ無敵のはずのこの魔法が、斬られ、かき消された。エトワという少女は、脱力した姿勢でネザを守るように立っている。
小柄な少女相手だというのに、何故か背筋がぞっとする気配を、バーグはようやく感じた。
『火炎弾!』
『火槍!』
焦りながらそれぞれ次の魔法を放つ。しかし、それらは少女が振るう剣に斬り裂かれ、空中にかき消されていった。
「な、なんだぁ、それは!?」
最初、少女がいきなり現れ、部下の腕を斬ったとき、それは魔法の仕業だとバーグは思っていた。しかし、曲がりなりにも魔法の教育を受けたバーグは知っている。
このような魔法は存在しない。こんな、いきなり、理不尽に相手の魔法を無効化してしまうような、そんな魔法は開発されたことがない。そんなものがあれば、全魔法使いの脅威だった。
そしてそんな力を振るうのは、化け物以外にありえない。
夜の闇に不気味に赤く発光する瞳が、静かにこちらを見つめている。バーグたちの使う魔法をなんの脅威とも感じていない、静かな落ち着いた佇まいだった。
(くそっ、化物に二度も遭うなんて……)
バーグは逃げる算段をはじめる。だが、その考えをあざ笑うかのように、少女が剣を振るっただけで、側近の一人が血を噴出して地面に倒れた。バーグにはその攻撃の軌跡すら見えない。
(こうなったら……!)
バーグは叫んだ。
「おい、あいつらを連れてこい! はやく! もし俺を見捨てて逃げたらあとで殺すぞ!」
その声が村に響くと、青い顔をした山賊の三人が恐る恐る姿を現した。
「あぁっ……!」
ネザが悲鳴をあげる。その男たちの腕には子供たちが拘束され、その首には刃物が突きつけられていた。三人ともすでに捕まっていたのだ。バーグがそれをネザに告げなかったのは、もはや言う必要すらなくなったからだ。そしてそれが今になって役に立った――
「へっへっへ、形勢逆転だな! おい、分かるよな、赤い目の化け物! ガキどもを殺してほしくなかったら大人しくしてろ! いいな!」
そう、思っていた、少なくともバーグ自身は。
「そっか……」
エトワという少女が赤く輝く瞳で子供たちを見て、そう答えたときのバーグとネザの反応は対照的だった。バーグが嬉しそうにニヤリと笑ったのに対し、ネザは凍えるように身を震わせた。エトワという少女が、その瞬間に凍てつくような怒りを纏ったのを感じ取ったのだ。
次の瞬間、子供たちを人質にした男たちの首が吹き飛んでいた。エトワはいつの間にか、子供たちの側まで移動し、その頭に布を被せる。
「すみません、ネザさん。子供たちを抱きしめていてください。あんまりひどい光景は見せたくないので」
ネザは冷や汗を流しながら頷いて、子供たちの側へ移動し、言われた通りに抱きしめた。周囲を囲んでいた山賊たちは、それを止めようとはしなかった。エトワの赤い瞳によって、彼らはその場に縫いとめられていた。
それは肉食獣のいる檻に閉じ込められ、必死に目をつけられないようにする人間のようだった。
「申し訳ないけど、こんなことまでされたら、もう見逃せないよ」
そんな静かな声とともに、山賊たちの絶命の悲鳴が響いていく。
ネザは子供たちをぎゅっと抱きしめて呟いた。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
最後に残ったのはバーグと側近たち。側近たちが恐怖に引きつった表情で、苦し紛れの魔法を放つ。その魔法はあっさりと赤い瞳の少女に斬り落とされ、死の恐怖が迫る沈黙だけが残った。
「ゆ、許してくれ……! お願いだ。もう二度と悪いことはしない」
最後に側近たちが呟いたのは、魔法の詠唱ではなく、許しの懇願だった。
しかし無言で振るわれた剣により、側近たちも命を失い、その体を地面に横たえた。
最後に残ったバーグが震える声で叫ぶ。完全に腰が抜けて地面に尻をつき、後ずさりしながら。
「ば、化け物め! その力、魔法じゃないだろう! どうやってそんな力を手に入れた! 魔族との混血か!? 何か生贄でもささげたのか! どう考えても人間じゃねぇ! そんな力を持った化け物がこんなことして、正義の味方のつもりかよぉおおお!」
ヒステリックな叫び声に、エトワは冷静な表情で首を傾げる。
「正義の味方? そんなんじゃないよ。ほら、あなたも言ってたじゃないか」
「は、はあ……な、何をだよ……?」
エトワの言葉にバーグは疑問符を浮かべる。そんなバーグにエトワは言った。
「世の中は理不尽なものだって。私はその『理不尽』だよ」
その赤い瞳が、バーグを見下ろす。
「ひぃっ! 誰か、助けてくれっ……!」
容赦なく掲げられた剣が、バーグに振り下ろされた。
翌朝、山賊たちが絶滅した村の入り口に、エトワとネザたちは立っていた。
「大丈夫なんですか? 近くの村まで送らなくても」
「はい、この辺りの森は魔物もいないので、最寄の村までなら私たちでも大丈夫です」
エトワという少女は、しきりに心配そうな表情でネザたちを見ている。昨晩とは違い、あの瞳は閉じられていて、こうしていると普通の少女にしか見えない。でも確かに、あの絶望の夜から自分たちを救い出してくれたのだ。あれから村で一晩過ごし、エトワもネザたちも村を発つことにした。
「う~ん、本当に大丈夫ですか?」
「教会にあった手紙を見たら、ここから西の街にこの村の牧師さんの友人だった方がいるみたいです。その人が孤児院をやってるそうなので、まずはそこを頼ってみようと思います」
受け入れてもらえるかは分からない。でもせっかく助かった命なのだ。子供たちと一緒にがんばっていこうと思う。
「そっかぁ、じゃあここでお別れですね」
「助けていただいて本当にありがとうございました」
ネザはエトワに頭を下げる。エトワは照れた表情で「いえいえ」と首を振った。
「それでは、ネザさんたちもお気をつけて」
そう言って去ろうとするエトワを見て、ハッとなったネザは慌てて引き止めた。
「あ、待って!」
忘れていた。渡したいものがあったのだ。
「これ、助けてもらったからってわけじゃないですけど、せめてものお礼に。子供たちが見つけてきたんです。探してたんですよね」
それは純白のフレンリアの花だった。
「え、い、いいんですか?」
「はい、私たちからのお礼です。受け取ってください」
カールたちも昨夜話したら同意してくれた。
「ありがとうございます!!」
本当に嬉しそうな顔で花を受け取るエトワを見て、ネザも微笑んだ。昨日まで絶望だらけの毎日だったのに、生きる希望が湧いてくる。
(否定してたけど、きっとこの人は神様が遣わしてくれた存在なんだ)
ネザはそう思った。
* * *
正体がバレないようローブで顔を隠し、森の上空を走りながら、エトワは天輝さんと話す。
「いろいろあったけど、ネザさんたちも無事で、フレンリアも手に入ってよかったね」
『お前が最初から聴覚を全開にしていれば、もっと手早く済んだんだがな』
「いやぁ、そこはほら、プライバシーの侵害とかいろいろあるし……」
天輝さんと話しながら、なつかしの我が街、ルヴェンドを目指す。
「それにしても、天輝さんの力でも純白のフレンリアが見つからないとは思わなかったよ。力を解放して三日間走り回ったのに、結局ネザさんからもらった一輪しか手に入らなかった……」
『我らの力は決して花探しなどのために作られたわけではない。用途外に期待したお前が悪い』
「あ、少し拗ねてる?」
『拗ねてなどいない』
いつも通りのんきに話していたエトワだったが、次の瞬間、上空に脅威を感じた。
『斬れ!』
その声とほぼ同時にエトワはくるりと旋回し、上空を斬り裂く。
空気の爆発する轟音が響き、視界が一瞬、真っ白に染まった。
光が晴れたとき、あたり一面、見渡す限りが焦土と化していた。さっきまであった森が丸ごと焼け焦げ、地面に生えた草まで炭と化し、茶色い地面がのぞいている。
エトワのいた場所だけが無事だった。
(な、なんじゃこりゃぁあああああ!)
エトワはそう叫びたかった。しかし、天輝さんが冷静な声で解説する。
『雷のようなものが、一斉に周囲に落ちてきた。数え切れなかったが、数百発の規模だ』
(えぇ……なにそれ……)
どう考えても自然現象ではない。その証拠というように、空はさっきまで晴れてたのに、今は黒雲が渦巻いている。混乱するエトワの耳に声が響いた。
「避けた、いや、魔法を斬ったのか?」
そこには鎧を着た美形の男が立っていた。薄いブロンドの髪に、整った顔。女の子の憧れの騎士というものを絵に描いたら、そのままこの青年になるというような男だった。ただ、その声は凍えつくように冷たい。その体から紫電がバチッとはじける。
「仲間の騎士を殺害した山賊たちを追っていたら、思わぬ大物に会ったようだ。回避などできぬように周囲ごと消し、炭にするつもりで放った魔法が、まさか防がれるとはな」
その台詞に、このいきなりとんでもない攻撃を仕掛けてきた男が、どうやらこの国の騎士であることを知る。いや、問答無用でこんな無茶苦茶な攻撃をしてくる人が騎士だなんて思いたくないけど。ただ同時に安心もした。騎士なら味方だ。少なくともエトワから見れば敵ではない。そして騎士から見ても、エトワは味方ちっくな存在ではないだろうか。ほら、最近は王女様を助けた実績もある。そこらへんに相手が気づいてくれれば和解の道があった。
(私、悪いスライムじゃないよ!)
気づいてほしくて、エトワは反撃せず、じっと相手を見た。
「その赤く発光する瞳、顔を隠したローブ姿、どこか聞いたことがあるな。確かルース殿下の誕生日で王女殿下を助けたという謎の存在……」
(うんうん、そう、それなんです! 危ない存在じゃないですよ! 少なくともこんないきなりひどい攻撃されるような存在ではないです!)
声を知られると生身で会う機会があった時にまずいから、黙りつつもエトワは心の中でうんうんと首を縦に振った。
「人間の味方ではないかという者もいたが、私はまったく信用していない。今からお前を消す」
(ぜんぜんだめだー!!)
どうやっても味方に思ってくれてなかった。無理だった。傷ついた。
騎士の体から紫電がはじけた瞬間、その体がかき消えていた。
いきなり目の前にその姿が現れる。雷電を纏った剣がエトワに振り下ろされた。その一撃をエトワは天輝で受け止めた。ぶつかり合う強大な二つの力に空気が震えた。
私は天輝さんで、相手の剣を受け止める。周囲の空気がビリビリ震えた。
正直、困ってます。いきなりこんなふうに攻撃されるいわれなんてないし、森を焼き尽くすなんてめちゃくちゃだし、「お前を消す」なんて物騒すぎる。
(なんなのこの人!?)
顔はかっこいいけど、ぜったいぜったいやばい人だ。
『予測にすぎないが、アルミホイルを量産しようとした際に、電気系統の魔法を使える魔法使いの話を聞いただろう。そのときに聞いた十三騎士のロッスラント、目の前の男がおそらくそれだ』
そうだったっけ、そういえば聞いたことがあるような、そんな気がしてきた。
(十三騎士の人たち、なんでいつも私に殴りかかってくるの? そういうお仕事なの?)
今まで私は四人の十三騎士に遭遇したことがある。遭遇した当初は気づかず、後で調べて知ったケースも多いが。そして今のところ、その四人中三人に殴りかかられてます。
『さあな』
鍔迫り合いのまま、相手は殺意を込めてこちらに剣を押し込んでくる。ミシミシという音が聞こえてきた。剣にヒビが入りはじめている。もちろん相手の剣に、だ。
「バカな、聖剣アロンディットが!?」
冷静だった相手の表情が驚愕に変わる。それなりに名の通った剣だったのだろう。でも、神様謹製の天輝さんに勝つのはさすがに厳しいものがある。相手は後ろに飛びすさり、距離を取って手を構えた。この世界の魔法使いは近接戦もできちゃうけど、やっぱり本命は魔法だ。
『来るぞ』
天輝さんの警告とともに、私の感覚が一気に強化された。周囲の景色がゆっくりとした速度で動き始める。その中で私は、背後から強烈な雷が何本も迫ってくるのを感じていた。
振り返って最初の一つ目を斬り裂く。間髪を入れず二つ目が来る。それも斬る。合計二十発ほどの雷撃を全部、私は斬り伏せた。
目に映る光をすべて斬り裂いたあとに、雷が空気を破裂させた音だけが辺りに響く。
攻撃を防ぎ切った私は、そのまま走り出す。
(とりあえず逃げよっと)
しかし、バチッという電気が弾ける音がして、ロッスラントの姿が目の前に現れる。
『どうやら雷に変化して移動できるようだな』
(私たちより速いの?)
『お前自身がリミッターとして設けている、周囲への影響に配慮した結果の全力でなら相手のほうが上だ。実体であるお前がそれ以上の速度で動くと、反動が抑えられないからな』
あっちはあれだけの速さで動いても、雷だから周りに影響はないらしい。うーん、これは逃げられそうにない。かといって倒すとなると、この人ぐらい強い相手だと殺し合いになりかねない。
目の前のお相手、悪人というわけではなさそうだ。彼には彼なりの正義がおありのご様子である。『よくも森をぉおおお!』とか『よくも森の動物たちをぉおおお!』という方向性でなら怒りを燃やして戦えるけど、そういうの、私の仕事じゃない気がする。
殺し合いはしたくないけど、逃げることもできない。
(うーーーん、どうしようこれ、うーん)
一番いいのは多少のダメージを覚悟して、素手で気絶させることだろうか。とても難しそうだし、私だって怪我したいわけではないけど。
そう考えると、天輝さんのほうからため息の感情が伝わってきた。
『こちらに殺意を持って攻撃してきてる相手だ。意図的に殺すかどうかは別として、相手の命に配慮する筋合いはないと思うがな。だが、それがお前の意思だ。私はサポートすることしかできない』
ご、ごめんなさい……ご心配おかけします……。
天輝さんに愚痴らせてしまったかと思ったら、その後が本題だった。
『前にお前が大怪我をしたとき、何もできなかった反省を生かし、私のほうで余ったポイントを活用して、スキルを密かに開発していた。発動中は怪我の即時回復と、身体能力の向上が行えるというものだ。これを発動させれば、目の前の相手とも素手で渡り合えるだろう』
おお、すごい。天輝さん。私の好きなアニメでいうと、バーサーカーとかそんな感じの名前が付くスキルだろうか。そんな便利なスキルができたなら、すぐに教えてくれたらよかったのに!
『無茶をするから、教えたくなかった』
あ、はい……ごめんなさい……。
『まあいい。よく考えたら教えなくても無茶をするからな。言っておくが、神が創ったいつものスキルより遥かに出来が悪いぞ。発動時間も五分しかない、その間に決着をつけろ』
「攻撃してこないのか? ならばこちらから行くぞ」
終始そちらからしか攻撃してませんが?
ロッスラントさんがこちらへ極太の雷を放つ。
「天輝さん!」
『ああ、分かっている!』
「バーサーカーモード発動!!」
私の掛け声とともに、天輝さんが私の右手から消失する。同時に赤色のオーラが私を包み込んだ。私はそのまま一直線に雷の中に突っ込んでいく。
「なっ!?」
避けるか、斬るかと思っていたのか、ロッスラントさんは驚いた顔をする。
雷の激流の中に飲み込まれる、体に痛みがビリビリと走ったけど、瞬時に回復していく。
すごい――驚きつつも、そのままだと天輝さんに迷惑をかけているだけなので、私はちゃんと距離を詰めて、相手の体に拳を入れる。
「ぐはっ!!」
まさか攻撃を真正面から受け止めて、反撃してくるとは思わなかったのだろう。こちらの一撃がまともに入った。これは大きい。俄然有利になった。
相手は顔を歪めながら、すぐさま呪文を詠唱した。雷の姿になって、遠くに出現する。
間髪を入れず、私は距離を詰めに行った。攻撃は受け止めればいいから、まっすぐだ!
「舐めるな」
大技なのだろう。相手は気合の入った声とともに、光輝くビームのようなものを放ってくる。
『電荷を帯びた粒子を加速させて放ってきている。お前の知識で言うと荷電粒子砲というやつだ』
なるほど、かっこいい!
突き出した腕でビームを受け止めると、腕が吹っ飛んだ。でもすぐに再生してくれる。ただ、天輝さんには言わなければいけないことがひとつあった。
(天輝さん! 天輝さん! ちょっと痛いんですけど! そりゃ、普通に同じ怪我をしたときに比べたら痛くないけど、それでも痛いんですけど!)
天輝さんなら痛覚も遮断できるのでは!?
『これぐらいは痛みがないと、お前が無茶をする』
天輝さんから返ってきたのは、ごもっともな説教だった。
信用がない。日ごろの行いのせいだろうか……。数発のビームを喰らいつつも、距離を詰め、攻撃が届く間合いに入る。すると、相手はすぐに雷になって別の場所へと移動を開始する。
「なるほど、確かにその身体能力と再生能力は厄介だ。だが、攻撃手段が素手しかない以上、距離を取り続ければ脅威では――なっ!?」
しかし、ロッスラントさんが雷から実体に戻ったときに見たのは、すでに目の前で拳を振り被る私の姿だった。
『移動速度は雷速でも、お前自身の反応速度はそうではない。こちらの知覚、反射速度、予測が組み合わされば、一時的にはお前を上回れる。油断したな。ここで決めろ、エトワ!』
「あい!」
私は相手がまた雷になって逃げる前に、死なない程度のラッシュを叩き込む。その体が地面に崩れ落ちた。致命傷ではないけど、ダメージが大きくロッスラントさんは動けそうにない。私たちの勝ちだ。それでも彼は、地面でもがきながら、私を鋭い眼光で睨みつけてくる。
「ぐっ、化物め……このフリージア地方は私が守る……」
フリージア地方は、私がお花探しに訪れたこの土地の名前だ。ロッスラントさんはこの地方に強い思い入れがあるみたいだった。そんな大切な場所の森を吹っ飛ばしちゃうなんて、ぶっ飛んだ人だけど、その思いは本物っぽい。もがいたせいで、綺麗な顔が土で汚れてしまった。
ロッスラントさん、戦意は喪失してないけど、動けないようだった。
私は、今身につけてるローブでその顔をふきふきしてあげると、彼が復活しないうちにその場から立ち去った。みんないろいろ事情があるよね……
* * *
あと一本、あと一本をなんとか見つけなければ!
今揃っているフレンリアの花はソフィアちゃんたちからもらった六本と、ウイングさんからもらった一本、そしてネザさんから頂いた一本の計八本。一本足りない……。
「すみません、今日も早めに帰ります!」
最後のフレンリアを探そうと、私は桜貴会のみんなに挨拶してすぐ下校しようとした。
「待ちなさい、エトワ。そんなに毎日飛び回って、何かしなくちゃいけないことがあるの?」
しかし、それを引き留めたのはパイシェン先輩だった。
「え、えっと、どうしても探さなきゃいけないものがありまして……」
私がそう言うと、パイシェン先輩は腕を組んで言った。
「ふーん、もうすぐ卒業する私をずーーーーーっと放っておいて毎日探し回るなんて、よっぽど大事なものなんでしょうね。へぇ、大変なのねぇ、ふーん」
その唇は少しとがって、眉はつりあがっていた。
(あああああ! しまったぁ!)
私はその顔を見たとき、大きなミスに気づいた。もうすぐ卒業するパイシェン先輩に喜んでもらうためのプレゼントなのだ。パイシェン先輩本人を蔑ろにしてどうするう!
「今日は外でお茶会を開こうと思ってたんだけど、あんたは来る気ないのね」
お茶の道具を持って寂しげに言うパイシェン先輩の腰に、私はひしっとしがみついた。
「いえ! 私が間違っていました! ごめんなさい! 行きます! 行かせてください!」
「ちょっと、行くのは分かったから、引っ付くのやめなさいよ! ポットを落としかけたでしょ! こらっ! ばかっ!」
「行きまーす!!」
私は嫌がられながらも、しばらくパイシェン先輩に引っ付いた。
「あ、どうも。助けに来ました。腕、大丈夫ですか? もっとはやく気づければよかったのにごめんなさい。プライベートな会話を盗み聞きするのはどうかと思ったけど、さすがにこの村、子供の姿が見えないし怪しかったから」
わけが分からない。でもそれは山賊たちも同じようだった。
「な、なんだてめぇは!? いつの間に来やがった!」
獲物だったはずの少女を前に動揺する山賊たち。バーグだけが冷静な表情で言った。
「やっぱり魔法を使えやがったか、貴族のガキ」
「いや、使えないんですけどね。ま、いっか」
ちょっとめんどくさそうにエトワという少女は呟く。
「くそっ、死ねぇ!」
荒事には慣れた男たちだった。
すぐにエトワのことを脅威と見なし、躊躇なく武器で襲いかかる。しかし、エトワが右手に持った剣を振るうと、武器を持った山賊たちの腕は両断されていた。
信じられない剣の腕前だった。もしかしたら魔法の一種なのかもしれない。
「正直、あんまり手加減をする気にならないので、大人しく斬られてくださいね」
そうのんびり山賊たちに宣告しながら剣を振るうと、山賊が一人、また一人と倒れていく。幼いのに信じられない強さだった。だが、ネザはバーグと側近の腕が光りはじめてることに気づく。
「だめ、逃げて! あいつらも魔法使いなの!」
そう叫んだ瞬間には、バーグたちの魔法は完成していた。
『灼炎嵐!!』
魔法が発動した瞬間、バーグは勝利を確信していた。その山賊というちんけな身分に反して、バーグの魔法の腕は一流だった。通っていた魔法学校でも主席を争っていたぐらいだ。
ただ素行は悪く、学生でありながら犯罪者たちに裏で手を貸し、取り巻きと一緒に小金を稼いできた。そのことが露見して学院を追放された。それからは、取り巻きと一緒に田舎に逃げ込み、山賊として生きてきた。
強力な魔法が使える。それはこの田舎では絶対的なアドバンテージだった。バーグたちを捕まえようとした兵士や冒険者もいたが、魔法の力であっさりと殺してきた。
騎士を相手にしたこともある。田舎の山賊がこれほどの魔法を使えると思ってなかったのか、油断していた騎士をその手で殺した。
ただ、それが虎の尾だったらしい。
次にやって来たのは、通常の騎士など比較にならない化け物だった。あれは人間ではない。
取り巻きたちの半数以上を犠牲にして逃げ切ったバーグは、しばらく大人しくすることにした。そしてあの化け物の活動圏から逃れるため、国外に逃亡する予定だった。
(ちんけな身分に落ちちまったと最初は思ったが、こういうのが俺には合ってるぜ!)
灼熱の炎の渦が、エトワとかいう貴族のガキへと襲いかかる。その進路上にはネザもいたが、結論としてはどうでもよかった。この魔法の力さえあればどうにでもなる。
勝った――そう思った瞬間。
バーグの魔法はエトワ振るった剣で横一閃に斬り捨てられた。
「なっ……なに……!?」
バーグも取り巻きの男たちも叫ぶ。
(魔法が斬られただと……)
田舎ではほぼ無敵のはずのこの魔法が、斬られ、かき消された。エトワという少女は、脱力した姿勢でネザを守るように立っている。
小柄な少女相手だというのに、何故か背筋がぞっとする気配を、バーグはようやく感じた。
『火炎弾!』
『火槍!』
焦りながらそれぞれ次の魔法を放つ。しかし、それらは少女が振るう剣に斬り裂かれ、空中にかき消されていった。
「な、なんだぁ、それは!?」
最初、少女がいきなり現れ、部下の腕を斬ったとき、それは魔法の仕業だとバーグは思っていた。しかし、曲がりなりにも魔法の教育を受けたバーグは知っている。
このような魔法は存在しない。こんな、いきなり、理不尽に相手の魔法を無効化してしまうような、そんな魔法は開発されたことがない。そんなものがあれば、全魔法使いの脅威だった。
そしてそんな力を振るうのは、化け物以外にありえない。
夜の闇に不気味に赤く発光する瞳が、静かにこちらを見つめている。バーグたちの使う魔法をなんの脅威とも感じていない、静かな落ち着いた佇まいだった。
(くそっ、化物に二度も遭うなんて……)
バーグは逃げる算段をはじめる。だが、その考えをあざ笑うかのように、少女が剣を振るっただけで、側近の一人が血を噴出して地面に倒れた。バーグにはその攻撃の軌跡すら見えない。
(こうなったら……!)
バーグは叫んだ。
「おい、あいつらを連れてこい! はやく! もし俺を見捨てて逃げたらあとで殺すぞ!」
その声が村に響くと、青い顔をした山賊の三人が恐る恐る姿を現した。
「あぁっ……!」
ネザが悲鳴をあげる。その男たちの腕には子供たちが拘束され、その首には刃物が突きつけられていた。三人ともすでに捕まっていたのだ。バーグがそれをネザに告げなかったのは、もはや言う必要すらなくなったからだ。そしてそれが今になって役に立った――
「へっへっへ、形勢逆転だな! おい、分かるよな、赤い目の化け物! ガキどもを殺してほしくなかったら大人しくしてろ! いいな!」
そう、思っていた、少なくともバーグ自身は。
「そっか……」
エトワという少女が赤く輝く瞳で子供たちを見て、そう答えたときのバーグとネザの反応は対照的だった。バーグが嬉しそうにニヤリと笑ったのに対し、ネザは凍えるように身を震わせた。エトワという少女が、その瞬間に凍てつくような怒りを纏ったのを感じ取ったのだ。
次の瞬間、子供たちを人質にした男たちの首が吹き飛んでいた。エトワはいつの間にか、子供たちの側まで移動し、その頭に布を被せる。
「すみません、ネザさん。子供たちを抱きしめていてください。あんまりひどい光景は見せたくないので」
ネザは冷や汗を流しながら頷いて、子供たちの側へ移動し、言われた通りに抱きしめた。周囲を囲んでいた山賊たちは、それを止めようとはしなかった。エトワの赤い瞳によって、彼らはその場に縫いとめられていた。
それは肉食獣のいる檻に閉じ込められ、必死に目をつけられないようにする人間のようだった。
「申し訳ないけど、こんなことまでされたら、もう見逃せないよ」
そんな静かな声とともに、山賊たちの絶命の悲鳴が響いていく。
ネザは子供たちをぎゅっと抱きしめて呟いた。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
最後に残ったのはバーグと側近たち。側近たちが恐怖に引きつった表情で、苦し紛れの魔法を放つ。その魔法はあっさりと赤い瞳の少女に斬り落とされ、死の恐怖が迫る沈黙だけが残った。
「ゆ、許してくれ……! お願いだ。もう二度と悪いことはしない」
最後に側近たちが呟いたのは、魔法の詠唱ではなく、許しの懇願だった。
しかし無言で振るわれた剣により、側近たちも命を失い、その体を地面に横たえた。
最後に残ったバーグが震える声で叫ぶ。完全に腰が抜けて地面に尻をつき、後ずさりしながら。
「ば、化け物め! その力、魔法じゃないだろう! どうやってそんな力を手に入れた! 魔族との混血か!? 何か生贄でもささげたのか! どう考えても人間じゃねぇ! そんな力を持った化け物がこんなことして、正義の味方のつもりかよぉおおお!」
ヒステリックな叫び声に、エトワは冷静な表情で首を傾げる。
「正義の味方? そんなんじゃないよ。ほら、あなたも言ってたじゃないか」
「は、はあ……な、何をだよ……?」
エトワの言葉にバーグは疑問符を浮かべる。そんなバーグにエトワは言った。
「世の中は理不尽なものだって。私はその『理不尽』だよ」
その赤い瞳が、バーグを見下ろす。
「ひぃっ! 誰か、助けてくれっ……!」
容赦なく掲げられた剣が、バーグに振り下ろされた。
翌朝、山賊たちが絶滅した村の入り口に、エトワとネザたちは立っていた。
「大丈夫なんですか? 近くの村まで送らなくても」
「はい、この辺りの森は魔物もいないので、最寄の村までなら私たちでも大丈夫です」
エトワという少女は、しきりに心配そうな表情でネザたちを見ている。昨晩とは違い、あの瞳は閉じられていて、こうしていると普通の少女にしか見えない。でも確かに、あの絶望の夜から自分たちを救い出してくれたのだ。あれから村で一晩過ごし、エトワもネザたちも村を発つことにした。
「う~ん、本当に大丈夫ですか?」
「教会にあった手紙を見たら、ここから西の街にこの村の牧師さんの友人だった方がいるみたいです。その人が孤児院をやってるそうなので、まずはそこを頼ってみようと思います」
受け入れてもらえるかは分からない。でもせっかく助かった命なのだ。子供たちと一緒にがんばっていこうと思う。
「そっかぁ、じゃあここでお別れですね」
「助けていただいて本当にありがとうございました」
ネザはエトワに頭を下げる。エトワは照れた表情で「いえいえ」と首を振った。
「それでは、ネザさんたちもお気をつけて」
そう言って去ろうとするエトワを見て、ハッとなったネザは慌てて引き止めた。
「あ、待って!」
忘れていた。渡したいものがあったのだ。
「これ、助けてもらったからってわけじゃないですけど、せめてものお礼に。子供たちが見つけてきたんです。探してたんですよね」
それは純白のフレンリアの花だった。
「え、い、いいんですか?」
「はい、私たちからのお礼です。受け取ってください」
カールたちも昨夜話したら同意してくれた。
「ありがとうございます!!」
本当に嬉しそうな顔で花を受け取るエトワを見て、ネザも微笑んだ。昨日まで絶望だらけの毎日だったのに、生きる希望が湧いてくる。
(否定してたけど、きっとこの人は神様が遣わしてくれた存在なんだ)
ネザはそう思った。
* * *
正体がバレないようローブで顔を隠し、森の上空を走りながら、エトワは天輝さんと話す。
「いろいろあったけど、ネザさんたちも無事で、フレンリアも手に入ってよかったね」
『お前が最初から聴覚を全開にしていれば、もっと手早く済んだんだがな』
「いやぁ、そこはほら、プライバシーの侵害とかいろいろあるし……」
天輝さんと話しながら、なつかしの我が街、ルヴェンドを目指す。
「それにしても、天輝さんの力でも純白のフレンリアが見つからないとは思わなかったよ。力を解放して三日間走り回ったのに、結局ネザさんからもらった一輪しか手に入らなかった……」
『我らの力は決して花探しなどのために作られたわけではない。用途外に期待したお前が悪い』
「あ、少し拗ねてる?」
『拗ねてなどいない』
いつも通りのんきに話していたエトワだったが、次の瞬間、上空に脅威を感じた。
『斬れ!』
その声とほぼ同時にエトワはくるりと旋回し、上空を斬り裂く。
空気の爆発する轟音が響き、視界が一瞬、真っ白に染まった。
光が晴れたとき、あたり一面、見渡す限りが焦土と化していた。さっきまであった森が丸ごと焼け焦げ、地面に生えた草まで炭と化し、茶色い地面がのぞいている。
エトワのいた場所だけが無事だった。
(な、なんじゃこりゃぁあああああ!)
エトワはそう叫びたかった。しかし、天輝さんが冷静な声で解説する。
『雷のようなものが、一斉に周囲に落ちてきた。数え切れなかったが、数百発の規模だ』
(えぇ……なにそれ……)
どう考えても自然現象ではない。その証拠というように、空はさっきまで晴れてたのに、今は黒雲が渦巻いている。混乱するエトワの耳に声が響いた。
「避けた、いや、魔法を斬ったのか?」
そこには鎧を着た美形の男が立っていた。薄いブロンドの髪に、整った顔。女の子の憧れの騎士というものを絵に描いたら、そのままこの青年になるというような男だった。ただ、その声は凍えつくように冷たい。その体から紫電がバチッとはじける。
「仲間の騎士を殺害した山賊たちを追っていたら、思わぬ大物に会ったようだ。回避などできぬように周囲ごと消し、炭にするつもりで放った魔法が、まさか防がれるとはな」
その台詞に、このいきなりとんでもない攻撃を仕掛けてきた男が、どうやらこの国の騎士であることを知る。いや、問答無用でこんな無茶苦茶な攻撃をしてくる人が騎士だなんて思いたくないけど。ただ同時に安心もした。騎士なら味方だ。少なくともエトワから見れば敵ではない。そして騎士から見ても、エトワは味方ちっくな存在ではないだろうか。ほら、最近は王女様を助けた実績もある。そこらへんに相手が気づいてくれれば和解の道があった。
(私、悪いスライムじゃないよ!)
気づいてほしくて、エトワは反撃せず、じっと相手を見た。
「その赤く発光する瞳、顔を隠したローブ姿、どこか聞いたことがあるな。確かルース殿下の誕生日で王女殿下を助けたという謎の存在……」
(うんうん、そう、それなんです! 危ない存在じゃないですよ! 少なくともこんないきなりひどい攻撃されるような存在ではないです!)
声を知られると生身で会う機会があった時にまずいから、黙りつつもエトワは心の中でうんうんと首を縦に振った。
「人間の味方ではないかという者もいたが、私はまったく信用していない。今からお前を消す」
(ぜんぜんだめだー!!)
どうやっても味方に思ってくれてなかった。無理だった。傷ついた。
騎士の体から紫電がはじけた瞬間、その体がかき消えていた。
いきなり目の前にその姿が現れる。雷電を纏った剣がエトワに振り下ろされた。その一撃をエトワは天輝で受け止めた。ぶつかり合う強大な二つの力に空気が震えた。
私は天輝さんで、相手の剣を受け止める。周囲の空気がビリビリ震えた。
正直、困ってます。いきなりこんなふうに攻撃されるいわれなんてないし、森を焼き尽くすなんてめちゃくちゃだし、「お前を消す」なんて物騒すぎる。
(なんなのこの人!?)
顔はかっこいいけど、ぜったいぜったいやばい人だ。
『予測にすぎないが、アルミホイルを量産しようとした際に、電気系統の魔法を使える魔法使いの話を聞いただろう。そのときに聞いた十三騎士のロッスラント、目の前の男がおそらくそれだ』
そうだったっけ、そういえば聞いたことがあるような、そんな気がしてきた。
(十三騎士の人たち、なんでいつも私に殴りかかってくるの? そういうお仕事なの?)
今まで私は四人の十三騎士に遭遇したことがある。遭遇した当初は気づかず、後で調べて知ったケースも多いが。そして今のところ、その四人中三人に殴りかかられてます。
『さあな』
鍔迫り合いのまま、相手は殺意を込めてこちらに剣を押し込んでくる。ミシミシという音が聞こえてきた。剣にヒビが入りはじめている。もちろん相手の剣に、だ。
「バカな、聖剣アロンディットが!?」
冷静だった相手の表情が驚愕に変わる。それなりに名の通った剣だったのだろう。でも、神様謹製の天輝さんに勝つのはさすがに厳しいものがある。相手は後ろに飛びすさり、距離を取って手を構えた。この世界の魔法使いは近接戦もできちゃうけど、やっぱり本命は魔法だ。
『来るぞ』
天輝さんの警告とともに、私の感覚が一気に強化された。周囲の景色がゆっくりとした速度で動き始める。その中で私は、背後から強烈な雷が何本も迫ってくるのを感じていた。
振り返って最初の一つ目を斬り裂く。間髪を入れず二つ目が来る。それも斬る。合計二十発ほどの雷撃を全部、私は斬り伏せた。
目に映る光をすべて斬り裂いたあとに、雷が空気を破裂させた音だけが辺りに響く。
攻撃を防ぎ切った私は、そのまま走り出す。
(とりあえず逃げよっと)
しかし、バチッという電気が弾ける音がして、ロッスラントの姿が目の前に現れる。
『どうやら雷に変化して移動できるようだな』
(私たちより速いの?)
『お前自身がリミッターとして設けている、周囲への影響に配慮した結果の全力でなら相手のほうが上だ。実体であるお前がそれ以上の速度で動くと、反動が抑えられないからな』
あっちはあれだけの速さで動いても、雷だから周りに影響はないらしい。うーん、これは逃げられそうにない。かといって倒すとなると、この人ぐらい強い相手だと殺し合いになりかねない。
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殺し合いはしたくないけど、逃げることもできない。
(うーーーん、どうしようこれ、うーん)
一番いいのは多少のダメージを覚悟して、素手で気絶させることだろうか。とても難しそうだし、私だって怪我したいわけではないけど。
そう考えると、天輝さんのほうからため息の感情が伝わってきた。
『こちらに殺意を持って攻撃してきてる相手だ。意図的に殺すかどうかは別として、相手の命に配慮する筋合いはないと思うがな。だが、それがお前の意思だ。私はサポートすることしかできない』
ご、ごめんなさい……ご心配おかけします……。
天輝さんに愚痴らせてしまったかと思ったら、その後が本題だった。
『前にお前が大怪我をしたとき、何もできなかった反省を生かし、私のほうで余ったポイントを活用して、スキルを密かに開発していた。発動中は怪我の即時回復と、身体能力の向上が行えるというものだ。これを発動させれば、目の前の相手とも素手で渡り合えるだろう』
おお、すごい。天輝さん。私の好きなアニメでいうと、バーサーカーとかそんな感じの名前が付くスキルだろうか。そんな便利なスキルができたなら、すぐに教えてくれたらよかったのに!
『無茶をするから、教えたくなかった』
あ、はい……ごめんなさい……。
『まあいい。よく考えたら教えなくても無茶をするからな。言っておくが、神が創ったいつものスキルより遥かに出来が悪いぞ。発動時間も五分しかない、その間に決着をつけろ』
「攻撃してこないのか? ならばこちらから行くぞ」
終始そちらからしか攻撃してませんが?
ロッスラントさんがこちらへ極太の雷を放つ。
「天輝さん!」
『ああ、分かっている!』
「バーサーカーモード発動!!」
私の掛け声とともに、天輝さんが私の右手から消失する。同時に赤色のオーラが私を包み込んだ。私はそのまま一直線に雷の中に突っ込んでいく。
「なっ!?」
避けるか、斬るかと思っていたのか、ロッスラントさんは驚いた顔をする。
雷の激流の中に飲み込まれる、体に痛みがビリビリと走ったけど、瞬時に回復していく。
すごい――驚きつつも、そのままだと天輝さんに迷惑をかけているだけなので、私はちゃんと距離を詰めて、相手の体に拳を入れる。
「ぐはっ!!」
まさか攻撃を真正面から受け止めて、反撃してくるとは思わなかったのだろう。こちらの一撃がまともに入った。これは大きい。俄然有利になった。
相手は顔を歪めながら、すぐさま呪文を詠唱した。雷の姿になって、遠くに出現する。
間髪を入れず、私は距離を詰めに行った。攻撃は受け止めればいいから、まっすぐだ!
「舐めるな」
大技なのだろう。相手は気合の入った声とともに、光輝くビームのようなものを放ってくる。
『電荷を帯びた粒子を加速させて放ってきている。お前の知識で言うと荷電粒子砲というやつだ』
なるほど、かっこいい!
突き出した腕でビームを受け止めると、腕が吹っ飛んだ。でもすぐに再生してくれる。ただ、天輝さんには言わなければいけないことがひとつあった。
(天輝さん! 天輝さん! ちょっと痛いんですけど! そりゃ、普通に同じ怪我をしたときに比べたら痛くないけど、それでも痛いんですけど!)
天輝さんなら痛覚も遮断できるのでは!?
『これぐらいは痛みがないと、お前が無茶をする』
天輝さんから返ってきたのは、ごもっともな説教だった。
信用がない。日ごろの行いのせいだろうか……。数発のビームを喰らいつつも、距離を詰め、攻撃が届く間合いに入る。すると、相手はすぐに雷になって別の場所へと移動を開始する。
「なるほど、確かにその身体能力と再生能力は厄介だ。だが、攻撃手段が素手しかない以上、距離を取り続ければ脅威では――なっ!?」
しかし、ロッスラントさんが雷から実体に戻ったときに見たのは、すでに目の前で拳を振り被る私の姿だった。
『移動速度は雷速でも、お前自身の反応速度はそうではない。こちらの知覚、反射速度、予測が組み合わされば、一時的にはお前を上回れる。油断したな。ここで決めろ、エトワ!』
「あい!」
私は相手がまた雷になって逃げる前に、死なない程度のラッシュを叩き込む。その体が地面に崩れ落ちた。致命傷ではないけど、ダメージが大きくロッスラントさんは動けそうにない。私たちの勝ちだ。それでも彼は、地面でもがきながら、私を鋭い眼光で睨みつけてくる。
「ぐっ、化物め……このフリージア地方は私が守る……」
フリージア地方は、私がお花探しに訪れたこの土地の名前だ。ロッスラントさんはこの地方に強い思い入れがあるみたいだった。そんな大切な場所の森を吹っ飛ばしちゃうなんて、ぶっ飛んだ人だけど、その思いは本物っぽい。もがいたせいで、綺麗な顔が土で汚れてしまった。
ロッスラントさん、戦意は喪失してないけど、動けないようだった。
私は、今身につけてるローブでその顔をふきふきしてあげると、彼が復活しないうちにその場から立ち去った。みんないろいろ事情があるよね……
* * *
あと一本、あと一本をなんとか見つけなければ!
今揃っているフレンリアの花はソフィアちゃんたちからもらった六本と、ウイングさんからもらった一本、そしてネザさんから頂いた一本の計八本。一本足りない……。
「すみません、今日も早めに帰ります!」
最後のフレンリアを探そうと、私は桜貴会のみんなに挨拶してすぐ下校しようとした。
「待ちなさい、エトワ。そんなに毎日飛び回って、何かしなくちゃいけないことがあるの?」
しかし、それを引き留めたのはパイシェン先輩だった。
「え、えっと、どうしても探さなきゃいけないものがありまして……」
私がそう言うと、パイシェン先輩は腕を組んで言った。
「ふーん、もうすぐ卒業する私をずーーーーーっと放っておいて毎日探し回るなんて、よっぽど大事なものなんでしょうね。へぇ、大変なのねぇ、ふーん」
その唇は少しとがって、眉はつりあがっていた。
(あああああ! しまったぁ!)
私はその顔を見たとき、大きなミスに気づいた。もうすぐ卒業するパイシェン先輩に喜んでもらうためのプレゼントなのだ。パイシェン先輩本人を蔑ろにしてどうするう!
「今日は外でお茶会を開こうと思ってたんだけど、あんたは来る気ないのね」
お茶の道具を持って寂しげに言うパイシェン先輩の腰に、私はひしっとしがみついた。
「いえ! 私が間違っていました! ごめんなさい! 行きます! 行かせてください!」
「ちょっと、行くのは分かったから、引っ付くのやめなさいよ! ポットを落としかけたでしょ! こらっ! ばかっ!」
「行きまーす!!」
私は嫌がられながらも、しばらくパイシェン先輩に引っ付いた。
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