公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都

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5巻

5-1

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   第一章 大切な貴方に花束を


 どもども。エトワです。
 交通事故に遭い公爵家令嬢に転生したものの、魔力不足で跡継ぎ失格の烙印らくいんを押されてはや九年。
 今年はエトワ商会なるものを設立させていただきました! アルミホイルを御所望の際はどうぞご贔屓に!
 そんなエトワ商会設立の際にも、異世界でのアルミホイル生産の難航や職員引き抜き騒動など数多のトラブルがありましたが、全て乗り越えて平和な日常がもどってきたのです!
 はてさて、次はどんな騒動があるのやら……!


 一年の終わりが近づく頃、久しぶりに桜貴会おうきかいの館にやってきた私は珍しい光景を目撃した。
 パイシェン先輩が棚の荷物を移動させてるのだ。パイシェン先輩はニンフィーユ侯爵家のお嬢様で、貴族学校ルーヴ・ロゼで最高の貴族が集まるサロン、桜貴会の代表と生徒会長を務めている。私がとてもお世話になっている先輩である。
 そんな先輩が片付けをしている姿は、はっきり言って珍しい。パイシェン先輩は、高貴な生まれの人間は、下々の者の仕事を奪うべきではないと日頃から主張していたからだ。

「どうしたんですか、先輩? 雑用なら私がやりますけど」
「いいえ、これは私がやらなきゃいけないことなの」

 何か特別な事情があるのだろうか。首を傾げる私にパイシェン先輩は言った。

「この場所とも、もうすぐお別れだしね。最後の荷物の整理ぐらいは、自分でやるべきでしょ」
「お別れってなんでですか!?」

 なぜ、どうしてパイシェン先輩とお別れなんてことに!

「なんでって、私も今年で卒業よ。この校舎ともお別れよ」

 ちょっと切ない表情で、それでもきっぱりと言ったパイシェン先輩に私は……。

「えっ……」
「なによ、えって」
「えええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 建物中に響き渡るくらい大きな叫び声を上げた私に、パイシェン先輩が耳を押さえて顔を顰めた。
 その後、私は机に突っ伏して泣いていた。

「うっ……うぅっ……ううぅ……」

 頭が痛い。大声のせいでパイシェン先輩にげんこつされたからだ。でも泣いてるのは違う理由。

「うぅぅ、忘れてたあ……。パイシェン先輩が今年卒業なんてえ……」
「忘れてたってあんた、はあ、呆れた……」

 パイシェン先輩が卒業……その事実を聞いたときは、後頭部をかなづちで殴られたような衝撃だった。完全に忘れてた……。今、パイシェン先輩は五年生、来年中等部に移る歳だったのだ。
 小等部と中等部では校舎が違う。当然、会える機会が激変してしまう。
 本当は分かっていたはずなのだ。他の先輩たちも卒業していったし、パイシェン先輩もいずれ……分かっていたはずなんだけど……受け入れられない!

「パイシェンせんぱぁぁぁい」
「なによ」
「留年してください」
「ふざけんな!」

 青筋を立てたパイシェン先輩に再びゲンコツされた。でも、そんなツッコミが嬉しい。これがもうすぐなくなるのだと思うと寂しい……。

「だいたい大げさすぎるのよ。今生こんじょうの別れってわけでもないのに」

 それはそうですけど、今みたいに学校で何気なく会うなんてことはできなくなるじゃないですか。もしかしたら中等部の生活が楽しくて、私のことを忘れてしまうかもしれない。

「そうかもしれないですけど、でも寂しいです……悲しいです……」

 机に伏せて嘆き悲しむ私に、パイシェン先輩もちょっと困った顔をした。

「あれー、俺のときはそんなに悲しんでなかった気がするけど」

 何故か、この場にいるクレノ先輩が茶々ちゃちゃを入れてくる。クレノ先輩は平民出身ながら、この貴族学校でパイシェン先輩と生徒会長の座を争ったことがあるすごい人だ。けど今は割とどうでもいい。高等部からの連絡事項を伝えに来てくれたらしいけど、心底どうでもいい。

「クレノ先輩は割とどうでもいいです」
「それはさすがに酷くない、エトワちゃん」

 私の素直な心の表現に、クレノ先輩はなぜか悲しい顔をした。

「こんなことならもっと桜貴会に入り浸っておけばよかった……もうここに住んじゃえばよかった!」
「言っとくけど、やめなさいよ居付くのは……あんたの居場所ではあるけど、あんたの住処すみかじゃないんだから」

 パイシェン先輩は白い目で私を見た後、近づいてきてぽんぽんと頭を撫でてくれた。

「ショックなのは分かったけど、いつまでも悲しんでても仕方ないでしょ。卒業式の準備で忙しいけど、あと一ヶ月はこの学校にいるんだから、会いたかったら会いにきなさいよ」

 一ヶ月……そんなんじゃ足りない……。けれど残された時間を大切に過ごさなきゃいけないというのは本当だ。
 パイシェン先輩が卒業する。私がこの学校で今日まで平穏に過ごせたのはパイシェン先輩のおかげだと思う。貴族失格になった私が貴族の子たちに紛れて暮らすのだ。もっとトラブルが起きてもおかしくなかった。パイシェン先輩が後ろ盾になってくれたから、表面的にでもそれを避けられた。
 この三年間、同級生の友達はできなかったけど、桜貴会の人たちと楽しく過ごすことができた。私のそれなりに楽しかった学園生活はパイシェン先輩がくれたのだ。
 この恩を少しでも返せないだろうか……あと一ヶ月しかないけど。


 午後の授業がはじまっても、私はため息を吐いていた。
 やっぱり寂しい……ノートも取らずにボーッとしていたら、クラスメイトの子と目があった。一年生のとき、桜貴会のバッジを付けて来たら、攻撃的ながらも話しかけてくれた子だ。
 もうすぐパイシェン先輩とお別れということで、人恋しさもあり、手を振ってみた。
 ものすごい表情でそっぽ向かれた。しょんぼり。
 学校を終え、家に帰ってきた私はソファーに寝転びつつ思った。やっぱり恩返しなんて大それたことは一朝一夕にできるわけない。無難に何か贈り物をしてささやかなお礼をしようと。
 でも、それも何を贈ったらいいのやら……。
 たまたま同じ部屋に居合わせたソフィアちゃんに聞いてみる。ソフィアちゃんは後継ぎ失格になった私の代わりに、公爵家の後継者候補として派遣されてきた女の子だ。素直で可愛い私の妹みたいな存在。他に後継者候補には、元悪ガキのリンクスくん、無口なミントくん、嫌味だけどお人好しなクリュートくん、慇懃いんぎんなスリゼルくんと四人の男の子たちがいる。
 彼らには後継者候補の試験として、私を仮の当主として護衛する役目が課せられている。

「ねぇ、ソフィアちゃん、卒業する人に贈るプレゼントって何がいいと思う?」

 すると、ソフィアちゃんは顔を上げ、ぷくぅと頬を膨らませて言った。

「忙しいのが終わったら、一緒に遊んでくれるって約束してくださったのに……」

 は! そういえばエトワ商会の騒動で忙しくて、護衛役の子たちとしばらく遊んであげられてなかったんだ。忙しいのが終わったら、一緒に遊ぼうねって約束してたのに……。
 その約束を忘却ぼうきゃく彼方かなたに追いやってしまっていたとは……私はなんてひどい人間だろう。
 公爵家の広いお屋敷で、私がソフィアちゃんと同じ部屋に居合わせたのは偶然ではなかった。
 いや、ソフィアちゃんだけじゃない、私の右後ろでどこからか連れてきた猫と戯れてるミントくんも、私の左後ろで暖炉だんろの薪を意味もなくいじっているリンクスくんも、私への抗議のためにここにいたのか!? 囲まれている! 囲まれてしまっている!
 いつの間にか約束を破った私へ向けて、トライアングル包囲網が完成していたのだ。

「ご、ごめんよぉ……! 今度の日曜日、どこかみんなで遊びに行こう、ね、ね」


 パイシェン先輩のことも大切だけど、みんなとの約束も大切だ。
 私が慌てて謝ると、ソフィアちゃんはにこっと微笑んだ。

「謝ってくれたのでもういいです。私たちは来年もエトワさまと一緒にいられますから、しばらくはパイシェンさまのために時間を使ってください」

 あぁぁぁ、なんていい子なんだろう……!
 私はじーんと来て、溢れてきた涙を拭った。リンクスくんとミントくんも同意するように頷いてくれる。みんないい子! 四年生になったらいろんなところに遊びに行こうね!

「それで先程の話なんですけど、花束はどうでしょうか? 卒業式にはフレンリアと呼ばれる花を贈るのが定番です。特に純白のフレンリアは珍しく、それを九本贈ることが卒業生への最高の贈り物だって言われてます」

 そういえば、先輩たちが卒業した時も桜貴会から花束を渡してた。青や黄色のユリに似た花だった。あれはそういう風習だったのか。

「いいね、それ。パイシェン先輩のために探してみるよ。ありがとう、ソフィアちゃん!」

 お礼を言うと、ソフィアちゃんは頬をぷくーっと膨らませた。

「やっぱり教えたの少し後悔します」
「ええ!? なんで!? なんかごめんね!」


     * * *


 次の日の放課後の茶席、エトワはお茶をグイッと飲み干すと、すぐ席を立った。

「すみません! 用事があるので失礼します!」

 カバンを持つと、すささささと部屋から出ていく。
 そんなエトワを見送って、パイシェンが唇を尖らせた。

「なによ。寂しいって言った割には随分とあっさりしてるじゃない」

 そんなパイシェンを横目で見て、プルーナがくすくすと笑う。パイシェンのことを敬愛し、桜貴会でずっと補佐を務めてきたプルーナだが、彼女も今年で卒業である。

「パイシェンさまもエトワさんと離れるのは寂しいんですね」
「なっ、別にそんな意味じゃないわよ! 寂しがって卒業までまとわりついてくるかと思ってたから安心しただけよ!」

 パイシェンはそう言ったが、プルーナは彼女の内心を知ってるかのように微笑んでいた。


     * * *


 とりあえず、まずはお店を回ってみる。

「まーーーーっしろなフレンリアありますか?」
「純白のフレンリアかい。ないない。この時期に入ってきたら真っ先に売れちゃうよ」
「純白のフレンリア、おいてませんか~?」
「普通のフレンリアならうちにもたくさんあるけどねぇ、純白のはさすがにないよ。そういうのはまず貴族の方が利用なさるお店に持ち込まれるから、そっちに行ってみたらどうだい?」
「純白のフレンリア、おいてらっしゃいませんか?」
「あらエトワさま、ようこそお越しくださいました。ですが大変申し訳ありません、純白のフレンリアは五本ほど入ってきたのですが、すべて売り切れてしまいました」

 お父様が使う店でも五本しか入ってこなかったのかあ。想像以上にレアな品物のようだ。考え込んでしまった私に、花屋の店主さんが教えてくれた。

「純白のフレンリアはそういう品種があるわけでなく、何万本に一本、偶然生まれてくるものなんですよ。だから、うちでもなかなか入荷がありません」

 考えてみればそこそこ珍しいくらいなら、ルーヴ・ロゼの子たちは貴族パワーで取り寄せちゃうもんね。でも桜貴会の人たちですら、真っ白なフレンリアを贈られていなかった。

「どうにか手に入れる方法はないですか?」
「うーん、どうしても必要になった貴族の方は、冒険者に高額で依頼をかけます。あとはカイネー地方の森はフレンリアの群生地です。もしかしたら、そこで探せば見つかるかもしれません」
「ご親切にありがとうございます!」
「いえいえ、公爵家の方にはお世話になっておりますから。今後ともよろしくお願いします」
「はい、クロスウェルさまにお伝えしておきます」

 頭を下げて、お店を出る。一旦、家にもどって対策を考えよう。


 家に帰ると、ソフィアちゃんが何かを私に差し出してきた。

「エトワさま、これをどうぞ」

 見ると、ユリとよく似た花。その花弁の色は染みひとつない透き通った白だった。

「え、これって!」

 私はびっくりした。間違いない。それは純白のフレンリアだった。しかも二本も。
 ソフィアちゃんは、はにかんだ表情で私に言う。

「私も探してみました。少ししか集められませんでしたが、よかったら使ってください」

 ソフィアちゃん! なんていい子なんだぁ~~~!!

「ありがとう! ソフィアちゃん!」
「えへへ~、エトワさまのためですから」

 ギュッと抱きつくと、ソフィアちゃんは珍しくだらしなく溶けた表情をした。
 図らずしも二本も手に入ってしまった。いいんだろうか。
 部屋に戻り、花をソフィアちゃんからもらった保存用の箱に入れておく。耐衝撃、耐熱のすごいやつらしい。保存作業を終えて一息つくと、今度はリンクスくんが部屋にやってきた。

「おい、これ。探してるんだろ」

 扉の向こう側から、花を一本差し出してくる――部屋に入ってくればいいのに。
 その花も純白のフレンリアだった。

「い、いいの?」
「別に、たまたま手に入ったから、いらないから持ってきた」

 いやいや、たまたま手に入るものじゃないですから。とっても貴重なものって知ってますからね。
 私はリンクスくんの手から、大切にその花を受け取ると、お礼を言った。

「ありがとう、リンクスくん!」
「べ、べつに、いらないものだからな」

 リンクスくんは赤面してバッと顔を逸らす。いい子で照れ屋だよね。ツン照れ。ツン照れ。

「何か困ったことがあったら、ちゃんと言えよ。その、力ぐらい貸してやるからさ」
「うん、ありがとう」

 いつも十分に助けてもらってるよ? 私としてはそんな気持ちだった。
 リンクスくんからもらった花も、大切に保管して。
 とやってたら、次は部屋の窓がバンッと開いて、誰かが飛び込んできた。
 なんだ! ぞくか!?
 なんて公爵家のお屋敷に侵入する命知らずなぞくはそうそういない。いい感じにシュバンッと部屋に侵入してきたのはミントくんだった。
 一応、レディの部屋なんですけどねえ? いえ、いいんですけど……。
 窓の向こうでは彼の愛犬ならぬあい魔獣まじゅうレタラスが、切なげな視線でこちらを見ている。その巨体は私の部屋には収まりようがない。侵入のための捨て石にされたのだろう。
 ご主人様においてかれて、くぅ~んとちょっと寂しげな声をあげた。
 一方、くるりと一回転して、無駄にかっこよく着地したミントくんは私に花を差し出した。

「エトワ、持ってきたぞ……」

 純白のフレンリアが三本も。いや、嬉しい、嬉しいんですけどね……いろいろツッコミたい。

「あ、ありがとう……」

 そんな気持ちを必死に押さえ込んでお礼を言うと……。

「構わない……」

 ミントくんは二本の指を立てて、クールに去るぜ、みたいな感じで去っていく。うん、ミントくん、君はそれで構わないかもしれないけど、私は今回の件でいろいろ構いたいことができたよ?
 その後、玄関の開く音がすると、寂しそうにしていたレタラスが、そっちへ駆けていった。
 私はもらった花を保管する。今日で六本も集まってしまった。
 この調子なら、目標の九本はすぐに集まるんじゃないだろうか。途中まで考えて、私は慌てて首を振った。こんなヒモみたいなやり方で揃えちゃいけない。
 あとの三本は自力で集めよう。私はそう決心した。


 純白のフレンリアを手に入れる方法は三つ。花屋で買うか、冒険者さんに依頼して手に入れるか、現地で自力で取るか。お店を回ってもなかったので、今度は冒険者ギルドにについて考えてみた。
 みんな知ってるかもしれないけど、冒険者ギルドは冒険者と依頼者を仲介する組織だ。
 モンスターや魔族がいるこの世界は何かとトラブルが多い。兵士や騎士だけで小規模なトラブルまで対応してたら、人手が足りなくなってしまう。
 そんな問題を冒険者に解決してもらうのが冒険者ギルドの役目だ。国にとってはインフラみたいなもので、資金の援助もしている。
 ルヴェンドにも冒険者ギルドの支部がある。ポムチョム小学校の近くだ。行ってみよう。
 ぬるりと家を出て、高級市街地をてくてくと抜け、繁華街をふらふら通り過ぎ、ポムチョム小学校のある区画までやってくる。木造の家が多い質素な街並み。けれど外ではたくさんの子供達が遊んでて活気がある。そこから歩いて十分ほどで、冒険者ギルドにたどり着いた。
 このへんでは一番大きな建物かもしれない。まだお昼なのに、中からはお酒の匂いが漂ってきて、がやがやと人の声が響いてくる。ゲームによくあるあの雰囲気だ。お酒が嫌いじゃない私は、匂いだけでちょっといい気分になった。この世界でも大人になったら飲みたいな~。西部劇風のドアを潜り抜け、中に入るとアルコールの芳香が強くなった。思わずくんくん嗅いでしまう。

「おいおい、子供の来るところじゃねーぞ。あの格好、貴族の子供か?」
「あの額の紋様もんよう、何か聞いたことがある気がするな……」

 荒くれっぽい風貌ふうぼうの冒険者の人たちは戸惑った顔をしてた。私は中を見回して、その一角に掲示板を見つける。近づいてみると、そこには様々な依頼が貼り出されていた。

『近所のモンスターを退治してください』『火の魔石を五個調達してください』『洞窟どうくつに出現した恐ろしいモンスターの討伐とうばつをお願いします』『飼い犬を探してます』

 いろんな依頼がある中で『純白のフレンリアを買い取ろう』という依頼もあった。募集してる数に何度か赤字の修正が入れられている。その分だけ集まったということだと思う。
 かなりの高額で、普通なら子供の手には届かない価格だ。私の場合、エトワ商会からもらった報酬ほうしゅうを使えば同額で募集できるかもだけど……。そう思ってたら、背中から声がかかった。

「あれ、エトワさまじゃないか!」

 振り返ると、見覚えのある人たちがいた。若い冒険者の青年ウイングさん、それから双子の戦士ウルドさんとサルドさん、紅一点の魔法使いフェネッサさん、ヒーラーのリロさん、私が二年生の時、一緒に迷いの森を冒険したウイングさんのパーティーだ。後ろにいる見知らぬ人は、たぶんその時怪我をしていたガイダーさんだと思う。

「おお、本当だ。ここにいるってことは、遂に冒険者として活動をはじめたのか?」
「いやいや、いくらなんでも早すぎるでしょ」

 私をしげしげと見るウルドさんに、フェネッサさんが呆れた顔をした。

「おひさしぶりです」

 私もペコリと頭を下げた。思わぬ再会を喜ぶ私たちは思い出話に花を咲かせた。ウイングさんたちは冒険者の店でアルミホイルが販売されてることを話し、私はその件にロールベンツさんが協力してくれたことを教えた。「ろくでもない商人だったのに」とウイングさんたちは驚いていた。

「ところでエトワさまはどのようなご用件で冒険者ギルドにいらっしゃったんですか?」

 話題は冒険者ギルドに来た私の目的に移った。私はかくかくしかじかと事情を説明する。

「そうか、純白のフレンリアを探してたのか」
「確かにちょうどそういうシーズンですもんね。どなたかお世話になった人がいるんですか?」
「はい、学校の先輩なんですけど、本当に入学した頃からずっとお世話になってる人で」

 もちろん、他の桜貴会の先輩にもお世話になったけど、やっぱりパイシェン先輩は私にとって特別な人だった。ソフィアちゃんたちを家族みたいな存在とすると、この世界で私にできた初めての友達……だと思う。だからとびっきりの花束で卒業をお祝いしてあげたい。寂しいけど……。

「じゃあ、これをもらってくれよ」

 そんな私にウイングさんが手渡したのは、真っ白な花びらの花。
 これは純白のフレンリア! 突然、目的のものが出てきて私はびっくりする。

「実は冒険中にたまたま見つけて持ち帰ったんだ。エトワさまが探してたならよかったよ」
「いえいえ、こんな貴重なものいただけません!」

 せっかく高値で売れる時期なのに……断ろうとした私に、ウイングさんが笑顔で言った。

「いいんだよ。迷いの森では世話になったし、あのときのお礼もできてなかったしな。それに実を言うと、このギルドで募集してた商人がろくでもない奴で気が進まなかったんだ」
「そうそう、あの商人、私たち冒険者にとって必需品のアイテムを買い占めて、高値で売ろうとしたことがあるのよ。あんな奴に売るくらいなら、エトワさまにあげたほうがマシよ」
「じゃ、じゃあ、申し訳ないですけど、募集してるのと同じ値段で買い取らせてください」

 そういうことならと、私は買い取らせてもらうことにした。

「タダでもいいのよ」
「いえいえ、そういうわけにはいかないので」
「律儀だなぁ」

 どうせならと冒険者ギルドを通して、ウイングさんたちへの依頼という形にしてもらった。これならウイングさんたちの成果にもなるし。
 そして私は七本目の純白のフレンリアを手に入れた。なんかもらってばかりだ。
 最後の二本は、せめて自力で手に入れようと、連休を利用してフレンリアの自生している森に行くことにした。見つけるぞー! 純白のフレンリアー!


     * * *


 その女の子が村に現れたのは、遠くの山の縁に夕日が消えて、空が暗くなり始めた頃だった。

「すみませ~ん、ここがマルク村であってるでしょうか~」

 歳は九つくらいだろうか。金色の髪に仕立てのよさそうなドレスを着た、一目見て貴族の血縁者だと分かる少女。ただその目は本当に見えてるのだろうかと疑うほど細く、糸のようになっている。それだけじゃなく、額には変な紋様もんようが掘られていた。

(失格……?)

 女の子に話しかけられた女性――ネザは、そういう文字に見える紋様もんように首をかしげる。

「は、はい……そうですけど……」

 ネザが動揺した声で返事をしたのには理由があった。ここは乗合馬車すら来ない小さな村だ。おまけに隣村まで徒歩で数日かかる。そんな場所に、こんな時間に、少女が従者や馬車をつれずにやってくるのは不自然なことだった。ただ動揺した理由は、それだけではない。

「こんな田舎村に何か御用ですか?」

 少し冷たく聞こえることを自覚しつつも、ネザはあえてそう問いかけた。その意図は通じたらしく、少女は歓迎されてない雰囲気を感じ取ったようだった。

「えっと……真っ白なフレンリアの花を探しに来たんです。ここが穴場だって聞いて」

 ああ……その答えにネザは少女の不運を心の中で呪った。

「そうですか。残念ですが、この村は小さいので外から来た方を泊める施設もありません。フレンリアの花を探すなら、ここから離れた場所にあるコルド村がいいと思います」

 だからこそ、一切の同情も見せず、冷たい応対をし続ける。せめてもの助け舟になるように。

「その村でここがお勧めだって聞いたんですけど……」
「うちはコルド村みたいに、花を探しに来た人を泊める施設がないので」

 少女の事情には取り合わず、ネザは泊まる施設がないという言葉を重ねる。その意図を察して、少女は頭を下げて立ち去ろうとした。

「ご迷惑だったみたいですね。すみません」
「いえ」

 心が痛む。でも、そうしたのは少女のためだった。きっと馬車を村の外に待機させてるに違いない。そうでなくても、この村にいるよりは幸せな結末になるはずだ。
 少女をこの村から立ち去らせることに成功し、ほっとしたとき、背後から男の声がかかった。

「いえいえ、迷惑などありません。よかったら泊まっていかれたらどうですかな?」
「……っ!?」

 壮年ぐらいのひげを生やした村人の格好をした男。その男はネザとは違い笑顔で両手を広げ、少女に歓迎の態度を示す。少女は首をかしげて問いかけた。

「えっと、あなたは?」
「この村の村長のバーグです。すみません、この娘、ネザは人見知りをする性格でして。よくこの村に来る旅人を追い返してしまうのですよ。悪い子ではないのです。許してやってください」
「いえ、気にしてません。でも、ご迷惑じゃなかったですか?」
「確かにこの村に宿はありませんが、空き家がたくさんあるので、人を泊めることぐらいできますよ。この子の言うことは気になさらず、泊まっていってください。歓迎しますよ」

 無言になったネザに、少女はチラッと糸のような目を向けたが、村長の言葉に頷いた。

「そうなんですか、助かります」
「はっはっは、ゆっくりと花をお探しください。さあ空き家に案内しますよ」

 無防備な笑顔で少女はバーグについていく。バーグは少女の名前を尋ねた。

「ところでお嬢さん、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、すみません。エトワっていいます」


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鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

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