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241.(一旦没)

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 村と森の境界でソフィアちゃんが長い詠唱をしている。
 ほとんどの魔法を無詠唱で使うソフィアちゃんが、ここまで気合を入れて魔法を唱えているのは珍しい。

 けれど、それもそのはず、今回の魔法はムイムイさんたちを運ぶためのものなのだ。
 しかも、ただ運べばいいってもんじゃない。10匹のムイムイさんを怖がらせない安全性、長旅でも不快なく過ごせる快適性、その他色々、ソフィアちゃんが納得するだけの基準を満たさなければならない。

「それでは行きます!」

 そう言って、ソフィアちゃんが魔法を発動させると、村の近辺をうろついていたムイムイたちの体が宙に浮かぶ。

「ムィムィッ!!」

 ムイムイたちは驚いて、空中で足をジタバタさせる。
 でも、藁の寝床がたくさん飛んできて、ムイムイたちの足もとに置かれると、少し戸惑ったあと、その寝床に足を落ち着けた。何匹かのムイムイは藁の寝床から、歩いて外に出ようとするが、見えない風の壁みたいなものにやわらかくぽよんと跳ね返されて、やがて諦めて寝床に戻る。

 そしてその寝所に、水と餌を入れた箱が飛んでくる。

「ムイ~」

 すると、ムイムイたちはその場に座って、餌をもそもそと食べ始めた。
 これがソフィアちゃんが、ムイムイさんたちが故郷まで快適に旅をしていただけるよう編み出した、ムイムイ運搬の専用魔法だ。

 藁や餌入れは村の人たちが提供してくれた。さすがに家を壊されるよりはマシだと考えたのだろう。
 それを支える壁や床は、ソフィアちゃんの魔法で空気を圧縮して作り出している。
 ソフィアちゃんの魔法なら、壁や床などの素材も飛ばせばいいんじゃないかなって思うかもしれないけど、それだとムイムイさんのパワーに強度が足りなくて逆に危ないらしい。

 これだけの複雑な魔法になると、ソフィアちゃんでも難しかったらしく、額には汗が浮かんでいる。

「大丈夫?」

 そう尋ねる私に、ソフィアちゃんはこくりと頷いた。

「出発します」

 そういってソフィアちゃんがムイムイたちと一緒に、宙に浮かび上がろうとしたとき、その足を小さな生き物が叩いた。

「パゥチゥ!」

 それは小さなムイムイだった。
 他のムイムイは家を壊すほどのサイズがあるのに、そのムイムイだけは小型犬ぐらいのサイズだった。

 それを見た瞬間、ソフィアちゃんは魔法を発動させたも忘れて目を輝かせた。

「わぁ!! パウチウです!」
「パウチウ……? ムイムイじゃないの……?」

 私が尋ねると、ソフィアちゃんはパウチウ(?)を抱き上げながら説明してくれた――ソフィアちゃんに抱き上げられたパウチウは、足をじたばたさせている。

「パウチウはムイムイの幼体なんです。外見は同じようですけど、大きくなるときに体の構造が別物のように変化しているそうです。だから、幼体と成体で別の名前が付けられてるんです。私がもってるぬいぐるみも正確にはパウチウの方なんです」

 なるほど、特に仕入れるつもりのない知識がついてしまった。
 ソフィアちゃんはパウチウを抱きかかえながら、自身も宙に浮かび上がる。

 とりあえず、ソフィアちゃんとムイムイたちは森の上を飛んで進んでいく。障害物なども考えると、これが一番効率が良い。
 私は森を歩いて、それに随伴していく。

 村の人が見守る中、私たちはムイムイを別の森に移すための旅に出発した。


***


 道のない森を歩く私の頭上、ふよふよと浮かびながらムイムイたちを運搬するソフィアちゃんの姿が見える。
 私は声をかける。

「ソフィアちゃん、そろそろお水飲んだら~?」

 私が随伴する理由は、ソフィアちゃんの体調管理だ。
 普通でも水や食事がいる長旅、ソフィアちゃんは魔法を持続させなければならない。ソフィアちゃん用の水を準備したり、食事を作っておいたり、とりあえずソフィアちゃんの健康を損なわないようにしなければならない。

「は~い」

 ソフィアちゃんはふよふよと降りてきて、私の差し出した水を飲む。
 ソフィアちゃんの腕に抱えられているパウチウも何やら水を飲みたがってたので、手に移して飲ませてあげる。私の手にベロベロとよだれがついた……気にしない。

「それ持ってるの疲れない? 私が持とうか?」

 パウチウを抱えているソフィアちゃんにそう言うと笑顔で「いえ、元気がでます!」と返ってきた。あらためてソフィアちゃんって、根性論の世界に生きてるなと思う。私が気をつけてやらねばなるまい……。

「エトワさまを抱えさせていただけたらもっと元気がでます」
「いや、荷物も重いし遠慮しておくよ……」

 とりあえず、ソフィアちゃんの疲労を考えなければ、旅はおだやかなものだった。またムイムイたちの運搬のために空に戻ったソフィアちゃんについていく。

***

「ソフィアちゃーん、お昼だよ~」

 運搬を開始して、五時間ほど、お昼になったので、作ったサンドイッチを掲げた。ソフィアちゃんは空から降りてきて、口をあーんと開ける。
 その口に、サンドイッチを入れてあげる。

「美味しいです、ありがとうございます、エトワさま!」

 ソフィアちゃんは本当に美味しそうに食べてくれた。パウチウが物欲しそうに舌をベロベロさせたので、私のサンドイッチを半分ちぎってあげる。
 パウチウはわざわざ私の手をベロベロと舐めましてから、それを食べた。手がまたべとべとになる……気にしない……気にしてない……。

 私は手を拭ったあと、ソフィアちゃんの汗を拭いたり、水を飲ませてあげたりした。

 しばらく、その場で立ち止まる。
 すると天輝さんの声が頭に響く。

『エトワ、誰かから追跡されているようだ』
(追跡……?)

 ええ、全然気づかなかった。

『今日のお前はソフィアのことばかり気にしてるからな。そのせいで今もはっきりとは捉えきれない。相手が気配を消すのをうまいせいもあるだろう』

 うーん、追跡かぁ。どんな相手だろう。危ない相手じゃなければいいんだけど。

『なんとなくだけど敵意はないと思うよ』

 ◯ップルペンシルさんがそう言ってくれる。彼女は精神系の魔法を使えるせいか、そういうことを察知するのにも優れているようだった。魔法とはまた違う勘みたいなものだろうけど。
 さて、どうしよう、と思っていたら、ソフィアちゃんが降りてきた。

「エトワさま、向こうから人が近づいてきます」

 ソフィアちゃんが指した方向を向くと、冒険者風の格好の大人たちが木の陰から姿を現した。その人たちは驚いた顔で上空を見上げる。

「うわっ、本当にムイムイが空を飛んでいる!?」
「な、なんだこれは!?」

 面食らった表情で、宙に浮かぶソフィアちゃん特製ムイムイ牧場を見る冒険者の人たち。その人たちにソフィアちゃんが頭を下げた。

「すみません、これは私の魔法です。お騒がせしてます」
「き、君たちがやったことなのかい?」
「まさか、魔族じゃないだろうな……」

 恐る恐ると言った感じでたずねる冒険者の人たち。
 この世界では魔族が使う魔法と人が使う魔法は、明確に違うものだとされている。この状況で、ソフィアちゃんを魔族と勘違いしかけるということは、そこまで経験豊富な冒険者ではなさそうだ。
 私は余計な争いを避けるため、積極的に間に入って説明することにした。

「いえいえ、この子はフィン侯爵家のご息女のソフィアちゃんですよ」
「そしてこちらが私の主のエトワさまです」

 とりあえずソフィアちゃんのことをきちんと紹介する。するとソフィアちゃんも私のことを紹介して、お互いがお互いの自己紹介(?)をすることになってしまった。

「フィン侯爵家!? あの五侯家の!」

 フィン侯爵家と聞いて、冒険者の人たちの表情が変わる。やっぱりその名声は、いろんな場所で響き渡ってるようだ。
 私は疲れ気味のソフィアちゃんに変わって、彼らに詳しい事情を説明した。高位貴族の令嬢がいるということで、相手の対応も丁寧になる。彼らの方も、空を飛ぶモンスターの目撃情報があって、緊急調査を依頼されたと教えてくれた。

「お騒がせしてすみません。とりあえずこのムイムイは私とソフィアちゃんでなんとか運んで見せますので、どうか穏便にギルドの人にもご報告していただけたらと~」
「わかりました……。確かにムイムイは食料さえ狙われなければ害のあるモンスターではないですからね……。まあ倒してしまう方が楽……いえ、なんでもありません」

 倒してという言葉に、ソフィアちゃんの表情が悲しそうに変わったのを見て、冒険者のリーダーらしき人は慌ててごまかした。
 実際、襲われる村からすれば、倒す方が現実的なアイディアだと思う。ソフィアちゃんみたいな特別な力をもった人間ですら、運ぶのは一苦労なわけだから。

「報告の件、なにとぞよろしくお願いします。あと、食料なんかを売っていただけたら嬉しいです~」
「は、はあ、構いませんが……」

 その後は、冒険者の人たちに余分な食料を売ってもらって別れた。彼らは調査に来ただけなので、バッグに入れた食料をほとんど譲ってくれた。
 そういえば天輝さんが教えてくれた追跡してるという相手も、彼らだったのだろうか……。



※お寄せいただいたアイディアのおかげでなんとかムイムイ問題が解決しました。いろんなアイディアをくださってありがとうございます!
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