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エトワは森を歩いていた。
その歩く姿は、いつもの気が抜けたときになるこっくちに糸目の姿だ。上機嫌にスキップ気味にステップを踏んで、ふんふんふーんと鼻歌なんかを歌ってる。
『エトワちゃんもう大丈夫?』
そんな彼女の内部から、もう一人、女の子の声が聞こえてくる。それは彼女がこの世界に来てから、その半身となった存在の声だった。
「うん、ぜんぜんだいじょーぶ! 絶好調だよ!」
エトワはそういって腕をぐるぐるまわしてみせる。
どうやらあの魔法使いにやられたあと、◯ップルペンシルさんが助けてくれたらしい。彼女の話によると、2人がやられた瞬間に、彼女は急に自我に目覚めたという。
『2人を助けなきゃっ……』——それが彼女が初めて自覚した自分の意思だったらしい。
そして◯ップルペンシルさんには魔法の才能があった。その魔法の力で、水に溺れたエトワの体から声をだし救助してもらったあと、その家に保護されてる間に、精神系の魔法の習得とエトワの治療をしてくれていたらしい。
『ほんとに助かって良かった。ごめんね、もっと私が早く目覚めていたら……あんなに怖い目に合うこともなかったのに……』
助けてくれたというのに、◯ップルペンシルさんは申し訳なさそうに謝る。
エトワは首を振った。
「ううん、助けてくれてありがとうだよ。それにね、眠ってる間、すごくいい夢を見てた気がするんだ。とっても安心できる夢。どんな夢だったのかは覚えてないけど、懐かしくて暖かくて、すごく幸せだった気がする。だから、全然大丈夫だよ~」
エトワはそう言って、ポカポカした表情で微笑んだ。
その言葉に、◯ップルペンシルさんからも暖かく頷く感情が伝わってきた。
『それからもうひとつごめんね。さっきも言ったけど、私にあった魔法の才能は、もう形が変えられない……本来なら敵の記憶を消したり、操ったり、攻撃したり、もっと戦いの役に立てるような魔法にすることもできたはずだけど……』
わずか二週間で必要な魔法を習得した◯ップルペンシルさん。その急成長の代償というべきか、扱える魔法は今回、習得したものだけになるらしい。新しい魔法は今後いくら修行しても使えることはないんだとか。
自分の将来を犠牲にしてでも、早くエトワちゃんたちを助ける魔法を習得したい。そういう形で力の成長を定めてしまった結果だそうだ。
「それも全然大丈夫だよ! ◯ップルペンシルさんがそういう誰かを傷つける魔法は覚えたくないって思ったんだよね。それなら私も、その形が一番良かったんだとそう思うよ」
その言葉に、控えめだけどホッとしたような気配が伝わってきた。
アップルペンシルさんはとても優しい性格をしている。
「そんなことより、こっちで大丈夫なんだよね」
『うん、その方向からあの子の気配がする』
あの子とは、今回の騒動の元凶となった子のことだ。精神操作の魔法を扱う魔法使いの少女。同じ精神系の魔法の才能なのか、アップルペンシルさんにはその気配が感じ取れるらしい。
今までぽやぽやしてたエトワも表情をちょっと怒り顔に変えた。
エトワの足取りは、相手の気配がする方に向かっている。
目的はもちろんひとつ。
「よし、いくよ! 天輝さんの敵討ちだぁー!」
エトワはそう言ってひとりだけど拳を突き上げた。
『勝手に殺すな』
天輝さんからはもちろんツッコミが入った。
***
エトワと天輝さんと◯ップルペンシルさんが歩いてると、やがて川辺にたどり着いた。
そこでエトワは、三人の人間が歩いてるのを見つける。
「う~、いないいないいない! いないのじゃーっ!」
「うーん、上流の村にはいなかったッスねー」
「貴族の別荘もどこも空いてたな」
「うううぅぅぅ」
顎に手を当てて考える筋肉質な男性と、ため息を吐く赤毛の女性、そして頭を抱える小柄な少女。
その三人全員にエトワは見覚えがあった。
「やっぱりもっと下流の方っスかねぇ~。そうなってくると生存率落ちていくんっスよねぇ」
「とにかく探してみるしかあるまい。生死問わず探すのは義務だ」
「うううぅぅぅ……頼むから生きていてくれぇぇぇぇ……」
なにやら悩み事を抱えているらしい三人にエトワは話しかけた。
「やあやあ、何かお悩みですか?」
「え、は、はい……って、ええ!?」
「いたぁああああああああああああああ!」
エトワが話しかけると、黒髪の少女がこちらを指差しながら、叫び声を上げた。それからぼろぼろと涙を流し始める。
「よがったぁ……よがったっ……」
「ウチの身内がご迷惑をおかけしたようで」
「すまなかった」
ディナがエトワに頭を下げる。それにエトワが「いえいえ、お二人は悪くないですから」と手を振った。
しかし、次の瞬間、アグラはガバッと立ち直ると、目に涙をため鼻を赤くしたまま高笑いを始めた。
「はっはっはっは、今度こそお前の力を封印してくれる!」
「げっ、まだやるんすか……やめてくださいよ……」」
「おいおい……まてまて……」
ディナとガーウィンが顔を青くして止めに入るが、その前にエトワが手をビシっと上げて答えた。
「いいでしょう。勝負です」
今回の一番の被害者にそう言われては、ディナもガーウィンも無理に止めに入るわけにはいかない。二人の戦いを冷や汗をかきながら見守る。
「ふははは、ゆくぞ! 『服従(アビュート)!』」
そう言って魔法の力を放つアグラ。口では威勢のいいことを言っていたが、使う魔法が比較的安全そうなものになってるあたり、今回の失敗にだいぶビビっていた。
心配そうな表情でディナとガーウィンが見ているが、魔法を使われたエトワはのっしのっしと何ごともなかったかのように、アグラに向かって歩き出した。
「あ、あれ? あ、服従(アビュート)…………服従(アビュート)……服従(アビュート)!」
アグラは魔法が効かなかったことに不思議そうな表情をしたあと、同じ魔法を連発する。
しかし、エトワは涼しい顔でゆったりと歩き、アグラとの距離を詰めていく。
「なっ、なんでぇっ!?」
アグラはそう避けんだあと、真っ青な顔になり、とにかく魔法を連発しはじめた。
「服従(アビュート)! 服従(アビュート)!! 服従(アビュート)!!! 服従(アビュート)!!!! り、反転(リトゥーン)!!」
いくら魔法を使われても涼しい表情のエトワが、アグラの目の前までに迫っていた。
そして……。
「え、えっとぉっ……あっ……あっ……あっ……」
汗だらだらのアグラの前で、エトワは平手を振りかぶると……。
『服従(アビュート)!』
「え~~~~~~~~~い!」
独特の気の抜けた掛け声とともに振り下ろされた手のひらが、ドゴーンとアグラを地面に沈めた。意識も吹っ飛んだようだ。エトワの文句なしのKO勝ちである。
その間抜けな光景とは裏腹に、エトワも結構本気で怒ってたようで、アグラの体は地面にちょっとめり込んでいた。
***
「はうぁっ!?」
エトワにノックアウトされていたアグラが目覚めた。
気絶から目覚めてすぐ、見上げたところにいるエトワの顔を見て驚愕の表情をする。
「き、貴様、ななななぜわしの魔法が効かないのじゃ!」
先程の戦い、アグラの魔法は一切エトワに通じなかった。発動に失敗していたわけではない。きちんと魔法を放っている感覚はあった。なのに、なぜ……。
それにエトワは腕を組んでふっと笑って見せた。
「わかりませんかな……あなたには……!」
「なんだと……?」
「これこそが私と天輝さんと◯ップルペンシルさんの友情パワーです!」
「ゆ、友情パワー!?」
『違う、彼女の魔法のおかげだ』
ドヤ顔で宣言したエトワに、どこからともなく聞こえてきた男性の声が冷たく突っ込んだ。
ついでに説明もしてくれる。
◯ップルペンシルさんは自分にあった精神系統の魔法の力を、守ることと癒すことに特化させた。アグラのように相手を操ったり、攻撃したりすることはできないが、その分、攻撃を受けたときの守りの力に優れる。
今まで物理特化だったエトワにはホワイトナイトのような存在だった。これでエトワの弱点がひとつなくなったことになる。
「バカな!? わしと2週間で渡り合えるようになったじゃと!?」
それにはディナとガーウィンも驚きだった。精神系の魔法使いとしては、アグラは最強クラスにある。というか、ディナとガーウィンはここまで能力の高い、精神系統の魔法使いを見たことはなかった。
そもそも精神系統の魔法はかかりが非常に悪い者なのだ。ディナやガーウィンのような才能が無い者でも、万全の状態ならかかったりはしない。直接戦闘で相手をぼこぼこにして弱ったところに、何か作用を起こすというのが常識だった。
しかし、アグラの魔法は直接相手を操ったり、攻撃したりできる。はっきりいって規格外だった。
当然、それを防ぎきる◯ップルペンシルさんの才能も規格外のものなのである。
驚く三人に、エトワはにやりとした。
「ふっふっふ、どうやらご存知ないようですね。彼女はとある世界ではスマートペンシルとも呼ばれる存在なのですよ」
「ど、どういうことじゃ……?」
ごくりと唾を飲むアグラにエトワは宣言した。
「スマートとは——————かしこいって意味です!!」
じゃじゃんと宣言したエトワに、全員が沈黙する。
それから、どことなく赤面してそうな女の子の声が聞こえてきた。
『エトワちゃんもうやめて……私恥ずかしい……』
「なぜっ!?」
◯ップルペンシルさんのすごさとかえらさとかかしこさをアピールしたかったエトワはガーンとなる。
そんな一人と半身の様子は置いといて、アグラはがっくりと顔をさげた。
「くっ、わしの負けじゃ……」
精神系の魔法を打ち破られ、こうして倒されてしまっては、負けを認めざるを得なかった。
素直に負けを認めたアグラ、そんなアグラにエトワも微笑んだ。
「いえいえ、そんなことありません。アグラさん、あなたの周りを見てください——」
エトワに言われてアグラは自分の周囲を見てみた。
アグラの側にはディナとガーウィンがいた。そしてアグラの体は土に埋まっていた。
「な、なんじゃこれはーーーーー!?」
気づいていなかった。魔法が効かなかった事実がショックすぎて。どうりで同じぐらいの身長だったエトワの顔が高い位置にあるわけだ。
そんなアグラにエトワが笑いかける。
「そう、まだ私のターンは終了していないっ!!」
まだまだお怒りエトワだった。
「これが天輝さんのぶんだー! そしてこれも天輝さんのぶん! これとか天輝さんのぶん! これなんかが天輝さんのぶん! こういう風に天輝さんのぶん!」
「あぐっ! あぐっ! あぐっ! あぐっ! あぐぅっ!」
エトワは正座しながら、的確にアグラの頭部の同じ場所を叩き続ける。
「こういうのも天輝さんのぶん! ここらへんも天輝さんのぶん! こんなかんじも天輝さんのぶん? こうやっちゃったら天輝さんのぶん! そんなこんなで天輝さんのぶん!」
「お、お前ら助けろー!」
抵抗できない状態で、ひたすら同じ部分を叩かれ続けて、アグラはディナたちに助けを求める。
「いやですよ、巻き込まれたくないっスし」
「そもそも自業自得だ」
「うううぅぅぅっ、あぐっ!」
誰もアグラを助けてくれない。まあ、それも当然といえば当然だった。
「そこはかとなくこれも天輝さんの分! 迷惑かけっちゃった◯ップルペンシルさんのぶん! そんなこともやりつつ天輝さんのぶん! とにかくこにかく天輝さんの……」
それからもひたすらエトワのターンは続き……。
「天輝さんのー! 天輝さんのー! 天輝さんのー!」
『もうやめろ。私の方が恥ずかしい』
最終的には天輝さんが止めた。
「うっうっうっ……悪かったのじゃぁ……」
「えー、とにかく、あらためてこの度は申し訳なかったっス」
「うむ、要望通りそちらの秘密は守ろう。というか、王家を同じく守る勢力としてシルフィール家との関係は悪化させたくない。むしろこちら側が助かる話だ。いいのか?」
頭を押さえて泣きべそをかくアグラに、あらためて謝意を示すディナとガーウィン。三人に約束してもらったことが、エトワの力を秘密にしてもらうこと。それから、今回の騒動についても話さないでおいてもらうことだった。
エトワとしては天輝さんの分の仕返しがしたかっただけだし、シルフィール家当主が娘を気にかけてることをそれなりに知ってる13騎士としても助かる条件だった。
「私も秘密にする約束さえ守っていただけるなら~」
「ぐすっ……我は七代前の王と盟約を交わしたのだ。この国を守るという……。それ以来、何百年もの間、この国を守り続けている。お前とも約束がある限りは必ず守る」
「えっ?」
「えっ?」
アグラは真剣な表情で言ったが、ディナとガーウィンは思いっきり訝しげな顔をした。
悲しいかな、本人の意思と仕事の成果は関係ない。二人の態度は、アグラのこの国への貢献度を表していた。
***
それから、ディナとガーウィンの二人が出かけた先で行方不明になっていたエトワを発見したということになり、エトワの行方不明事件は解決した。
家に戻るとソフィアちゃんから思いっきり抱きつかれた。
「エトワさまー! よがったー! よがったー!」
それで腰を痛めたり、お父様には護衛役をつけて行動するように怒られたり、さすがにしばらく外出禁止令がだされたり、その後も一年生のとき大怪我した後みたいに護衛役の子たちがひっついてまわるようになったり、いろいろあったけどまあ概ね平和な感じだった。
同じ頃、エトワのお母様がいる別荘でも、不思議な現象が起こったらしかい。使用人達が一斉に行方不明になっていたらしく、しかもそれが一斉に見つかったのだという。みんな一つの部屋で冬眠するように眠っていたらしい。
館の主であるダリアが気づかなかったことから、なんらかの魔法の関与が疑われた。だが、奥方であるダリアは何も知らないと証言した。
そしてその二週間後、社交界に大きなニュースが流れた。
あのダリアさまが社交界に復帰するというのだ。失格の子を生んだというスキャンダラスな話もあるが、その美しい容姿やシルフィール公爵家の妻という立場に、憧れているものも多い。
いろんな意味で、大きな噂になった。
「う~ん、これでいいのかねぇ」
そんなダリアの社交界復帰パーティーになんとエトワも招待されていた。
「素敵です! エトワさま!」
どういう意図かわからないけど、高級な紫のドレスに、精一杯のおめかしをされたエトワ。相変わらずの糸目ではあるけど、それなりにかわいい感じもする。
鏡を何度も確認するエトワに、ソフィアが明るい表情でそう言った。
なのにエトワは何度も鏡を見て、珍しくずっと難しい顔をしていた。
だってソフィアちゃんたちは招待されても、自分は招待されるとは思ってなかったのだ。何を隠そう、というか隠せるはずもないし、有名な事実けど、エトワこそがそのダリアの汚点である失格の子なのである。あまり相手から見て気持ちのいいものではないと思うし、ダリアが主役のパーティーに居ていい存在ではない。それに初対面なのである。
これで緊張するなというのがおかしい。
「さあ、もうすぐパーティーがはじまりますよ! 行きましょう! エトワさま!」
そんなエトワの腕を、ソフィアが引っ張った。
※すみません、あと一話短めだけどかかりそうです。
その歩く姿は、いつもの気が抜けたときになるこっくちに糸目の姿だ。上機嫌にスキップ気味にステップを踏んで、ふんふんふーんと鼻歌なんかを歌ってる。
『エトワちゃんもう大丈夫?』
そんな彼女の内部から、もう一人、女の子の声が聞こえてくる。それは彼女がこの世界に来てから、その半身となった存在の声だった。
「うん、ぜんぜんだいじょーぶ! 絶好調だよ!」
エトワはそういって腕をぐるぐるまわしてみせる。
どうやらあの魔法使いにやられたあと、◯ップルペンシルさんが助けてくれたらしい。彼女の話によると、2人がやられた瞬間に、彼女は急に自我に目覚めたという。
『2人を助けなきゃっ……』——それが彼女が初めて自覚した自分の意思だったらしい。
そして◯ップルペンシルさんには魔法の才能があった。その魔法の力で、水に溺れたエトワの体から声をだし救助してもらったあと、その家に保護されてる間に、精神系の魔法の習得とエトワの治療をしてくれていたらしい。
『ほんとに助かって良かった。ごめんね、もっと私が早く目覚めていたら……あんなに怖い目に合うこともなかったのに……』
助けてくれたというのに、◯ップルペンシルさんは申し訳なさそうに謝る。
エトワは首を振った。
「ううん、助けてくれてありがとうだよ。それにね、眠ってる間、すごくいい夢を見てた気がするんだ。とっても安心できる夢。どんな夢だったのかは覚えてないけど、懐かしくて暖かくて、すごく幸せだった気がする。だから、全然大丈夫だよ~」
エトワはそう言って、ポカポカした表情で微笑んだ。
その言葉に、◯ップルペンシルさんからも暖かく頷く感情が伝わってきた。
『それからもうひとつごめんね。さっきも言ったけど、私にあった魔法の才能は、もう形が変えられない……本来なら敵の記憶を消したり、操ったり、攻撃したり、もっと戦いの役に立てるような魔法にすることもできたはずだけど……』
わずか二週間で必要な魔法を習得した◯ップルペンシルさん。その急成長の代償というべきか、扱える魔法は今回、習得したものだけになるらしい。新しい魔法は今後いくら修行しても使えることはないんだとか。
自分の将来を犠牲にしてでも、早くエトワちゃんたちを助ける魔法を習得したい。そういう形で力の成長を定めてしまった結果だそうだ。
「それも全然大丈夫だよ! ◯ップルペンシルさんがそういう誰かを傷つける魔法は覚えたくないって思ったんだよね。それなら私も、その形が一番良かったんだとそう思うよ」
その言葉に、控えめだけどホッとしたような気配が伝わってきた。
アップルペンシルさんはとても優しい性格をしている。
「そんなことより、こっちで大丈夫なんだよね」
『うん、その方向からあの子の気配がする』
あの子とは、今回の騒動の元凶となった子のことだ。精神操作の魔法を扱う魔法使いの少女。同じ精神系の魔法の才能なのか、アップルペンシルさんにはその気配が感じ取れるらしい。
今までぽやぽやしてたエトワも表情をちょっと怒り顔に変えた。
エトワの足取りは、相手の気配がする方に向かっている。
目的はもちろんひとつ。
「よし、いくよ! 天輝さんの敵討ちだぁー!」
エトワはそう言ってひとりだけど拳を突き上げた。
『勝手に殺すな』
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エトワと天輝さんと◯ップルペンシルさんが歩いてると、やがて川辺にたどり着いた。
そこでエトワは、三人の人間が歩いてるのを見つける。
「う~、いないいないいない! いないのじゃーっ!」
「うーん、上流の村にはいなかったッスねー」
「貴族の別荘もどこも空いてたな」
「うううぅぅぅ」
顎に手を当てて考える筋肉質な男性と、ため息を吐く赤毛の女性、そして頭を抱える小柄な少女。
その三人全員にエトワは見覚えがあった。
「やっぱりもっと下流の方っスかねぇ~。そうなってくると生存率落ちていくんっスよねぇ」
「とにかく探してみるしかあるまい。生死問わず探すのは義務だ」
「うううぅぅぅ……頼むから生きていてくれぇぇぇぇ……」
なにやら悩み事を抱えているらしい三人にエトワは話しかけた。
「やあやあ、何かお悩みですか?」
「え、は、はい……って、ええ!?」
「いたぁああああああああああああああ!」
エトワが話しかけると、黒髪の少女がこちらを指差しながら、叫び声を上げた。それからぼろぼろと涙を流し始める。
「よがったぁ……よがったっ……」
「ウチの身内がご迷惑をおかけしたようで」
「すまなかった」
ディナがエトワに頭を下げる。それにエトワが「いえいえ、お二人は悪くないですから」と手を振った。
しかし、次の瞬間、アグラはガバッと立ち直ると、目に涙をため鼻を赤くしたまま高笑いを始めた。
「はっはっはっは、今度こそお前の力を封印してくれる!」
「げっ、まだやるんすか……やめてくださいよ……」」
「おいおい……まてまて……」
ディナとガーウィンが顔を青くして止めに入るが、その前にエトワが手をビシっと上げて答えた。
「いいでしょう。勝負です」
今回の一番の被害者にそう言われては、ディナもガーウィンも無理に止めに入るわけにはいかない。二人の戦いを冷や汗をかきながら見守る。
「ふははは、ゆくぞ! 『服従(アビュート)!』」
そう言って魔法の力を放つアグラ。口では威勢のいいことを言っていたが、使う魔法が比較的安全そうなものになってるあたり、今回の失敗にだいぶビビっていた。
心配そうな表情でディナとガーウィンが見ているが、魔法を使われたエトワはのっしのっしと何ごともなかったかのように、アグラに向かって歩き出した。
「あ、あれ? あ、服従(アビュート)…………服従(アビュート)……服従(アビュート)!」
アグラは魔法が効かなかったことに不思議そうな表情をしたあと、同じ魔法を連発する。
しかし、エトワは涼しい顔でゆったりと歩き、アグラとの距離を詰めていく。
「なっ、なんでぇっ!?」
アグラはそう避けんだあと、真っ青な顔になり、とにかく魔法を連発しはじめた。
「服従(アビュート)! 服従(アビュート)!! 服従(アビュート)!!! 服従(アビュート)!!!! り、反転(リトゥーン)!!」
いくら魔法を使われても涼しい表情のエトワが、アグラの目の前までに迫っていた。
そして……。
「え、えっとぉっ……あっ……あっ……あっ……」
汗だらだらのアグラの前で、エトワは平手を振りかぶると……。
『服従(アビュート)!』
「え~~~~~~~~~い!」
独特の気の抜けた掛け声とともに振り下ろされた手のひらが、ドゴーンとアグラを地面に沈めた。意識も吹っ飛んだようだ。エトワの文句なしのKO勝ちである。
その間抜けな光景とは裏腹に、エトワも結構本気で怒ってたようで、アグラの体は地面にちょっとめり込んでいた。
***
「はうぁっ!?」
エトワにノックアウトされていたアグラが目覚めた。
気絶から目覚めてすぐ、見上げたところにいるエトワの顔を見て驚愕の表情をする。
「き、貴様、ななななぜわしの魔法が効かないのじゃ!」
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それにエトワは腕を組んでふっと笑って見せた。
「わかりませんかな……あなたには……!」
「なんだと……?」
「これこそが私と天輝さんと◯ップルペンシルさんの友情パワーです!」
「ゆ、友情パワー!?」
『違う、彼女の魔法のおかげだ』
ドヤ顔で宣言したエトワに、どこからともなく聞こえてきた男性の声が冷たく突っ込んだ。
ついでに説明もしてくれる。
◯ップルペンシルさんは自分にあった精神系統の魔法の力を、守ることと癒すことに特化させた。アグラのように相手を操ったり、攻撃したりすることはできないが、その分、攻撃を受けたときの守りの力に優れる。
今まで物理特化だったエトワにはホワイトナイトのような存在だった。これでエトワの弱点がひとつなくなったことになる。
「バカな!? わしと2週間で渡り合えるようになったじゃと!?」
それにはディナとガーウィンも驚きだった。精神系の魔法使いとしては、アグラは最強クラスにある。というか、ディナとガーウィンはここまで能力の高い、精神系統の魔法使いを見たことはなかった。
そもそも精神系統の魔法はかかりが非常に悪い者なのだ。ディナやガーウィンのような才能が無い者でも、万全の状態ならかかったりはしない。直接戦闘で相手をぼこぼこにして弱ったところに、何か作用を起こすというのが常識だった。
しかし、アグラの魔法は直接相手を操ったり、攻撃したりできる。はっきりいって規格外だった。
当然、それを防ぎきる◯ップルペンシルさんの才能も規格外のものなのである。
驚く三人に、エトワはにやりとした。
「ふっふっふ、どうやらご存知ないようですね。彼女はとある世界ではスマートペンシルとも呼ばれる存在なのですよ」
「ど、どういうことじゃ……?」
ごくりと唾を飲むアグラにエトワは宣言した。
「スマートとは——————かしこいって意味です!!」
じゃじゃんと宣言したエトワに、全員が沈黙する。
それから、どことなく赤面してそうな女の子の声が聞こえてきた。
『エトワちゃんもうやめて……私恥ずかしい……』
「なぜっ!?」
◯ップルペンシルさんのすごさとかえらさとかかしこさをアピールしたかったエトワはガーンとなる。
そんな一人と半身の様子は置いといて、アグラはがっくりと顔をさげた。
「くっ、わしの負けじゃ……」
精神系の魔法を打ち破られ、こうして倒されてしまっては、負けを認めざるを得なかった。
素直に負けを認めたアグラ、そんなアグラにエトワも微笑んだ。
「いえいえ、そんなことありません。アグラさん、あなたの周りを見てください——」
エトワに言われてアグラは自分の周囲を見てみた。
アグラの側にはディナとガーウィンがいた。そしてアグラの体は土に埋まっていた。
「な、なんじゃこれはーーーーー!?」
気づいていなかった。魔法が効かなかった事実がショックすぎて。どうりで同じぐらいの身長だったエトワの顔が高い位置にあるわけだ。
そんなアグラにエトワが笑いかける。
「そう、まだ私のターンは終了していないっ!!」
まだまだお怒りエトワだった。
「これが天輝さんのぶんだー! そしてこれも天輝さんのぶん! これとか天輝さんのぶん! これなんかが天輝さんのぶん! こういう風に天輝さんのぶん!」
「あぐっ! あぐっ! あぐっ! あぐっ! あぐぅっ!」
エトワは正座しながら、的確にアグラの頭部の同じ場所を叩き続ける。
「こういうのも天輝さんのぶん! ここらへんも天輝さんのぶん! こんなかんじも天輝さんのぶん? こうやっちゃったら天輝さんのぶん! そんなこんなで天輝さんのぶん!」
「お、お前ら助けろー!」
抵抗できない状態で、ひたすら同じ部分を叩かれ続けて、アグラはディナたちに助けを求める。
「いやですよ、巻き込まれたくないっスし」
「そもそも自業自得だ」
「うううぅぅぅっ、あぐっ!」
誰もアグラを助けてくれない。まあ、それも当然といえば当然だった。
「そこはかとなくこれも天輝さんの分! 迷惑かけっちゃった◯ップルペンシルさんのぶん! そんなこともやりつつ天輝さんのぶん! とにかくこにかく天輝さんの……」
それからもひたすらエトワのターンは続き……。
「天輝さんのー! 天輝さんのー! 天輝さんのー!」
『もうやめろ。私の方が恥ずかしい』
最終的には天輝さんが止めた。
「うっうっうっ……悪かったのじゃぁ……」
「えー、とにかく、あらためてこの度は申し訳なかったっス」
「うむ、要望通りそちらの秘密は守ろう。というか、王家を同じく守る勢力としてシルフィール家との関係は悪化させたくない。むしろこちら側が助かる話だ。いいのか?」
頭を押さえて泣きべそをかくアグラに、あらためて謝意を示すディナとガーウィン。三人に約束してもらったことが、エトワの力を秘密にしてもらうこと。それから、今回の騒動についても話さないでおいてもらうことだった。
エトワとしては天輝さんの分の仕返しがしたかっただけだし、シルフィール家当主が娘を気にかけてることをそれなりに知ってる13騎士としても助かる条件だった。
「私も秘密にする約束さえ守っていただけるなら~」
「ぐすっ……我は七代前の王と盟約を交わしたのだ。この国を守るという……。それ以来、何百年もの間、この国を守り続けている。お前とも約束がある限りは必ず守る」
「えっ?」
「えっ?」
アグラは真剣な表情で言ったが、ディナとガーウィンは思いっきり訝しげな顔をした。
悲しいかな、本人の意思と仕事の成果は関係ない。二人の態度は、アグラのこの国への貢献度を表していた。
***
それから、ディナとガーウィンの二人が出かけた先で行方不明になっていたエトワを発見したということになり、エトワの行方不明事件は解決した。
家に戻るとソフィアちゃんから思いっきり抱きつかれた。
「エトワさまー! よがったー! よがったー!」
それで腰を痛めたり、お父様には護衛役をつけて行動するように怒られたり、さすがにしばらく外出禁止令がだされたり、その後も一年生のとき大怪我した後みたいに護衛役の子たちがひっついてまわるようになったり、いろいろあったけどまあ概ね平和な感じだった。
同じ頃、エトワのお母様がいる別荘でも、不思議な現象が起こったらしかい。使用人達が一斉に行方不明になっていたらしく、しかもそれが一斉に見つかったのだという。みんな一つの部屋で冬眠するように眠っていたらしい。
館の主であるダリアが気づかなかったことから、なんらかの魔法の関与が疑われた。だが、奥方であるダリアは何も知らないと証言した。
そしてその二週間後、社交界に大きなニュースが流れた。
あのダリアさまが社交界に復帰するというのだ。失格の子を生んだというスキャンダラスな話もあるが、その美しい容姿やシルフィール公爵家の妻という立場に、憧れているものも多い。
いろんな意味で、大きな噂になった。
「う~ん、これでいいのかねぇ」
そんなダリアの社交界復帰パーティーになんとエトワも招待されていた。
「素敵です! エトワさま!」
どういう意図かわからないけど、高級な紫のドレスに、精一杯のおめかしをされたエトワ。相変わらずの糸目ではあるけど、それなりにかわいい感じもする。
鏡を何度も確認するエトワに、ソフィアが明るい表情でそう言った。
なのにエトワは何度も鏡を見て、珍しくずっと難しい顔をしていた。
だってソフィアちゃんたちは招待されても、自分は招待されるとは思ってなかったのだ。何を隠そう、というか隠せるはずもないし、有名な事実けど、エトワこそがそのダリアの汚点である失格の子なのである。あまり相手から見て気持ちのいいものではないと思うし、ダリアが主役のパーティーに居ていい存在ではない。それに初対面なのである。
これで緊張するなというのがおかしい。
「さあ、もうすぐパーティーがはじまりますよ! 行きましょう! エトワさま!」
そんなエトワの腕を、ソフィアが引っ張った。
※すみません、あと一話短めだけどかかりそうです。
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