公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都

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226.

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 それからダリアの学生生活は、おおむね順調に流れていった。
 侯爵家の娘として女子グループの中心的立場に立ったし、桜貴会にも入会した。

 順調じゃないのはひとつ、クロスウェルさまとの関係だった。
 桜貴会のお茶会で一応、挨拶できる中にはなったものの、それこそ「おはようございます」「やあ」だけの関係である。それ以上は縮まっていない。
 それもこれも、エレメンタという女が邪魔してくるせいだった。

 集会の帰り、ダリアは生徒会の手伝いのため、その場に残っていた。
 生徒会活動なんて本当は興味ない。では狙いはなにか。

 生徒会長は代々爵位が最上位の者がなる伝統があるが、今年は入ったばかりだということで、クロスウェルは生徒会長にはならない。けれど、最速では来年にでも生徒会長になると言われている。公爵家のご子息なのである。考慮されるべきは本人の意思だけであり、本人が生徒会長になりたいと言えば、すぐにでもそうなるのである。
 いつからやるかは本人次第だ。

 もちろん、ダリアが生徒会の仕事の手伝いを申し出たのも、クロスウェルが生徒会長に就任するときに備えてだ。今から仕事を覚えておけば、就任したときに頼りにされるはず。印象アップ間違いナシである。

 ――なんてことをかんがえてたダリアだったが、実際にはクロスウェルが生徒会長になるまで3年も待たされたりした。

 そして当然のようにエレメンタも生徒会の仕事を申し出ていた。
 狙いはお互いに分かっている。

 そんなエレメンタが向こうからやってきた。
 集会につかった花瓶を戻してきたのだ。

「クロスウェルさまはお帰りになられたの?」

 彼女との仲は険悪だが、最低限のやり取りはしている。そうしないと、周りの印象が悪いからだ。彼女の方はどういうつもりかは知らないが――というのも、わずかな期間の付き合いだけど、彼女がかなり直情的な性格だというのが分かっていた。
 周りに仲違いしていることをバレないようにコントロールするのは苦労した。

 ダリアは小声で声で答える。

「ええ、先にお帰りになられたわ」

 公爵家などの高貴な方は、生徒会長以外の役職には付かない。高貴な身分の方に雑用をさせるわけにはいかないというのが主な理由だけど、そもそも会長と役員で身分が逆転していると、会長側がやりにくいのが本音だと思う。
 だから、会長になるまでは、自由な身分なのである。

「そう……」

 少し沈黙したあと、エレメンタはダリアを睨みつけ距離を詰めてきた。

「重ねて言っておくけど、クロスウェルさまたちには近づかないことね。こそこそ、話しかけようとしているみたいだけど」

 予想通りの言葉、ダリアはエレメンタだけに見えるように薄ら笑いを浮かべて、挑発するように言った。

「なんで?」
「決まってるじゃない、あの方たちはとても尊い方だからよ! この国を魔族や危機から守ってきたのはあの方たちなのだから!」

 尤もらしい答えだ。この国を守ってきたのは風の派閥たちだというのは自惚れだと思うけど。風の派閥の貢献度が高いのは万人が認めることだが、他の公爵家たちだってそれなりに力は貸してきた。そりゃ、ちょっぴり野心を抱いた人物たちもいるにはいたが……。
 でも、尤もらしくはあっても、本音であるとは限らない。だって結婚相手がいなければ、その貴き血筋も途絶えてしまうのだから。近く女性がくるのを遠ざける道理はない。

 結局、この女は自分がその座に座ることを望んでいるのだ。もしかしたら無意識で本人はその欲に気づいてないのかもしれない。自分では忠誠心だと思い込んで、このライバルの排除を行なっているのかも。
 ダリアの一番嫌いな人種だった。本当に欲しいなら、堂々と掴みに行けばいいのだ。

「大変ね、日陰者は。こそこそと周りを威圧して足並みを揃えさせて、そうしないと安心できないのね」
「な、どういう意味よ!」
「言葉通りよ。自分に自信がないから、周りの足を引っ張るんでしょう。素直に好意を寄せることすらできず、そうやって周りの邪魔になりそうな女を排除して、クロスウェルさまに見止めてもらうつもりなんでしょう?」
「ちがう、私は! そんな気持ちでやってるわけじゃないわ!」

 エレメンタはダリアの思った以上に動揺した。
 図星だったのかもしれない。勝機と思ったダリアは囁いた。
 相手を同情の視線で見上げて。

「仕方がないわよね、あなたたちはずれの三家なんてそうしなければ、存在すら認めてもらえないんだもの」

 『はずれの三家』と呼んだ瞬間、エレメンタの顔が真っ赤になった。
 その手がダリアを突き飛ばすように伸びてくる。

 それは、風の派閥に仕える、シルウェストレ以外の侯爵家にとっては最大の侮辱とされる言葉だった。シルウェストレの五家の威光が強すぎて、派閥内ですら立場の微妙な侯爵家。
 それでも彼らなりの誇りをもって、貴族をやってきているのだ。

 ダリアは避けられたけど抵抗はしなかった。

「きゃあっ!!」

 出来る限り大きく、そして自然な悲鳴をあげて地面に転ぶ。

「なにごとだ」

 すると、二人がやりとりしていた近くの倉庫の扉が開いた。
 そこからでてきたのは、クロスウェルとその護衛役たちだった。

「なにがあった!?」

 倒れたダリアにクロスウェルたちが駆け寄ってくる。

「えっ……」

 それをエレメンタは呆然と見ていた。

 仕掛けは単純だった。嘘を吐いていたのだ。クロスウェルたちは戻ったのだと。本当は生徒会の手伝いのために彼らも残って、近くの倉庫で仕事をしていた。それだけのこと。

「大丈夫か?」

 クロスウェルが倒れたダリアのもとでしゃがみ、怪我がないかを確認する。
 そんなクロスウェルに、ダリアはその目にか弱く涙を浮かべながら言う。

「エレメンタさんがクロスウェルさまに近づくなって言ってきて……それで私を突き飛ばして……」
「なっ、えっ、あっ、ちがう! うっ……違います! 違うんです……クロスウェルさま!」

 ダリアの言葉は真実が混ざってるだけに厄介だった。
 というか、述べてることはほぼ真実で、その途中で思いっきりダリアが相手を馬鹿にしたのが抜けているだけ。

 だから動揺していたエレメンタは、すぐに反論ができなかった。
 クロスウェルがエレメンタを見る。無表情だけど、その瞳はあまり温かいものではなかった。

「エレメンタ、僕に近づく人間を威圧するのはやめてくれと前にも言ったはずだが」
「そ、それは……すみませんでした、クロスウェルさま。でも……!」

 相手からも挑発されたことをなんとか伝えたエレメンタ。

 しかし、エレメンタにも悪い部分はあった。
 ダリアに陥れられたとはいえ、最初に仕掛けたのはエレメンタからだったし、クロスウェルの反応もこの件だけでなく、以前からの彼女の素行を問題視したものだった。

「君が忠誠を尽くしてくれるのはありがたい。でも、それで私の学友になりえる人間を排除しようするのなら、正直言って迷惑だ」

 クロスウェルはダリアを助け起こし、申し訳無さそうにする。

「すまない、私の知人が迷惑をかけた」
「いえ、助けてくださってありがとうございます。あのクロスウェルさま、助けてくださったお礼に、お茶を淹れさせていただけませんか。私、練習してまして」
「いや……ん、わかった」

 クロスウェルはこちらが迷惑かけたのにお礼するといわれ、断わろうとした。しかし、それも礼を失するかと思い、結局了承した。
 エレメンタが叱られた好機に乗じて、ダリアはちゃっかりクロスウェルとの距離を詰めたのだった。

***

「とこんな風に私がクロスウェルさまに一番に話しかけられる位置を得たのよ!」

 過去のだいぶ悪行が混じった馴れ初めを自慢げに語ったダリアに、エトワが返事をした。

「ぶーーー」

 頬を膨らませて、唇を尖らせ、そんな音を出す。
 どうやら不評らしい。

 『あ』と『う』以外の音もだせたんだと思いながら、ダリアも鏡合わせのように唇を尖らせる。

「何よ、恋愛なんてきれいなだけじゃ成功しないのよ。女の恋は戦いなんだから。大切なのは行動力よ!」
「う~~」

 まだ納得いってない表情だ。
 ダリアも『まあ……』と一言置きながら、その後を回想する。

「確かにその後を考えると、そんなに成功してたわけじゃないけどね……」

***

 すりむいた足を治療してもらったあと、クロスウェルとお茶をし過ごした、その帰りの時間。
 誰もいなくなった桜貴会の部屋で、ダリアは帰り支度をしていた。

 一緒に帰りたいところだけど、焦る必要はない。当面の邪魔な相手は、クロスウェルさまから遠ざけられたのだ。
 そうほくそ笑むダリアのいる部屋に誰かが入ってきた。

 それはクロスウェルと一緒に帰ったと思ってた護衛役の少年の二人だった。
 赤い髪の少年は、スカーレット侯爵家の次期当主、銀色の髪の少年はフィン侯爵家の次期当主。

(なんだろう……)

 クロスウェルさまを射止めるためにも印象を下げるわけにはいかない相手だ。
 相手の出方が分からず沈黙していると、じーっとダリアの方を見ていた赤い髪の少年の方が深いため息を吐いた。それからじとっとした目で言った。

「君、エレメンタの悪口言ったでしょう……」

 ギクッとなった。
 どうすべきか迷う……。しらばっくれるべきか。でも、利発な輝きのある赤い髪の少年の瞳を見ていると、ごまかすのはかなり難しそうだった。

「はい……」

 少し逡巡したあと、ダリアは素直に認めた。
 そちらの方がクロスウェルにばれるにも、傷が浅いだろうという計算だ。何よりエレメンタを挑発したのを察していながら、少年はあの場でクロスウェルに伝えようとはしなかった。何か別の意図があるのかもしれない。

「やっぱり……」

 はぁ、と赤い髪の少年はため息を吐く。

「一方的に仕掛けたにしては、聞こえてきたエレメンタの言葉の内容がおかしいと思ったよ」

 どうやらエレメンタの声が聞こえて、ばれてたらしい。
 悲鳴だけ聞こえればよかったのに、あれほど興奮させてしまったのはミスだったかもしれない。

「わかりましたか?」

 ちょっと開き直ったダリアの言葉に、赤い髪の少年はうんうんと頷く。

「さすがにわかるよ。クロスウェルさまは箱入り育ちだから気付いてなかったけどね……」

 クロスウェルさまにはばれてなかったことに、ダリアは自分が思っていたよりも、少しだけ強くほっとした。それは今日一日、クロスウェルさまと話せて、少し印象が変わったせいだろうか。

「なに!? 君、エレメンタの悪口を言ってたのかい!!」

 二人のやり取りを聞いて、銀色の髪の少年が驚いた声を出す。
 どうやらこちらはまったく気付いてなかったらしい。

 赤い髪のシルウェストレも、銀色の髪の少年を呆れた表情でみている。
 そんな視線はまったく気付かず、スルーして、銀色の髪のシルウェストレは腕を組んで、先生みたいな態度でダリアに言った。

「きみー、人の悪口は言っちゃだめだろうー」
「ごめんなさい」

 少年のノリが苦手だと感じたダリアは速攻で謝った。
 何か一番ダメな人種かもしれない。フィン侯爵家独特のノリなのだろうか。いろんな意味で近づきたくない。

 そんな素直な謝罪も功を奏したのかもしれない。
 赤い髪の少年がまた、ため息を吐きながら。

「今回の件は、エレメンタ嬢にも悪い部分があったしね。不問にしておくよ」

 ほっとするダリアに、スカーレット家次期当主は指を差して言う。

「ただし、あんまり悪どいことはこれからはしないこと。代わりといってはなんだけど、僕たちもそれなりにクロスウェルさまとの仲を取り持つようにはしてあげるから」
「協力してくれるんですか……?」

 意外な申し出に、ダリアは目を見開いた。

「まあ、話してみてそんなに根っから悪い子でもないみたいだし。他に候補の子がたくさんいるわけでもないからね」

 公爵家の配偶者としてふさわしい家格の人間は、ダリアたちの世代でも限られる。ダリアとエレメンタも入れて、三、四人ぐらいだろうか。
 それから困った表情で言った。

「それにエレメンタ嬢は、肝心の僕たちの派閥の子供たちに評判がよくないんだよね」

 まあ確かに、あんな周りにいろんなことを強いるような性格では、貴族社会でも評判はよくないだろう。ダリアは同情はしなかった。
 スカーレット侯爵家に仲を取り持ってもらえる、ダリアとしては願ってもない話だ。災い転じて福となすというやつである。

 嬉しそうにするダリアに、赤い髪の君は言った。

「ただし、条件がひとつあります。エレメンタ嬢にはちゃんと一度は謝ること!」
「ええー……」

 ダリアは素直にものすごく嫌な顔をした。
 あんな相手に謝るのはプライドに障る。

「それがなくちゃ協力はできません」
「わかりました」

 それでも、赤い髪の少年の条件に速攻で頷いた。だってシルウェストレの協力を得られた方がずっと得だからだ。
 あっさりと頷いたダリアを見て、少年は少し呆然として言う。

「君ってしたたかだねぇ……」
「うーむ、よし! ならば私も協力しよう!」

 そういうわけで、ダリアはスカーレット侯爵家の次期当主と、ついでにフィン侯爵家の次期当主の協力を得られることになった。後者については全力で辞退したかったけど。

 エレメンタにはその後でちゃんと謝ったけど、あちら側が許してはくれなかった。
 ダリアにとってはまあどうでもいい話だった。ちゃんとスカーレット侯爵家の次期当主との約束は果たせたわけだから。

***


 ダリアがエトワに昔話を聞かせてやっている時刻。
 十三騎士の詰所に、赤毛の女性と大柄の男性が同時に現れた。

 ディナとガーウィンだ。
 どちらも青い顔でフラフラとしている。

 二人は顔を見合わせたあと言った。

「ディナ、お前もか……」
「ええ、精神操作された影響で気持ち悪くて寝込んでたところです……」

 アグラに精神を操られ、強制的に自白させられた影響で、二人は一週間以上寝込んでいた。
 それぐらい気持ち悪くなるのだ。体質にもよるかもしれないが……。

「『あの子』どうなったんですかね……」
「無事だといいがなぁ……」

 『あの子』とは影呪の塔で知り合った、ものすごく強い女の子のことだ。ガーウィンの場合、第二王子の誕生会で一度拳を交わしただけだが……。
 ルヴェンドに住み、影呪の塔にいることからルーヴ・ロゼの学生で、小等部ぐらいの生徒。これだけでかなり絞り込まれてしまう。おまけにディナは、その容姿をちらっとだが見てしまっていた。突き止めるのは簡単だろう。

 だからこそ、ディナは義理で何も調べなかった。
 しかし、それらの情報をアグラに知ってしまった以上、アグラはあの少女が誰か突き止めたはずだ。

 不安に思いながら、詰所の扉を開けると、異様な光景にぶち当たった。

「やあ、ディナとガーウィンか。体調を崩してたそうだな。あまり無理するでないぞ!」

 それはにっこにっこ笑顔で、上機嫌全開の十三騎士の副リーダー、ケイであった。

 比較的良識的な十三騎士であるケイは、他のメンバーたちの起こすトラブルに悩まされ、いつも難しい顔をしていた。特にリーダーであるベリオルが、働けなくなってからはその傾向が強かった。

 それがかつて見たことないほど、さわやかな表情をしているのである。
 一体、何事か。ガーウィンもディナも思う。

「ケ、ケイさん、どうしたんっすか? やけに上機嫌ですけど……」
「ああ、あんたらしくもない……」

 人が上機嫌なことに戸惑うのも申し訳ないが、それはもう戸惑うしかなかった。
 すると、ケイは鼻歌を歌いだしそうな笑い声をし。

「はっはっは、アグラどのがですな」

 アグラが……、ディナとガーウィンはその名前を聞いて、あの女がとんでもないトラブルを起こして、遂にケイを精神崩壊させたのかと一瞬思った。
 だが、違うようだ。ケイの話は続く。

「最近、大人しくしてくださるのですよ。一週間とちょっと前ぐらいからですかな。ずっとこの詰所に篭りっきりで、書類仕事をしてくださる。おかげで何もトラブルは起きておらんのです。あの方もようやく……ようやくご自分というものを分かってくださったのですなぁ!」

 ケイは積年の苦労を忍ばせるように、涙をひとつ拭うと――

「公爵家のご令嬢が行方不明になったようでしてな。シルフィール公爵家から協力を要請されて、手伝いにいってきますぞ」

 行方不明の令嬢を探すとは思えないテンションで、はっはっはと上機嫌でステップするように詰所から出て行った。

 残された二人は詰所の中を確認する。

 そこにはいた。珍しく気配などださずに。小さい体をぎゅっと小さくして、会議用のテーブルで、書類仕事をちまちまとこなしているアグラの姿が。
 いつもは中央のテーブルにふんぞり返ってるのに、今は会議室の端っこで肩を小さくすぼめて猫背になり、せせこましくペンを動かしている。

 その書類はきっとミスだらけだけど、彼女が起こすトラブルに比べたら、誰の胃も痛めないも同然だった。

 しかし、その姿を見て、ディナとガーウィンは思った。

(いや……これは……)
(うん……あれだ……)
((……すでになにかやらかしたあとでしょう)だろう)

 二人の思考がシンクロした。



今日、公爵家三巻出荷開始です。
表紙などもでてるのですが、どうやってお見せしたらいいのかまったくわかりません。エトワがおにぎり食べてる表紙です。
どうかよろしくお願いします!

祝福や応援のメッセージありがとうございます。のちほどちゃんと返信させていただきたいです。
本当に嬉しいです。

「行動力」についてなのですが、知ってる方は気付いてしまうと思うのですが、私あのゲームが大好きで……。
あとダリアの性格おもったより大分悪く……。
問題だらけの章ですが、なんとか半分ぐらいはこれた感じがします。みなさまの応援のおかげです。がんばりますね。
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