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218.

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 クリュートが朝起きてダイニングに行くと、唖然とする光景が広がっていた。

 食卓に広がる芋畑、ではさすがにないけどこれでもかとイモ料理が並んでいる。
 マッシュポテトに、ベーコンとじゃがいもの炒め物、じゃがいものスープ。それからやたらとパン粉の粒が粗いクロケット。見たことがない煮物まである。
 目についたものがそれだけで、まだテーブルには名前も分からない料理がたくさんあった。

「やっほー、おっはよー、クリュートくーん! いい朝だねぇー!」
「なんですか……この食卓は……」

 うざいエトワの挨拶は無視して、その食卓の惨状に口元を引き攣らせる。

 公爵家の朝食といえば、贅沢品ではないけど、お抱えの腕の良い料理人が作った質が良く、バランスも取れた料理が毎朝、提供されていたのだ。
 しかし、今日はひたすら芋、芋、芋。もはや芋の暴力である。
 なんなんだ、この惨状は。

 すると、この屋敷に移ってからずっと一緒に過ごしてきた馴染みの侍女がニコニコしながら言った。

「エトワさまがお友達からたくさんのじゃがいもを頂いてきてくださったんですよ。それで今朝はじゃがいも尽くしをすることになりました。エトワさまもお料理を手伝ってくださってこれだけできたんです」
(よ、余計なことをぉぉぉ……)

 クリュートは内心呻いた。

(雇った料理人がちゃんと僕たちを飽きさせないように、毎日献立を考えて作ってくれてるんだ。いちいち、僕らが無駄な手間を払って、質を下げることなんかないだろ)

 いちおう決まりごとだから表立って反抗はしないけど、アホ面の15歳まで限定の、不本意ながらの仮主人を不満げに秘かに睨む。その仮主人は相変わらずのアホ面で、ボールと木鉢をもってマッシュポテトをぐりぐりと増産してた。
 しかも、こちらの視線に気づいたらしく、こちらを見て、意味不明に親指をぐっと立ててくる。

 イラッときた。

(量は増やさなくていいんだよ! 僕が欲しいのは質だ! 貴族らしく嗜みのある質! 余計なことするな!)

 しかし、いもづくしに不評なクリュートの気持ちに反して、周囲の反応は好意的だった。

「私もひさしぶりに挑戦的な料理ができました。エトワさまの料理の発想は、少し変わっていて面白いものばかりです。刺激になります」

 お抱えの料理人も満足げに微笑んでいる。
 日々、まとまりのある、悪く言えば保守的な料理を作る生活に、フラストレーションみたいなのが溜まっていたらしい。

「エトワさまの手料理!」
「おかわり!」
「うむ……いける……」

 いつもの三人はもう食卓について、料理をばくばく食べている。

「そんなに芋料理を食べると太るぞ……」

 なんか自分だけが不満を持ってるみたいなのが悔しくてそう言ってみたけど。

「ふとる……なぜだ……?」
「どうして太るんですか?」
「そういえば太るってどうやるんだろうな。今まで太れたことがない」

 ちゃんと毎日体重を測って、増えたときには食べるのを我慢して、周囲から評判の良い容姿と体型を保っているクリュートとしては、腹が立つ答えが三人から返ってきた。

「エトワさまの手料理はとても美味しいです。食べさせていただけることに感動です」

 スリゼルも笑顔で、エトワを褒め称えている。
 まあ、こいつの場合、他の三人とちがって大して口を付けてないけど……。

「さあさあ、クリュートくんも召し上がれー!」

 エトワがうっとうしくクリュートの背中にまとわりついて、席につかせる。
 クリュートはげんなりした顔で言った。

「僕、朝は軽いのがいいんですけど」

 そう、望んでるのは断じて、見るからに重そうなこんな芋づくしではない。

「またまたー、夜更かしし始めた中学生みたいなこと言っちゃってー」

 なんなのだ、その反応は。意味がわからない。
 クリュートはただ、貴族らしく優雅な、それでいて軽めの朝食がしたいだけなのだ。

「でも、それならクリュートくんにはこれかな!」

 どんっとクリュートの前に置かれたのは、なぞの煮物だった。
 じゃがいもににんじん、それから透明度の高いパスタみたいなものに、少量の細切れの肉が入っている。

「なんですかこれ……」
「肉じゃが! 異世界風だよ! 似た調味料や食品を探すのがんばりました! そのしらたきはコックさんに相談して特別に作ってもらったんだよ!」

 力こぶを作ってそんなことを述べるエトワに、クリュートは『また頭が沸いたことを……』と思った。この仮の主は、たまに聞いててもわけのわからないことをしゃべりだす。
 そういうときは相手にしても仕方ないので、わけのわからない煮物に恐る恐るだけど手を付ける。

 フォークで刺して口に入れると、独特の甘みのある味付けが口に広がる。

(野暮ったい味……)

 典型的な田舎料理だ。じゃがいもや他のやさいがごろごろと入っていて、見た目からしてまず洗練されてない。味も野暮ったく、いまいち華がなくて、なんとも不細工な感じがする。
 ちょうど、これを作った本人とそっくりかもしれない。

(でもまあ食べられないことはない……)

 文句を言うのもめんどくさくなって、その煮物だけ口に運ぶクリュートを、エトワはニコニコと見てた。構うとまたうっとうしいからクリュートは無視したけど。


***

 いつも通り、ルーヴ・ロゼで午前の授業を受けたあと、ポムチョム小学校に足を向けたエトワは呟いた。

「それにしてもじゃがいもとはねぇ」

 あの日、エトワが魔王に貰った贈り物は、じゃがいもだった。
 ハチが置いてった袋を朝空けたら、じゃがいもがごろごろ入ってたのだ。一緒に入っていた手紙には、『最近魔王城内で栽培したものです。是非、ご賞味ください』と書いてあった。

 なんとも牧歌的な話だ。トラブル続きの人間界とは大違いである。

「まあ、久しぶりにソフィアちゃんたちに料理が振舞えて楽しかったけど、あの量を送るのはやめて欲しいね」

 袋いっぱいのじゃがいもの処理は、一人暮らしの人間なら大変なことだったろう。
 公爵家には使用人さんたちもいたから良かったけど。

『まあ、魔王側が平和なのは良いことだろう。あちら側まで緊急の事態になるようなトラブルが起これば、人間の領域はもっと危険なことになるのは間違いない』
「そだねぇ」

 エトワは天輝さんの言葉にもっともだと同意した。
 そんなエトワの魔眼が道の先で、倒れているおばあちゃんを見つける。

「だいじょうぶですか~!」

 エトワは本人としては慌て気味の声で駆け寄った。
 見てみると、買い物用の手提げ袋を落として、膝をついている。呼吸が乱れている様子や、顔色が悪かったりはしない。どうやら普通にこけてしまったみたいだ。

「痛いとこはありませんか~? 歩けますか?」

 エトワはおばあちゃんの容態を確認しながら、助け起こそうとする。
 まだ小学生の小さな体で助けになれるかはわからなかったけど、支えぐらいにはなれたらしい。おばあちゃんは上体を起こしたあと、杖をとって立ち上がった。

「ありがとうね、お嬢さん。すっかり足が悪くなってしまってねぇ」
「いえいえ」

 エトワは首を振ると、おばあちゃんの買い物袋から落ちてしまった果物なんかを拾って収めて、それを両手に持った。そこそこ重い。

「おばあちゃんの家は近くですか? 荷物は私が運びますよ~」
「ええ、いいのかい?」
「はい!」

 たぶん、ポムチョム小学校の授業には遅刻してしまうだろうけど、良いことをしたのだから先生もきっと許してくれる、エトワはそう思う。
 おばあちゃんと雑談しながら、そのお家を目指す。

「そうかい、冒険者学校の生徒さんなのかい」
「はい~」
「あれ、でもその制服は……」
「あ、ルーヴ・ロゼにも通ってるんです」
「もしかして貴族のお嬢さまなのかい?」
「いえ、そうではないんですけど、縁があって通わせてもらってるんです」

 エトワの額の印を見て、その噂も知っていれば、エトワがどのような存在か気づいたかもしれないが、どうも目が悪くなってるらしく、印までは気づかなかったようだった。もしかしたら、額に落書きしてる変な子と思われてるのかもしれない。

「そうなのかい。不思議な子なんだねぇ」

 おばあちゃんはそう言いながら、なぜかため息を吐いた。
 エトワは心配になってたずねる。

「どうかしたんですか?」
「いや、お嬢ちゃんに話しても仕方のないことではあるんだけどね。ルーペドルンって地方は知ってるかい?」

 エトワはその地方について聴き覚えがあった。
 この国でも東寄りにある田舎に属する地方だけど、綺麗な自然に溢れていて、そもそも住んでる人がすくない場所だったりする。

「そこに一人息子が住んでるんだけど、最近、魔族がでるようになったらしくてね」
「魔族ですか!?」

 エトワはびっくりした。
 魔族からの被害といえば、魔族が住んでる地域と接しているこの国では、何度か起こっていることだった。でも、それは北や、北西、東北などの、魔族たちとの領域と国境が接している場所に多い。

 ルーペドルンは国の南東部にあって、どちらかというと安全な領域と呼ばれてる場所だった。
 そんな場所に、魔族がでたなんて……。

 もちろん、ありえないわけではない。魔族の恐ろしさのひとつは知能が高く、姿や能力次第で人間社会に潜入できてしまう点にもある。魔族が意外な場所に出没して被害が起きた例は、二十年に一度ぐらいの頻度だけど起きているし、他国ではもっと多いらしい。

 考えて見ると、近年起きた、ルース殿下の誕生日への襲撃も似たような事例だ。それにハチなんかは観光気分でルヴェンドに来て、公爵家の別邸にも訪れている。ハナコもちょくちょく、アルセルさまに会いにくるし。

 そんなことを考えると起こり得ない事件ではないけど、珍しいことだった。

「国にも報告してるんだけど、なかなか対処してくれないらしくてねぇ」
「そうなんですかぁ……」

 おばあさんはそこまで話してから、エトワに申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね、お嬢ちゃんにこんな話をしてもしょうがないのに」
「いえ、私にも貴族の知り合いがいるので、今度伝えてみますね。もしかしたら、対策してくれるかもしれないですし」

 そういう魔族事件への対処は、国の騎士団か、もしくは貴族たちの仕事だった。特に、エトワの父であるクロスウェルが納める風の派閥は、そういう事件に対して騎士団と同じぐらい、戦力を派遣している。
 きっと話せば、何かしてくれるだろうし、情報ももらえるだろうと思った。

「おやおや、ありがとうね」

 おばあちゃんがエトワの言葉に微笑み、お礼を言ったところで家についた。

「それじゃあ、おばあちゃん、お元気で~!」
「ありがとねぇ、助かったわ」

 玄関に荷物を置いて、おばあちゃんに頭を下げてさよならをする。

 エトワがその家を去ったあと、老婆は玄関をしめ、あれっと首をかしげた。

「あら、私いつの間に帰ってきたのかしら……」

 もしかして買い物途中で帰ってきたのかと思ったが、見ると、玄関にはしっかりと荷物が入った買い物袋が置かれている。
 何故か、買い物をしたときの記憶が思い出せない。歳をとって、そこまで物覚えが悪くなってしまったのだろうか。

 何故だろう、さっきまで誰かと話していた。とても小柄な……女の子……?

 しかし、何も思い出せない。

 しばらく首をかしげていた老婆だが、ふっとあきらめたように微笑んだ。
 不思議なこともあるものだ。でも、長い人生だ、そういうこともあるだろう。

「さて、明日は一人息子が嫁を連れて、アイルポート地方からわざわざ来るんだ。腕によりをかけて料理を作らないとね」

 老婆は微笑みながら、台所へ向かった。
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