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2巻
2-2
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* * *
パーティー会場に着いた。
「ほら、手……」
降りるときリンクスくんが手を貸してくれる。
「ありがとう」
「別に大した手間じゃねーし……」
リンクスくんはこれがやりたかったのか、満足げな表情をしていた。なんともかわいい。
エントランス・パーティーは子供たちの入学祝いパーティーということになってるけど、大人の貴族たちも多数参加するらしい。王族や高位貴族と知り合いになれる機会だからなんだとか。
現にここから見える人だかりにも、大人がかなりの割合でいた。
生徒の親族ではない人たちまで、うまく招待状を手に入れてやってくるらしい。
「見て、シルウェストレ五侯家のご子息たちよ」
「まだ子供なのになんて綺麗な容姿をしてるんでしょう。大人になったら彼らと結婚したいご令嬢たちが殺到するわね」
「ソフィア嬢は国中の男性を虜にしてしまいそう」
貴族のご婦人たちが、ソフィアちゃんたちを見て口々に賞賛する。公爵家に最も近い家格と言われるシルウェストレの子たちは、国の貴族の中でも特別な存在だ。学校の生徒だけじゃなく、大人たちの間でもその人気は高い。
まあそんな視線はソフィアちゃんたちも私も慣れたもので、ソフィアちゃんたちは堂々と、私は空気のようにすーーとパーティー会場に入っていく。
会場に入ると、さっそくパイシェン先輩を見つけた。
「せんぱーい!」
手を振って駆け寄る。
パイシェン先輩は、髪と色を合わせたような水色の透明感のあるドレス。髪は流したままだけど、編み込みでアクセントがつけてあって可愛かった。これは魔法がかかってる。
「パイシェン先輩、きれいですね~」
私は本心からの感想を口にする。
パイシェン先輩は褒められ慣れてるのか、腕を組んでなんでもない風に返す。
「あんたもきれいよ、エトワ」
「ぷっぷっぷ、パイシェン先輩が私を褒めるって、社交辞令でもなんか面白いですね~」
普段は毒舌の先輩がさらりとお世辞を言う姿がなんかツボに入った。口を押さえて笑っていると、パイシェン先輩の手が私の頬をぎりぎりとつねり上げる。
「私があんたを褒めたら何かおかしい?」
「ご、ごめんなひゃい……」
ほんとに痛い。私は速攻で謝った。
やめよう。社交辞令に対する意味のない指摘、からかい。
謝罪して頬をつねる指を離してもらって、痛いの痛いの飛んでいけと自分で自分の頬を撫でる。ふと、背後に人の気配を感じて振り返ると、ふくれっ面のソフィアちゃんがいた。
「むぅ~~~」
「ど、どうしたの……ソフィアちゃん?」
天使のご立腹に、私もパイシェン先輩も動揺した。
「エトワさまの頬、赤くなっています……」
ソフィアちゃんは私のそばに寄ると、責めるようにパイシェン先輩を見た。
「いや、さっきのは私が悪いよ」
パイシェン先輩をからかったのは私だし。
「そ、そうよ。エトワが変なことを言うから」
パイシェン先輩も焦ってる。
なんでだろう。桜貴会に入るときもそうだったけど、パイシェン先輩とソフィアちゃんは相性がちょっと悪い。二人が仲良くしてくれたら、小等部で断トツTOP2の美少女コンビ誕生で無敵の布陣なんだけどなぁ。なぜかうまくいかない。
私がソフィアちゃんをなだめようとすると、ソフィアちゃんがぼそっと呟いた。
「エトワさまはパイシェンさまの味方するんだ……ずるい……」
えっ……? よ、よく聞こえなかったぞ……
明るいソフィアちゃんには、あんまり似つかわしくない言葉だった気がする。
ソフィアちゃんは、踵を返して走り去っていった。
私は慌てて追いかける。
ちょ、ま、待ってよ、ソフィアちゃんって――足はやっ!
さすがは一緒に暮らしてきた三年間、病気一つしなかった健康優良児。天使みたいな可憐な外見とは裏腹に、走る速さは野生の鹿のようだった。あっという間にその姿を見失う。
なぜか私はパーティー会場で一人だけ汗をだくだくかいて、息切れすることになった。
息を整えていると、会場に人がたくさん入ってきて、パーティーが始まってしまう。
ソフィアちゃんを完全に見失って一人で戻ってみると、リンクスくん、ミントくん、スリゼルくん、クリュートくんの周りに人だかりができていた。同年代の女の子が多いけど、男女問わずいろんな年齢層の人がいる。
パイシェン先輩の周りにもたくさんの人が集まっていた。
そしてソフィアちゃんの居場所もすぐに判明した。だって周りにすごい人垣ができていたから。
私はぽつーんと、パーティー会場で一人佇む。
今の私のそばにいてくれるのは、学校生活で休み時間や授業中に慣れ親しんだ、すでに私のフレンズと呼べるような一つの『概念』だけ。
こんにちは、『ぼっち』くん。今回もよろしく。
* * *
ぼっちになった私は、壁際の人のいない場所でローストビーフを食べていた。
立食形式のパーティー。テーブルにはたくさんの料理が並んでいるけれど、みんな話すのに夢中でほとんど手をつけてない。
本来、話しながら優雅につまむものなんだろうけど、会話に熱が入りすぎてるせいか、美味しそうな料理が手つかずのままテーブルの上で寂しそうに鎮座している。
誰も我が歩みを止めるものはおらぬ――そんなぼっちの最大の利点を生かした私は、テーブルからテーブルへと移動し、大皿にたくさん盛られたローストビーフを見つけた。
パーティーといったらローストビーフ。ローストビーフといったらパーティー。立食形式でのパーティーにおいて、お肉部門の代表選手を務めるような料理だ。
ステーキともグリルとも違う不思議な料理。
時には「ローストビーフにするぐらいなら、せっかくの素材をそのままステーキにしたほうが旨いんじゃないか」などと心無い陰口を囁かれる。けれど、そう貶す人たちもパーティー会場などでその姿を目にすれば、思わず一切れ、その不思議な焼き加減のお肉を口に運ばざるをえないのではないだろうか。そんな魔性の料理。
手つかずのローストビーフを、私はひょいひょいとお皿に盛る。ソースもたっぷりと。
壁際に移動して、まず一口。
う~ん、美味しい。
絶妙な焼き加減のお肉に、工夫が凝らされたソースが合う。
さすがは貴族のパーティー。いい仕事してますなぁ。
ああ、それにしてもぼっちになってしまうとは情けない。
はむっ、ローストビーフうまし。
これからこういう場へ参加する機会が増えるのなら、もうちょっと立ち回りというものを覚えなければいけませんかもですな~。
はむはむっ、ローストビーフうまし。
なんて会場の隅っこでやりながら、改めて侯爵家の子たちを見るとやっぱりすごい人気である。
リンクスくん、ミントくん、ソフィアちゃん、スリゼルくん、クリュートくん、それからパイシェン先輩。みんなの周りには、ひっきりなしに人が訪れている。
みんなの応対も完璧だ、さすがは名家の子供たち。よそゆきの顔は久しぶりに見た気がする。
あんなことがあったソフィアちゃんも、周りを取り囲む人たちに笑顔で応対している。
大人も子供もその天使の笑顔に夢中だ。
でも、なんだろう、その笑顔にちょっと曇りがある気がする。やっぱりさっきのことが尾を引いてるのだろうか。
う~ん、元気づけてあげたい。
「すみませ~ん、ウェイターさーん」
私は給仕の人に声をかけた。
「どうしましたか?」
ほっ、給仕の人は私にも普通の応対をしてくれた。ちょっと私の額にちらっと目がいったけど――
ルーヴ・ロゼの生徒が全員参加ってことは、平民の子たちもいるわけだし、ちゃんと全員をお客さん扱いしてくれるのだろう。面倒ごとを頼むつもりの私としては、ありがたいやら、申し訳ないやら。
「紙とペンをお借りできないでしょうか~」
「は、はあ。ちょっとお待ちください」
私の注文に戸惑いつつも、ウェイターさんは一旦下がって紙とペンを持ってきてくれる。
私はソフィアちゃんへのメッセージをしたためると、それをウェイターさんに託した。ウェイターさんはうまく人を避けて、ソフィアちゃんの好物の桃のジュースと一緒に手紙を届けてくれた。
ソフィアちゃんはちょっと驚きつつも、手紙を開く。
それにはこう書いておいた。
『さっきはごめんね。私はソフィアちゃんのこと大好きだよ~。今夜は一緒に寝ないか~い』と。
ソフィアちゃんはメッセージを見て驚くと、きょろきょろと周囲を見回す。
私はちょっと行儀が悪いけど、パーティー会場に置いてあった椅子に膝でのぼって、背を伸ばすと、ソフィアちゃんに手を振った。他の人にはほぼ存在を無視されてるから、ふりーだむ。
目が合ったのは一瞬だけど、ソフィアちゃんの顔に明るい笑みが戻る。
元気を出してくれたようだ。
ほっとした私は、協力してくれたウェイターさんにお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえ、ご満足いただけたようでよかったです」
ウェイターさんは微笑み、頭を下げると、また給仕の仕事に戻っていった。
ありがたや~。
* * *
心のつかえが取れた私は、会場の隅に戻ってローストビーフを食べる。
うましうまし。
このままパーティーが終わるまでローストビーフと過ごすことになるかと思っていたら、そばに誰かがやってきた。
おお、桜貴会のメンバーの人じゃないですか。
見覚えのある上級生が二人、私のもとにやってくる。最上級生と思わしき背の高い女の子が、私の皿に盛りに盛られたローストビーフを見て、ちょっと気圧された表情をした。
「な、なにそれ、ローストビーフがお皿に山みたいに……」
「えへ、めったに食べられないものですから」
公爵家の別邸で暮らしてるといっても、毎日贅沢なごはんが食べられるわけじゃない。
もちろん美味しいんだけど、意外とメニューは普通だ。ローストビーフなんてなかなか食べられない。ここで食いだめしておきたいのが庶民の性だよね。
そう思いつつ、ローストビーフをフォークでまた一つ口に入れた。
「他の料理は食べないんですか?」
もう一人の女の子がたずねてくる。たぶん三年生ぐらいだと思う。
「他の料理も食べてあげたいのはやまやまです。誰にも手をつけられない可哀想な料理たち、彼らを救ってあげたい。でも、私の胃袋じゃこのローストビーフを食べきるのが限界なんです」
ごめんよ、たぶん美味しいであろう他の料理たち。でも、君たちを救うには私の胃袋の容量が足りない。
「な、なんで食べることに義務感を持ってるの……?」
「それってエトワさんがローストビーフ食べたいだけじゃないですか?」
「それもあるかもしれません」
お家ではなかなか食べられないしねー。あと二年は食べなくてもいいぐらいの勢いで食べておきたい。
二人は私のそばに留まってくれる。どうやら話し相手になってくれるらしい。
「パイシェンさまから頼まれたの。こういうパーティーで侯爵家の人間は自由に動けないから、私たちの代わりに話し相手になってあげなさいって」
「あ、別にそれだけが理由じゃないですよ。これから桜貴会の仲間になるんですから、私たちも話しておきたかったですし」
パイシェンせんぱ~い。その優しさにちょっとじ~んとくる。
来てくれた二人も偽りない気持ちだと思う。だってさっきから二人とも、周りの生徒たちにちらちらと見られている。彼女たちも桜貴会に入れる家柄の子なのだ。パイシェン先輩ほどでなくても人気者なのだと思う。なのに、わざわざ時間を割いて私のもとに来てくれたのだ。
「まだ自己紹介してなかったわね。私はレニーレ。アジオ伯爵家の娘よ」
「私はプルーナです。家名はモズですよ。レニーレさんと同じ伯爵家です」
二人が自己紹介してくれた。レニーレさんにプルーナさんね。忘れないようにしなければ。
レニーレさんは五年生。プルーナさんは三年生らしい。
「エトワです。よろしくお願いします」
たぶん知ってるだろうけど、私も一応自己紹介をしておく。
それからしばらく、レニーレさんとプルーナさんは私と話してくれた。結構、打ち解けられたんじゃないかなって思ってる。
三十分ぐらい話して、二人は「それじゃあ、また別の子が来るから」と言って去っていった。
私から離れた瞬間、様子を窺っていた生徒たちが寄っていく。やっぱり人気者じゃないか~、私のために時間を取ってくれてありがとう~。
次に来たのは、男の子の二人組だった。どっちもプルーナさんと近い年頃だと思う。
「お、俺はカサツグ。よ、よろしくなっ」
「僕はコリットです」
犬歯が光る、いたずらっ子そうな男の子がカサツグくん。優等生っぽい眼鏡の子がコリットくん。
二人とも自己紹介によると伯爵家の子供らしい。伯爵家は桜貴会のボリューム層で、ルーヴ・ロゼに数多くいる伯爵家の子たちの中でも特にふさわしいと認められた、選ばれた者だけが会に入れるんだとか。
この男の子たちは二年生だった。パイシェン先輩やプルーナさんの一つ下だ。
なぜか最初気まずそうにしてたカサツグくんは、突然、手を合わせて私に謝った。
「ごめん! 初めて会ったとき椅子を引いたのは俺なんだ。許してくれ~!」
「ああ~、いいよ~いいよ~」
そういえば、初めて桜貴会の館を訪れたとき、椅子を引くいたずらをされたんだった。すっかり忘れてたけど。ずっとそのことが気まずかったらしい。私は手を振って、ぜんぜん気にしてないことを伝えた。
私の言葉にカサツグくんは、ほっと胸を撫で下ろした。
安心したカサツグくんは、私の皿に積まれたローストビーフの山を見て羨ましそうな顔をする。
「ローストビーフかぁ、美味しそうだなぁ」
きっとカサツグくんたちも人気者だから、人に囲まれてなかなか料理を食べられないのだろう。
「食べる?」
「いいのか?」
私の差し出したローストビーフに、カサツグくんはぱくっと食いついた。
いい食べっぷりだ。相当、お腹がすいてたんだろう。
リンクスくんたちは大丈夫だろうか。ソフィアちゃんにもローストビーフを渡しておけばよかったかもしれない。ちょっと心配になる。
ひとまず私も、もう一口。
「コリットさんは食べますか?」
私はコリットくんにもフォークに刺したローストビーフを差し出す。コリットくんはちょっと赤面して首を横に振った。
「ぼ、僕はいいです……」
そっかー。
それから二人としばらく雑談して、お別れした。
次に来たのは男女の二人組。二人とも四年生らしい。
女の子のほうはお茶をよく淹れてくれる人だから名前を覚えていた。シャルティさんだっけ。男の子はエッセルさんというらしい。
二人とも三十分ほど私と話してくれた。どちらも貴族らしいキリッとした人たちだった。
パーティーは全部で二時間半ぐらいだから、あと四十分ぐらいで終わる。
一人で過ごさなくていいのは本当にありがたい。パイシェン先輩と桜貴会のメンバーの人たちにお礼を言わなければならない。
別れ際にシャルティさんが言う。
「次はユウフィが来てくれるはずだからよろしくね」
桜貴会のメンバーは護衛役の子たちと私を除くと、パイシェン先輩を入れて八人だったから、最後の一人になったらしい。
私はまた会場の隅っこで、ぼけーっとしておくが、誰も来る気配はない。
まあみんなが好意的というのも不自然で、私と話したくない子もいるだろうなぁ、となんとなく察することができた。
私は残り時間をローストビーフと過ごす。すると、後ろから声がかかった。
「ローストビーフは美味しいかね」
「はい、肉汁がちゃんと残ってて、ソースがよく合ってて、とっても美味しいです」
「ほっほっほ、そうかい。今日の料理はコックが腕によりをかけて作ると言っていたからね。その感想を聞いたらきっと喜ぶよ」
顔を少し後ろに向けると、白い髭の優しそうなおじいさんがいた。
まさか……この子がユウフィちゃん!?
* * *
ってそんなわけあるかーい!
私は自分にセルフツッコミをする。
白い髭のおじいさんは会場で話すことに夢中な貴族たちを見て、少し寂しそうに言った。
「こういうパーティーでは多くの者が有力な者との繋がりを作ろうと腐心する。裏方としてパーティーを支える者たちが、彼らに楽しんでもらおうと腕によりをかけて料理を作り、懸命に音楽を奏でても、ほとんどの者はそれに気づかない……。我々は贅に慣れすぎたのかもしれん……」
そう呟いて、はっと表情を変え、優しげな笑顔に戻って私に言った。
「すまん、年寄りの愚痴を聞かせてしまったのう。お嬢さんが美味しく食べてくれたら、そういう者たちが喜んでくれるという話じゃ」
「そうですか、よかったです」
糸目だから何も変わらないんだけど、笑顔を作っておじいさんの顔を見上げると、おじいさんが目を大きく見開いた。その視線は私の額の烙印に向けられている。
「そうか……君が……あの……」
その顔は痛ましいものを見るような、おじいさんのほうが辛そうな表情になる。
しわの刻まれた手が伸びてきて、私の額を優しく撫でる。掠れた声で、おじいさんは呟いた。
「彼らは自分たちを追い詰めすぎる……」
悔やむような声で、なぜか私に謝罪をする。
「すまない、君がそうなってしまったのは、わしらのせいでもあるんじゃ……」
私はきょとんとしてしまった。おじいさんの言葉の意味がわからない。こうなってしまったのは、私が魔力をもって生まれてこなかったせいで、おじいさんが悪いわけがないと思う。
私が首をかしげてると、おじいさんは何かの紋章が彫られたペンダントを私の手に握らせて、こう囁いた。
「もし将来、何か困ったことがあったら、そのペンダントを城の者に見せて、ユーゼルという人に会いたいと言いなさい。必ず助けになるよ」
ユーゼル。あれ? どこかで聞いたことがあるような。
そう思っていたら、文官らしき格好の人がおじいさんのもとに駆け寄ってきた。
「陛下! 体調はもうよろしいのですか!?」
「ああ、だいぶよくなった。もう大丈夫じゃ」
その声で会場中の視線が一気におじいさんのほうに向く。
おじいさんの姿を見つけた貴族の人たちは、すぐにでも駆け寄りたそうな、けれど恐れ多くてそれもできず、じっと機会を窺うような、そんな顔になった。
会場中の視線がこちらに集中している。
少なくとも私と二人でのんびり話してるような雰囲気ではなくなった。
呆然とする私を見て、おじいさんはちょっと残念そうに笑う。
「すまんのう、シルフィールのお嬢さん。またどこかで話そう」
「は、はい……!」
国王陛下と話してたのかー! びっくりしたー本当にー!
陛下は私を貴族の視線から守るかのように、そちらへと歩み寄っていく。そこには瞬く間にこのパーティーで一番大きな人だかりができていった。
* * *
パーティーが終わると、ソフィアちゃんが私のもとに駆け寄ってきた。
「エトワさま~!」
もう機嫌は直ったみたいだ。よかった。
「エトワさま、陛下とお話ししてましたよね。何を話してらしたんですか?」
おお、見てたのかい。ソフィアちゃんたちなら当然、陛下の顔も知ってるよね。なるほど。
「パーティーの料理が美味しいねって話したよ」
額の印を見て謝罪されたのは秘密にしておいた。きっとソフィアちゃんは気にするだろうし。
「そうなんですか。そういえば私もお腹すきましたぁ……」
ソフィアちゃんはお腹を押さえて眉尻を下げる。
ああ~やっぱりお腹減るよね。パーティー中は人に囲まれて、動き回れずに大変そうだったし。
私はドレスの袖からあるものを取り出す。
「はい、これでもお食べ~」
もったいないからアルミホイルにローストビーフを包んでおいたのだ。ちょっと意地汚いけど、国王さまも言ってたように、作ってくれた人に恨まれるような行為ではないはずだ。
「わぁ、いいんですか!? ありがとうございます!」
ソフィアちゃんはローストビーフを見て目を輝かせると、手づかみで口に入れた。貴族の子だけど、そういうところを気にしないのも、ソフィアちゃんの魅力だ。
「美味しい~!」
きっとこの天使の笑顔を見たら、コックさんもこの料理を作ったことを誇りに思うだろう。
ソフィアちゃんに満足するまでつまんでもらい、残りは他の子にあげようと思って袖に戻した。
ソフィアちゃんと二人で歩きながら、リンクスくんたちがいるであろう、馬車のある場所に向かう。
「そういえばソフィアちゃんは陛下とお知り合いなの?」
「はい、何度かお会いさせていただいたことがあります」
へぇ、やっぱり侯爵家ともなるとすごいんだねぇと感心する。私は初めてお会いしたよ。優しそうな人だったなぁ。
そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。
この世界の貴族はほとんどが強力な魔法の使い手だ。お父さまも見た目は線の細い美中年だけど、戦ったら強そうなオーラみたいなのを放っている。けど、あの優しそうな王さまが戦う姿は、なぜかまったく想像できなかった。
「国王陛下もすごい魔法の使い手なの? とても優しそうな人だったけど」
この国に伝わる話では、貴族の最高位である四人の公爵は、同時に最高の魔法の使い手でもあるとされている。そして王家に仕える十三人の騎士、彼らもこの国では最高峰の魔法使いたちだ。
でも、王さまやその親族について魔法使いとしての評判は聞いたことがない。
そう、ないのだ。
魔法が重要視されるこの世界で、不思議とまったく。
私の疑問にソフィアちゃんが目を見開く。
それからちょっと困った表情をして周囲を窺った。これはあんまりよくない話題だったっぽい。
「そういえばエトワさまは、社交界に出たことがないから、そういう話には疎いんでしたね……」
ソフィアちゃんは珍しくひそひそ声で言った。
「王家の方々は王位を血族の長子に継がせるとほぼ決めています。長子であれば魔法の素養がない方でも継ぐことができます。だからでしょうか、お力がどんどん薄れていく傾向にあるんです……」
パーティー会場に着いた。
「ほら、手……」
降りるときリンクスくんが手を貸してくれる。
「ありがとう」
「別に大した手間じゃねーし……」
リンクスくんはこれがやりたかったのか、満足げな表情をしていた。なんともかわいい。
エントランス・パーティーは子供たちの入学祝いパーティーということになってるけど、大人の貴族たちも多数参加するらしい。王族や高位貴族と知り合いになれる機会だからなんだとか。
現にここから見える人だかりにも、大人がかなりの割合でいた。
生徒の親族ではない人たちまで、うまく招待状を手に入れてやってくるらしい。
「見て、シルウェストレ五侯家のご子息たちよ」
「まだ子供なのになんて綺麗な容姿をしてるんでしょう。大人になったら彼らと結婚したいご令嬢たちが殺到するわね」
「ソフィア嬢は国中の男性を虜にしてしまいそう」
貴族のご婦人たちが、ソフィアちゃんたちを見て口々に賞賛する。公爵家に最も近い家格と言われるシルウェストレの子たちは、国の貴族の中でも特別な存在だ。学校の生徒だけじゃなく、大人たちの間でもその人気は高い。
まあそんな視線はソフィアちゃんたちも私も慣れたもので、ソフィアちゃんたちは堂々と、私は空気のようにすーーとパーティー会場に入っていく。
会場に入ると、さっそくパイシェン先輩を見つけた。
「せんぱーい!」
手を振って駆け寄る。
パイシェン先輩は、髪と色を合わせたような水色の透明感のあるドレス。髪は流したままだけど、編み込みでアクセントがつけてあって可愛かった。これは魔法がかかってる。
「パイシェン先輩、きれいですね~」
私は本心からの感想を口にする。
パイシェン先輩は褒められ慣れてるのか、腕を組んでなんでもない風に返す。
「あんたもきれいよ、エトワ」
「ぷっぷっぷ、パイシェン先輩が私を褒めるって、社交辞令でもなんか面白いですね~」
普段は毒舌の先輩がさらりとお世辞を言う姿がなんかツボに入った。口を押さえて笑っていると、パイシェン先輩の手が私の頬をぎりぎりとつねり上げる。
「私があんたを褒めたら何かおかしい?」
「ご、ごめんなひゃい……」
ほんとに痛い。私は速攻で謝った。
やめよう。社交辞令に対する意味のない指摘、からかい。
謝罪して頬をつねる指を離してもらって、痛いの痛いの飛んでいけと自分で自分の頬を撫でる。ふと、背後に人の気配を感じて振り返ると、ふくれっ面のソフィアちゃんがいた。
「むぅ~~~」
「ど、どうしたの……ソフィアちゃん?」
天使のご立腹に、私もパイシェン先輩も動揺した。
「エトワさまの頬、赤くなっています……」
ソフィアちゃんは私のそばに寄ると、責めるようにパイシェン先輩を見た。
「いや、さっきのは私が悪いよ」
パイシェン先輩をからかったのは私だし。
「そ、そうよ。エトワが変なことを言うから」
パイシェン先輩も焦ってる。
なんでだろう。桜貴会に入るときもそうだったけど、パイシェン先輩とソフィアちゃんは相性がちょっと悪い。二人が仲良くしてくれたら、小等部で断トツTOP2の美少女コンビ誕生で無敵の布陣なんだけどなぁ。なぜかうまくいかない。
私がソフィアちゃんをなだめようとすると、ソフィアちゃんがぼそっと呟いた。
「エトワさまはパイシェンさまの味方するんだ……ずるい……」
えっ……? よ、よく聞こえなかったぞ……
明るいソフィアちゃんには、あんまり似つかわしくない言葉だった気がする。
ソフィアちゃんは、踵を返して走り去っていった。
私は慌てて追いかける。
ちょ、ま、待ってよ、ソフィアちゃんって――足はやっ!
さすがは一緒に暮らしてきた三年間、病気一つしなかった健康優良児。天使みたいな可憐な外見とは裏腹に、走る速さは野生の鹿のようだった。あっという間にその姿を見失う。
なぜか私はパーティー会場で一人だけ汗をだくだくかいて、息切れすることになった。
息を整えていると、会場に人がたくさん入ってきて、パーティーが始まってしまう。
ソフィアちゃんを完全に見失って一人で戻ってみると、リンクスくん、ミントくん、スリゼルくん、クリュートくんの周りに人だかりができていた。同年代の女の子が多いけど、男女問わずいろんな年齢層の人がいる。
パイシェン先輩の周りにもたくさんの人が集まっていた。
そしてソフィアちゃんの居場所もすぐに判明した。だって周りにすごい人垣ができていたから。
私はぽつーんと、パーティー会場で一人佇む。
今の私のそばにいてくれるのは、学校生活で休み時間や授業中に慣れ親しんだ、すでに私のフレンズと呼べるような一つの『概念』だけ。
こんにちは、『ぼっち』くん。今回もよろしく。
* * *
ぼっちになった私は、壁際の人のいない場所でローストビーフを食べていた。
立食形式のパーティー。テーブルにはたくさんの料理が並んでいるけれど、みんな話すのに夢中でほとんど手をつけてない。
本来、話しながら優雅につまむものなんだろうけど、会話に熱が入りすぎてるせいか、美味しそうな料理が手つかずのままテーブルの上で寂しそうに鎮座している。
誰も我が歩みを止めるものはおらぬ――そんなぼっちの最大の利点を生かした私は、テーブルからテーブルへと移動し、大皿にたくさん盛られたローストビーフを見つけた。
パーティーといったらローストビーフ。ローストビーフといったらパーティー。立食形式でのパーティーにおいて、お肉部門の代表選手を務めるような料理だ。
ステーキともグリルとも違う不思議な料理。
時には「ローストビーフにするぐらいなら、せっかくの素材をそのままステーキにしたほうが旨いんじゃないか」などと心無い陰口を囁かれる。けれど、そう貶す人たちもパーティー会場などでその姿を目にすれば、思わず一切れ、その不思議な焼き加減のお肉を口に運ばざるをえないのではないだろうか。そんな魔性の料理。
手つかずのローストビーフを、私はひょいひょいとお皿に盛る。ソースもたっぷりと。
壁際に移動して、まず一口。
う~ん、美味しい。
絶妙な焼き加減のお肉に、工夫が凝らされたソースが合う。
さすがは貴族のパーティー。いい仕事してますなぁ。
ああ、それにしてもぼっちになってしまうとは情けない。
はむっ、ローストビーフうまし。
これからこういう場へ参加する機会が増えるのなら、もうちょっと立ち回りというものを覚えなければいけませんかもですな~。
はむはむっ、ローストビーフうまし。
なんて会場の隅っこでやりながら、改めて侯爵家の子たちを見るとやっぱりすごい人気である。
リンクスくん、ミントくん、ソフィアちゃん、スリゼルくん、クリュートくん、それからパイシェン先輩。みんなの周りには、ひっきりなしに人が訪れている。
みんなの応対も完璧だ、さすがは名家の子供たち。よそゆきの顔は久しぶりに見た気がする。
あんなことがあったソフィアちゃんも、周りを取り囲む人たちに笑顔で応対している。
大人も子供もその天使の笑顔に夢中だ。
でも、なんだろう、その笑顔にちょっと曇りがある気がする。やっぱりさっきのことが尾を引いてるのだろうか。
う~ん、元気づけてあげたい。
「すみませ~ん、ウェイターさーん」
私は給仕の人に声をかけた。
「どうしましたか?」
ほっ、給仕の人は私にも普通の応対をしてくれた。ちょっと私の額にちらっと目がいったけど――
ルーヴ・ロゼの生徒が全員参加ってことは、平民の子たちもいるわけだし、ちゃんと全員をお客さん扱いしてくれるのだろう。面倒ごとを頼むつもりの私としては、ありがたいやら、申し訳ないやら。
「紙とペンをお借りできないでしょうか~」
「は、はあ。ちょっとお待ちください」
私の注文に戸惑いつつも、ウェイターさんは一旦下がって紙とペンを持ってきてくれる。
私はソフィアちゃんへのメッセージをしたためると、それをウェイターさんに託した。ウェイターさんはうまく人を避けて、ソフィアちゃんの好物の桃のジュースと一緒に手紙を届けてくれた。
ソフィアちゃんはちょっと驚きつつも、手紙を開く。
それにはこう書いておいた。
『さっきはごめんね。私はソフィアちゃんのこと大好きだよ~。今夜は一緒に寝ないか~い』と。
ソフィアちゃんはメッセージを見て驚くと、きょろきょろと周囲を見回す。
私はちょっと行儀が悪いけど、パーティー会場に置いてあった椅子に膝でのぼって、背を伸ばすと、ソフィアちゃんに手を振った。他の人にはほぼ存在を無視されてるから、ふりーだむ。
目が合ったのは一瞬だけど、ソフィアちゃんの顔に明るい笑みが戻る。
元気を出してくれたようだ。
ほっとした私は、協力してくれたウェイターさんにお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえ、ご満足いただけたようでよかったです」
ウェイターさんは微笑み、頭を下げると、また給仕の仕事に戻っていった。
ありがたや~。
* * *
心のつかえが取れた私は、会場の隅に戻ってローストビーフを食べる。
うましうまし。
このままパーティーが終わるまでローストビーフと過ごすことになるかと思っていたら、そばに誰かがやってきた。
おお、桜貴会のメンバーの人じゃないですか。
見覚えのある上級生が二人、私のもとにやってくる。最上級生と思わしき背の高い女の子が、私の皿に盛りに盛られたローストビーフを見て、ちょっと気圧された表情をした。
「な、なにそれ、ローストビーフがお皿に山みたいに……」
「えへ、めったに食べられないものですから」
公爵家の別邸で暮らしてるといっても、毎日贅沢なごはんが食べられるわけじゃない。
もちろん美味しいんだけど、意外とメニューは普通だ。ローストビーフなんてなかなか食べられない。ここで食いだめしておきたいのが庶民の性だよね。
そう思いつつ、ローストビーフをフォークでまた一つ口に入れた。
「他の料理は食べないんですか?」
もう一人の女の子がたずねてくる。たぶん三年生ぐらいだと思う。
「他の料理も食べてあげたいのはやまやまです。誰にも手をつけられない可哀想な料理たち、彼らを救ってあげたい。でも、私の胃袋じゃこのローストビーフを食べきるのが限界なんです」
ごめんよ、たぶん美味しいであろう他の料理たち。でも、君たちを救うには私の胃袋の容量が足りない。
「な、なんで食べることに義務感を持ってるの……?」
「それってエトワさんがローストビーフ食べたいだけじゃないですか?」
「それもあるかもしれません」
お家ではなかなか食べられないしねー。あと二年は食べなくてもいいぐらいの勢いで食べておきたい。
二人は私のそばに留まってくれる。どうやら話し相手になってくれるらしい。
「パイシェンさまから頼まれたの。こういうパーティーで侯爵家の人間は自由に動けないから、私たちの代わりに話し相手になってあげなさいって」
「あ、別にそれだけが理由じゃないですよ。これから桜貴会の仲間になるんですから、私たちも話しておきたかったですし」
パイシェンせんぱ~い。その優しさにちょっとじ~んとくる。
来てくれた二人も偽りない気持ちだと思う。だってさっきから二人とも、周りの生徒たちにちらちらと見られている。彼女たちも桜貴会に入れる家柄の子なのだ。パイシェン先輩ほどでなくても人気者なのだと思う。なのに、わざわざ時間を割いて私のもとに来てくれたのだ。
「まだ自己紹介してなかったわね。私はレニーレ。アジオ伯爵家の娘よ」
「私はプルーナです。家名はモズですよ。レニーレさんと同じ伯爵家です」
二人が自己紹介してくれた。レニーレさんにプルーナさんね。忘れないようにしなければ。
レニーレさんは五年生。プルーナさんは三年生らしい。
「エトワです。よろしくお願いします」
たぶん知ってるだろうけど、私も一応自己紹介をしておく。
それからしばらく、レニーレさんとプルーナさんは私と話してくれた。結構、打ち解けられたんじゃないかなって思ってる。
三十分ぐらい話して、二人は「それじゃあ、また別の子が来るから」と言って去っていった。
私から離れた瞬間、様子を窺っていた生徒たちが寄っていく。やっぱり人気者じゃないか~、私のために時間を取ってくれてありがとう~。
次に来たのは、男の子の二人組だった。どっちもプルーナさんと近い年頃だと思う。
「お、俺はカサツグ。よ、よろしくなっ」
「僕はコリットです」
犬歯が光る、いたずらっ子そうな男の子がカサツグくん。優等生っぽい眼鏡の子がコリットくん。
二人とも自己紹介によると伯爵家の子供らしい。伯爵家は桜貴会のボリューム層で、ルーヴ・ロゼに数多くいる伯爵家の子たちの中でも特にふさわしいと認められた、選ばれた者だけが会に入れるんだとか。
この男の子たちは二年生だった。パイシェン先輩やプルーナさんの一つ下だ。
なぜか最初気まずそうにしてたカサツグくんは、突然、手を合わせて私に謝った。
「ごめん! 初めて会ったとき椅子を引いたのは俺なんだ。許してくれ~!」
「ああ~、いいよ~いいよ~」
そういえば、初めて桜貴会の館を訪れたとき、椅子を引くいたずらをされたんだった。すっかり忘れてたけど。ずっとそのことが気まずかったらしい。私は手を振って、ぜんぜん気にしてないことを伝えた。
私の言葉にカサツグくんは、ほっと胸を撫で下ろした。
安心したカサツグくんは、私の皿に積まれたローストビーフの山を見て羨ましそうな顔をする。
「ローストビーフかぁ、美味しそうだなぁ」
きっとカサツグくんたちも人気者だから、人に囲まれてなかなか料理を食べられないのだろう。
「食べる?」
「いいのか?」
私の差し出したローストビーフに、カサツグくんはぱくっと食いついた。
いい食べっぷりだ。相当、お腹がすいてたんだろう。
リンクスくんたちは大丈夫だろうか。ソフィアちゃんにもローストビーフを渡しておけばよかったかもしれない。ちょっと心配になる。
ひとまず私も、もう一口。
「コリットさんは食べますか?」
私はコリットくんにもフォークに刺したローストビーフを差し出す。コリットくんはちょっと赤面して首を横に振った。
「ぼ、僕はいいです……」
そっかー。
それから二人としばらく雑談して、お別れした。
次に来たのは男女の二人組。二人とも四年生らしい。
女の子のほうはお茶をよく淹れてくれる人だから名前を覚えていた。シャルティさんだっけ。男の子はエッセルさんというらしい。
二人とも三十分ほど私と話してくれた。どちらも貴族らしいキリッとした人たちだった。
パーティーは全部で二時間半ぐらいだから、あと四十分ぐらいで終わる。
一人で過ごさなくていいのは本当にありがたい。パイシェン先輩と桜貴会のメンバーの人たちにお礼を言わなければならない。
別れ際にシャルティさんが言う。
「次はユウフィが来てくれるはずだからよろしくね」
桜貴会のメンバーは護衛役の子たちと私を除くと、パイシェン先輩を入れて八人だったから、最後の一人になったらしい。
私はまた会場の隅っこで、ぼけーっとしておくが、誰も来る気配はない。
まあみんなが好意的というのも不自然で、私と話したくない子もいるだろうなぁ、となんとなく察することができた。
私は残り時間をローストビーフと過ごす。すると、後ろから声がかかった。
「ローストビーフは美味しいかね」
「はい、肉汁がちゃんと残ってて、ソースがよく合ってて、とっても美味しいです」
「ほっほっほ、そうかい。今日の料理はコックが腕によりをかけて作ると言っていたからね。その感想を聞いたらきっと喜ぶよ」
顔を少し後ろに向けると、白い髭の優しそうなおじいさんがいた。
まさか……この子がユウフィちゃん!?
* * *
ってそんなわけあるかーい!
私は自分にセルフツッコミをする。
白い髭のおじいさんは会場で話すことに夢中な貴族たちを見て、少し寂しそうに言った。
「こういうパーティーでは多くの者が有力な者との繋がりを作ろうと腐心する。裏方としてパーティーを支える者たちが、彼らに楽しんでもらおうと腕によりをかけて料理を作り、懸命に音楽を奏でても、ほとんどの者はそれに気づかない……。我々は贅に慣れすぎたのかもしれん……」
そう呟いて、はっと表情を変え、優しげな笑顔に戻って私に言った。
「すまん、年寄りの愚痴を聞かせてしまったのう。お嬢さんが美味しく食べてくれたら、そういう者たちが喜んでくれるという話じゃ」
「そうですか、よかったです」
糸目だから何も変わらないんだけど、笑顔を作っておじいさんの顔を見上げると、おじいさんが目を大きく見開いた。その視線は私の額の烙印に向けられている。
「そうか……君が……あの……」
その顔は痛ましいものを見るような、おじいさんのほうが辛そうな表情になる。
しわの刻まれた手が伸びてきて、私の額を優しく撫でる。掠れた声で、おじいさんは呟いた。
「彼らは自分たちを追い詰めすぎる……」
悔やむような声で、なぜか私に謝罪をする。
「すまない、君がそうなってしまったのは、わしらのせいでもあるんじゃ……」
私はきょとんとしてしまった。おじいさんの言葉の意味がわからない。こうなってしまったのは、私が魔力をもって生まれてこなかったせいで、おじいさんが悪いわけがないと思う。
私が首をかしげてると、おじいさんは何かの紋章が彫られたペンダントを私の手に握らせて、こう囁いた。
「もし将来、何か困ったことがあったら、そのペンダントを城の者に見せて、ユーゼルという人に会いたいと言いなさい。必ず助けになるよ」
ユーゼル。あれ? どこかで聞いたことがあるような。
そう思っていたら、文官らしき格好の人がおじいさんのもとに駆け寄ってきた。
「陛下! 体調はもうよろしいのですか!?」
「ああ、だいぶよくなった。もう大丈夫じゃ」
その声で会場中の視線が一気におじいさんのほうに向く。
おじいさんの姿を見つけた貴族の人たちは、すぐにでも駆け寄りたそうな、けれど恐れ多くてそれもできず、じっと機会を窺うような、そんな顔になった。
会場中の視線がこちらに集中している。
少なくとも私と二人でのんびり話してるような雰囲気ではなくなった。
呆然とする私を見て、おじいさんはちょっと残念そうに笑う。
「すまんのう、シルフィールのお嬢さん。またどこかで話そう」
「は、はい……!」
国王陛下と話してたのかー! びっくりしたー本当にー!
陛下は私を貴族の視線から守るかのように、そちらへと歩み寄っていく。そこには瞬く間にこのパーティーで一番大きな人だかりができていった。
* * *
パーティーが終わると、ソフィアちゃんが私のもとに駆け寄ってきた。
「エトワさま~!」
もう機嫌は直ったみたいだ。よかった。
「エトワさま、陛下とお話ししてましたよね。何を話してらしたんですか?」
おお、見てたのかい。ソフィアちゃんたちなら当然、陛下の顔も知ってるよね。なるほど。
「パーティーの料理が美味しいねって話したよ」
額の印を見て謝罪されたのは秘密にしておいた。きっとソフィアちゃんは気にするだろうし。
「そうなんですか。そういえば私もお腹すきましたぁ……」
ソフィアちゃんはお腹を押さえて眉尻を下げる。
ああ~やっぱりお腹減るよね。パーティー中は人に囲まれて、動き回れずに大変そうだったし。
私はドレスの袖からあるものを取り出す。
「はい、これでもお食べ~」
もったいないからアルミホイルにローストビーフを包んでおいたのだ。ちょっと意地汚いけど、国王さまも言ってたように、作ってくれた人に恨まれるような行為ではないはずだ。
「わぁ、いいんですか!? ありがとうございます!」
ソフィアちゃんはローストビーフを見て目を輝かせると、手づかみで口に入れた。貴族の子だけど、そういうところを気にしないのも、ソフィアちゃんの魅力だ。
「美味しい~!」
きっとこの天使の笑顔を見たら、コックさんもこの料理を作ったことを誇りに思うだろう。
ソフィアちゃんに満足するまでつまんでもらい、残りは他の子にあげようと思って袖に戻した。
ソフィアちゃんと二人で歩きながら、リンクスくんたちがいるであろう、馬車のある場所に向かう。
「そういえばソフィアちゃんは陛下とお知り合いなの?」
「はい、何度かお会いさせていただいたことがあります」
へぇ、やっぱり侯爵家ともなるとすごいんだねぇと感心する。私は初めてお会いしたよ。優しそうな人だったなぁ。
そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。
この世界の貴族はほとんどが強力な魔法の使い手だ。お父さまも見た目は線の細い美中年だけど、戦ったら強そうなオーラみたいなのを放っている。けど、あの優しそうな王さまが戦う姿は、なぜかまったく想像できなかった。
「国王陛下もすごい魔法の使い手なの? とても優しそうな人だったけど」
この国に伝わる話では、貴族の最高位である四人の公爵は、同時に最高の魔法の使い手でもあるとされている。そして王家に仕える十三人の騎士、彼らもこの国では最高峰の魔法使いたちだ。
でも、王さまやその親族について魔法使いとしての評判は聞いたことがない。
そう、ないのだ。
魔法が重要視されるこの世界で、不思議とまったく。
私の疑問にソフィアちゃんが目を見開く。
それからちょっと困った表情をして周囲を窺った。これはあんまりよくない話題だったっぽい。
「そういえばエトワさまは、社交界に出たことがないから、そういう話には疎いんでしたね……」
ソフィアちゃんは珍しくひそひそ声で言った。
「王家の方々は王位を血族の長子に継がせるとほぼ決めています。長子であれば魔法の素養がない方でも継ぐことができます。だからでしょうか、お力がどんどん薄れていく傾向にあるんです……」
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