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再会

109話:現れた本性

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 美園はつかさの腕の中でゆっくり呼吸を落ち着けていた。
 つかさが子供をあやすように優しく背中をさすり続けてくれたため、不安だった気持ちが一気に解消されていくようだった。
 つかさの腕の中は安心する。

 美園が何気なく顔を上げると、正面からつかさの視線とかち合った。
 どうしていいか分からなくなり、恥ずかしさも手伝って慌てて腕の中からすり抜けた。

 つかさは腕を輪っかのようにした状態できょとんとしており、その様子を見た美園が照れくさそうに「ありがと」と呟いて頬を染めた。

「ああ、別に」

 つかさは何でもなさそうに答える。
 けれど、その横顔が真っ赤になっているのが見て取れるため、美園も余計に恥ずかしくなってしまう。

 数時間前、2人きりで将来のことについて語り合ってから、調子が狂いっぱなしだ。
 つかさにしても、自分自身なんであんなこと言ってしまったのかよく分かっていない。

 父親の「好きな女は守れ」のセリフに感化されたとしかいいようがない。この年で結婚をちらつかせて女の気を引こうとするとは、恋の病の末期症状かもしれない。

「やっぱりマジで好きになっちまったのかなぁ」

 小声で呟いて、横目で美園を見る。
 目は大きくてつぶらだ、髪は長くてサラサラ、鼻筋も通っているし、唇はぷっくらピンク色。

 線をなぞるようにじっくり眺めていると、その視線に気づいた美園がふいにこちらに目を向けた。
 つかさと目が合うと美園は頬を染めてにこりと笑う。つられてつかさも笑ってしまう。
 つかさは心の中で美園を点数付けした。笑顔は満点だ。

「これで全部終わったんだね」

 美園は安心しきったように言った。
 ああ、そうだな……と答えてやりたかったが、事はそう簡単にはおさまらないようだ。

 つかさの頬をピリピリと這いずり回る嫌な予感。
 ホールの雰囲気がおかしいと気づきはじめ、周りに目をやってみれば、仮面の男が両腕をユグドリア兵に抱えられ、マツムラの前に引き立てられたところだった。

 その腕からは痛々しいほどの血が流れている。
 さきほど襲撃を受けた際、弾が腕をかすったのだろうか。
 マツムラは艶めかしい目つきで仮面の男を見る。

「まさかあんな少ない人数でのこのこやってくるとは、本当に王子誘拐が成功するとでも思ったのか。だとしたら浅はかだとしかいいようがない」

 仮面の男はぐったりとした状態で俯いていたが、低くくぐもった声で答える。

「最初から捕まる覚悟だったさ。貴様と刺し違えてでもな」
「なんだと」

 顔を歪めたマツムラは、男の腹を蹴り上げる。
 男はグフッという声を漏らして、口から血を吐いた。

 その様子を見たトワは、思わず小さく悲鳴をあげた。
 ほんの一瞬だが、マツムラの顔がとても邪悪なものに見えたのだ。とても黒くて薄気味の悪いものに。

 トワの横でその様子を見ていた誠は、何を思ったのか急に駆け出すとマツムラに飛び掛かった。

「やめろ! その人に手を出すな!!」

 反射的にではあったが、マツムラは掴みかかってきた誠を腕で払いのける。
 それが思いのほか強力だったため、誠の頬はバシンという鈍い音で弾かれると共に、小さな体も横様に倒れこんだ。

「おい! 何するんだ」

 驚いた元樹がマツムラに駆け寄ると、マツムラは腕をさすりながらおざなりな謝罪を口にする。

「すまなかった。急に飛び込んできたので蠅だと思って叩き落してしまった」
「何だと」

 勇治が前に出ようとするが、つかさが肩をおさえる。

 誠は栄子に助け起こされても尚、マツムラに対して訴えるような強い眼差しを向けている。
 その顔を見て、マツムラは苦々しい口調で言う。

「ご家族の方よ。ご子息には注意されたほうがいい。誘拐された間に妙な考えを吹き込まれたようだ。テロリストを庇うなど気でも狂ったとしか思えん」
「違う! 本当に悪いやつは彼らじゃない。お前だ!」
「誠、何を言い出すの」

 栄子は驚きの目で我が子を見た。

「トワの大事な人たちを奪っておいて、一体何人殺せば気が済むんだ! 人殺し!」

 そう叫んだ途端、マツムラの表情から見る間に血の気が失せていった。

 表面を覆っていた仮面が剥がれたように、彼の表情には殺戮者とでも言うべき残忍な顔が現れた。
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