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オヘラハウスへ
106話:マツムラの過去
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美園がトワの兄の肖像画に心を奪われたことにより、つかさの機嫌は猛烈に悪くなった。
その肖像画が美園の思い人、城島九音似だということが余計その苛立ちに拍車をかける原因になっている。
そんなつかさの内心も知らず、美園は憑かれたように絵を見続ける。
「お気に召されましたか」
いつの間にか美園の横に並んで立っていたマツムラが、こちらを伺うようにして静かに微笑む。
「あ、はい。なんか幸せそうだなって」
「でしょう。絵の中でしか残すことが出来ないのが残念です」
そう言ってマツムラも絵を見上げる。
「大切な人でした」
こみあげてくる思いがあるのだろう、マツムラの声はひどく掠れていた。
美園は以前つかさから聞いた3人の関係性を思い出す。
「確か王妃様と幼馴染だったとか」
「ええ、よくご存知ですね。サチとは家が隣同士で、同い年ながら妹のような存在でした。彼女は美しく優しく誰にでも愛される女性でした」
昔を懐かしむように、マツムラは語りだす。
場の雰囲気が少し変わったことに気付いたのだろう、別々に会話していた一家とつかさもマツムラの話に耳を傾ける。
「トワ王子の父親、アンドレと出会ったのは私とサチが大学に入った年です。当時彼はまだ国王ではなく王子で、留学生として日本の大学に通い始めたばかりでした。そこで私は彼と知り合い、いつしか固い絆で結ばれた唯一無二の存在となったのです。彼は平和を愛する素晴らしい男でした。私は彼と友になれた事を今でも誇りに思っています。そんな立派な男にサチが恋するのは当然で、やがてアンドレもサチを愛するようになったのです」
どこか複雑な表情を浮かべマツムラは続ける。
トワは黙って自分の両親の昔話に聞き入っている。
「そしてサチがユグドリアに嫁ぐのにあわせて、私も共にこの地にやってきました。あれから長い年月が経ち、大切なものは全て消えてしまいました」
そう言って見上げた先には、サチ王妃が優しく微笑んでいた。
ずっと妹のように思ってきた女性が、1人の愛する女性へと変わったのはいつからだったのだろう。
美園の勘ぐりすぎかも知れないが、マツムラが王妃を見つめるその眼差しは愛するものを見るものだ。
女だから分かる。マツムラは王妃を愛していたんだと。
大事な親友と愛する女性の結婚。2人の幸せそうな毎日を側で見ながら、彼はどんな思いで日々を過ごしたのだろうか。
どれだけ願っても叶わぬ恋。マツムラの気持ちを想像すると美園の胸は苦しくなってくる。
「トワ王子は容姿も内面もサチに生き写しです」
マツムラは言う。
確かにトワはサチ王妃によく似ている。
優し気な目元に、まとっている空気感。威厳のある父親とは違い、そこには女性的な柔らかさが感じられた。
だからマツムラはトワの後見人として、彼を支え続けているのだろうか。
昔愛した女性の忘れ形見として、トワにサチ王妃の面影を見ながら……。
「ところでトワ君のお兄さんのお名前は?」
栄子が尋ねる。
ああ、それなら、とトワはにっこりする。
「僕のトワという名前は日本の漢字で永く久しいと書いて永久(トワ)。兄も同じような意味の言葉で久しく遠いと書いて久遠(クオン)といいます」
「「え!!」」
美園とつかさが同時に挙げた大声は、バンという破裂音と、続くガラスが割れる音にかき消された。
その肖像画が美園の思い人、城島九音似だということが余計その苛立ちに拍車をかける原因になっている。
そんなつかさの内心も知らず、美園は憑かれたように絵を見続ける。
「お気に召されましたか」
いつの間にか美園の横に並んで立っていたマツムラが、こちらを伺うようにして静かに微笑む。
「あ、はい。なんか幸せそうだなって」
「でしょう。絵の中でしか残すことが出来ないのが残念です」
そう言ってマツムラも絵を見上げる。
「大切な人でした」
こみあげてくる思いがあるのだろう、マツムラの声はひどく掠れていた。
美園は以前つかさから聞いた3人の関係性を思い出す。
「確か王妃様と幼馴染だったとか」
「ええ、よくご存知ですね。サチとは家が隣同士で、同い年ながら妹のような存在でした。彼女は美しく優しく誰にでも愛される女性でした」
昔を懐かしむように、マツムラは語りだす。
場の雰囲気が少し変わったことに気付いたのだろう、別々に会話していた一家とつかさもマツムラの話に耳を傾ける。
「トワ王子の父親、アンドレと出会ったのは私とサチが大学に入った年です。当時彼はまだ国王ではなく王子で、留学生として日本の大学に通い始めたばかりでした。そこで私は彼と知り合い、いつしか固い絆で結ばれた唯一無二の存在となったのです。彼は平和を愛する素晴らしい男でした。私は彼と友になれた事を今でも誇りに思っています。そんな立派な男にサチが恋するのは当然で、やがてアンドレもサチを愛するようになったのです」
どこか複雑な表情を浮かべマツムラは続ける。
トワは黙って自分の両親の昔話に聞き入っている。
「そしてサチがユグドリアに嫁ぐのにあわせて、私も共にこの地にやってきました。あれから長い年月が経ち、大切なものは全て消えてしまいました」
そう言って見上げた先には、サチ王妃が優しく微笑んでいた。
ずっと妹のように思ってきた女性が、1人の愛する女性へと変わったのはいつからだったのだろう。
美園の勘ぐりすぎかも知れないが、マツムラが王妃を見つめるその眼差しは愛するものを見るものだ。
女だから分かる。マツムラは王妃を愛していたんだと。
大事な親友と愛する女性の結婚。2人の幸せそうな毎日を側で見ながら、彼はどんな思いで日々を過ごしたのだろうか。
どれだけ願っても叶わぬ恋。マツムラの気持ちを想像すると美園の胸は苦しくなってくる。
「トワ王子は容姿も内面もサチに生き写しです」
マツムラは言う。
確かにトワはサチ王妃によく似ている。
優し気な目元に、まとっている空気感。威厳のある父親とは違い、そこには女性的な柔らかさが感じられた。
だからマツムラはトワの後見人として、彼を支え続けているのだろうか。
昔愛した女性の忘れ形見として、トワにサチ王妃の面影を見ながら……。
「ところでトワ君のお兄さんのお名前は?」
栄子が尋ねる。
ああ、それなら、とトワはにっこりする。
「僕のトワという名前は日本の漢字で永く久しいと書いて永久(トワ)。兄も同じような意味の言葉で久しく遠いと書いて久遠(クオン)といいます」
「「え!!」」
美園とつかさが同時に挙げた大声は、バンという破裂音と、続くガラスが割れる音にかき消された。
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