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ユグドリアに到着

94話:つかさの若かりし頃

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 世良田一家の<知人>たちにより、どんどん暴かれていく仮面家族。
 幸いなことにマスコミの格好の餌食となる一家は、遠く離れた海の向こう。
 ユグドリア城の豪華な一室で優雅な時間を過ごしている……わけではなかった。

 室内の雰囲気は最低最悪、お通夜のような静けさだった。
 一家の悪評が晒され、出るものは出尽くした感があったのだが、スマホの向こうから下品な男の笑い声が聞こえてくる。

 それに反応したのはつかさ。眉根を寄せて、ソファーの向かいに座っている栄子の手元に目を向ける。
 どうやら今回の一件に無関係だったはずのつかさにも被弾しはじめたようだ。

『実はうちの息子も世良田一家について行ってます。長女の美園さんと同じ学校なんです。2人は昔からの知り合いで、将来を約束した仲でもありますから』

 ピクン。スマホの音声に元樹が反応する。

『大切な女のために一肌脱ごうとしているんでしょうなぁ。いやぁわが息子ながらあっぱれな奴です。ついでに美園ちゃんの服も脱がせなきゃいいんですが。がはははは』

 実の親のバカげた発言に、つかさは頭を抱え込んで舌打ちする。
 それと同時に、元樹が雄たけびをあげて立ち上がった。

「はぁあああああ??」

 進藤仁の言葉が、凍りついていた元樹の目を覚醒させたようだ。

「なんだ、こいつ何言ってやがる。将来を約束した仲? ふざけんじゃないぞ。美園はまだ高校生だし、再来年には大学にだって行くつもりなんだ」

 元樹が先に言いたいことを言ってくれたおかげで美園は「その通りよ、このおじさんいい加減なこと言ってる」と口を尖らすに留まった。

「おい、つかさ! 一体全体こんなとこまでついてきてどういうつもりなんだ!」
「どういうって俺も一緒に行っていいかって確認した時、皆さん『仲間が増えて心強い』って言ったじゃないですか。何をいまさら」
「お前が美園に手を出そうとしてるなんて考えもしなかったんだよ! いいか、旅先だからって羽目はずしやがったら、俺がお前の関節という関節をミチミチに剥がしまくってやるからな!」

 そう言って、つかさの胸倉を掴んで揺さぶる。

「分かりました、分かりましたって! 落ち着いて元樹さん」
「元樹さんなんて呼ぶな、気色悪い!」

 元樹の復活によって部屋に活気が戻ってきたが、つかさの知人たちによるインタビューはまだ続いているようだ。
 美園は大騒ぎしている元樹とつかさを無視して、栄子の手元に集中する。

『進藤つかさ? ああ、あいつとは中学から一緒だよ』
『彼はどんな学生でしたか?』
『どんなって……今でこそ皆に好かれる好青年ってイメージだけど、昔は相当やばいやつだったよ。バリバリのヤンキーだったから』

『悪い子だったんですね』
『そうだな。中学1年の途中から越してきたんだけど、とにかくケンカ三昧で学校にもしょっちゅう警察が来てたし。そのたびに仁さんが謝りにきてたな』

『警察沙汰とは……相当悪かったんですね』
『そうそう、うまく本性隠してると思うよ。あと、女遊びもすごくて1カ月とかで飽きて捨てるから、それでトラブルも多かったみたいだし。あいつに女盗られたってやつも多かったよ。とにかく顔がいいしケンカが強いからモテたんだよ』

『なるほど。今、一部では美園さんとの交際が噂されていますが?』
『へぇ、そうなんだ。でも確かにここ最近は中庭とかで一緒にいるとこをよく見かけたな。いずれにしろ世良田さんは数ある女のうちの一人。進藤にとって遊び相手だろ』

 表情を曇らせた美園が、ちらりとつかさを見る。
 いまだに元樹と何か言い合いをしており、インタビューは聞いていないようだ。
 千秋の言葉で失神していた勇治もようやく起き上がって2人の争いに加わり始めている。

 今の飄々としたつかさの姿からは想像もできないが、あの爽やかな仮面の下にそんな一面を持っていたのだろうか。

 つかさが美園に視線を向けてきたので、美園は慌てて目線をそらす。
 つかさのことをなんとも思っていないはずが、なぜか美園の心は深く傷ついてしまっていた。
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