86 / 146
いざ、ユグドリアへ
84話:元樹と進藤仁
しおりを挟む
仁はとくに嫌そうな顔もせず、元樹の正面に立つ。
相変わらず人相が悪く、交友関係に絶対に入れたくないようなタイプの男だ。元樹は改めて進藤仁を値踏みした後、ため息を落とす。
「進藤さんにひとつ聞きたいことがあって」
「何ですかな?」
仁は様子のおかしい元樹を見て、マイクを下ろす。
「この前、S企業に勤めたころの部下に偶然再開して、いろいろ聞いたんです。山田っていうやつなんですけどね」
「ほぉ、いろいろ」
仁は興味深そうに片眉を上げる。
「あなたのこと誤解してたのかもしれません。私たち家族を奈落の底に突き落とした悪人だと思ってたんですけど、実はそうじゃないのかもって」
「どういう意味ですかな」
「あなた、私の命を救ってくれたんですね」
突然の言葉に仁は声を上げて笑い出す。
「ハハハ、突然何をおっしゃるんです」
「――パスポートを裁断機に掛けたのもわざとですね」
「いやいや、そんなこともありましたな。あれは本当に申し訳ない、せっかく海外に出張に行く予定だったのにだめになってしまって」
「ええ。そのお陰で命拾いしました」
「命拾い? なんだか物騒な話ですなぁ」
仁はわざとらしく顎をさする。
「あなたがパスポートを刻んだせいで海外に行けなくなりました。でも、もしあのまま海外に行っていれば私は不慮の事故に遭って死んでいたでしょう。会社に全ての罪を着せられて、真実は闇に葬られていた」
「なるほど、怖い話ですな」
元樹の話をのらりくらりと交わし続ける仁だが、これほどの話を聞いても動揺すらしないところを見ると、やはりあの事件のからくりは全て承知だったのだろう。
「あなたがクラブのママさんに渡りを付けてくれたおかげで、彼女が本当のことを証言してくれたんです。違いますか?」
「さぁ、どうだか。あのママさん綺麗だったからなぁ。この人が世間に叩かれるのは可哀そうだと思って、同情的な記事を書いてあげただけですよ。男の下心ってやつです」
「告発会見をセッティングしてくれたのもあなただし、通販会社に就職できるよう口利きをしてくれたのもあなただ。一体どういうことです?」
仁は面倒くさそうに頭を掻いて、
「こっちが聞きたいです。何を勘違いされてるのか知りませんが、あなたの就職はあなた自身の実力です。俺は友人に世良田元樹っていうおもしろい男が会見を開くからテレビを見てみろ、って伝えただけです」
「その友人が、たまたま通販会社の社長だったと」
「ええ、たまたまです。彼はあなたの誠実さに惹かれヘッドハンティングしたんでしょうな」
その言葉を聞いて、元樹は呆れたように笑い声を漏らす。
「あなたは変わった人だ。私みたいな人間を助けて何になるんです」
「なんにも。将来モデルファミリーになる世良田家を取材しようとした過程で、たまたま大きなネタを掴んだ。そこへ飛びついただけですよ」
「そうでしょうか。随分私に肩入れしてくれたように思いますけど」
「ハハハハ、ではこういうことにしませんか。進藤仁は世良田元樹に恋をしてしまったと」
「冗談はやめてください」
息つく暇も与えず元樹は拒絶した。
こんなヤクザみたいな風体の男に思いを寄せられるなんて、心の底からご免こうむりたい。
真顔になった元樹を見て、仁は腹を抱えて笑い出す。
「ハハハ、冗談に決まってるでしょ。俺は根っからの女好きです」
「そうですか。だったら安心しましたけど」
まだぎこちない表情の元樹を前に、ほんの一種生真面目な顔をした仁が照れくさそうに言う。
「あなたたち家族に恩があるんです。だからその恩を返しただけです」
「―――恩?」
元樹が聞き返そうすると、仁はマイクを突き出してそれを避ける。
「ですが、世良田さん。これまでのことで借りた恩は充分に返せたと思うんです。今からは敵同士、こっからは好き勝手に取材させてもらいますから」
挑戦的な目つきで元樹にマイクを突き付ける仁を前に、元樹もニヤリと笑みを浮かべて、
「のぞむところです」
そう答えた。
相変わらず人相が悪く、交友関係に絶対に入れたくないようなタイプの男だ。元樹は改めて進藤仁を値踏みした後、ため息を落とす。
「進藤さんにひとつ聞きたいことがあって」
「何ですかな?」
仁は様子のおかしい元樹を見て、マイクを下ろす。
「この前、S企業に勤めたころの部下に偶然再開して、いろいろ聞いたんです。山田っていうやつなんですけどね」
「ほぉ、いろいろ」
仁は興味深そうに片眉を上げる。
「あなたのこと誤解してたのかもしれません。私たち家族を奈落の底に突き落とした悪人だと思ってたんですけど、実はそうじゃないのかもって」
「どういう意味ですかな」
「あなた、私の命を救ってくれたんですね」
突然の言葉に仁は声を上げて笑い出す。
「ハハハ、突然何をおっしゃるんです」
「――パスポートを裁断機に掛けたのもわざとですね」
「いやいや、そんなこともありましたな。あれは本当に申し訳ない、せっかく海外に出張に行く予定だったのにだめになってしまって」
「ええ。そのお陰で命拾いしました」
「命拾い? なんだか物騒な話ですなぁ」
仁はわざとらしく顎をさする。
「あなたがパスポートを刻んだせいで海外に行けなくなりました。でも、もしあのまま海外に行っていれば私は不慮の事故に遭って死んでいたでしょう。会社に全ての罪を着せられて、真実は闇に葬られていた」
「なるほど、怖い話ですな」
元樹の話をのらりくらりと交わし続ける仁だが、これほどの話を聞いても動揺すらしないところを見ると、やはりあの事件のからくりは全て承知だったのだろう。
「あなたがクラブのママさんに渡りを付けてくれたおかげで、彼女が本当のことを証言してくれたんです。違いますか?」
「さぁ、どうだか。あのママさん綺麗だったからなぁ。この人が世間に叩かれるのは可哀そうだと思って、同情的な記事を書いてあげただけですよ。男の下心ってやつです」
「告発会見をセッティングしてくれたのもあなただし、通販会社に就職できるよう口利きをしてくれたのもあなただ。一体どういうことです?」
仁は面倒くさそうに頭を掻いて、
「こっちが聞きたいです。何を勘違いされてるのか知りませんが、あなたの就職はあなた自身の実力です。俺は友人に世良田元樹っていうおもしろい男が会見を開くからテレビを見てみろ、って伝えただけです」
「その友人が、たまたま通販会社の社長だったと」
「ええ、たまたまです。彼はあなたの誠実さに惹かれヘッドハンティングしたんでしょうな」
その言葉を聞いて、元樹は呆れたように笑い声を漏らす。
「あなたは変わった人だ。私みたいな人間を助けて何になるんです」
「なんにも。将来モデルファミリーになる世良田家を取材しようとした過程で、たまたま大きなネタを掴んだ。そこへ飛びついただけですよ」
「そうでしょうか。随分私に肩入れしてくれたように思いますけど」
「ハハハハ、ではこういうことにしませんか。進藤仁は世良田元樹に恋をしてしまったと」
「冗談はやめてください」
息つく暇も与えず元樹は拒絶した。
こんなヤクザみたいな風体の男に思いを寄せられるなんて、心の底からご免こうむりたい。
真顔になった元樹を見て、仁は腹を抱えて笑い出す。
「ハハハ、冗談に決まってるでしょ。俺は根っからの女好きです」
「そうですか。だったら安心しましたけど」
まだぎこちない表情の元樹を前に、ほんの一種生真面目な顔をした仁が照れくさそうに言う。
「あなたたち家族に恩があるんです。だからその恩を返しただけです」
「―――恩?」
元樹が聞き返そうすると、仁はマイクを突き出してそれを避ける。
「ですが、世良田さん。これまでのことで借りた恩は充分に返せたと思うんです。今からは敵同士、こっからは好き勝手に取材させてもらいますから」
挑戦的な目つきで元樹にマイクを突き付ける仁を前に、元樹もニヤリと笑みを浮かべて、
「のぞむところです」
そう答えた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「60」まで済。
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

婚約破棄されるのらしいで、今まで黙っていた事を伝えてあげたら、婚約破棄をやめたいと言われました
新野乃花(大舟)
恋愛
ロベルト第一王子は、婚約者であるルミアに対して婚約破棄を告げた。しかしその時、ルミアはそれまで黙っていた事をロベルトに告げることとした。それを聞いたロベルトは慌てふためき、婚約破棄をやめたいと言い始めるのだったが…。

【実話】希少癌 〜その遺体は左手足が無く、腕が欠け、頭蓋骨も1/3無く、歯は胃にあった〜
湯川仁美
ライト文芸
【実話・母親の話】
火葬後、そのご遺体には、左足太腿から骨はなく。
左腕の肘から下の骨はなく。
頭蓋骨が1/3なく。
歯が3本、口ではなく胃から見つかった。
明細胞肉腫
100万年人口あたり1人の確率の希少癌。
バクテリアのような癌細胞は次から次へ。
次から次へと骨を脆くし、肉を腐食させ。
動脈破裂で死ぬか、体を切断をして食い止めるかの選択をさせた。
子育てを終え、第二の人生を謳歌を始めた平凡な主婦。
田代菫、53歳が生きることを諦めず、死と向き合い、最後の一瞬まで生に食らいつく実話の物語。
となりのソータロー
daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。
彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた…
という噂を聞く。
そこは、ある事件のあった廃屋だった~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる