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奪われた家族
78話:取り違えの誘拐
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真っ青になって震えだす栄子を前に、トワは改めて頭を下げる。
「本当に申し訳ありません。誠くんは僕を助けるために身代わりになったんです。彼は僕が今日誘拐されるって忠告してくれたのに、僕が話を聞かなかったから」
トワの言葉に、ほんの一瞬だけマツムラの表情に険しい色が浮かんだ。
けれど、つかさの観察するような視線に気付くと、何事もなかったかのように同情めいた表情をつくり世良田一家に顔を戻す。
ようやく事の重大さに気付き始めた一家は、落ち着きなくソワソワし始めた。
「で、犯人は誰か分かったんですか?」
元樹が尋ねる。
「今のところは何も。ただ、おそらく我が国を敵視しているキロッスという名のテロ組織ではないかと思われます。奴らには度々苦湯を飲まされてきてますから」
「じゃあユグドリアの問題ってことですね。うちの誠は関係ない。すぐに開放されるはずですね?」
希望的観測を口にした元樹に対し、マツムラは黙って目を伏せる。
その様子を見た元樹は、ソファーから立ち上がりマツムラに詰め寄る。
「おい、何とか言ったらどうなんだ! うちの誠は関係ない、そうだろ?」
頭に血が昇り、今にも殴りかかりそうな勢いの元樹を、美園と勇治が必死に押さえる。
「パパ、やめて!」
「落ち着け親父! 元はといえばこっちにだって責任があるんだ。長い間誠をほったらかしてたんだからな」
その騒ぎを前に、先ほどから放心したように座っていた栄子がポツリ呟く。
「もし、誠ちゃんが殺されちゃったらどうしよう……」
それを聞いた元樹は、頭を抱え込んで座り込んだ。
勇治と美園はそんな父親の横に寄り寄って「大丈夫だよ」と声をかけるが、その言葉がどれほど薄っぺらいのかは、本人たち自身が一番よく分かっていた。
胸の奥に沈みはじめた黒い靄が、家族の気持ちを重くしていく。
最悪の事態を考え始めた一家を前に、マツムラは優しさのこもった声音で対応する。
「安心して下さい。誠様に万が一何かあるようなことがあってはなりませんので、わが国も全力で事の解決に臨みます。今、日本政府も含めて水面下で動いているところです。ですから、どうか皆さんも気を確かにもってください」
勇治が小さく舌打ちをしたが、マツムラは気にも留めず言葉を続ける。
「キロッスたちは捕らえた獲物がトワ王子ではないと気づいたはずです。すぐに何らかのアクションを起こしてくるでしょう。今、それを待っているところです」
捕らえた獲物。
無意識にだろうが、マツムラのその一言が彼の誠に対する価値を物語っているようで吐き気がする。
美園は声に険を含ませて問い正した。
「さっきから安心しろって言いますけど、テロ組織の目的はトワ王子の暗殺じゃないんですか? 本当に誠は大丈夫なんですか?」
美園がそう言った途端、栄子の肩が大きく震えた。
「まだなんともいえません。ただ、キロッスの目的は現政権の退陣です。ですから、それらの要求があるまでは誠様に危害を加えることはないでしょう」
なんの保障もないマツムラの言葉に、世良田一家はただただ絶望の色を濃くするだけだった。
誰も何も言わず、重い澱のようになった部屋の中へ、黒服の男が慌ただしく飛び込んできた。
体格もよく屈強そうなところを見ると、おそらくSPか何かだろう。
入ってくるなり、マツムラに何やら耳打ちをし、マツムラはそれに対し重々しく頷いた。
「マツムラ、何なの?」
トワが不安げにマツムラの服の裾を掴む。
もう今以上に悪い事はない。世良田一家は覚悟を決めた。
どうか今この時が一番最悪でありますように、と。
けれど、その願いも虚しく、マツムラから告げられた言葉は半ば死刑宣告に等しいものだった。
「先ほどキロッスから犯行声明が出されました。あさっての午後、ユグドリアのオペラハウス内、大ホールにて誠様とトワ王子の人質交換を行うと。オペラハウス内で奴らを捕獲するようなことがあれば、誠様の命はない、と」
「なんてこと……」
恐れていた事態にとうとう栄子が失神した。
ドタンと派手な音を立ててひっくり返ったにも関わらず、誰も栄子を助け起こそうとしなかった。
つかさだけが慌てて傍に駆け寄って、栄子の頭を支えてやる。
一家はというと、美園と勇治はショックのあまり腰が抜けており、元樹にいたっては立ったまま失神するという実に情けない有様だったのである。
犯人は誠を殺す可能性がある。それは平和惚けした日本で暮らしていた一家にとって、想像することのなかった現実だった。
その頃、テレビでは続報として、トワ王子と取り違えて誘拐されたのがモデルファミリー関東地区代表、世良田誠であると、大々的に報じはじめていた。
「本当に申し訳ありません。誠くんは僕を助けるために身代わりになったんです。彼は僕が今日誘拐されるって忠告してくれたのに、僕が話を聞かなかったから」
トワの言葉に、ほんの一瞬だけマツムラの表情に険しい色が浮かんだ。
けれど、つかさの観察するような視線に気付くと、何事もなかったかのように同情めいた表情をつくり世良田一家に顔を戻す。
ようやく事の重大さに気付き始めた一家は、落ち着きなくソワソワし始めた。
「で、犯人は誰か分かったんですか?」
元樹が尋ねる。
「今のところは何も。ただ、おそらく我が国を敵視しているキロッスという名のテロ組織ではないかと思われます。奴らには度々苦湯を飲まされてきてますから」
「じゃあユグドリアの問題ってことですね。うちの誠は関係ない。すぐに開放されるはずですね?」
希望的観測を口にした元樹に対し、マツムラは黙って目を伏せる。
その様子を見た元樹は、ソファーから立ち上がりマツムラに詰め寄る。
「おい、何とか言ったらどうなんだ! うちの誠は関係ない、そうだろ?」
頭に血が昇り、今にも殴りかかりそうな勢いの元樹を、美園と勇治が必死に押さえる。
「パパ、やめて!」
「落ち着け親父! 元はといえばこっちにだって責任があるんだ。長い間誠をほったらかしてたんだからな」
その騒ぎを前に、先ほどから放心したように座っていた栄子がポツリ呟く。
「もし、誠ちゃんが殺されちゃったらどうしよう……」
それを聞いた元樹は、頭を抱え込んで座り込んだ。
勇治と美園はそんな父親の横に寄り寄って「大丈夫だよ」と声をかけるが、その言葉がどれほど薄っぺらいのかは、本人たち自身が一番よく分かっていた。
胸の奥に沈みはじめた黒い靄が、家族の気持ちを重くしていく。
最悪の事態を考え始めた一家を前に、マツムラは優しさのこもった声音で対応する。
「安心して下さい。誠様に万が一何かあるようなことがあってはなりませんので、わが国も全力で事の解決に臨みます。今、日本政府も含めて水面下で動いているところです。ですから、どうか皆さんも気を確かにもってください」
勇治が小さく舌打ちをしたが、マツムラは気にも留めず言葉を続ける。
「キロッスたちは捕らえた獲物がトワ王子ではないと気づいたはずです。すぐに何らかのアクションを起こしてくるでしょう。今、それを待っているところです」
捕らえた獲物。
無意識にだろうが、マツムラのその一言が彼の誠に対する価値を物語っているようで吐き気がする。
美園は声に険を含ませて問い正した。
「さっきから安心しろって言いますけど、テロ組織の目的はトワ王子の暗殺じゃないんですか? 本当に誠は大丈夫なんですか?」
美園がそう言った途端、栄子の肩が大きく震えた。
「まだなんともいえません。ただ、キロッスの目的は現政権の退陣です。ですから、それらの要求があるまでは誠様に危害を加えることはないでしょう」
なんの保障もないマツムラの言葉に、世良田一家はただただ絶望の色を濃くするだけだった。
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体格もよく屈強そうなところを見ると、おそらくSPか何かだろう。
入ってくるなり、マツムラに何やら耳打ちをし、マツムラはそれに対し重々しく頷いた。
「マツムラ、何なの?」
トワが不安げにマツムラの服の裾を掴む。
もう今以上に悪い事はない。世良田一家は覚悟を決めた。
どうか今この時が一番最悪でありますように、と。
けれど、その願いも虚しく、マツムラから告げられた言葉は半ば死刑宣告に等しいものだった。
「先ほどキロッスから犯行声明が出されました。あさっての午後、ユグドリアのオペラハウス内、大ホールにて誠様とトワ王子の人質交換を行うと。オペラハウス内で奴らを捕獲するようなことがあれば、誠様の命はない、と」
「なんてこと……」
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ドタンと派手な音を立ててひっくり返ったにも関わらず、誰も栄子を助け起こそうとしなかった。
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一家はというと、美園と勇治はショックのあまり腰が抜けており、元樹にいたっては立ったまま失神するという実に情けない有様だったのである。
犯人は誠を殺す可能性がある。それは平和惚けした日本で暮らしていた一家にとって、想像することのなかった現実だった。
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