80 / 146
奪われた家族
78話:取り違えの誘拐
しおりを挟む最後はひとりで出ていってしまったし、勝手に期待して、また気持ちを落とされるのはつらい。できるだけ楽観的な憶測はしないようにしなくっちゃ。
昨夜の彼の言葉の一部が、脳内によみがえってくる。
『俺が、どれだけ我慢してきたと思っている』
『知らなかったか? 媚薬など飲まなくても、俺はいつでもきみに欲情している』
まるでわたしに興味があるかのような言い方。でも、きっと女性みんなにささやいているリップサービスなのだ。だって『こういうことは、もっと心身ともに成長してからでないと』って言っていたもの。
しかも、わたしから誘惑したのに号泣して終わるなんて、子ども扱いされても当然だ。
「そのうえ、不甲斐なくて申し訳ございませんでした」
わたしとクリストフの間の変な空気に気づいたのか、周囲に控えているメイドたちが目を見合わせている。
どうしよう。メイドたちは主人夫婦がまだ初夜を迎えていないという事実を知っているはずだ。これまでシーツが汚れていたこともないし、わたしの体に愛された痕跡が残っていたこともない。
そして、昨夜なにかがあったらしいというのも薄々わかっているはず。
情けなくて、また恥ずかしさが込み上げてくる。
頬がかっと熱くなった。
きっとわたしも、クリストフに負けないくらい赤くなっているだろう。
彼もやっと周囲の目に気づいたのか、小声で話を続けた。
「きみは悪くない。いや……やっぱりきみが悪いのか?」
「え? わたくしがなんですの?」
クリストフのつぶやきが低すぎて聞き取りづらい。
「きみが、か、かわいすぎて……なんでもない」
「はい? かかわ? 今、なんておっしゃいました?」
さらに小さな声でブツブツと言っているので聞き直すと、クリストフはまた黙ってしまった。
居心地の悪い沈黙が流れる。
なんだかあまりに意思の疎通が取れなくて、どんどん悲しくなってきてしまった。
もともとなかった食欲が完全に消え、わたしはカトラリーをテーブルに戻した。
しばらく無言だったクリストフが、ふたたび口を開く。
「明日から王族の地方視察に同行する。ひと月ほど留守にするが、大丈夫か?」
「そういえば、明日からでしたか」
結婚式の前から話は聞いていたけれど、わたしが準備することはなにもないと言われていたし、今日まで話題にものぼらなかったので忘れかけていた。
クリストフの仕事は、王族を警護する近衛騎士団の騎士団長。王族の行くところには伺候しなければならない。
とくに今回は長期の視察になるので、団長自ら指揮を取るのだろう。
最初にその話を告げられたときは、新婚早々長期出張なんて王族も気が利かないと内心思っていたけれど、もしかしたらちょうどいいタイミングかもしれない。
(わたしもいい加減頭を冷やして、クリストフさまとの関係に向き合わなくちゃ)
クリストフが帰ってくるまでに、今後自分がどうしていくのか態度を決めよう。
わたしはどういう妻を目指すのか、どんな夫婦関係を築いていきたいのか。
思えば彼と婚約できてから浮かれてばかりで、具体的な未来のことなど考えもしなかった。結婚さえすれば甘くて幸せな生活が待っていると、無邪気に信じていた。
「クリストフさまの無事のお帰りをお待ちしております」
そんなわたしをクリストフがじっと見つめていた。
その視線が鋭すぎて、やっぱりわたしは嫌われてしまったのかとますますつらい気持ちになったのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
一行日記 2024年11月 🍂
犬束
エッセイ・ノンフィクション
ついこの間まで、暑い暑いとボヤいていたのに、肌寒くなってまいりました。
今年もあと2ヶ月。がんばろうとすればするほど脱力するので、せめて要らない物は捨てて、部屋を片付けるのだけは、じわじわでも続けたいです🐾
魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
フリー台本と短編小説置き場
きなこ
ライト文芸
自作のフリー台本を思いつきで綴って行こうと思います。
短編小説としても楽しんで頂けたらと思います。
ご使用の際は、作品のどこかに"リンク"か、"作者きなこ"と入れていただけると幸いです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
~巻き込まれ少女は妖怪と暮らす~【天命のまにまに。】
東雲ゆゆいち
ライト文芸
選ばれた七名の一人であるヒロインは、異空間にある偽物の神社で妖怪退治をする事になった。
パートナーとなった狛狐と共に、封印を守る為に戦闘を繰り広げ、敵を仲間にしてゆく。
非日常系日常ラブコメディー。
※両想いまでの道のり長めですがハッピーエンドで終わりますのでご安心ください。
※割りとダークなシリアス要素有り!
※ちょっぴり性的な描写がありますのでご注意ください。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
桜ハウスへいらっしゃい!
daisysacky
ライト文芸
母親の呪縛から離れ、ようやくたどり着いた
下宿は…実はとんでもないところだった!
いわくありげな魔女たちの巣食う《魔女の館》
と言われるアパートだった!
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる