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嵐の前の静けさ
50話:勇治と千秋
しおりを挟むケンジとタキが老人ホームを見学しているのと同じ時刻、勇治は部屋で千秋に勉強を教えていた。
勇治自身も留学に向けた勉強が大詰めを迎えており、最近は寝不足が続いていた。ついついうたた寝をしてしまう。
「ゆぅたん大丈夫?」
机の上に突っ伏して眠っていた勇治の顔を心配そうに千秋が覗き込んでいた。
「……あ、ああ、ごめん。俺寝てたか」
「うん。この頃ゆぅたん疲れてるみたいだね」
「まぁな、色々あって。ほんと大変なんだよ。色々ありすぎて、うん、色々な。とにかく色々あったんだよ」
千秋に説明できない話ばかりなので、色々、という単語を強調して苦労度合いを伝える。
「大変だね」
何一つ勇治の置かれている状況を理解できていない千秋だが、とにかく笑顔で答える。
澄み切った千秋の顔を見ていると、つい愚痴のひとつも言いたくなってくる。
「なぁ、夏美はち~たんに優しいか」
「うん、怒ると怖いけどね。宿題しなさいよ~って追いかけてくるよ」
「じゃあ、親はどうだ。一緒にいて幸せか」
「そうだね、パパもママも大好きだよ。ゆぅたんはそうじゃないの?」
「俺か? 俺はどうだろう。家族のことは嫌いじゃないけど、毎日わざと幸せな家族像を作り続けるのって疲れるよ」
「疲れるなら早めに休んだ方がいいよ、保険の先生が言ってたよ」
千秋は当たり前のことを言って、胸を張る。
「あのね、しんどいな疲れたなって日があるでしょ。早めに寝るの。それで起きてもまたしんどいの。そんな日が続く場合は、心が疲れてるの」
「――心が」
「そう。だからおかしいなって思った段階で周りに相談してスッキリさせるんだよ。そうしないでズルズル動き続けてると、取り返しがつかなくなるんだよ」
「なんだか怖いな」
「怖いよ、保険の先生ね、私たちにその話をした後、倉田先生との不倫がばれて、逃げちゃったの。かけおち?っていうのをしたの。先生は取り返しがつかなくなって、旦那さんも、子どももみんな捨てちゃったんだよ」
「おいおい……どうりで話に重みがあるはずだ」
ずいぶん真に迫った話をする保険の先生だと思っていたが、自分自身に言い聞かせていたということだろうか。
明日は我が身、勇治も他人事として聞いていられなくなった。
「ゆぅたん、そんなにしんどいなら、どうしていつも通りにしないの?」
「どうして?」
「テレビに映ってるゆぅたんたちはいつもと違って変だよ。美園ちゃんは大きい口を開けて笑わないし、元樹おじさんも栄子おばさんもニコニコ笑ってるだけでいつもみたいに楽しくケンカしないし。それにゆぅたんも変!」
「俺も? どう変なんだ?」
「なんかキモイよ」
「キモイ……?」
最愛の千秋から飛び出た単語に、ほんの一瞬勇治の意識が飛びかける。
「夏美お姉ちゃんがそう言ってる。勇治キモイって」
千秋の言葉ではなかったことに安堵した勇治だが、積極的に使ってほしい単語ではない。
「どうすればいいと思う?」
「いつも通り、いつも通りでいいんだよ。いつも通りのゆぅたんたちが私は好きだよ。みんなを見てるとね、よし千秋も頑張るぞ、ってそんな風に思えるから」
ガッツポーズで微笑む千秋を見て、勇治は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「ち~たんのこと、子どもだと思ってたけど実はすごいのかもな」
「フフ、そうだよ、すごいんだよ」
『あの頃のわしらに、戻ればええんじゃ』
数日前のケンジの言葉が耳に蘇る。
参考書から顔を上げた勇治は、部屋の窓を開けて、気持ちの良い空気を思い切り吸い込んだ。
「俺たち――まだやり直せるのか?」
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