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城島先輩
36話:傷
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「君に見せたいものがある」
「え?」
美園は口を閉ざす。
彼がボタンを一つ外す度、なめらかで美しい肌が見え隠れした。男性に対して使う言葉ではないが、艶めかしいという単語がしっくりくる。
制服の上からでも分かる線の細さ、けれど決してひ弱ではない。むしろ必要な筋肉のみを残し、鍛え上げられた体。
美園はただ黙って城島が服を脱ぐのに任せていた。この妙な状況を前に城島の顔に一切の笑顔はない。
彼は無言で制服のシャツを脱ぎ捨てると、さらりと美園に背中を向けた。
「ほんとはね、刺青なんてかっこいい代物じゃないんだよ」
そのほっそりとした背中を見た瞬間、美園は思わず声を出してしまい、動揺する気持ちを落ち着けようと大きく息を吐いた。
刺青ではない。確かに違った。
右の肩から左のわき腹に流れるように存在したのは、想像していたような色鮮やかな龍ではなかった。
日にあたらないせいだろう、白くてしなやかなその背中に不釣合いな、けれど何よりも存在感を持つひきつれたような醜い跡。
それは、たった一筋――斜めに走った深い傷。
「龍じゃなかったでしょ」
城島は窓に顔を向けたまま、静かに呟いた。
「――怪我したんですか?」
違う、そんな傷ではない。
こんな綺麗に一筋はしる傷なんて、まるで、まるで――。
「刃物で傷つけられたみたいだろ?」
そう、ためらいもなくひと思いに。
振り向いた城島は、先ほどの翳った顔を取り払い、いつもの優しい微笑みで美園を見た。
「たぶん、これが刺青に見えたんじゃないかな。見ようによっちゃそう見えるかもね。まぁ傷が傷だからあまり人に見られたくないし。体育とかで服を着替えたりして噂立てられるのも嫌だからね。水泳は絶対NG」
何か言わなければ、気の聞いた言葉を。
美園は頭をフル回転させる。
「でも、刃物っていうより、刀傷みたいですね」
「え?」
瞬時に、城島の顔が険しくなる。
何か間違った事を言っただろうか。
「時代劇じゃないんだから」
すぐに城島は笑い返したが、先ほどみせた素の表情に、彼の中の暗い何かが垣間見えた気がした。
「僕は小さい頃に両親を亡くしてるんだよ」
「――え?」
「養子縁組ってことで新しい家族と生活してたんだけど、そこの家族とはうまくいかなくて。結局中学校に入って家を飛び出して、アルバイトで生計を立ててたんだ」
「――そうだったんですか」
「で、たまたま金持ちの女社長に気に入られて、今はその人が経営しているマンションに住まわせてもらってる」
思いもよらぬ城島の告白に、美園はうまく言葉を紡げなかった。
赤の他人が、何の見返りもなしに男子高生に住環境を提供するだろうか。そこにはきっと何らかの見返りが伴わなければならない。
その見返りはたぶん……。
「汚らわしい――」
「――え?」
「そう思っただろ?」
城島は美園の心を見透かしたように、静かに声を落とした。
「違います。あたしはただ……」
「いいんだよ。君の想像通りだ。自分にとってこの容姿は忌まわしきものだけど、それを欲しがる者もいる。結果的にこの顔と肉体で生活ができるのなら悪いことでもないだろ?」
「――」
美園はどう反応していいか分からず、うつむいてしまう。
自分がどんな表情をしているのか、それによって相手を傷つけてしまわないか、頭の中が混乱していた。
そんな美園の様子を見て、城島はふっと笑みを漏らす。
「ごめんね、怖い思いさせて」
「いえ、そんなこと。全然……」
そう言いかけて、美園は思わず涙ぐんてしまう。
黙ってその様子を見ている城島の表情から、どんな感情を抱いているのか読み取ることはできない。
まるで虚空を見つめているような、深い闇を覗いているような、掴みどころのないものだった。
「え?」
美園は口を閉ざす。
彼がボタンを一つ外す度、なめらかで美しい肌が見え隠れした。男性に対して使う言葉ではないが、艶めかしいという単語がしっくりくる。
制服の上からでも分かる線の細さ、けれど決してひ弱ではない。むしろ必要な筋肉のみを残し、鍛え上げられた体。
美園はただ黙って城島が服を脱ぐのに任せていた。この妙な状況を前に城島の顔に一切の笑顔はない。
彼は無言で制服のシャツを脱ぎ捨てると、さらりと美園に背中を向けた。
「ほんとはね、刺青なんてかっこいい代物じゃないんだよ」
そのほっそりとした背中を見た瞬間、美園は思わず声を出してしまい、動揺する気持ちを落ち着けようと大きく息を吐いた。
刺青ではない。確かに違った。
右の肩から左のわき腹に流れるように存在したのは、想像していたような色鮮やかな龍ではなかった。
日にあたらないせいだろう、白くてしなやかなその背中に不釣合いな、けれど何よりも存在感を持つひきつれたような醜い跡。
それは、たった一筋――斜めに走った深い傷。
「龍じゃなかったでしょ」
城島は窓に顔を向けたまま、静かに呟いた。
「――怪我したんですか?」
違う、そんな傷ではない。
こんな綺麗に一筋はしる傷なんて、まるで、まるで――。
「刃物で傷つけられたみたいだろ?」
そう、ためらいもなくひと思いに。
振り向いた城島は、先ほどの翳った顔を取り払い、いつもの優しい微笑みで美園を見た。
「たぶん、これが刺青に見えたんじゃないかな。見ようによっちゃそう見えるかもね。まぁ傷が傷だからあまり人に見られたくないし。体育とかで服を着替えたりして噂立てられるのも嫌だからね。水泳は絶対NG」
何か言わなければ、気の聞いた言葉を。
美園は頭をフル回転させる。
「でも、刃物っていうより、刀傷みたいですね」
「え?」
瞬時に、城島の顔が険しくなる。
何か間違った事を言っただろうか。
「時代劇じゃないんだから」
すぐに城島は笑い返したが、先ほどみせた素の表情に、彼の中の暗い何かが垣間見えた気がした。
「僕は小さい頃に両親を亡くしてるんだよ」
「――え?」
「養子縁組ってことで新しい家族と生活してたんだけど、そこの家族とはうまくいかなくて。結局中学校に入って家を飛び出して、アルバイトで生計を立ててたんだ」
「――そうだったんですか」
「で、たまたま金持ちの女社長に気に入られて、今はその人が経営しているマンションに住まわせてもらってる」
思いもよらぬ城島の告白に、美園はうまく言葉を紡げなかった。
赤の他人が、何の見返りもなしに男子高生に住環境を提供するだろうか。そこにはきっと何らかの見返りが伴わなければならない。
その見返りはたぶん……。
「汚らわしい――」
「――え?」
「そう思っただろ?」
城島は美園の心を見透かしたように、静かに声を落とした。
「違います。あたしはただ……」
「いいんだよ。君の想像通りだ。自分にとってこの容姿は忌まわしきものだけど、それを欲しがる者もいる。結果的にこの顔と肉体で生活ができるのなら悪いことでもないだろ?」
「――」
美園はどう反応していいか分からず、うつむいてしまう。
自分がどんな表情をしているのか、それによって相手を傷つけてしまわないか、頭の中が混乱していた。
そんな美園の様子を見て、城島はふっと笑みを漏らす。
「ごめんね、怖い思いさせて」
「いえ、そんなこと。全然……」
そう言いかけて、美園は思わず涙ぐんてしまう。
黙ってその様子を見ている城島の表情から、どんな感情を抱いているのか読み取ることはできない。
まるで虚空を見つめているような、深い闇を覗いているような、掴みどころのないものだった。
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