21 / 146
バラバラの絆
19話:事の顛末
しおりを挟むカルロが咳払いをすると、潮が引いたように女中たちがいなくなった。いまだナイフとフォークを突き立てたまま現実を受け入れられない俺に、カルロはカラッとした声色で言う。
「大失敗でしたね」
「でも料理は喜んでもらえた」
「そう……でしょうか……?」
ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。
「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」
俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。
「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」
「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」
「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」
目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。
「リノール様」
「そうか、素手で触っては……」
「違います。往生際が悪うございます」
カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。
「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」
カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。
「じゃあ……」
俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。
「リノール様……」
「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」
正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。
「馬上槍試合、見てみたかったな……」
つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。
本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。
「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」
「カルロ……」
「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」
「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」
「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」
カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。
出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
「大失敗でしたね」
「でも料理は喜んでもらえた」
「そう……でしょうか……?」
ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。
「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」
俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。
「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」
「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」
「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」
目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。
「リノール様」
「そうか、素手で触っては……」
「違います。往生際が悪うございます」
カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。
「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」
カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。
「じゃあ……」
俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。
「リノール様……」
「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」
正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。
「馬上槍試合、見てみたかったな……」
つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。
本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。
「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」
「カルロ……」
「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」
「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」
「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」
カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。
出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
一行日記 2024年11月 🍂
犬束
エッセイ・ノンフィクション
ついこの間まで、暑い暑いとボヤいていたのに、肌寒くなってまいりました。
今年もあと2ヶ月。がんばろうとすればするほど脱力するので、せめて要らない物は捨てて、部屋を片付けるのだけは、じわじわでも続けたいです🐾
推しの速水さん
コハラ
ライト文芸
イケメン編集者×内気な女子大生の恋?
内気な女子大生、内田美樹(21)はある事が切っ掛けで速水さんに興味を持ち、週に一度図書館を訪れる速水さんを遠くから観察するのだった。速水さんへの想いを募らせる美樹。そんな中、速水さんと関わる事になり……。はたして美樹の恋はどうなる?
※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。
http://misoko.net/

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無感情だった僕が、明るい君に恋をして【完結済み】
青季 ふゆ
ライト文芸
地元の大学を休学して東京で暮らす主人公、望月治(おさむ)の隣室には、恐ろしいほど可憐な女子高生、有村日和(ひより)が住んでいる。
日和との関わりは無に等しく、これからもお隣さん以上の関係になるはずがないと思っていたが……。
「これから私が、君の晩御飯を作ってあげるよ」
「いや、なんで?」
ひょんなことから、日和にグイグイ絡まれるようになるった治。
手料理を作りに来たり、映画に連行されたり、旅行に連れて行かれたり……ぎゅっとハグされたり。
ドライで感情の起伏に乏しい治は最初こそ冷たく接していたものの、明るくて優しい日和と過ごすうちに少しずつ心を開いていって……。
これは、趣味も性格も正反対だった二人が、ゆっくりとゆっくりと距離を縮めながら心が触れ合うまでの物語。
●完結済みです
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる