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突き進め!偽装ファミリー

9話:俺のこと知ってる?

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「あの、私それじゃあ……」

 そう言って逃げ去ろうとした美園の前に、つかさが両手を広げて立ち塞がる。

「あ、ちょっと待って」

 ちょっと待って? 嘘でしょ? この人、私のこと呼び止めた? 待ちたくない。無理。マジで無理。
 美園の脳裏で警戒音がさらに激しくなる。
  逃ゲロ、逃ゲロ、コイツ二関ワッタラ、ロクナコトナイゾ!

「いい所で会った。近々、世良田さんに会いたいと思ってたんだよ」
「そう、会えて良かったわね。それじゃ」
「ああ、もうちょっと待って」

 はやる気持ちを抑えて、美園はもう一度つかさに向き直る。

「えっと、俺の仕事知ってる? ああ、仕事っていっても本分は学生なんだけど、今それと両立してやってることがあってさ。アルバイト的な」

 ああ、知ってるとも。
 美園は表情を殺して、首を傾げる。

「ああ、知らないか。俺の親父の名前、進藤仁しんどうじんって言うんだけど。一度世良田さんたちにも会ってるはずなんだけど、覚えてないかな」
「……それなら。今もよくテレビに出てらっしゃるわね」

 無精髭を生やした、いかにも極道上がりですという風体の男。その鋭い目と、強力な裏社会のコネクションを駆使して芸能人の秘密を探り当てる。

「そうそう、それ。俺のオヤジ芸能レポーターなんだよ」

 別名:パパラッチ。

「あら、そうなの」
「俺は芸能よりも報道に興味があるんだけど、今は親父のとこで社会勉強がてらにゴシップも追いかけてる。本望じゃないけど、何でも経験ってやつ」

 勘弁してくれ。

 そう、美園が進藤つかさを恐れていた理由はこれなのだ。
 進藤仁。芸能人の醜態ばかりを好む芸能記者で、彼のスクープによりイメージダウンしたものは数知れず。中にはそれが原因で芸能界を引退するものも出る始末。

 実は3年前、世良田一家も彼の知名度を利用してのし上がってやろうとインタビューを受けた。その結果、とんだしっぺ返しをくらったのだ。
 相手は世良田一家よりも抜け目なく、狡猾だった。

「それでさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 きた。きた。きたぁぁ!

「同じ学校にモデルファミリー候補がいるなんて、すげぇラッキーなんだ。こんなチャンスそうそうないし」
「チャンス?」

 わざと惚けてみせる。

「そうチャンス。俺に、世良田一家の記事を書かせてほしいんだ」

 キタ―――――――ッ!

「き、記事?」

 声が裏返ってしまった。

「そう。地方新聞のコラムなんだけど、モデルファミリーの記事なら読者も増えるし、場所を大きく取れるんだ」

 確かにその通りだろう。
 モデルファミリーはもともとただの一般人、普段なら誰も興味は示さない。
 けれどひとたびモデルファミリー候補に選出されようものなら、その瞬間から彼らは時の人。勝ちが進むごとに知名度があがり、最終ブロックまで残った段階で企業とのタイアップが実現する。

 美園たちは大手紅茶メーカーと契約し、ファミリーで優雅にお茶を楽しむCMに出演している。
 CMの中でさらりと家族の自己紹介を加えることで、全国的な知名度アップを図り投票を有利に進めようと計画を立てているのだ。

 東北代表は医薬品会社、九州代表は某スポーツメーカーとの契約を取り付けており、どのファミリーもこぞって宣伝活動に余念がない。

 世良田一家はCM契約料に遊興費・衣服代など、メーカー側から数千万単位の金銭的サポートを受けている。
 最終的に一家が今年度のモデルファミリーに選出されれば、企業イメージも上がるため相手側にも世良田一家に投資した以上のうまみが返ってくる。
 お互いに持ちつ持たれつの関係のなか、妙なゴシップが流れて契約を打ち切られでもしたら大変だ。

 お金は大事、何よりも大事だ。
 企業のため、自分たちのため、何がなんでも仲良し家族のイメージを守り続けねばならない。
 それをこんなゴシップ小僧に壊されてたまるものか。
 美園はぎゅっと拳を握りしめ、気持ちを冷静に保とうと息を吸った。

 そんな美園の内心を見透かしたように、つかさは期待を込めた目で見つめてくる。

「……三流の分際で何様よ」

 美園は小声で毒づいた。
 何よりもイメージが大事なこの時期、何が悲しくて三流ゴシップ記者の取材に応じなければならいのだ。
 しかも、よりにもよってあの<進藤仁>の息子。

 美園も許さないが、それ以上に家族が許すはずがない。
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