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偽装家族、誕生!
5話:天使のような誠(末っ子)
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床にひざをついて土下座をしている勇治の後頭部を見下ろし、栄子は呆れたようにため息をついた。
「分かったならいいわ」
「お、おう」
「おう?」
その薄っぺらい返事に、栄子がピクリと反応する。
「いや、あの、すいません」
「本当に分かってるの?」
「――はい」
栄子にひと睨みされた勇治は、数分前の勢いが嘘のように死んだ魚の目をして千秋に目を這わせた。
その様子を見て、栄子も庄司姉妹に視線を移す。
「夏美ちゃん、千秋ちゃん、2人には悪いけど、これも勇治の将来のため。世良田一家の明るい未来のためなの。協力してくれるわね? もちろん報酬は払うから」
夏美は仕方ない、といった風に頷いたけれど「報酬」の一言が彼女に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。既に脳裏で金勘定が始まっているようだ。
千秋の方は全く現状が理解できていないが「ゆうたんの為なら」と健気な発言をし、勇治の涙を誘った。
「次に、そこのジジババ」
栄子は、窓辺の揺りイスでのんびりと日光浴中の、ケンジとタキにも厳しい口調で告げる。
「あと半年はボケないでちょうだい。ぺらぺらと家の秘密を話されると困るのよ。わざとボケる分には構わないけど、本当にボケたら承知しないわよ」
ケンジとタキはお互い見つめ合って、にこりと笑った。
結婚当初は「お父様、お母さま」という呼称で2人のことを呼んでいた栄子だが、時の流れとともに「おじいちゃま、おばあちゃま」に変わり、最高に機嫌が悪い時には「ジジババ」の呼び名に変わる。
もはやこの家でそれを咎めるものは誰もいない。
最後に栄子は、パソコン画面に釘付けになっている誠に目を向ける。
「誠ちゃん……あなたには言うことはないわ。世良田家で唯一まともだもの。そのまま健やかに育ってちょうだい。天使のままでね」
天使と呼ばれた誠は、不思議そうに首を傾げて栄子を見上げると、熟女殺しのキラースマイルを見せた。栄子もつられて強張った顔に笑みを浮かべる。
どんなに張り詰めた空気も、誠のこの笑顔で一蹴できてしまえるのだから大したものだ。無垢な子供の笑顔ほど最強の武器はない。
栄子はソファーに寝そべってゴロゴロしたい気持ちをこらえて、周りを見渡す。まだ言い足りないことがあった。
「あとは、あんこ」
そう言って、机の下で仰向けになって寝ている犬を指差す。
「血統書のついたマルチーズって話だったけど、あたしはどうも怪しいと思ってる。足が短すぎるのよこの子」
「マルチーズだったらだいたいこんな感じでしょ」
美園が言う。
「そうかしら。あのブリーダー、確かダックスフンドも扱ってたわよね」
栄子は自分で口にして、改めて異様に手足の短い犬を見下ろす。
ダックスとのミックスなのかしら…そんな思いがよぎるが、例えそうだとしても犬の出自がモデルファミリーの未来を左右するとは思えない。
栄子は思い直し、改めて美園に指を突き付ける。
「とにかく見た目は可愛いいけど、お手もできないバカ犬だから、外に出さないでちょうだいよ」
「え? じゃああんこ散歩に行けないじゃん。可哀相だよ。犬くらい自由にやったって何の影響も出ないって。人様の玄関でおしっこさせないように気をつけてりゃ大丈夫でしょ」
美園の言葉に栄子は目頭を抑えて、首を振った。
「ダメよ」
「ちょっと締め付けすぎじゃない?」
更なる美園の反論に、栄子は針のように細い目をして家族を見回した。
想像以上に一家の考えは緩んでいる、生ぬるすぎる。
栄子はゆっくり深呼吸をして、家族の視線を引きつけるため、力強く机に両手を叩きつけた。
「分かったならいいわ」
「お、おう」
「おう?」
その薄っぺらい返事に、栄子がピクリと反応する。
「いや、あの、すいません」
「本当に分かってるの?」
「――はい」
栄子にひと睨みされた勇治は、数分前の勢いが嘘のように死んだ魚の目をして千秋に目を這わせた。
その様子を見て、栄子も庄司姉妹に視線を移す。
「夏美ちゃん、千秋ちゃん、2人には悪いけど、これも勇治の将来のため。世良田一家の明るい未来のためなの。協力してくれるわね? もちろん報酬は払うから」
夏美は仕方ない、といった風に頷いたけれど「報酬」の一言が彼女に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。既に脳裏で金勘定が始まっているようだ。
千秋の方は全く現状が理解できていないが「ゆうたんの為なら」と健気な発言をし、勇治の涙を誘った。
「次に、そこのジジババ」
栄子は、窓辺の揺りイスでのんびりと日光浴中の、ケンジとタキにも厳しい口調で告げる。
「あと半年はボケないでちょうだい。ぺらぺらと家の秘密を話されると困るのよ。わざとボケる分には構わないけど、本当にボケたら承知しないわよ」
ケンジとタキはお互い見つめ合って、にこりと笑った。
結婚当初は「お父様、お母さま」という呼称で2人のことを呼んでいた栄子だが、時の流れとともに「おじいちゃま、おばあちゃま」に変わり、最高に機嫌が悪い時には「ジジババ」の呼び名に変わる。
もはやこの家でそれを咎めるものは誰もいない。
最後に栄子は、パソコン画面に釘付けになっている誠に目を向ける。
「誠ちゃん……あなたには言うことはないわ。世良田家で唯一まともだもの。そのまま健やかに育ってちょうだい。天使のままでね」
天使と呼ばれた誠は、不思議そうに首を傾げて栄子を見上げると、熟女殺しのキラースマイルを見せた。栄子もつられて強張った顔に笑みを浮かべる。
どんなに張り詰めた空気も、誠のこの笑顔で一蹴できてしまえるのだから大したものだ。無垢な子供の笑顔ほど最強の武器はない。
栄子はソファーに寝そべってゴロゴロしたい気持ちをこらえて、周りを見渡す。まだ言い足りないことがあった。
「あとは、あんこ」
そう言って、机の下で仰向けになって寝ている犬を指差す。
「血統書のついたマルチーズって話だったけど、あたしはどうも怪しいと思ってる。足が短すぎるのよこの子」
「マルチーズだったらだいたいこんな感じでしょ」
美園が言う。
「そうかしら。あのブリーダー、確かダックスフンドも扱ってたわよね」
栄子は自分で口にして、改めて異様に手足の短い犬を見下ろす。
ダックスとのミックスなのかしら…そんな思いがよぎるが、例えそうだとしても犬の出自がモデルファミリーの未来を左右するとは思えない。
栄子は思い直し、改めて美園に指を突き付ける。
「とにかく見た目は可愛いいけど、お手もできないバカ犬だから、外に出さないでちょうだいよ」
「え? じゃああんこ散歩に行けないじゃん。可哀相だよ。犬くらい自由にやったって何の影響も出ないって。人様の玄関でおしっこさせないように気をつけてりゃ大丈夫でしょ」
美園の言葉に栄子は目頭を抑えて、首を振った。
「ダメよ」
「ちょっと締め付けすぎじゃない?」
更なる美園の反論に、栄子は針のように細い目をして家族を見回した。
想像以上に一家の考えは緩んでいる、生ぬるすぎる。
栄子はゆっくり深呼吸をして、家族の視線を引きつけるため、力強く机に両手を叩きつけた。
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