モデルファミリー <完結済み>

MARU助

文字の大きさ
上 下
5 / 146
偽装家族、誕生!

3話:元樹(夫)はいずこ

しおりを挟む
 <変態>の言葉に素早く反応した勇治は、瞬時に美園に口撃をしかける。

「美園! 今すぐその言葉を撤回しろ、神経に触る」
「変態」

 美園はわざと同じ言葉を繰り返す。

「貴様ぁ、いっぺん死ね!」

 そう叫んで美園に飛びかかろうとした勇治は、日頃の運動不足がたたって足が吊り、豪快に前のめりにぶっ倒れた。

「んがぁ!」
「きゃあ。ゆぅたん大丈夫」

 千秋が慌てて勇治に歩み寄る。
 運良くソファーの上に倒れ込んだ勇治は、痛めた腰を抑えながら必死に立ち上がった。

「だ、大丈夫だよ、ち~たん。俺はち~たんより先に死んだりしないから」
「ほんとにほんと?」
「ああ、約束するよ」

「もしもぉ~し、お2人さん?」

 美園のツッコミなど最早耳に入らない様子で、2人は手を握り合ったまま見つめ合っている。完全の2人の世界だ。

 夏美は冷めた目でその様子を見守っている。

 そこへようやく寝ぼけ眼をこすりながら、母・栄子が2階から降りてきた。
 細身の体にシルク地のバスローブを羽織った姿は、40代前半にしては随分若々しく見える。

「もう、うるさいわね。何時だと思ってんのよ」
「12時前だよ――昼の」

 部屋の隅で大人しくパソコンをいじっていた誠が答える。

「あら、もうそんな時間?」

 部屋を見渡した栄子は、不機嫌そうに言う。

「ところで、あれは?」
「お父さんなら、昨日から帰ってないよ。接待だってさ」

 美園の言葉を聞いて、栄子は鼻で笑う。

「ふん、接待ねぇ」

 日当たりのよい窓辺の揺りイスで、死んだように眠っていた祖父ケンジが、ふいに口を開いた。

「リンリンちゃんの接待じゃ」
「リンリンちゃんって?」

 栄子が怪訝そうに問い返す。

「リンリンちゃんは、ふかふかしてて、ええ子じゃそうじゃ」
「これ、爺さん。それは内緒じゃゆうて元樹に口止めされてたでしょうに」

 祖母・タキが慌ててケンジの手を叩く。

「そうじゃったかのぉ」

 以前であれば、ケンジのこういう態度はボケの初期症状だと不安視していた一家だが、ここのところ都合が悪くなるとボケはじめる兆候が見られるのに気付き、影ではタヌキオヤジと命名されている。

 栄子は眉間のシワを伸ばしながら、勇治に命令する。

「勇治、今すぐ奴に電話して」
「だめ、今ち~たんとお手て繋いでるから。ね、ち~たん」
「ね。ゆうたん」

 気味の悪い寸劇を見せられて、部屋の温度は一気に零下まで下がりつつあった。
 栄子は人差し指でさらに額のシワを伸ばしつつ、大きくため息をついた。

「勇治。起き立てに心臓に悪いコント見せるのやめてくれない?」
「コントじゃなくて、俺たちは……」
「勇治!!」

 栄子が声を荒げる。

「いい?今は大事な時期なの。あの木偶の棒でくのぼうがホステスと一泊デートだなんてことが発覚したら、それこそ死活問題よ。モデルファミリー失格になるわ」

 千秋と手を繋いでお花畑にいた勇治は「モデルファミリー失格」という悪夢のような言葉を聞いて、瞬時に覚醒した。
 名残惜しそうに繋いでいた手を放すと、急いでスマホに飛びついた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

推しの速水さん

コハラ
ライト文芸
イケメン編集者×内気な女子大生の恋? 内気な女子大生、内田美樹(21)はある事が切っ掛けで速水さんに興味を持ち、週に一度図書館を訪れる速水さんを遠くから観察するのだった。速水さんへの想いを募らせる美樹。そんな中、速水さんと関わる事になり……。はたして美樹の恋はどうなる? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

フリー台本と短編小説置き場

きなこ
ライト文芸
自作のフリー台本を思いつきで綴って行こうと思います。 短編小説としても楽しんで頂けたらと思います。 ご使用の際は、作品のどこかに"リンク"か、"作者きなこ"と入れていただけると幸いです。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

魔女の虚像

睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。 彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。 事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。 ●エブリスタにも掲載しています

桜ハウスへいらっしゃい!

daisysacky
ライト文芸
母親の呪縛から離れ、ようやくたどり着いた 下宿は…実はとんでもないところだった! いわくありげな魔女たちの巣食う《魔女の館》 と言われるアパートだった!

安楽椅子ニート 番外編5

お赤飯
ライト文芸
徳川埋蔵金の在処を暴いた瀬能さんはそれを木崎に伝える ※全編会話劇です。※本来の主人公は登場しません。 (改訂第2版)(他小説投稿サイト投稿済)

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...