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消えた妹 後編
13話
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都筑は難しい顔をして眉間の皺をさすっていたが、やがて刺々しい口調で呟いた。
「どいつもこいつも俺のことをバカにしやがって」
「…………」
数時間前に一志と出会った頃の関係性は完全に崩れ去っていた。
相手はもはや俺に敬語を使う必要もないと判断したのだろう。
一志の豹変は今にはじまった話ではなく、都筑家で相手に詰め寄る口調からも、よっぽど内に抱え込んでいたものがあったのだろうと想像する。
「俺は里佳子が全てなんだ。あいつは純粋なやつ、都筑に騙されているんだ。何が愛してるだ、ガキのくせして」
「確かに年齢差は問題ですが、時間が解決するでしょう。それよりも兄が妹に特別な感情を抱く方がもっと問題でしょう」
「……お前に何が分かるって言うんだ」
「分かりません、ただの推測です。ですが、あなたが里佳子さんを手放したくないという気持ちはひしひと伝わってきます」
「当たり前だろ、幼いころから親は育児放棄をしていたんだ。小さな里佳子を育てたのは俺なんだ。兄というより父性に近いんだよ」
一志の瞳は虚ろだった。
「これも私の推測ですが、家が火事になった原因は里佳子さんじゃなくあなたなんじゃないですか?」
「…………」
一志は何も言わなかった。
「2歳の里佳子さんが花火をして家に火が燃え移った。少し不自然な感じがします。2歳の子供が一人で花火に火をつけられるものでしょうか? もちろん今はマッチやライター以外にも火付けの器具は色々あります。子供が安全に火をつけるものも安く手に入ります。でもなんだか違和感があるんです」
「…………」
そう、ここから先は完全な推測になる。
ただし、確信に近い俺の推測だ。
「子どもにとって火は興味の対象であり畏怖の対象でもあるでしょう。やはり近くに年上の人間がいたのだと考えるべきです。あなたたちのご両親? いいえ違います。もしその場にいたなら家に火がついた時点で逃げることが出来ました。でもあなたたちのご両親は亡くなったんです」
「両親は家で寝ていて逃げ遅れたんだ」
一志が答える。
「そうですか、ではその日あなたはどこに?」
「…………」
一志は俺の言葉に返事は返さず、深いため息を落とした。
俺にはそれが全ての答えのように感じた。
偶然か故意なのかは分からないが、火事の原因を作ったのは一志だ。
その時、里佳子はたった2歳。
何が起きたのかさえ、全く理解できていなかっただろう。
兄は妹に責任を押し付け、彼女の心に枷をはめたのだ。
おそらく2歳児相手では刑事責任も問えないだろう。2人は児童施設などに預けられ、運よく天堂家の養子となり、安住の地を得たのだ。
けれど里佳子の心には親殺し、という深い傷が残っている。
里佳子は兄に対し、贖罪の気持ちを抱いただろう。自分が兄から両親を奪ってしまったのだと。
一志はそんな里佳子を優しくいたわり支えてきたのだ。妹はそんな兄に感謝し、信愛の情を抱いた。
こうして里佳子は決して一志から離れられなくなったのだ。
「……里佳子さん、見つかるといいですね」
俺がポツリと言った言葉に、一志は答えた。
「見つかっても里佳子は何も言いませんよ、だって私のことを愛していますからね」
「………まさか」
そう言って俺は笑ったが、一志が笑い返すことはなかった。
相手の様子が気になり、ちらりと一志の横顔を見ると、まるで勝ち誇ったような薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「どいつもこいつも俺のことをバカにしやがって」
「…………」
数時間前に一志と出会った頃の関係性は完全に崩れ去っていた。
相手はもはや俺に敬語を使う必要もないと判断したのだろう。
一志の豹変は今にはじまった話ではなく、都筑家で相手に詰め寄る口調からも、よっぽど内に抱え込んでいたものがあったのだろうと想像する。
「俺は里佳子が全てなんだ。あいつは純粋なやつ、都筑に騙されているんだ。何が愛してるだ、ガキのくせして」
「確かに年齢差は問題ですが、時間が解決するでしょう。それよりも兄が妹に特別な感情を抱く方がもっと問題でしょう」
「……お前に何が分かるって言うんだ」
「分かりません、ただの推測です。ですが、あなたが里佳子さんを手放したくないという気持ちはひしひと伝わってきます」
「当たり前だろ、幼いころから親は育児放棄をしていたんだ。小さな里佳子を育てたのは俺なんだ。兄というより父性に近いんだよ」
一志の瞳は虚ろだった。
「これも私の推測ですが、家が火事になった原因は里佳子さんじゃなくあなたなんじゃないですか?」
「…………」
一志は何も言わなかった。
「2歳の里佳子さんが花火をして家に火が燃え移った。少し不自然な感じがします。2歳の子供が一人で花火に火をつけられるものでしょうか? もちろん今はマッチやライター以外にも火付けの器具は色々あります。子供が安全に火をつけるものも安く手に入ります。でもなんだか違和感があるんです」
「…………」
そう、ここから先は完全な推測になる。
ただし、確信に近い俺の推測だ。
「子どもにとって火は興味の対象であり畏怖の対象でもあるでしょう。やはり近くに年上の人間がいたのだと考えるべきです。あなたたちのご両親? いいえ違います。もしその場にいたなら家に火がついた時点で逃げることが出来ました。でもあなたたちのご両親は亡くなったんです」
「両親は家で寝ていて逃げ遅れたんだ」
一志が答える。
「そうですか、ではその日あなたはどこに?」
「…………」
一志は俺の言葉に返事は返さず、深いため息を落とした。
俺にはそれが全ての答えのように感じた。
偶然か故意なのかは分からないが、火事の原因を作ったのは一志だ。
その時、里佳子はたった2歳。
何が起きたのかさえ、全く理解できていなかっただろう。
兄は妹に責任を押し付け、彼女の心に枷をはめたのだ。
おそらく2歳児相手では刑事責任も問えないだろう。2人は児童施設などに預けられ、運よく天堂家の養子となり、安住の地を得たのだ。
けれど里佳子の心には親殺し、という深い傷が残っている。
里佳子は兄に対し、贖罪の気持ちを抱いただろう。自分が兄から両親を奪ってしまったのだと。
一志はそんな里佳子を優しくいたわり支えてきたのだ。妹はそんな兄に感謝し、信愛の情を抱いた。
こうして里佳子は決して一志から離れられなくなったのだ。
「……里佳子さん、見つかるといいですね」
俺がポツリと言った言葉に、一志は答えた。
「見つかっても里佳子は何も言いませんよ、だって私のことを愛していますからね」
「………まさか」
そう言って俺は笑ったが、一志が笑い返すことはなかった。
相手の様子が気になり、ちらりと一志の横顔を見ると、まるで勝ち誇ったような薄気味悪い笑みを浮かべていた。
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