66 / 80
綴じた本・2
9:少女の霊
しおりを挟む
椿は目を細めて私を睨みつけていた。
自身の中で葛藤があるのだろう、時折頭を振って何事が唸っている。
私はこの機会に、彼が霊だと思っている現象に答えを出していった。
「2つ目の事件で見た狸ですが、あれはあなた自身が小説で書いているように<生きた狸>でしょう。霊でもなんでもなく、普通にそこに存在したんです」
「俺は満緒がペットの種類を明かす前に、それが狸だと指摘した。普通なら犬か猫を想像するのに、俺は相手から話を聞く前にそれが指摘できたんだ」
だから、なんだというのだろう。それが霊力だとでも言いたいのだろうか。
「申し訳ありませんが、あそこは地元では有名な寺で、別名<狸寺>とも呼ばれています。野生の狸が良く集まってくるようで、ネットで調べれば一般人のブログにもたくさん出ています。実際に狸の像も建っているくらいですからね」
「だから俺が事前に知っていたとでも?」
「ええ、あなたは事前調査をして寺が狸を祭っていると認識していました。その流れで満緒さんと会話をしたので狸が頭に浮かんだんでしょう。別にペットの種類を外したからといって、それで満緒さんの信頼がなくなるわけでもありませんしね」
確か小説に書いてあったのはこんな会話だった。
『それじゃあ満緒さん、早速依頼の話に移りたいんですが、動物の霊を供養してほしいってことでしたね』
『ええ。実は最近飼ってたペットが亡くなって、そいつが今でも俺の周りに出てくるんですよ』
『もしかして狸かな?』
別に何でもない会話だ。
満緒はもともと椿を疑っていたため、あっさりとペットの種類を当てられたことに驚き、椿に信頼を寄せていった。
椿なら自分の計画通りことを進めてくれるのではないか、そう確信したんだろう。
けれど満緒にとって失敗だったのは、椿の観察眼を舐めていたことだ。
椿は満緒の嘘を簡単に見破り、父親殺しという最悪の犯罪を犯すことを防いだ。満緒にとっては悪夢でしかないが、周りの人間にとっては幸運だったはずだ。
「寺がその後どうなったか知りたくないですか」
私が言う。
「どういう意味だ」
「あなたの小説に書いてあるところは全て訪問してみましたよ。最初の事件では殺された母娘の夫、2つ目の事件では寺の住職、最後の事件では依頼者本人に会って話を聞きました」
「…………」
「今、あの寺で住職は一人で生活されています。奥様と離縁し、息子とも縁を切ったそうです。あなたには大変感謝されていましたよ。自分は息子の悪事を分かっていながら、子供可愛さでそれを断罪しなかった。それどころか、さらに罪を犯す手助けをするところだったと」
「…………」
何を考えているのだろう、椿は無言で絨毯の染みを見続けていた。
私は構わず話し続けることにした。
「最後の事件で見た少女の霊に関しては典型的なパターンです。あなたが屋敷に入ったとき、少女らしき霊を目撃しています。事前に妹が失踪したと依頼を受けている訳ですから、そういった幻覚が見えたんでしょう」
「……」
「あなたが屋敷に入ったとき、少女の顔ははっきりしていなかった。それもそのはず、あなたはその時点で少女の顔を知らないんです。霊として思い浮かべることなどできないはず」
だが、その後案内された部屋で椿は写真立てに入った少女の顔を確認した。
「あなたに霊力があるのなら、今現在の……つまり14歳の少女の霊を見ているはず。なのに、あなたは小学生くらいの少女を見ているんです。なぜなら、あなたが見た写真は小学生の頃の里佳子さんだったからです」
――両親らしき2人の男女と、学生服を着た若い頃の一志、そして小学生くらいの少女が映っていた。まだあどけなさの残る可愛らしい少女だった。
「写真を見たことで、あなたは少女の顔を認識しました。だから来たときには見えなかった霊の顔が、帰り際にははっきりしていたんです。とても分かりやすいじゃないですか。あなたには霊など見えていないのです」
椿は苦しそうに目頭を押さえ、疲れたといった風に背中をソファーにもたせ掛けた。
「何とでも言うがいいさ。お前の言いたいことはそれだけなら、もう帰ってくれないか。俺には霊が見えない、ただのほら吹きだ、それでいいじゃないか」
「いえ。そう言うわけにはいきません。私は依頼を受けているんです。紗里さんを見つけてほしいと」
「だから、ここに紗里はいないと何度も言ってるだろ」
紗里の居場所は頑として吐こうとしないが、椿の様子には当初のような威勢はない。僅かながら疲れが見えてきているようだ。
このまま彼を追い詰めていくしかない、私は腹をくくって話を続けた。
自身の中で葛藤があるのだろう、時折頭を振って何事が唸っている。
私はこの機会に、彼が霊だと思っている現象に答えを出していった。
「2つ目の事件で見た狸ですが、あれはあなた自身が小説で書いているように<生きた狸>でしょう。霊でもなんでもなく、普通にそこに存在したんです」
「俺は満緒がペットの種類を明かす前に、それが狸だと指摘した。普通なら犬か猫を想像するのに、俺は相手から話を聞く前にそれが指摘できたんだ」
だから、なんだというのだろう。それが霊力だとでも言いたいのだろうか。
「申し訳ありませんが、あそこは地元では有名な寺で、別名<狸寺>とも呼ばれています。野生の狸が良く集まってくるようで、ネットで調べれば一般人のブログにもたくさん出ています。実際に狸の像も建っているくらいですからね」
「だから俺が事前に知っていたとでも?」
「ええ、あなたは事前調査をして寺が狸を祭っていると認識していました。その流れで満緒さんと会話をしたので狸が頭に浮かんだんでしょう。別にペットの種類を外したからといって、それで満緒さんの信頼がなくなるわけでもありませんしね」
確か小説に書いてあったのはこんな会話だった。
『それじゃあ満緒さん、早速依頼の話に移りたいんですが、動物の霊を供養してほしいってことでしたね』
『ええ。実は最近飼ってたペットが亡くなって、そいつが今でも俺の周りに出てくるんですよ』
『もしかして狸かな?』
別に何でもない会話だ。
満緒はもともと椿を疑っていたため、あっさりとペットの種類を当てられたことに驚き、椿に信頼を寄せていった。
椿なら自分の計画通りことを進めてくれるのではないか、そう確信したんだろう。
けれど満緒にとって失敗だったのは、椿の観察眼を舐めていたことだ。
椿は満緒の嘘を簡単に見破り、父親殺しという最悪の犯罪を犯すことを防いだ。満緒にとっては悪夢でしかないが、周りの人間にとっては幸運だったはずだ。
「寺がその後どうなったか知りたくないですか」
私が言う。
「どういう意味だ」
「あなたの小説に書いてあるところは全て訪問してみましたよ。最初の事件では殺された母娘の夫、2つ目の事件では寺の住職、最後の事件では依頼者本人に会って話を聞きました」
「…………」
「今、あの寺で住職は一人で生活されています。奥様と離縁し、息子とも縁を切ったそうです。あなたには大変感謝されていましたよ。自分は息子の悪事を分かっていながら、子供可愛さでそれを断罪しなかった。それどころか、さらに罪を犯す手助けをするところだったと」
「…………」
何を考えているのだろう、椿は無言で絨毯の染みを見続けていた。
私は構わず話し続けることにした。
「最後の事件で見た少女の霊に関しては典型的なパターンです。あなたが屋敷に入ったとき、少女らしき霊を目撃しています。事前に妹が失踪したと依頼を受けている訳ですから、そういった幻覚が見えたんでしょう」
「……」
「あなたが屋敷に入ったとき、少女の顔ははっきりしていなかった。それもそのはず、あなたはその時点で少女の顔を知らないんです。霊として思い浮かべることなどできないはず」
だが、その後案内された部屋で椿は写真立てに入った少女の顔を確認した。
「あなたに霊力があるのなら、今現在の……つまり14歳の少女の霊を見ているはず。なのに、あなたは小学生くらいの少女を見ているんです。なぜなら、あなたが見た写真は小学生の頃の里佳子さんだったからです」
――両親らしき2人の男女と、学生服を着た若い頃の一志、そして小学生くらいの少女が映っていた。まだあどけなさの残る可愛らしい少女だった。
「写真を見たことで、あなたは少女の顔を認識しました。だから来たときには見えなかった霊の顔が、帰り際にははっきりしていたんです。とても分かりやすいじゃないですか。あなたには霊など見えていないのです」
椿は苦しそうに目頭を押さえ、疲れたといった風に背中をソファーにもたせ掛けた。
「何とでも言うがいいさ。お前の言いたいことはそれだけなら、もう帰ってくれないか。俺には霊が見えない、ただのほら吹きだ、それでいいじゃないか」
「いえ。そう言うわけにはいきません。私は依頼を受けているんです。紗里さんを見つけてほしいと」
「だから、ここに紗里はいないと何度も言ってるだろ」
紗里の居場所は頑として吐こうとしないが、椿の様子には当初のような威勢はない。僅かながら疲れが見えてきているようだ。
このまま彼を追い詰めていくしかない、私は腹をくくって話を続けた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
お前に『幸福』は似合わない
アタラクシア
ホラー
2015年。梅雨の始まりが告げられる頃。
叢雲八重(むらくもやえ)は彼女――今は『妻』である青谷時雨(あおたにしぐれ)への誕生日プレゼントに悩んでいた。時雨の親友である有馬光(ありまてる)や八重の悪友である沖見弦之介(おきみげんのすけ)に相談し、四苦八苦しながらも、八重はプレゼント選びを楽しんでいた。
時雨の誕生日の3日前。2人は時雨の両親に結婚の了承を得に行っていた。最初はあまりいい顔をされていなかったが、父親からは認められ、母親からも信頼されていたことを知る。次に会うのは結婚式。4人は幸せそうに笑っていた。
そして――時雨の両親は謎の不審死を遂げた。
その日を境に時雨は自殺未遂を繰り返すようになってしまう。謎の言葉を呟く時雨に疑問に思いながらも介抱を続ける八重。そんな最中、八重は不思議な夢を見るようになる。
それは時雨が――実の両親を殺している夢。
あまりにも時雨の姿からかけ離れていた景色に疑問を抱いた八重は、弦之介と共に時雨の過去を調べ始める。時雨の家や関係者を辿っていくうちに、2人はとある『女』の情報を手にする――。
やってはいけない危険な遊びに手を出した少年のお話
山本 淳一
ホラー
あるところに「やってはいけない危険な儀式・遊び」に興味を持った少年がいました。
彼は好奇心のままに多くの儀式や遊びを試し、何が起こるかを検証していました。
その後彼はどのような人生を送っていくのか......
初投稿の長編小説になります。
登場人物
田中浩一:主人公
田中美恵子:主人公の母
西藤昭人:浩一の高校時代の友人
長岡雄二(ながおか ゆうじ):経営学部3年、オカルト研究会の部長
秋山逢(あきやま あい):人文学部2年、オカルト研究会の副部長
佐藤影夫(さとうかげお)社会学部2年、オカルト研究会の部員
鈴木幽也(すずきゆうや):人文学部1年、オカルト研究会の部員
【改稿版】骨の十字架
園村マリノ
ホラー
叔父大好きヒロイン(二〇歳無職)とヴードゥーの精霊バロン・サムディ、男子高校生(金髪)とちびっこデュラハン、大食い男子大学生(眼鏡)と喋るカラスが、中高生ばかりを狙う殺人ピエロの化け物に立ち向かう物語。
(ダーク)ファンタジー要素多めです。
※他投稿サイトでも公開しております。
※矛盾点や誤字脱字、その他変更すべきだと判断した部分は、気付き次第予告・報告なく修正しますのでご了承ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
参考文献(敬称略)
佐藤文則『ダンシング・ヴードゥー ハイチを彩る精霊たち』(凱風社)
檀原照和『ヴードゥー大全 アフロ民俗の世界』(夏目書房)
『2017〜2018 地球の歩き方 アイルランド』(ダイヤモンド社)
婚約者の形見としてもらった日記帳が気持ち悪い
七辻ゆゆ
ファンタジー
好きでもないが政略として婚約していた王子が亡くなり、王妃に押し付けられるように形見の日記帳を受け取ったルアニッチェ。
その内容はルアニッチェに執着する気持ちの悪いもので、手元から離そうとするのに、何度も戻ってきてしまう。そんなとき、王子の愛人だった女性が訪ねてきて、王子の形見が欲しいと言う。
(※ストーリーはホラーですが、異世界要素があるものはカテゴリエラーになるとのことなので、ファンタジーカテゴリにしています)
真事の怪談 ~妖魅砂時計~
松岡真事
ホラー
? 『本当に怖い話、読みたくなる怪談とは何なのか?!』の追求――
2017年11月某日、長崎県西端 田舎を極めた田舎のとあるファミレスに、四人の人間が密かに集った。一人はアマチュアの実話怪談作家・松岡真事。残る三人は、彼に怪談を提供した本物の怪奇現象体験者たち。
「あなた達は、世にも希なる奇妙な出来事に遭遇された縁ある方々だ。そんなあなた方に問いたい。どんな怪談が、いちばん心の琴線に触れる、だろうか?」
導き出された答え。「直ぐに読めてゾクッとする物語」を蒐めに蒐めた実話怪談集!
ショートショート感覚で繰り出される、異様な現実の数々。因縁、妖魔、呪詛、不可思議が織りなす奇妙怪奇なカレイドスコープ。覗き見たあなたは何を見るか。そこには、流れ落ちる色とりどりな魔石の砂々。さらさらと、流れ落ちたる砂時計。
さらさら、さらさら、さらさらと――
もう元の世界に戻れなくなる。あなたを誘う小さな物語たち。
どこからなりと、御賞味を――
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる