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綴じた本・1
2:対峙
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招き入れられた部屋は、事務所兼自宅として利用している一室だった。
客人用のソファーと机が中央に置かれており、その奥に男自身が仕事で使うであろう大きなデスクが配置してある。
そこにはノートパソコンと電卓、小説などが置かれており、部屋全体としてはきちんと整理整頓が行き届いている様子だった。
男は私をソファーに誘導し、自身はその反対側に腰を降ろすと、顰め面な表情でこちらをひとにらみして、横柄な態度で足を組んだ。
私は男の横の何もない空間に視線を向け、困ったように苦笑いした後、小さく頷いた。
「客じゃないなら茶は出さない、とっとと要件を頼むよ」
「ええ」
ずいぶんとせっかちな男だな。
私は相手の気が変わらないうちにと、話を始めた。
「実はある女性を探しているんです。三宅さんによるとあなたと一緒にいるのではないかと」
男はわざとらしく自室を見渡して眉を潜める。
「おいおい、どこに女っ気があるってんだ? お茶を入れてくれる事務員すら雇えない商売だってのに、女を食べさせていくなんてもってのほかだ」
「そのようですね」
私は失礼にならない程度に部屋全体をゆっくり見渡す。
全体的に殺風景な印象を受けるが、床には質のいいカーペットが敷かれ、キャビネットの上には女神像、壁には女性の肖像画、デスクの上には一輪挿しの壺が配置されている。全体的に上品な印象を受けた。
貧弱で神経質そうな目の前の男の趣味とは思えない。元々両親と住んでいた家だというから母親、もしくは芸術家だった父親の趣味なのだろう。
私は部屋の端に積まれた段ボールの山に目を留めて、男に尋ねた。
「お引越しですか?」
「ああ。今その準備で忙しいんだ、ここに女はいない、分かったらとっとと帰ってくれ」
わざとだろうか、男はこちらと目線を合わさず、私の真横あたりのカーペットに視線を向けている。
「だいたい、なんで俺のところに来たんだ。迷惑なんだよ」
私は男の様子を見ながら、尋ね返す。
「大丈夫ですか? どこか体調でも?」
「は? どういう意味だ」
本人は気づいていないのだろうか、先ほどから指をぶるぶる震わせ、カーペットの一点を凝視している。ちょっと異様な様相だ。
「薬が切れているのかな、と思いまして」
その言葉を聞いた男は、ぎょろりと瞳だけを動かして、カーぺットから私の方へ視線を向けた。
「何が言いたいんだ」
「いえ、典型的な禁断症状に見えたものですから。勘違いでしたらすいません。別にそれを咎めるつもりもありません」
男はしばらく私を睨みつけていたが、再び視線をカーペットに落として答える。
「メンタルに問題を抱えていて、薬に頼っているのは確かだ。特にお前みたいな胡散臭い男が家に来た日には、余計に症状が悪化する」
「すみません」
私は苦笑する。
あからさまに帰れ光線を浴びせられているが、ここで引き下がるわけにはいかない。私は遠慮なしに相手の領域に踏み込んでいく。
「通われているのはSクリニックですよね?」
私の口からそのクリニックの名前が出た途端、男はさっと顔を上げ、気味の悪いものを見るような目つきをした。
仕方ない、これも私の商売だ。
「申し訳ありません。事前に少し調べさせてもらいました」
「調べるって……何を考えてるんだ。やっていいことと悪いことがあるだろ、どういうつもりだ」
「本当に申し訳ありません。……ただ、あなたが本当のことを書いているのか確かめたかったものですから」
「なに?」
私は鞄の中から1冊の本を取り出し、机の上に置いた。
それは今から半年ほど前、目の前の男が上梓した小説だった。
タイトルは「トラワレビト」。
いるはずのない霊に心を囚われた人たちをお祓い屋の主人公が救っていく、実話をベースにした短編集だ。
男はしばらくその本を凝視した後、私と視線を合わせた。
その瞬間を待っていたように、私は本題に入る。
「椿風雅さん、正直に答えてください。三宅紗里さんはどこにいるんですか?」
客人用のソファーと机が中央に置かれており、その奥に男自身が仕事で使うであろう大きなデスクが配置してある。
そこにはノートパソコンと電卓、小説などが置かれており、部屋全体としてはきちんと整理整頓が行き届いている様子だった。
男は私をソファーに誘導し、自身はその反対側に腰を降ろすと、顰め面な表情でこちらをひとにらみして、横柄な態度で足を組んだ。
私は男の横の何もない空間に視線を向け、困ったように苦笑いした後、小さく頷いた。
「客じゃないなら茶は出さない、とっとと要件を頼むよ」
「ええ」
ずいぶんとせっかちな男だな。
私は相手の気が変わらないうちにと、話を始めた。
「実はある女性を探しているんです。三宅さんによるとあなたと一緒にいるのではないかと」
男はわざとらしく自室を見渡して眉を潜める。
「おいおい、どこに女っ気があるってんだ? お茶を入れてくれる事務員すら雇えない商売だってのに、女を食べさせていくなんてもってのほかだ」
「そのようですね」
私は失礼にならない程度に部屋全体をゆっくり見渡す。
全体的に殺風景な印象を受けるが、床には質のいいカーペットが敷かれ、キャビネットの上には女神像、壁には女性の肖像画、デスクの上には一輪挿しの壺が配置されている。全体的に上品な印象を受けた。
貧弱で神経質そうな目の前の男の趣味とは思えない。元々両親と住んでいた家だというから母親、もしくは芸術家だった父親の趣味なのだろう。
私は部屋の端に積まれた段ボールの山に目を留めて、男に尋ねた。
「お引越しですか?」
「ああ。今その準備で忙しいんだ、ここに女はいない、分かったらとっとと帰ってくれ」
わざとだろうか、男はこちらと目線を合わさず、私の真横あたりのカーペットに視線を向けている。
「だいたい、なんで俺のところに来たんだ。迷惑なんだよ」
私は男の様子を見ながら、尋ね返す。
「大丈夫ですか? どこか体調でも?」
「は? どういう意味だ」
本人は気づいていないのだろうか、先ほどから指をぶるぶる震わせ、カーペットの一点を凝視している。ちょっと異様な様相だ。
「薬が切れているのかな、と思いまして」
その言葉を聞いた男は、ぎょろりと瞳だけを動かして、カーぺットから私の方へ視線を向けた。
「何が言いたいんだ」
「いえ、典型的な禁断症状に見えたものですから。勘違いでしたらすいません。別にそれを咎めるつもりもありません」
男はしばらく私を睨みつけていたが、再び視線をカーペットに落として答える。
「メンタルに問題を抱えていて、薬に頼っているのは確かだ。特にお前みたいな胡散臭い男が家に来た日には、余計に症状が悪化する」
「すみません」
私は苦笑する。
あからさまに帰れ光線を浴びせられているが、ここで引き下がるわけにはいかない。私は遠慮なしに相手の領域に踏み込んでいく。
「通われているのはSクリニックですよね?」
私の口からそのクリニックの名前が出た途端、男はさっと顔を上げ、気味の悪いものを見るような目つきをした。
仕方ない、これも私の商売だ。
「申し訳ありません。事前に少し調べさせてもらいました」
「調べるって……何を考えてるんだ。やっていいことと悪いことがあるだろ、どういうつもりだ」
「本当に申し訳ありません。……ただ、あなたが本当のことを書いているのか確かめたかったものですから」
「なに?」
私は鞄の中から1冊の本を取り出し、机の上に置いた。
それは今から半年ほど前、目の前の男が上梓した小説だった。
タイトルは「トラワレビト」。
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男はしばらくその本を凝視した後、私と視線を合わせた。
その瞬間を待っていたように、私は本題に入る。
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