41 / 80
執着心 後編
21話
しおりを挟む
「住職の体調が悪くなった最初のきっかけは本当に胃潰瘍だったんでしょう。実際に潰瘍ができていたんですから、病院でいろんな検査をするでしょうし。その時点で満緒さんが何かしていれば、血液の数値に出ます。ですが、その後も一向に病気が良くならない、あなたは薄々気付いていたんじゃないですか、満緒さんが用意したものを食べるたびに体調が悪くなると」
「…………」
「違いますか、ご住職」
「…………その通りです」
住職が言った途端、満緒は絶望したような表情で、数歩よろめいてその場に座り込んだ。
「満緒が京香を脅していたことは何も知りませんでしたが、息子が私を殺そうとしているのは気づいていました。私が弱っていく姿を見て、どこかで改心してくれれば、そう思っていたんです。だって血の繋がった親子です、まさか本気で殺そうとするなんて考えもしないでしょう」
住職は全てを分かっていながら、満緒を受け入れたのだ。
これぞ究極の愛、無償の愛だ。
「満緒さん、あなたの父親は素晴らしい人だ。これこそ究極の愛だよ。息子の罪を庇って死んでいこうなんて、こんな親子の絆がどこにあるんだい。私にはそんな両親がいなかったから、君のことが心の底から羨ましいよ」
その言葉を聞いて、京香は薄気味悪いようなものを見る目つきで俺を見た。
だが、俺は気にしていない。恥ずかしい話だが、住職の子供を思う純粋な気持ちに本当に感動したのだ。
残念なことにその気持ちがひとつも満緒に伝わっていないことが悔やまれる。
「男手ひとつで満緒さんを育て、彼が非行に走っても彼のことを庇い続けた。そればかりか、満緒さんが自分に手をかけようとしていると気づいた今でも、彼のことを見放すことができないでいる。そうではないですか?」
住職は何も言わなかった。
俺の言っていることは的を得ているのだろう。住職は満緒がどれだけ悪に染まろうと、彼のことを愛し守り続けるだろう。
「満緒さんが私に依頼をよこしたのはポン吉の供養なんかじゃないね? 警察に疑われた時に備え、ご住職が義母に殺されたと証言してくれる証人が必要だったんだ」
「…………」
「知人は君がどんな人物か知っているから証人として不適任。だって、誰しも君の方を疑うだろうからね。だからできるだけ第三者の目線で、簡単に金で転びそうな証人が必要だったんだ」
そう、俺のように詐欺師まがいの商売をやっている人間がそれに適任だ。
住職が死んだ後、京香と2人で生活する予定だったが、もし京香に拒まれたときのことを考えて満緒は俺を証人に仕立て上げたのだ。
京香が満緒のところから去るようなことがあれば、彼女を刑務所という檻に閉じ込めて誰の物にもならないように掴まえておく。そうすれば満緒の溜飲も下がるのだろう。
正直言って、これほどまでの満緒の異様な思考状態を理解できてしまえる自分が怖い。
満緒は京香が未だに矢島のことを思っていることに気付いており、彼のもとへ戻ってしまうのが許しがたかったのだろう。男の見栄なのか、プライドなのか、とにかく凶悪な嫉妬心には間違いない。
室内は台風が去った後のように静まりかえっている。
「さて、私の仕事はここまでです。この後どうするのかは家族の問題です。今警察を呼んでこの映像と瓶の薬を調べさせれば満緒さんには不利な状況になる。それをするかしないかはあなたたちの問題です」
けれど、おそらく住職は満緒を庇うだろう、俺はそう確信していた。
自分の命すら危険に晒して満緒を改心させようとした父親だ、京香に土下座をしてでも息子を庇い続けるだろう。
俺は最後に、満緒さんに声をかけた。
「満緒さん、京香さんに対する執着心は早く捨てたほうがいい。そうしないと取り返しのつかないことが起こるよ」
父親を本気で殺そうとした息子、全てが表沙汰になった今、その衝動を抑え込むのか爆発させるのかは満緒自身の精神力にかかっている。
どうかこの家族が残りの人生を平凡に、そして普通の家族のように過ごしてほしいと願ってやまない。
俺は心の底から祈りをこめて、依頼者の自宅を後にした。
「…………」
「違いますか、ご住職」
「…………その通りです」
住職が言った途端、満緒は絶望したような表情で、数歩よろめいてその場に座り込んだ。
「満緒が京香を脅していたことは何も知りませんでしたが、息子が私を殺そうとしているのは気づいていました。私が弱っていく姿を見て、どこかで改心してくれれば、そう思っていたんです。だって血の繋がった親子です、まさか本気で殺そうとするなんて考えもしないでしょう」
住職は全てを分かっていながら、満緒を受け入れたのだ。
これぞ究極の愛、無償の愛だ。
「満緒さん、あなたの父親は素晴らしい人だ。これこそ究極の愛だよ。息子の罪を庇って死んでいこうなんて、こんな親子の絆がどこにあるんだい。私にはそんな両親がいなかったから、君のことが心の底から羨ましいよ」
その言葉を聞いて、京香は薄気味悪いようなものを見る目つきで俺を見た。
だが、俺は気にしていない。恥ずかしい話だが、住職の子供を思う純粋な気持ちに本当に感動したのだ。
残念なことにその気持ちがひとつも満緒に伝わっていないことが悔やまれる。
「男手ひとつで満緒さんを育て、彼が非行に走っても彼のことを庇い続けた。そればかりか、満緒さんが自分に手をかけようとしていると気づいた今でも、彼のことを見放すことができないでいる。そうではないですか?」
住職は何も言わなかった。
俺の言っていることは的を得ているのだろう。住職は満緒がどれだけ悪に染まろうと、彼のことを愛し守り続けるだろう。
「満緒さんが私に依頼をよこしたのはポン吉の供養なんかじゃないね? 警察に疑われた時に備え、ご住職が義母に殺されたと証言してくれる証人が必要だったんだ」
「…………」
「知人は君がどんな人物か知っているから証人として不適任。だって、誰しも君の方を疑うだろうからね。だからできるだけ第三者の目線で、簡単に金で転びそうな証人が必要だったんだ」
そう、俺のように詐欺師まがいの商売をやっている人間がそれに適任だ。
住職が死んだ後、京香と2人で生活する予定だったが、もし京香に拒まれたときのことを考えて満緒は俺を証人に仕立て上げたのだ。
京香が満緒のところから去るようなことがあれば、彼女を刑務所という檻に閉じ込めて誰の物にもならないように掴まえておく。そうすれば満緒の溜飲も下がるのだろう。
正直言って、これほどまでの満緒の異様な思考状態を理解できてしまえる自分が怖い。
満緒は京香が未だに矢島のことを思っていることに気付いており、彼のもとへ戻ってしまうのが許しがたかったのだろう。男の見栄なのか、プライドなのか、とにかく凶悪な嫉妬心には間違いない。
室内は台風が去った後のように静まりかえっている。
「さて、私の仕事はここまでです。この後どうするのかは家族の問題です。今警察を呼んでこの映像と瓶の薬を調べさせれば満緒さんには不利な状況になる。それをするかしないかはあなたたちの問題です」
けれど、おそらく住職は満緒を庇うだろう、俺はそう確信していた。
自分の命すら危険に晒して満緒を改心させようとした父親だ、京香に土下座をしてでも息子を庇い続けるだろう。
俺は最後に、満緒さんに声をかけた。
「満緒さん、京香さんに対する執着心は早く捨てたほうがいい。そうしないと取り返しのつかないことが起こるよ」
父親を本気で殺そうとした息子、全てが表沙汰になった今、その衝動を抑え込むのか爆発させるのかは満緒自身の精神力にかかっている。
どうかこの家族が残りの人生を平凡に、そして普通の家族のように過ごしてほしいと願ってやまない。
俺は心の底から祈りをこめて、依頼者の自宅を後にした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
円満婚約破棄をしたらゆるい王妃様生活を送ることになりました
ごろごろみかん。
恋愛
死霊を祓うことのできる霊媒師・ミシェラは皇太子から婚約破棄を告げられた。だけどそれは皇太子の優しさだと知っているミシェラは彼に恩返しの手紙を送る。
そのまま新興国の王妃となったミシェラは夫となった皇帝が優しい人で安心する。しかもゆるい王妃様ライフを送ってもいいと言う。
破格の条件だとにこにこするミシェラはとてつもないポジティブ思考の持ち主だった。
勘違いものです
ゆるゆる更新で気が向いた時に更新します
君との空へ【BL要素あり・短編おまけ完結】
Motoki
ホラー
一年前に親友を亡くした高橋彬は、体育の授業中、その親友と同じ癖をもつ相沢隆哉という生徒の存在を知る。その日から隆哉に付きまとわれるようになった彬は、「親友が待っている」という言葉と共に、親友の命を奪った事故現場へと連れて行かれる。そこで彬が見たものは、あの事故の時と同じ、血に塗れた親友・時任俊介の姿だった――。
※ホラー要素は少し薄めかも。BL要素ありです。人が死ぬ場面が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ノスタルジック;メトリー ①帯付く村
臂りき
ホラー
高校生最後の冬、彼女に思いの丈を打ち明けるはずだった僕は死んだ。
約束の場所に向かう途中に遭遇した未知の存在との接触後、肉体を失った僕は彼女の守護に徹することに決めた。
しかし、元より内に熱いものを秘めた彼女を見守ることは容易ではなかった。
彼女の趣味である小旅行もとい「廃墟・心霊・パワスポ巡り」には何故かいつも不可思議な現象が付きまとう。
やがてそのどれもが僕の「死」と無関係ではないことを二人は知ることになる。
【探索メイン、稀に戦闘有り】
【やるべきことは二つ。 何より彼女のことを見守ること。あわよくば失った肉体を取り戻すこと】
※作中に登場する人物、地名は実在するものとほとんど関係ありません。安心してお読みください。
短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)
本野汐梨 Honno Siori
ホラー
あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。
全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。
短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。
たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。
私の彼氏はどうやら呪物のようです
蒼琉璃
ホラー
亡くなった祖母の遺品を整理していたら、蔵から怪しい木箱を見つけた依子。
それを開けると、中から出てきたのは顔中に札を貼った奇妙な男性で――――!?
百鬼(なきり)と名乗る呪物と奇妙な同棲生活が始まる。
あやかし×ラブコメホラー(?)
最凶な彼氏、最強なセコム。
※舞台は昭和五十年前半ですので古い言葉遣いだったり、考えなどは現代と異なります
※雨宮シリーズとリンク
※ハピエン
※Illustrator Suico様
ここは超常現象お悩み相談所ではありません
陽炎氷柱
ホラー
「だから魔法も物理も通用しない案件を持ってくるんじゃない」
憧れの魔法学園に入学できたルチア・サンタリオは、不思議なモノに溢れている校内を見ても「都会ってスゲー!」としか思っていなかった。
しかし、ある事件をきっかけに自分が見えているものが他人と違うことに気付き……。
ほんのり怖い魔法学園の日常。スレッド形式と小説形式が混ざっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる