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執着心 前編

6話

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 安杜成寺から車を走らせて15分ほどの距離にある市民病院の個室に、満緒の父親は入院していた。
 本名は光照というが、寺では光安住職と呼ばれているようだ。

 義母が父親を手に掛けようとしている、満緒からそんな恐ろしい話を聞かされていたため、ある程度覚悟をして行ったのだが住職にそんな悲壮感は微塵も出ていなかった。

 事前に俺が行くと息子から伝え聞いていたため、住職は笑顔で俺を迎え入れてくれた。俺は礼儀として名刺を差し出したが、相手は俺の職業を見ても嫌な顔ひとつせず大きく頷いた。

「お祓い屋ですか。わざわざ遠いところからうちのバカ息子のためにお越しいただいて」
「いえ、とんでもありません。これが仕事ですから」

 俺は来る途中で適当に見つけた和菓子屋のみたらし団子を住職に差し出した。

「おお、これはこれは風万堂のみたらしじゃないですか。大好物なんですよ」

 偶然なのか、相手が気を遣ってくれたのか、とりあえず手土産はこのチョイスで正解だったようだ。
 俺は住職に勧められるままに、折りたたみいすをベットの横に置いて、そこに腰を降ろした。
 チェック柄のパジャマに身を包んだツルツル頭の住職は、常に笑顔を絶やさず人の良さそうな人物だった。目元が満緒に似ているだろうか。
 俺は失礼を承知で、最初に病名を確認した。

「あの失礼ですが、どこか体調が悪いんでしょうか?」
「ああ、満緒から聞いていませんか?」
「いえ、体を悪くして入院しているとだけ」

 俺はあえて義母が住職を殺そうとしている、という話は伏せた。
 依頼人は満緒であって住職ではない、守秘義務を優先させることが先決だ。

「そうですか、医者からは胃潰瘍だと聞かされています。ただ、検査の際に腸の方にも炎症とポリープが見つかったんです。ついでに、体力も落ち切っていて軽い肺炎も発症してますし、ボロボロですよ、ハハ。しばらく入院して様子を見ようということになってます。こんな目にあうのも、ストレスのせいでしょうな」
「ストレスですか。お寺だと朝早くからおつとめがあって大変でしょう」
「いえいえ、そんなのは子供の頃から経験していますから早寝早起きが習慣付いています。私は今の職業が天職だと思っているんですよ」

 心からそう思っている住職を前に、詐欺まがいの商売をしている自分が後ろめたく思えた。住職の息子相手に詐欺を働いて罰は当たらないだろうか。
 俺が考え込んでしまったため、住職はあえて面白おかしく会話を続けた。

「ストレスの原因は満緒ですよ。あいつには昔っから苦労させられっぱなしで」
「ああ、少しお話を聞きました。高校生時代はずいぶん荒れていたとか」
「他人のあなたにまでそんな話をしたんですか。あいつは自分がグレていたことを自慢話だと勘違いしているんですよ。こっちがどれだけ苦労したか。度々学校に呼び出され、ケンカ沙汰を起こしては相手に謝罪に行く日々です。警察からの連絡もしょっちゅうでした」
「それは大変でしたね」

 寺の息子が立派に育つとは限らない。俺は心の底から住職に同情した。

「20を過ぎてようやく落ち着いてはきましたが、今はギャンブルにはまってるみたいで」
「ギャンブルですか」

 寺の息子がそんなことしてもいいのか、と思ったがそれは職業偏見だろう。

「全くいくつになってもバカはバカです。私としては早く真面目になって寺を継ぐ準備をしてほしいと思っているんです。ここ数年そのことで喧嘩が絶えません」
「そうですか。まだ自由でいたい年頃なんでしょう」

 俺の言葉に住職は苦笑する。

「ところで椿さん……でしたかな、息子は動物霊の供養をあなたにお願いしたとか?」
「ええ、そうです。狸のポン吉くんです。最近亡くなったそうで、成仏できずにまだ彼の側から離れないんだそうです」
「何ていい加減なことを」

 住職は呆れたようにため息を落とす。

「寺の関係者からの依頼ということで最初は驚きましたが、ご住職が入院されているということで納得しました。満緒さんでは供養する技術がないため私に依頼をしてきたようです」
「そういうことですか。確か2か月ほど前ですか、ポン吉が死んだのは。もともと野生の狸だったんですが、ケガをしているところを助けてやったことで懐いてしまってね。寺の軒下で勝手に生活するようになった上に、ただ飯もねだるようになったんです。とんだ無銭飲食狸でしたが、可愛い奴でしたよ」

 住職はポン吉を思い出したのか、瞳を潤ませる。満緒だけでなく、ポン吉は多くの人たちに愛されていたのだろう。

 ここまでの俺の印象としては、住職は饒舌で人当たりの良い人物だということだ。
 家庭内暴力なんかで義母が住職に殺意を抱く感じでもなし、もし本当に義母が旦那を殺そうとしているのなら満緒のいうとおり遺産目当てということだろう。
 満緒の言葉を鵜呑みにするわけでもないが、義母に殺されかけているという悲壮感は出ていない。
 
 ただひとつ気になることがあるとしたら、住職の表情に死相が表れている事くらいだろうか。
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