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歓迎会
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訓練所でギャラリーの男達が盛り上がっていた。
長身の男であるマーカスは左のジャブを何度も繰り出す。
対戦相手のリリアナはというと、何度もそのジャブを顔に受け血だらけとなっていた。
鼻血だけでなく口の中も切れている。
右の目蓋も腫れあがっている。
誰が見ても圧倒的に婦警の方が不利な戦い。
それでも、リリアナの闘志を宿した瞳は曇らない。
「お嬢ちゃん、これ以上は止めた方がいいぜ」
「まだまだ!! 私は! 絶対! 諦めません!!」
彼女の宣言に歓声が上がる。
それに対し、レイナは腕組みをしながら傍観している。
「なあレイナ、彼女いくら吸血鬼になったとはいえこれ以上は……」
隣にいるデインが心配そうにするが、レイナは表情ひとつ変えない。
そうしている間にも何度もマーカスの左ジャブがリリアナの顔面を捉える。
どうやら彼女はその左を掴もうとしているようだが、当然マーカスは簡単には掴ませない。
(おいおい、俺は可愛子ちゃんを苛める趣味はねえぜ)
一瞬だけレイナを見るが、止める気配はない。
(仕方ねえ……)
マーカスは一旦離れる。
目的は次の一撃で終わらせるため。
リリアナは何度も殴られたせいで足元がふらついていた。
(悪いな、これで決めさせてもらうぜ)
もうカウンターの心配はないことを確認し、勢いよく前へ踏み出す。
彼女の意識を断ち切るための渾身の右ストレート。
今までの経験上、そのスピードとタイミングで外したことはない。
ホームランを確信してバッドを振る打者のように放たれた右の拳。
だが、その瞬間リリアナはしっかりと踏ん張る。
(何!?)
ふらついたのは演技だった。目に宿った闘志は消えていない。
リリアナは横へ避けると同時にマーカスの右腕を掴み、マーカス自身の勢いを利用した一本背負いを繰り出した。
男の長身が豪快に投げられる。
背中を床に叩きつけられた衝撃は凄まじく、訓練所全体に音が響き渡った。
「がはっ!?」
いくら吸血鬼といえど強烈な一本に数秒動けなくなる。
その隙をリリアナは血だらけとなった顔のまま見逃さない。
素早くマーカスの身体をうつ伏せにして右腕を後ろ手に捻りあげる。
「ああああああ!?」
右肩が脱臼してしまうのではかという激痛に叫ぶマーカス。
最早逆転は不可能だった。
「それまで」
レイナからの終了宣言。
それを聞いたリリアナはマーカスを解放した。
「やりました! 一本ですよね?」
試合後のボクサーのように顔の至る所が腫れたまま喜ぶリリアナ。
そんな彼女の顔も徐々に治っていく。
思ったより回復速度が速いようだった。
想定外の番狂わせに周りの男達は沸き上がる。
「すげえ!!」
「次は誰だ!? デインか?」
「掛けようぜ!! 俺はお嬢ちゃんに掛ける!!」
「静かに!!!!」
レイナからの一声で訓練所が静まり返る。
リリアナも喜びの表情が一変した。
だが、ここで引き下がらない。
「レイナさん、次の対戦、お願いします!!」
予想外の指名にレイナ以外の者達が凍りつく。
当のレイナは眉間にシワを寄せていた。
今にも銃を持って撃ちそうになる彼女を背に、デインが近づく。
「お嬢ちゃん、止めとけって、マジで死ぬかもしれないぞ!?」
「私、決めたんです!! 絶対諦めないって!!」
なにがあっても引かないと言わんばかりの表情。
デインは恐る恐るレイナの顔を見ると、静かに怒りを滲ませている様子だった。
「デイン、離れて」
レイナは着用していた黒のロングコートを脱ぎ、腰のプラチナブレードやマグナム銃が入ったホルスターを外し置いていく。
上はノースリーブの黒の防弾チョッキに下は黒のレザーという何も武器は持っていない状態となる。
「私に一発でも攻撃を当てれば合格にして上げる」
「なんでもありですか?」
「そう、受ける?」
「勿論です!!」
リリアナは構える。
そんな彼女に、デインは小声で話す。
「お嬢ちゃん、もうどうなっても知らねえぞ?」
「覚悟は出来てます」
「そうか……ならひとつアドバイスだ」
「なんですか?」
「レイナが動いた瞬間に攻撃しろ、一瞬で距離を詰めてくるからな、離れていようが関係ねえ」
「分かりました」
先程戦ったマーカスより強いということを頭に叩き込む。
アイヴィーからの話が正しければ当然のこと。
ここで一番強い相手にただ一発攻撃を当てる。
それだけに意識を集中させる。
「じゃあ、健闘を祈る、死ぬんじゃねえぞ」
「はい、ありがとうございます」
次のラウンド開始直前のセコンドのように離れるデイン。
ここで最強の戦力であるレイナと、番狂わせの新人という戦いに皆息を飲んで静かに見守る。
もしかしたら……。
そんな淡い期待をしている者もいた。
「デイン、開始の合図を……」
レイナが静かに伝えると、デインは右手を高く上げる。
「始め!!」
ついに始まった最強のベテランと期待の新人の対決。
だが、誰一人声を上げない。
皆レイナの強さが分かっていたからだ。
何人かは直接対決したことがあるのでその恐ろしさは身に染みて分かっていた。
試合は両者一切動かない。
構えているリリアナとは反対に、レイナは両手を上げていない。
それでもレイナから放たれる重圧は相当なものだった。
リリアナは両手を軽く握り、最速のパンチを出す体勢だった。
(一発、一発だけ、当てれば合格!!)
最早倒すこと等考えていない。
さっきのマーカスでさえ奇跡的にタイミングを合わせることが出来ただけである。
それ以上に強い相手ならもう触れる程度でも当たればいい。
一瞬の奇跡を信じてレイナからの攻撃を待つ。
次の瞬間だった。
レイナが視界から消えた。
正確には彼女の視界が捉えた映像を理解するのが遅かった。
その映像とは、リリアナの目の前に迫る拳だった。
まばたきする暇もなく、レイナの右の拳がリリアナの顔面を捉えていた。
すれ違う勢いをそのままに殴り倒す。
勝負は一瞬だった。
蹴飛ばされた空き缶のように倒れるリリアナ。
周囲は騒然となった。
数メートルとはいえ、一瞬で接近し殴ったレイナの容赦の無さに何の言葉も出なかった。
デインとマーカスが倒されたリリアナに駆け寄ると、白目を向いたまま気絶していた。
「医務室へ連れていって」
「あ、ああ、誰か! 担架! 担架持ってきてくれ!!」
レイナは表情一つ変えずに淡々と置いた武器を装着し直していく。
デインとマーカスは倒れている彼女が息をしているのを確認すると、別の者が持ってきた担架に乗せる。
「挑んだ勇気だけは誉めてやるよ」
マーカスが称えるが、当の本人は聞こえていない。
去っていく三人を見送ると、レイナは他の者達を見つめた。
「訓練を続けて」
静かに放たれた言葉に全員が無言のまま散り、二人一組での格闘訓練を再開する。
改めてレイナの強さを思い知った一戦だった。
数時間後、レイナは一人部屋に籠っていた。
ベッドに腰掛け、両手で顔を覆っている。
(やりすぎた……)
何度も心の中でリリアナに謝っていた。
理由としては、彼女に着いてきてほしくなかったことと、戦ってほしくなかったということ。
周囲からは激怒しているように見えたが、実際は諦めて欲しいと強く願っていただけだった。
明るく真っ直ぐな彼女に、吸血鬼や人狼と殺し合う凄惨な現場に立ち会ってほしくなかった。
二百年前、人間だった頃に友達になった少女セレーネ。
多少の性格の違いはあれど、どこか明るい所は似ていたため、情が移った。
しかし、さすがにやり過ぎたと自責の念に苛まれる。
嫌われることは構わない。
だが、あんなに強く当たるべきだったのか。
ずっと自問自答していると、誰かがドアをノックした。
「レイナ?」
「? アイヴィー?」
立ち上がってドアを開ける。
「レイナ、どうかしたの? もう出発したかと思ったんだけど……」
局長に言われて東南局に出向くはずの時刻はとっくに過ぎていた。
見張りからレイナが出ていっていないと聞いたアイヴィーは心配になって来たようだ。
「ごめんなさい、やっぱり調子が戻らなくて……悪いけど、局長に伝えてほしいの、あと二日、いえ、一日休みたいって」
「分かった、あまり無理しないでね」
「ええ、ありがとう」
これ以上心配を掛けさせないため多少は気丈に振る舞う。
それでもアイヴィーが居なくなり一人になるとまた自分を責め始めた。
このまま時間が止まってほしい。
明日なんてこないでほしい。
そう思いながらベッドに横になって目を閉じた。
「あああああああああああああああ!!!!」
エミリアは自分の部屋で喚き散らしていた。
シーツを破り、枕を引き裂き、手当たり次第に物を投げていった。
年下のアイヴィーに見下され、嫌いだったレイナを引き合いに出され、媚びようとした局長にすら拒まれた挙げ句今までろくに仕事をしていなかったことが裏目に出てしまった。
言ってみれば自業自得なのだが、無駄なプライドがそれを認めない。
「なんなのよ!! どいつもこいつも!! 私より年下のくせに!! 生意気なのよ!!!」
喉を痛める程叫ぶが、吸血鬼の再生力がすぐに痛めた粘膜を治していく。
それでも怒りが収まらず、仕返しのために頭を働かせる。
「そうよ、あいつ、ドクターがいるじゃない、あいつならきっと良い薬を持ってるはず」
未だに自分に都合の良いことしか考えていない。
まともに努力する気はなかった。
あくまでも権力を持った者に媚びて楽をしたい。
自身の美貌で籠絡して思いのままにしたい。
そんなことばかり考えていた。
そして思い付いたのがドクターことアルドリックの薬に頼るという安易な考えだった。
早速エミリアはドクターのいる研究室へを足を運んだ。
「うぅ、くっさいわね……」
研究室へと続く廊下。
遠くからでも分かる薬品の匂いにエミリアは鼻を抑えながら向かっていた。
やがて研究室へたどり着くと、ノックもせず開ける。
「ドクター、どこにいるの? くぅぅ……」
中は様々な臓器らしき物が入れられている瓶が大量にある。
どの棚を見ても吐き気しかしないグロテスクな光景に胃酸が逆流しそうだった。
「ちょっと、ドクター?」
嫌々ながら部屋を探索していく。
すると、奥に不思議な光景を目の当たりにした。
壁そのものがドアとなっていて、そこが開いていたのだ。
「なんなの?」
不思議に思い、入っていく。
中は少し薄暗く、目が慣れるまで数秒間見えにくかった。
だが、そこにあるのが何か理解するとさらに血の気が引いた。
いくつもの円柱型の水槽のような物の中に、腕や足などが液体と一緒に入っていた。
思わず吐きそうになるのを堪え、奥を見ると何者かが背中を見せて屈んでいた。
白衣を身にまとったその者はエミリアに気がつき立ち上がった。
「んん? ああ君か、私としたことが集中しすぎたか」
「ドクター、ここっていったい……えっ!?」
エミリアはドクターの背後にあるバケツ程の大きさの水槽を見て驚愕した。
なんと、その中にあるのは前局長だったライアンの頭部だった。
「ライアン!?!?」
ドクターを押し退け、水槽へ近寄る。
「そ、そんな、どうして、なんで、こんな……」
エミリアはあまりのおぞましさに震えが止まらない。
施設に戻されたという話だったが、なぜかその張本人が頭部だけとなり、ここにいたことが理解出来なかった。
「ドクター!! これは一体どう……!?」
怒りのまま振り返ると、アルドリックは防毒マスクを着用しながらスプレーをこちらに向けていた。
そのスプレーから謎の気体が噴射される。
思わず吸い込んでしまう。
すると、意識をそのままに全身から力が抜けその場に倒れてしまった。
「な、なに、を……」
「成功だな、吸血鬼相手にも効く神経毒の一種だ、まあ人間ならそのまま死ぬがな」
ドクターは倒れて動けなくなったエミリアを尻目にその場を離れ、受話器を手にした。
「ああ局長、申し訳ありません、エミリアに気付かれました、ええ、今は薬で動けなくしました、はい」
どうやら内線を使って局長に連絡しているらしい。
しかも、話ぶりからすると、ここのことやライアンのことも知っているようだった。
「はい、はい……分かりました、この女は処分します、身体のほうは私が実験に使用しても? ええ、分かりました、では」
電話を切ると、今度は銃型の注射器を手にエミリアに近づく。
「今君が吸った毒は効果がどれくらい続くか分からなくてね、追加で注入させてもらうよ」
ドクターは彼女の首筋に注射器を刺し、何かの薬品を注入していく。
それによってエミリアは意識が遠退いていくのを感じた。
必死にライアンの頭部が入っている水槽に手を伸ばす。
ライアンもまた意識があるのか、エミリアを見つめて口を動かすが発声が出来ないようだった。
「ちょうど母体が欲しかったところでね、まあ君の人生はもう終わりだが、その身体は有効に使わせてもらうよ」
そう言ってエミリアの身体をストレッチャーに乗せると、手術室へと連れていく。
ライアンとの距離が離れていくがどうにも出来ない。
やがて手術室へ入ると、ドクターは様々な器具を用意していく。
特にエミリアが恐怖したのは、ドクターが今まさに使おうとしていた医療用ノコギリ、通称骨鋸だった。
「手足は必要ないだろう、頭は……まあ必要か」
「ぅ……ぅぅ……」
必死に身体を動かそうとするが、薬のせいかペン一本すら持てない程力が入らない。
そんな彼女の身体を医療用ベルトで固定する。
「安心したまえ、薬でもう意識は正常に戻ることはない、まああれだ、来世に期待ということだな、私はそういった非科学的なことは信じてないが」
博士は無情にも手術を開始した。
この日以降、エミリアの姿を見た者はいなかった。
手術を担当したドクターと局長のランハート以外は。
長身の男であるマーカスは左のジャブを何度も繰り出す。
対戦相手のリリアナはというと、何度もそのジャブを顔に受け血だらけとなっていた。
鼻血だけでなく口の中も切れている。
右の目蓋も腫れあがっている。
誰が見ても圧倒的に婦警の方が不利な戦い。
それでも、リリアナの闘志を宿した瞳は曇らない。
「お嬢ちゃん、これ以上は止めた方がいいぜ」
「まだまだ!! 私は! 絶対! 諦めません!!」
彼女の宣言に歓声が上がる。
それに対し、レイナは腕組みをしながら傍観している。
「なあレイナ、彼女いくら吸血鬼になったとはいえこれ以上は……」
隣にいるデインが心配そうにするが、レイナは表情ひとつ変えない。
そうしている間にも何度もマーカスの左ジャブがリリアナの顔面を捉える。
どうやら彼女はその左を掴もうとしているようだが、当然マーカスは簡単には掴ませない。
(おいおい、俺は可愛子ちゃんを苛める趣味はねえぜ)
一瞬だけレイナを見るが、止める気配はない。
(仕方ねえ……)
マーカスは一旦離れる。
目的は次の一撃で終わらせるため。
リリアナは何度も殴られたせいで足元がふらついていた。
(悪いな、これで決めさせてもらうぜ)
もうカウンターの心配はないことを確認し、勢いよく前へ踏み出す。
彼女の意識を断ち切るための渾身の右ストレート。
今までの経験上、そのスピードとタイミングで外したことはない。
ホームランを確信してバッドを振る打者のように放たれた右の拳。
だが、その瞬間リリアナはしっかりと踏ん張る。
(何!?)
ふらついたのは演技だった。目に宿った闘志は消えていない。
リリアナは横へ避けると同時にマーカスの右腕を掴み、マーカス自身の勢いを利用した一本背負いを繰り出した。
男の長身が豪快に投げられる。
背中を床に叩きつけられた衝撃は凄まじく、訓練所全体に音が響き渡った。
「がはっ!?」
いくら吸血鬼といえど強烈な一本に数秒動けなくなる。
その隙をリリアナは血だらけとなった顔のまま見逃さない。
素早くマーカスの身体をうつ伏せにして右腕を後ろ手に捻りあげる。
「ああああああ!?」
右肩が脱臼してしまうのではかという激痛に叫ぶマーカス。
最早逆転は不可能だった。
「それまで」
レイナからの終了宣言。
それを聞いたリリアナはマーカスを解放した。
「やりました! 一本ですよね?」
試合後のボクサーのように顔の至る所が腫れたまま喜ぶリリアナ。
そんな彼女の顔も徐々に治っていく。
思ったより回復速度が速いようだった。
想定外の番狂わせに周りの男達は沸き上がる。
「すげえ!!」
「次は誰だ!? デインか?」
「掛けようぜ!! 俺はお嬢ちゃんに掛ける!!」
「静かに!!!!」
レイナからの一声で訓練所が静まり返る。
リリアナも喜びの表情が一変した。
だが、ここで引き下がらない。
「レイナさん、次の対戦、お願いします!!」
予想外の指名にレイナ以外の者達が凍りつく。
当のレイナは眉間にシワを寄せていた。
今にも銃を持って撃ちそうになる彼女を背に、デインが近づく。
「お嬢ちゃん、止めとけって、マジで死ぬかもしれないぞ!?」
「私、決めたんです!! 絶対諦めないって!!」
なにがあっても引かないと言わんばかりの表情。
デインは恐る恐るレイナの顔を見ると、静かに怒りを滲ませている様子だった。
「デイン、離れて」
レイナは着用していた黒のロングコートを脱ぎ、腰のプラチナブレードやマグナム銃が入ったホルスターを外し置いていく。
上はノースリーブの黒の防弾チョッキに下は黒のレザーという何も武器は持っていない状態となる。
「私に一発でも攻撃を当てれば合格にして上げる」
「なんでもありですか?」
「そう、受ける?」
「勿論です!!」
リリアナは構える。
そんな彼女に、デインは小声で話す。
「お嬢ちゃん、もうどうなっても知らねえぞ?」
「覚悟は出来てます」
「そうか……ならひとつアドバイスだ」
「なんですか?」
「レイナが動いた瞬間に攻撃しろ、一瞬で距離を詰めてくるからな、離れていようが関係ねえ」
「分かりました」
先程戦ったマーカスより強いということを頭に叩き込む。
アイヴィーからの話が正しければ当然のこと。
ここで一番強い相手にただ一発攻撃を当てる。
それだけに意識を集中させる。
「じゃあ、健闘を祈る、死ぬんじゃねえぞ」
「はい、ありがとうございます」
次のラウンド開始直前のセコンドのように離れるデイン。
ここで最強の戦力であるレイナと、番狂わせの新人という戦いに皆息を飲んで静かに見守る。
もしかしたら……。
そんな淡い期待をしている者もいた。
「デイン、開始の合図を……」
レイナが静かに伝えると、デインは右手を高く上げる。
「始め!!」
ついに始まった最強のベテランと期待の新人の対決。
だが、誰一人声を上げない。
皆レイナの強さが分かっていたからだ。
何人かは直接対決したことがあるのでその恐ろしさは身に染みて分かっていた。
試合は両者一切動かない。
構えているリリアナとは反対に、レイナは両手を上げていない。
それでもレイナから放たれる重圧は相当なものだった。
リリアナは両手を軽く握り、最速のパンチを出す体勢だった。
(一発、一発だけ、当てれば合格!!)
最早倒すこと等考えていない。
さっきのマーカスでさえ奇跡的にタイミングを合わせることが出来ただけである。
それ以上に強い相手ならもう触れる程度でも当たればいい。
一瞬の奇跡を信じてレイナからの攻撃を待つ。
次の瞬間だった。
レイナが視界から消えた。
正確には彼女の視界が捉えた映像を理解するのが遅かった。
その映像とは、リリアナの目の前に迫る拳だった。
まばたきする暇もなく、レイナの右の拳がリリアナの顔面を捉えていた。
すれ違う勢いをそのままに殴り倒す。
勝負は一瞬だった。
蹴飛ばされた空き缶のように倒れるリリアナ。
周囲は騒然となった。
数メートルとはいえ、一瞬で接近し殴ったレイナの容赦の無さに何の言葉も出なかった。
デインとマーカスが倒されたリリアナに駆け寄ると、白目を向いたまま気絶していた。
「医務室へ連れていって」
「あ、ああ、誰か! 担架! 担架持ってきてくれ!!」
レイナは表情一つ変えずに淡々と置いた武器を装着し直していく。
デインとマーカスは倒れている彼女が息をしているのを確認すると、別の者が持ってきた担架に乗せる。
「挑んだ勇気だけは誉めてやるよ」
マーカスが称えるが、当の本人は聞こえていない。
去っていく三人を見送ると、レイナは他の者達を見つめた。
「訓練を続けて」
静かに放たれた言葉に全員が無言のまま散り、二人一組での格闘訓練を再開する。
改めてレイナの強さを思い知った一戦だった。
数時間後、レイナは一人部屋に籠っていた。
ベッドに腰掛け、両手で顔を覆っている。
(やりすぎた……)
何度も心の中でリリアナに謝っていた。
理由としては、彼女に着いてきてほしくなかったことと、戦ってほしくなかったということ。
周囲からは激怒しているように見えたが、実際は諦めて欲しいと強く願っていただけだった。
明るく真っ直ぐな彼女に、吸血鬼や人狼と殺し合う凄惨な現場に立ち会ってほしくなかった。
二百年前、人間だった頃に友達になった少女セレーネ。
多少の性格の違いはあれど、どこか明るい所は似ていたため、情が移った。
しかし、さすがにやり過ぎたと自責の念に苛まれる。
嫌われることは構わない。
だが、あんなに強く当たるべきだったのか。
ずっと自問自答していると、誰かがドアをノックした。
「レイナ?」
「? アイヴィー?」
立ち上がってドアを開ける。
「レイナ、どうかしたの? もう出発したかと思ったんだけど……」
局長に言われて東南局に出向くはずの時刻はとっくに過ぎていた。
見張りからレイナが出ていっていないと聞いたアイヴィーは心配になって来たようだ。
「ごめんなさい、やっぱり調子が戻らなくて……悪いけど、局長に伝えてほしいの、あと二日、いえ、一日休みたいって」
「分かった、あまり無理しないでね」
「ええ、ありがとう」
これ以上心配を掛けさせないため多少は気丈に振る舞う。
それでもアイヴィーが居なくなり一人になるとまた自分を責め始めた。
このまま時間が止まってほしい。
明日なんてこないでほしい。
そう思いながらベッドに横になって目を閉じた。
「あああああああああああああああ!!!!」
エミリアは自分の部屋で喚き散らしていた。
シーツを破り、枕を引き裂き、手当たり次第に物を投げていった。
年下のアイヴィーに見下され、嫌いだったレイナを引き合いに出され、媚びようとした局長にすら拒まれた挙げ句今までろくに仕事をしていなかったことが裏目に出てしまった。
言ってみれば自業自得なのだが、無駄なプライドがそれを認めない。
「なんなのよ!! どいつもこいつも!! 私より年下のくせに!! 生意気なのよ!!!」
喉を痛める程叫ぶが、吸血鬼の再生力がすぐに痛めた粘膜を治していく。
それでも怒りが収まらず、仕返しのために頭を働かせる。
「そうよ、あいつ、ドクターがいるじゃない、あいつならきっと良い薬を持ってるはず」
未だに自分に都合の良いことしか考えていない。
まともに努力する気はなかった。
あくまでも権力を持った者に媚びて楽をしたい。
自身の美貌で籠絡して思いのままにしたい。
そんなことばかり考えていた。
そして思い付いたのがドクターことアルドリックの薬に頼るという安易な考えだった。
早速エミリアはドクターのいる研究室へを足を運んだ。
「うぅ、くっさいわね……」
研究室へと続く廊下。
遠くからでも分かる薬品の匂いにエミリアは鼻を抑えながら向かっていた。
やがて研究室へたどり着くと、ノックもせず開ける。
「ドクター、どこにいるの? くぅぅ……」
中は様々な臓器らしき物が入れられている瓶が大量にある。
どの棚を見ても吐き気しかしないグロテスクな光景に胃酸が逆流しそうだった。
「ちょっと、ドクター?」
嫌々ながら部屋を探索していく。
すると、奥に不思議な光景を目の当たりにした。
壁そのものがドアとなっていて、そこが開いていたのだ。
「なんなの?」
不思議に思い、入っていく。
中は少し薄暗く、目が慣れるまで数秒間見えにくかった。
だが、そこにあるのが何か理解するとさらに血の気が引いた。
いくつもの円柱型の水槽のような物の中に、腕や足などが液体と一緒に入っていた。
思わず吐きそうになるのを堪え、奥を見ると何者かが背中を見せて屈んでいた。
白衣を身にまとったその者はエミリアに気がつき立ち上がった。
「んん? ああ君か、私としたことが集中しすぎたか」
「ドクター、ここっていったい……えっ!?」
エミリアはドクターの背後にあるバケツ程の大きさの水槽を見て驚愕した。
なんと、その中にあるのは前局長だったライアンの頭部だった。
「ライアン!?!?」
ドクターを押し退け、水槽へ近寄る。
「そ、そんな、どうして、なんで、こんな……」
エミリアはあまりのおぞましさに震えが止まらない。
施設に戻されたという話だったが、なぜかその張本人が頭部だけとなり、ここにいたことが理解出来なかった。
「ドクター!! これは一体どう……!?」
怒りのまま振り返ると、アルドリックは防毒マスクを着用しながらスプレーをこちらに向けていた。
そのスプレーから謎の気体が噴射される。
思わず吸い込んでしまう。
すると、意識をそのままに全身から力が抜けその場に倒れてしまった。
「な、なに、を……」
「成功だな、吸血鬼相手にも効く神経毒の一種だ、まあ人間ならそのまま死ぬがな」
ドクターは倒れて動けなくなったエミリアを尻目にその場を離れ、受話器を手にした。
「ああ局長、申し訳ありません、エミリアに気付かれました、ええ、今は薬で動けなくしました、はい」
どうやら内線を使って局長に連絡しているらしい。
しかも、話ぶりからすると、ここのことやライアンのことも知っているようだった。
「はい、はい……分かりました、この女は処分します、身体のほうは私が実験に使用しても? ええ、分かりました、では」
電話を切ると、今度は銃型の注射器を手にエミリアに近づく。
「今君が吸った毒は効果がどれくらい続くか分からなくてね、追加で注入させてもらうよ」
ドクターは彼女の首筋に注射器を刺し、何かの薬品を注入していく。
それによってエミリアは意識が遠退いていくのを感じた。
必死にライアンの頭部が入っている水槽に手を伸ばす。
ライアンもまた意識があるのか、エミリアを見つめて口を動かすが発声が出来ないようだった。
「ちょうど母体が欲しかったところでね、まあ君の人生はもう終わりだが、その身体は有効に使わせてもらうよ」
そう言ってエミリアの身体をストレッチャーに乗せると、手術室へと連れていく。
ライアンとの距離が離れていくがどうにも出来ない。
やがて手術室へ入ると、ドクターは様々な器具を用意していく。
特にエミリアが恐怖したのは、ドクターが今まさに使おうとしていた医療用ノコギリ、通称骨鋸だった。
「手足は必要ないだろう、頭は……まあ必要か」
「ぅ……ぅぅ……」
必死に身体を動かそうとするが、薬のせいかペン一本すら持てない程力が入らない。
そんな彼女の身体を医療用ベルトで固定する。
「安心したまえ、薬でもう意識は正常に戻ることはない、まああれだ、来世に期待ということだな、私はそういった非科学的なことは信じてないが」
博士は無情にも手術を開始した。
この日以降、エミリアの姿を見た者はいなかった。
手術を担当したドクターと局長のランハート以外は。
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