ブラッドリング

サノサトマ

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新人

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 エミリアは廊下を苛立った様子で足早に歩いていた。
 目的は局長室。
 年下のアイヴィーに喧嘩で負けたことに対する怒りが消えなかった。
 そこで新しい局長に媚びてどうにかしようとする算段だった。
(あの小娘っ、男みたいな格好して訳が分からないのよ、今にみてなさいよ!!)
 鼻息を荒くしながら局長室まであと数十メートルの位置につくと足を止める。
(大丈夫、落ち着いて、今度の局長も私の魅力で落とせばいいわ、ライアンより若いって聞いたし、少し身体を見せればすぐ落ちるでしょ)
 一通り身なりを整え、今度は落ち着いて歩く。
 ドアの前に立ち、ノックする。
「どうぞ」
 中から若い男の声。
 目標である新局長がいるのを確認すると、ゆっくりとドアを開けた。
「失礼します、初めまして、秘書のエミリアです、この度はお顔合わせに遅れて申し訳ありません、前の局長の資料を整理していたもので」
「……」
 新局長であるランハートは手にした資料とパソコンの画面を交互に見ていた。
 その途中、視線を数秒だけエミリアに向けるが、すぐ作業に戻る。
(……どうして私をあまり見ないの?)
 エミリアは歓迎されないことに少し苛立ち、眉を一瞬動かすが籠絡する作戦のため耐える。
「局長、私なんでもしますよ、今されている仕事のお手伝いから雑用まで……お望みとあれば、寝室にも……」
 猫撫で声で媚びる。
 しかし、ランハートは反応しない。
「あ、あの、局長」
「君の以前の仕事ぶりを調べていたんだが、あまり役に立っていなかったそうだな」
「!?」
 ランハートの言う通り、エミリアは前回の局長であるライアンの権力を後ろ楯に好き勝手してきた。
 そのため、他のメンバーからの評判が悪かったことは調査済みだった
「悪いが求めているのは能力のある者だ、何も出来ないのであれば上に言って施設に戻す」
「ちょ、ちょっと待って、私は」
「現場へ行って戦うか戦闘員の補助するか、自分で仕事を見つけるんだな、秘書なら間に合ってる」
 エミリアの目を見ないまま仕事を黙々とこなす。
 もうこれ以上話を聞く気はないと態度で物語っていた。
 媚びる作戦が通用しなくなったエミリアは吸血鬼の牙を見せ、目に涙を溜めて悔しがる。
 しかし、ここで暴力を振るってもなにも解決しないばかりかさらに状況を悪化させる。
 何も言い返せなくなり、玩具の購入を拒まれた子供のように乱暴に部屋を後にした。
 それでも作業を続けるランハートは清々した様子を見せる。
「兄貴の……役立たずの御下がりなんぞいるか」
 前局長であり、兄であるライアンの愛人であることは知っていた。
 毛嫌いしている男のお気に入りは見たくもなかった。



 ランハートから呼び出しを受けたレイナは一人局長室へ歩いていく。
 角を曲がろうとしたその時、向かい側から誰かが走ってくる足音が聞こえる。
 一旦足を止めて出方を伺おうとしたが、相手は止まることなく曲がってきた。
 ぶつかる寸前に避けるが、その相手はエミリアだった。
 泣きながら悔しそうに走り去るのを止めはしなかったが、なぜその表情なのか気になった。
(局長に喧嘩のことを報告した? でもなぜ泣いてたの?)
 ここで考えても分からなかったので、ことの経緯を話すためにもランハートが待つ局長室へ向かっていった。



 局長室の部屋の前。
 レイナはドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
 部屋に入ると、以前までならふんぞり返っていた前局長の姿を一瞬だけ思い出す。
 しかし、今椅子に座っているのは対照的な人物だった。
「局長、今エミリアが走って出ていきましたが……」
「ああ、多少注意しただけだ」
「そのことなんですが……」
「?」
「実は、アイヴィーと一悶着になったようで……アイヴィーは私の補佐をしています、トラブルの責任は私にあります」
「気にしなくていい、エミリアはほとんど仕事をせず態度も悪かったんだろう?」
「ええ、そうですが……」
「もし何か問題があれば後で指示を出す、今は大した事ではない」
 とりあえずアイヴィーとエミリアの問題は大事にはなりそうになかったのでひと安心する。
「君を呼び出した件だが、東南局の一件についてだ、敵人狼集団の殲滅、よくやった」
「ありがとうございます、しかし、向こうの局の犠牲者が多数出た上に敵の大半がフェイズ3になるという想定外の事態が起きました」
「それに関してなんだが……申し訳ないが、また東南局に行ってもらうことになる」
「というと?」
「殲滅の一件で東南局は人数が減り、しばらく人材の補充もままならない、その上あの街には他にも違法薬物をばらまいている人狼集団がいるそうだ」
「派遣、ということでしょうか?」
「ああ、敵集団は強力な個体がいるようで何人かエージェントが行方不明になっているそうだ、君にはその調査及び殲滅に出向いてほしい、より忙しくなるが」
「構いません」
「すまない」
 申し訳なさそうにするランハートに対し、レイナは『もっと非情になってもいいのに』とさえ思った。
 前の局長であるライアンなら『どうせ吸血鬼なんだから簡単には死なん、もっと戦え』とでも言いそうだから余計に今の局長が優しく見える。
「ああ、それからもうひとつ、実は新人が来る予定でね」
 その話題を出した直後に、ドアをノックする音が聞こえた。
「局長、アイヴィーです、新人を連れてきました」
「入ってくれ」
 ドアを開けて入ってきたのは二人。
 一人はアイヴィー、もう一人は初めて顔合わせをした若い女性。
 短い金髪に婦警の格好をしていた。
 その女性は勢いよく敬礼する。
「は、初めまして! 本日よりここ北部局へ配属となったリリアナと申します! よろしくお願いします!!」
 部屋全体へ響き渡るほど元気よく挨拶するリリアナ。
 そんな彼女に対して、レイナは疑問に思う。
「どうして警察の格好をしているの?」
「それなんだけど、どうやら彼女、仕事中に吸血鬼に襲われて死亡扱いになって、家まで服を取りに行けなかったみたい」
 アイヴィーによる説明。
 さらに付け加えると、保護している施設の白い服はあくまで施設内で使う物として着用したまま外へ出ることが許されていなかった。
 そのため、外出が決まると人間の時に着用していた婦警用のしかなかったので今の状況となる。
 それらの説明が終わると、リリアナはレイナの前に立った。
「貴女がレイナさんですよね? アイヴィーさんからお話を聞きました、ここで一番強い方だとか、ご指導の程よろしくお願いします!!」
 曇りなく真っ直ぐ純真な目で見てくる。
 自身と真逆の存在に思わず視線を逸らす。
 そんなレイナの雰囲気を読み取り、ランハートが口を開く。
「あ~、リリアナと言ったね? 取り合えず君の配属先はアイヴィーに案内させるから」
「はい!」
「ではレイナ、早速で悪いが東南局へ向かってくれ」
「はい」
 明るいタイプが苦手なレイナにとって、この場を離れられるのはまさに好都合だった。
 内心助かった、と思っていた矢先、リリアナは再びレイナの前に立った。
「あの! 私も連れていって下さい!!」
「は、えぇ……」
「ここでの仕事は人に危害を加える吸血鬼や人狼を退治することですよね? 私、一日でも早く一人立ちするためレイナさんの戦いを間近で見たいんです!!」
 レイナは戸惑いながらランハートを見て助けを求めた。
「リリアナ、レイナは忙しいんだ、君はまだここへ来たばかりだろう? まずは基礎訓練を……」
「体力なら自信があります! 暴漢を捕まえるための訓練も警官時代の時に受けました! まあ、その、吸血鬼には噛まれましたけど……でも、大丈夫です!!」
 何があっても一歩も引かないという意思が強く感じられた。
 そこで、アイヴィーはレイナに耳打ちをする。
「少しだけ厳しく指導したら? それで諦めさせるとか」
「……」
 レイナは苦虫を噛み潰したような表情のまま考える。
 数秒間思考を巡らせた後、局長に目を向ける。
「では局長、私が彼女を指導して連れていけるか判断します、よろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな、君に任せるよ」
 リリアナの元気のよさはランハートですら持て余したようだ。
 対するリリアナはまるで玩具を買って貰った子供のように目を輝かせていた。
「私頑張ります! 先輩!!」
「…………先輩?」
 聞き返すレイナ。
 そんな二人のやり取りにアイヴィーは口を手で抑えて笑うのを堪えていた。



 廊下を歩く対照的な二人。
 常に感情を圧し殺したような冷酷ささえ感じるレイナも、正反対の明るさを持つリリアナにはあからさまに苦手な雰囲気を出していた。
 しかし、リリアナはそんな空気など読み取ってはいない。
 これから訪れる試練をなんとしても突破しようと意気揚々としていた。
「あの先輩」
「……先輩と呼ばないで」
「では、なんと呼べばいいでしょうか?」
「呼び捨てでいい」
「そんな、失礼ですよ、あ、そうだ、さん付けならいいですか?」
「好きにして」
 レイナは元気に動き回る子供に疲れた保護者のようになっていた。
 勿論、リリアナは知る由もない。
 しばらく歩いていると、まるで体育館のような広い場所にたどり着く。
 そこは総合訓練所。
 主に格闘戦の訓練をしているが、簡易的な壁を設置して室内戦等も訓練も行う場所である。
 何人もの黒衣の男達が二人一組で近接戦闘の訓練をしている。
「あの、せん……レイナさん、ここは?」
「見ての通り訓練をしているの、デイン! マーカス!!」
 レイナの呼び掛けに男達は一斉に訓練を止める。
 その中で呼び出された二人が近づいてきた。
「何か用か? お、新入りかい?」
 一人目は黒人のマーカス。
 長身で引き締まった肉体を持ち、スキンヘッドが特徴。
「よう、君警官? 可愛いね、名前は?」
 二人目はデイン。
 マーカスよりは少し背が低いが同じく引き締まった肉体を持つ短髪の白人。
「彼女はここへ新しく配属されたリリアナ」
「よろしくお願いします!!」
「白人がデイン、黒人がマーカス、二人とも第二部隊所属のエージェントよ、リリアナ、二人と戦って、勝てたら合格よ」
「え、戦うって……?」
「暴漢に襲われたというシチュエーションで戦って、まずはマーカスから」
 レイナは有無を言わさず指名した。
「了解、よろしくなお嬢ちゃん」
「マーカス」
「ん? なんだレイナ?」
「本気で戦って、殴っても蹴っても良い」
「マジで言ってるのか?」
「実践形式でやらなければ意味がない、リリアナもそれでいいわね?」
「は、はい!!」
 マーカスからすれば軽く手合わせ程度かと思っていた。
 だが、レイナの目は本気だった上に冗談を言ったことなどこれまでほとんどない。
 マーカスは一旦離れてからファイティングポーズをとる。
 キックボクサーのように身体を上下に身軽に動かす。
 新入りの荒い歓迎会に周りのギャラリー達が遠回りに円となった。
「始めて」
 レイナからの静かな開始の合図。
 それをゴング代わりにマーカスは徐々に距離を詰めていく。
 リリアナはというと、柔道家のように両手を開いて相手を掴むような体勢をとっていた。
 次に控えているデインはレイナの横に立つ。
「なあレイナ、あの子入ったばかりだろう? これはちと厳しくないか?」
「私と一緒に戦いたいって言ったの、生半可な覚悟で着いてきても死ぬだけでしょう?」
「まあ、確かにそうだわな」
 立場上上司となるレイナの考えにもう異議はなかった。
 そうしている間に、マーカスとリリアナの距離は手が届く寸前まで縮まっていた。
 リーチは背が高い分マーカスが有利。
 当然マーカス自身分かっていた。
 挨拶代わりの左のジャブ。
 リリアナは反応が出来ずにまともに顔面、鼻の位置で受けてしまう。
「ぶっ!?」
 一瞬視線が上へ跳ね上がり、鼻血が流れ落ちる。
「悪いなお嬢ちゃん、だが命令は絶対でね、ギブアップなら今の内だぜ?」
「うっ……いえ、諦めません!!」
 リリアナは己に言い聞かせるように声を張り上げた。
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